Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    yumemakura2015

    @yumemakura2015

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 17

    yumemakura2015

    ☆quiet follow

    クラナガとメユリの話②。一応仲直り。まだデ本編始まる前。

    青の中の水槽「げっ」
    「うわっ。アンタか……」
    二人が声を上げたのも眉を顰めたのも同時であった。一番会いたくないやつに会ってしまった。そんな心の声がありありと聞こえてくるようだった。

    クラナガは、その日もいつも通りガドル工場で設備の点検をしつつガドルの世話を焼いて回っていた。体調まで細かくチェックを入れ、ガラス越しにユムシやオクトゥルやトリピアスに声をかける。同僚達からはそこまでしなくても品質は変わらないのにと揶揄されるが、彼がやりたくてやっているからいいのだ。二十一年勤続していても、この習慣を変えることは無かった。ダルマモスの毛並みが万全か細心の注意を払って確認していると、
    「クラナガくーん」
    別部署の上役に声をかけられた。
    「ちょっと運搬口に行ってくれるかい?今日担当の子がついさっき素体ロストしちゃったらしいんだ。今から矯正施設の子が荷物取りに来るから急ぎでお願いしたいんだよ」
    「あ、はい、わかりました」
    今日は本社から物資の届く日であった。こういった荷物は、ガドル工場と、それに繋がった下のバグ矯正施設にも一度に送られてくるので、積荷をそれぞれの必要な分取り分ける必要がある。荷物はガドル工場の運搬口に運ばれてくるため、集積作業は主にガドル工場の職員の仕事であった。
    クラナガは物資の入った箱を工場に必要な分と矯正施設に送る分に取り分け、施設分の荷物を専用の台車に乗せた。さすがにこれだけ荷物が多いと素体の筋肉もバキバキになりそうだ。腰に手を当てながら台車を矯正施設と繋がったエレベーターの前に押していく。あとは矯正施設の担当ギアに引渡すだけだった。
    エレベーターのランプが光り、ドアが開く。お、と顔を向けた瞬間、見覚えのあるオレンジの髪と緑のリボンが現れ、顔を強ばらせた。
    「げっ」
    「うわっ。アンタか……」
    向こうも同時に眉を顰めていた。

    矯正施設の受取人はメユリという名の、グレーの肌にオレンジの髪、そしてそこに巻いた緑色のリボンが特徴的な素体を動かす女性サイボーグだった。一ヶ月ほど前にタンク街の道案内を引き受けたことがあるのだが、その時ひょんなことから口論になってメユリが去っていき、そのまま会うことは無いと思っていた。まさかこんな近くの職場だったとは。口論とは言ってもクラナガが一方的に喚き立て、しまいには泣き出すという赤っ恥の情けないもので、恥ずかしすぎてログを消してしまいたかったが、もしまた鉢合わせすることになった時に取り返しがつかないので一応取っておいたのであった。せめて相手側には消してほしかったが、生憎バッチリ残しているようで、仏頂面でこちらを睨めつけている。
    「あー……これ、そっちの分」
    目を逸らしつつ、台車を軽く押し遣る。何事もなくやりすごしたかった。が、
    「ちょっと」
    やはりスルーはしてくれないようだ。
    「アンタ先月散々あたしに怒鳴っといて、ごめんなさいの一言もないの?おかげであたし一人で行くことになったんだけど」
    そっちが勝手に置いてったんだろう、などと口答えするとまた何十倍もの毒舌で言い返されそうなので大人しく従うことにした。
    「あぁ、悪かったよ。ただこっちも疲れててさ」
    「言い訳はいらないから」
    「う……」
    「もういい、ちょっとそこどいて」
    取り付く島もなく、メユリは自分より大きな台車を引いて再びエレベーターの中へ消えていった。
    クラナガは、エレベーターの駆動音を聴きながら立っていた。今後もあいつと顔を合わせるかもしれない。そう思うと憂鬱だった。記録映像に、メユリの鋭い眼光が残っていた。

