『炎司さんとの交際は順調なのだが長男のひとにパパ活の餌食にしてると思われてる 』.
◇
初恋は実らないっていうけど、実らせてしまった俺は本当に幸運なやつなんだと思う。
あんまり言葉にはしてくれないけど、俺のこと、求めてくれてるって感じる。
ああ、ずっと見ていたい。支えてあげたい。
思えば俺にはずっと喪失感があった。俺はもしかすると、あのひとに出会うために産まれてきたのかな? なんて、思ってしまうくらい、あのひとにゾッコンで、ほんと怖いくらい夢中だ。
内心浮かれ気分で歩いていると、すれ違い様にフルネームを呼ばれた。
「鷹見啓悟」
振り向くと、ニヤリと妖しく笑う男。白い髪と綺麗な顔立ち。あの人と同じ目の色をしている。
「……轟燈矢、さん……かな?」
「その通り。あんたが誑かしてる轟炎司の息子だよ」
「人聞き悪いな。誑かしてるなんて……ただ、俺が彼をとても好きなだけだよ。」
「ハッ……。まぁ、ここじゃあなんだから、そこの店に入ろうぜ」
燈矢は不敵に笑って肩を組んできて、有無を言わさずコーヒーショップに連れこまれた。俺は愛想笑いを浮かべながら従った。
調査する過程で轟家の御家族は全員把握している。炎司さんのお子さんたちは四人。みんな優秀で、目を引く美形なのだが、この第一子の燈矢は特に異彩を放っている。今は社会勉強で炎司さんの会社とは別の子会社で働いているが、いずれは炎司さんの跡を継ぐとかなんとか。
俺と燈矢が店に入ると中の客も店員も好機の視線を向けてきた。
「ねぇあのふたりヤバくない? ……声かけてみる?」
「さっき肩組んでたじゃん。カップルかも。邪魔しちゃ悪いよ」
ヒソヒソと囁く女の子たち。こっそり写真を撮ってるこまでいる。マナー良くないな~。
ひとりでもまぁそれなりに色めいた視線を向けられるが、こんなにあからさまにキャーキャー言われるのはあんまりない。燈矢の外見はかなり人目を引くようだ。
燈矢と俺はレジでコーヒー注文して受け取り、人がいない奥の隅の方に座った。
「……それで、話ってなにかな」
「言わなくてもわかるだろ。轟炎司から手を引け」
「手を引けって……」
「……もっと良いカモ紹介してやるよ。手切れ金だってそっちの言い値で用意する。悪い話じゃねえだろ」
「要らないよ。なんか誤解してる? 俺は金の為に近づいた訳じゃないよ」
「それじゃぁ何が目的だよ。父親ほども離れたおっさん相手にして……。骨抜きにした傲慢な金持ち野郎をボロ雑巾みたいに捨てんのが趣味か? あんなんでも俺の大事な父親だからさ。他当たってくんねぇかな?」
「んな趣味ないって。普通にただ、好きになっただけ。支えてあげたいと思ってる」
「……胡散臭ぇ」
「……どうしたら信用してくれるかな」
「知らねぇなぁ……逆に聞きたいよ。どうして信用できると思うんだ?」
俺は取りつく島もない燈矢の態度に肩を竦め、ため息を吐いた。
「……ご家族の理解も得たいけど……こればっかりは、あの人の気持ち次第だから。どうにも出来ないな。」
俺が首を傾げて「ごめんね?」と続けると、燈矢はかなりカチンと来たようで、ぎろりと俺を睨みつけ、少し感情的に言った。
「……お前なんか……俺がお父さんに別れてって頼んだら、速攻で捨てられるぜ!」
「だろうね」
俺があっさり肯定すると、燈矢はきょとんとした。俺が反論するとでも思っていたのだろうか。
そこのところはちゃんとわかってる。別にそれでいい。もし俺があの人の幸せの邪魔になるんなら、切り捨てられたって構わない。今こんなに幸せなことが消えたりしないし。俺って記憶力いいから、ずっと反芻して生きて行けると思う。
燈矢は少し毒気の抜けた顔になってから、今度は何故かバツの悪い顔をして「……チッ」と舌打ちして頬杖をついたので俺の方も拍子抜けだった。
もっと嫉妬に狂ったファザコン息子かと思ったけど、案外冷静だ。ただあのひとのことが大好きなんだなってかんじ、微笑ましい気もする。でもやり方が物騒すぎない?