    またあいつに会うなんて。たしかにガドル工場勤務だとは聞いていたけれど。メユリはエレベーターの中で台車に乗せた荷物を睨みつけていた。
    1ヶ月前の一件のログを拾い上げ、クラナガに対して感じた強い不快感が蘇った。それは彼自身に向けての憤りでもあったし、同時にそれを煽った自分自身への自己嫌悪でもあった。あいつも大人げなかったが、自分もまた大人げなかった。だが過去に起こったことは変えようが無い。だからなるべくそのログを無視することにしていたのだ。どうせ顔を見ることはないだろうと思っていた。なのにまた目の前に現れてきたのだ、あのサイボーグは。メユリがいつも物資や備品を搬入してもらう時の担当ギアは今日は欠番だったのだろうか。また顔を見る可能性がある以上、あの日のログは消す訳にはいかなさそうだ。コアにしこりが溜まったような不愉快な感情に顔を顰めていると「矯正」と書かれたランプが光り、エレベーターが矯正施設に到着したことを知らせた。
    「もうこれっきりで済みますように」
    メユリはぽそりと呟いた。サイボーグに祈る神などいないが、システムならサイボーグのモチベーション向上のため合理的な対処として何とかしてくれるかもしれない。

    祈りなど通じないのは神もシステムも同じことである。メユリは翌日早速、ガドル工場へ視察のため出向することになってしまった。しかもガドル工場の案内役はクラナガであった。
    「彼がここを案内してくれるクラナガ君。勤続年数は今年で二十一年になるんだ。分からないことがあればなんでも聞きなさい」
    上司らしいギアに紹介されたクラナガは、あからさまに嫌そうな顔をしていた。職場なんだから笑顔でいろや笑顔で。
    「よろしくお願いします!」
    メユリは心の中で毒づきながらもあたしを見習えと言わんばかりに100点満点の笑顔と声での挨拶を見せつけた。
    視察と言ってもほぼ工場見学に近い。新人サイボーグの他部署研修も兼ねているのだろう。それなら確かにメユリが視察に行くのは当然だが、何故よりによってこんな奴なのか。
    「……よろしくお願いします……」
    やはりボソボソと聞き取りにくい声で頭を軽く下げた。こんなので職場のメンツとうまくやっていけるのか。うまくやっていけないからあんな拗らせ方をしたのだろうけど。先月の泣き喚いていたクラナガの映像データをこっそり工場のファイルに忍ばせてやろうかなどとせせこましい嫌がらせを考えつつ、メユリは無言で先導するクラナガについていった。木の根が伝う青白い廊下をひたすら歩いていく。
    「クラナガ、アンタ仕事中くらいは愛想良くしたら?そーゆーんじゃ孤立すんのも当たり前じゃん」
    「……お前こそ仕事中に無駄口叩くな、今から細胞生成室に向かうぞ」
    「無駄口じゃなくてアドバイスだっての。あったまかたいなぁもう」
    クラナガは無理矢理にでも言葉をつむぎ出そうとしていたあの日とは打って変わって、必要以上に喋ろうとせず、細胞生成現場の様子を見ながらの説明もほぼデータ送信のみですませていた。職務怠慢とでも報告書に書き込んでやろうかとメユリは口をとがらせた。メユリもクラナガと話したいわけではないが、それぞれの部門の関係性もあるし、仕事で関わるならなるべくコミュニケーションはスムーズにできるに越したことはない。本心はどう思おうが表面上だけでいいから仲良くしておかないと後々面倒なのだ。それをこいつは分かっていないのだ。二十一年も働いてて。最高でも三年程度の能力しかないんじゃないかとメユリは疑いながら細胞カプセルが製造される様子を見つめるクラナガの横顔を睨んでいた。
    「……こうしてできるのがガドルの素だ」
    クラナガはカプセルを持ち、機械に入れた。ここからそれぞれガドルの形になり、戦えるようになるまで育つらしい。ガドルは生物だと思っていたので工場という表現はピンと来ていなかったが、こうして製造過程を見ると、確かに人工物なのだろうなと感じる。メユリは横に伸びた細長い窓の外を見た。水中にゆらゆらと多種多様なガドルが管に繋がれ漂っている。こんなに大人しいガドルは初めて見た。戦場でこちらに襲いかかってくるガドルしか見た事のなかったメユリは、眠ったように静かなガドルの普段じっくり見れない模様や顔の造形などを観察した。
    「……なんか、こうして見るとかわいいかも」
    ふと呟いた一言に、クラナガが激しく反応した。
    「お、お前もやっぱりそう思う!?いや実際かわいいんだよ!ほらあのセルドラムとかさ!結構丸っこいだろ!?あそこのあいつなんかだいぶ甘えん坊でよく窓際に擦り寄ってくるんだよ!こっちが手を振るとハサミ振り返してきてさ……」
    「や、そこまでの興味はない」
    バッサリ切り捨てると、早口でまくし立ててきたクラナガは瞬時に目に見えてしょげ返った。よほど好きなのだろう。メユリにはガドルの種類は分かっても一匹一匹の個性までは把握しきれないし、指で示されても違いなど分からない。さっきまで無愛想な無表情で抑揚無く話していたクラナガが瞳を輝かせて嬉々とガドル達の紹介をする姿は面白かったので、もう少しだけ突っ込んでみることにした。
    「何のガドルが一番好きなの?」
    「あ、お、オクトゥル!俺が新人の頃、初めて担当したのがオクトゥルなんだ。ゆうゆうと泳いだかと思えば、吸盤で壁に登ったりとかしてて、すごく見てて面白くて移動中とかずっと窓から見てたなぁ。個性が分かりやすくて、活発なのと、ちょっと怖がりで工場の下の方に隠れてるやつもいたんだ」
    一旦切られた話題を再び戻してもらえるとは思っていなかったのか少し動揺していたが、すぐに笑顔になって窓の外を見つめながら熱の篭った語りを披露し始めた。メユリはクラナガの視線の先にぷかぷかたゆたうオクトゥルを眺め、確かにこいつ向きのガドルなんだろうなと納得した。寂しがりのくせに独りよがりではあるが、悪い奴ではないのだ。楽しそうにする話を聞いているうちに、コアにつかえたしこりがなんとなく消えていくような気がしてきた。
    「アンタガドルのことでならそんなに饒舌になれるんじゃん。他の話でもその調子で頑張んなよ」
    声をかけると、緑の顔を曇らせた。
    「そ、んな、無理だよ……俺、ガドルの話しかできないし、他の話って何話せばいいか分からないし……」
    「分からないんじゃなくて単に興味無いんでしょ。興味の幅広げたら他の人と話題合って楽しく話せるようになるしさ、仲のいい人もできるよ、きっと」
    「いや、別にそんな仲良くなりたいとかは……」
    「分かってくれる人が欲しいんじゃなかったの?分かってほしいなら、自分も相手や他のことを分かるようにならないとダメだよ」
    「……っ」
    痛いところを突かれたようで、クラナガは黙り込んでしまった。メユリは仕方なく話題を変えることにした。
    「他の部屋とかはどうなってるの?」
    「え、あぁ、次は……」
    二人は並んで廊下を歩き出した。