「……燈矢は俺より年上だったよね? お父さんを大事に思う気持ちは素晴らしいけど、そろそろ親離れすべきじゃないかな」
「………………」
フー、と長い溜息を吐き出した燈矢は、だるそうについていた頬杖を外し、すっと居直った。そして急に別人になったかのように大仰に喋りだした。
「別に……父を縛り付けたいわけじゃないし、父がいつでも清廉潔白であれなんて思ってるわけでもありません。僕は父が幸せであって欲しい。ただそれだけ……。だからこそ、自分の親が自分より歳下の男に夢中だなんて知ったら、不安になります。それがそんなに異常なことでしょうか!」
「何そのキャラ」
俺が引きながら聞くと、元のダウナー系に戻った。
「……配信用」
「配信者なの?」
「違ぇけど、お父さんを傷つけたら告発動画でおまえを潰すぜってこと」
「コワ」
燈矢のルックスで動画を作ったら、主張内容が微妙でもかなり拡散されてしまう気がする。普通にヤバい。
「でもまぁ、大丈夫。俺はあのひとを傷つけないんで!」
「はァ……。なんでお父さん? どこがいいんだよ」
全く聞きたくないけど一応聞いとくか、みたいな態度で燈矢が問う。
どこがって難しい。全部いいと思う。理由なんてあってないようなものだ。でもここで全部って答えたら、俺が胡散臭いままなのはわかる。
「……書類にサイン……するとき……体を丸めた姿が、熊みたいで……ペンちっさって思って。なんか、字が……下手とかじゃないけど、ハハ……真面目で、不器用そうで。なんかかわいいな、みたいな」
「なにそれ」
「わかんないや。一目惚れみたいなもんだよ」
あー、ほんと、改めて何故なんだろ。彼が命の恩人とかでもないのに、理屈無しに惹かれてしまった。強くて、臆病で、あの人には色んな顔がある。彼を知れば知るほどに愛おしい。しかし根本的な部分は説明できない。
「……フーン……」
「納得してくれた?」
「ハッ……する訳ねぇだろ。そんな意味不明な説明で。だが……結局のところは……どうでもいい。興味ねぇ……。お父さんが誰と別れようが付き合おうが、俺がお父さんの息子であることは変わんないし」
「そうそう、その通り! あくまでも炎司さんの最愛は君たちご家族! 俺はまあ、オマケみたいなもんだからさ」
「気色悪ぃ………………」
俺が自虐っぽいこと言うと、なんだか居心地悪そうにする。意外と根は良い奴なのかな。
「てか……俺の親のこと、突かれたら、それこそどうしようもなかったけど」
アル中で引ったくりだとかの犯罪歴のある最低の父親。何故かその父にゾッコンの病んだ母。
もうほとんど関わらずに生きてる。完全に縁を切って苗字を変えるのを勧められたが、そこまではしてなくて、だからあの人たちがなんかやらかしたら俺が泥を被る可能性は残ってる。それをネタに別れてくれと頼まれたら俺は反論出来なかった。
「生まれは選べねぇし……」
やっぱり知った上で言及しなかった訳だ。
「そっか。ありがとう。君は結構良い人だな。仲良くしようぜ」
握手を求めて右手を差し出して見たが、当然握られることは無く、燈矢は立ち上がった。
「……ムリだね。じゃあな。イカレ野郎」
「信用テストは合格?」
「不合格」
「えー」
「この先も永劫、おまえを信用することはない。よくある小姑よろしくネチネチおまえに攻撃し続けるけど、大丈夫だよぁ……? 愛があれば。頑張れよ」
「うわ」
悪魔みたいな顔して笑って去っていった轟燈矢。黙ってれば儚げなのに。良い人、と言ったのはちょっと撤回したい気分。キャラが屈折しすぎてる。残念美青年……。でも炎司さんの血が流れてるってだけでなんか憎めないよなぁと思う。仲良く出来んもんかなぁ。愛のカタチは違えど、あの人を大切に想う気持ちは同じなのだろうから。