    一通り工場の案内を終えたクラナガは、メユリがデータをまとめ上げるのを待っていた。俯いたグレーの頬にオレンジ色のセミロングが垂れ下がる。それを引き締めるように、緑のリボンがきれいに結ばれていた。一ヶ月前のことが思い出される。データ送信が終わったらしく、こちらを振り返ったところで口を開いた。
    「……前は、ごめん」
    「ん?」
    「お前の言ってたこと、正しかった。俺は確かに、俺の方が自分のことばかりで、ガドルに対しての気持ちとか人に押し付けてばかりで、周りが見えてなかったなと思う。本当はどう考えてるとか、どういう気持ちからそう結論づけたのかとか……自分と違う答えを聞くと拒絶されたみたいで怖くて、それ以上考えるのやめてたんだ。全部俺の自分勝手な押しつけだ。それなのにお前のこと怒鳴りつけて……」
    「あー、いい、もういい。そんなこと。もう過ぎたことでしょ。形だけとはいえ昨日もう謝ってもらったし。引きずるの嫌いなのよね、あたし」
    一ヶ月前のことを謝れと言ってきたのはどこのどいつだ、と心の中でだけ文句を言っておいた。心底面倒くさそうに目を瞑り顔の前で手を振るメユリを見るとなんだか呆れたようなほっとしたような気分になってきた。
    「でもさ」
    メユリが再び目を開け、透き通った金色の瞳をこちらに向けた。
    「自分と違う人とちゃんと向き合うようになった方がいいのは本当だよ。あんた、一人で塞ぎ込んで抱え込んでて、いつ自重で潰れてもおかしくないんだから。そしたら大事なガドル達も守れないよ?」
    返す言葉もなかった。自分が何のために同意を、仲間を求めていたのか。一人で空回りして、それでも守りたかったのは何なのか。
    「あたしも、ガドルのこと倒す対象としか見てなかったけどさ、ここで育ってるガドル見たらあんたがああいうこと言うのもまぁ分からなくもないなって思ったよ」
    クラナガは一旦下げた視線をメユリに戻した。メユリは視線を窓のガドルに目を向けて話を続ける。
    「他の人の視点に立つことってやっぱり大事だね。見えてなかったことが見えてくる。まぁ戦場で出くわしたら倒すけど。他のギアも、タンカーもそれぞれの視点でガドル見てると思うよ。あんたとは見えてるとこが違うだけ。他の職員さんもあんたとは微妙に視点が違うんだと思うよ。もしくは、もっと広い視野で見てる」
    落ち着いた口調で淡々と冷静に話すメユリは、稼働してから一年も経っていないはずなのにどこかしら貫禄があるように見えた。そうだな。自分も二十一年生きてるのだし、いい加減分別は必要なのだ。受け入れなければ。
    「……うん、そうだな。どのみち、ガドルが殺される運命は変わらないし……」
    「変えられるかもよ」
    「え」
    急に何を言い出すんだと目を見張ると、メユリはにかっと笑った。
    「ほら、ユーザーのコメントとかアンケートとかあんじゃん?システムもユーザーの意見は無視できないし。ユーザーにもっとガドルのこと知ってもらえるようになったら、敵以外の見方も増えて、ふれあいコーナーとかも作れるようになるかもよ。殺されるだけじゃないガドルの道だってできていいじゃない」
    クラナガは視界が開けたような気がした。何も考えてないようで、とんでもないことを言ってくれる。このサイボーグは。
    「で……できるかな、そんなこと。他の職員もやってないのに」
    「それをやるんじゃない!あんたの仕事はガドルの世話だけって決まったわけじゃないでしょ!昨日うちんとこの荷物あんな汚い梱包しといて!」
    昨日急ぎで取り掛かった荷物の仕分けにここで文句言われるとは思わなかった。でも、決して責め立てる口調ではない。メユリの口調は明るかった。
    「だから、そのために色んな人と話して色んな考え方を受け入れていく必要があるんじゃないの。たくさんの人と関わって、味方を増やして、自分もその考え方を考慮していけるようになれば、実現性は今よか高いわよ」
    「味方……できるかな、そんな簡単に」
    「少なくとも今のあたしはそうだよ」
    クラナガは目を丸くしてメユリを見つめた。強気そうだが、嫌味の感じさせない笑みをたたえている。小一時間ほど前まで嫌悪感むき出しでこちらを睨んでいたのと同一人物とは思えない。
    「……何か企んでるんじゃないだろうな」
    「えっひどい!こんなかわいい女の子を疑うっての!?」
    「かわいいかは知らないけど、動機が見えないんじゃ疑り深くもなるよ。何なんだよ」
    「動機?あんたの考え方は嫌いじゃないってとこかな。あんた自身のことはわりと嫌いだけど」
    「ひどいはそっちだろ……」
    えー、とメユリは笑って言った。
    どうやら、味方になるというのは嘘ではないようだった。信用はしてもよさそうだ。
    「まーとにかく、あんたはもう少し積極的に人と話しなさい。他人と関わるのを簡単に諦めちゃ駄目。ガドルのこととか自分語りとかだけするんじゃなくて相手の話もちゃんと聞く。あと挨拶は丁寧に愛想良く!基本よ、これ」
    「説教かよ」
    「初対面に怒鳴り散らして泣き喚く奴がそのまま見過ごされるわけないでしょ」
    「そのログは消すかロックかけてくれないか……」
    「やだ、消さない。人に迷惑かけたんだから自分の生き恥一生晒してきなさい」
    「……俺もお前嫌いだわ」
    「そりゃ結構なことね、じゃーあたしもう施設戻るから。あんたは会話もうちょい頑張れ〜」
    メユリが軽く手を振りながら連絡通路に向かって歩き出す。
    「あ、ええと、ちょっと」
    クラナガは慌てて呼び止めた。
    「ん?なんじゃらほい」
    「相談はしていいかな?今のとこ、こんな話できるのお前くらいだし」
    メユリはあー、と腕を組んだ。
    「いいけど、あたしそこまで頻繁にこっち来ないよ?デカダンスする時もそんなタイミング合うかわからないし……とすると通信の方がいいかな?番号教えてくれる?」
    拒否はされなくて安心した。クラナガは手短に通信用の番号を伝えると、メユリはすぐにインプットしたようで、瞬時に連絡が来た。
    『はいよ。これでプライベートモードも可能だから、仕事中でもいけるよ』
    『いや仕事中は駄目だろ』
    『いーのいーの。どうせ忙しい時とか通信する暇ないだろうし』
    『でも仕事は真面目にしなくちゃいけないだろ。仕事好きじゃないのか?』
    『……好きじゃないわね。クソ暗くて狭い空間でクソを転がして処理するクソ共の生活環境を整えたり監視したりするのなんて何の有益性も感じられないわ。デカダンスで遊ぶのがこのクソな生活での唯一の楽しみよ』
    通信で何度クソというのか。彼女も短い稼働時間でそれなりに苦労しているらしい。グレーの肌で目立たないが、よく見るとうっすら隈が見えた。
    『俺も相談に乗ろうか?』
    『あんたは頼りにならないからいいや。まず自分をどうにかしなさい』
    いちいち辛辣なことを言う。クラナガは叩き落とされた親切心にため息をついた。
    『まぁいいや、ありがとう。また機会があれば』
    『あるかな?あんたもやる気あるならちゃんと行動に移しなよ』
    メユリは今度こそ通路側へ振り向き後ろ手を振って去っていった。
    「殺されるだけじゃないガドルの道……か」
    確かに一人じゃ到底難しいことだ。でも、誰かと協力すれば現実化しやすいかもしれない。それも人に同意を求めるだけでなく、自分自身が変わることではじめて実現に近づくものなのだろう。大丈夫、自分にはまだ百八十年ほど時間がある。クラナガはこの二十一年で初めて心から前向きになれた気がした。無責任な新米の言うことなのに、何とも現金なことだ。でも、他人に肯定してもらえるのともらえないのとでは安心感が違う。
    「……頑張るか」
    クラナガは持ち場へ向かって歩き出した。廊下の反対側から同僚が歩いてくる。会釈だけしようとしたが、メユリの言葉が再生された。
    『挨拶は丁寧に愛想良く!基本よ、これ』
    「……おはようございます!」
    いつもより元気よく聞こえるように言ってみた。相手は普段との様子の違いに一瞬目を見開いたが、
    「おはよう。今日もよろしく」
    と笑顔で返してきた。
    「……よろしくお願いします!」
    クラナガは嬉しくなっていつもより深めに会釈した。そうだ。自分はいつしか一人で塞ぎ込んで、自分以外を排除して、相手がどんな人か知ろうともせず、他人に挨拶するのさえ億劫になってしまっていたのだった。ちゃんと話そう。仲間とも、そうでない相手とも。あいつともだ。自分とは違う考え方も拒絶せずにまずは聞き入れるようにしていこう。
    クラナガは丸めることの多かった背筋を真っ直ぐに伸ばし、前進した。

    ちなみにその後メユリは備品調達や工場長と施設リーダーによる会議会場準備などの雑用でちょくちょくガドル工場へ訪れ、通信より直接クラナガと会って話をする機会の方が多くなるのであった。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏👏👏☺
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works