こいのぼり エースは飾り物のようなおもちゃをゼットに与えてくれた。
二つ、筒状の横長の布が付いている。
大きな赤に、小さな青の筒だった。その筒が紐につながれて棒に結ばれて、重力のままに垂れ下がっていた。
筒は何か生き物を模しているのだろう、顔の後に円が規則的に並んでいた。
赤の筒の円には赤の円と銀の線と銀の円に赤の線、両方が入っていたが、銀青い筒の円には青に銀の線が入って、ところどころ赤と黒の円があった。
横に動かして風を当ててみるんだ、とエースに言われてゼットは棒をもって振り回した。
筒が棚引いて、赤と青のそれは模様をきれいに靡いた。
おお、とゼットが声を上げれば、銀の大きな手がゼットのトサカに降ってきた。
”こいのぼり”と言うんだ、とエースは言う。
エースが地球に言ったときに知ったのだとつづけた。
コイ、という地球の生き物の物らしい。
「小さな青いのはゼットだな」
そう頭を撫でながらエースは笑った。
「じゃあ赤いのはエース兄さんですか?」
言えば、そうだな、とエースはがしがしとゼットのトサカを撫でるものだから、ゼットはうれしくなってきあ、と声を上げた。
それからエースはゼットを自分の背に乗せて、光の国を回ってくれた。
こいのぼりが風に棚引いて、まっすぐと動いている。
エースはそのまま何か言葉を続けていたが、ゼットはその様子が楽しくて、久しぶりにエース兄さんに会えたことがうれしくて、会話を覚えていない。
ーということを思い出したのは、久しぶりに戻った地球で、同じこいのぼりが棚引いていたからだった。
地球に戻ったらまたバロッサ星人が悪さをしていた。戦いを無事に終えていつものように飛び去ろうとした時、目の端にこいのぼりが見えて動きを止めた。
「どうしたんですか?あれ?こいのぼりっすね!」
ぼうっと眺めていたゼットにハルキがそう答えた。
「これが本物のこいのぼりかぁ」
ゼットは地面に伏してこいのぼりを見つめた。
上から大きさ順に黒いコイ、赤いコイ、青いコイが並んでいる。
ゼットが屈んだ風圧でわずかに彼らは揺れたが、すぐに凪いだ。
「知ってるんすか?ゼットさん」
ハルキの問いに、ゼットは胸を張った。
「おお!知ってるぞハルキ!赤いのがお父さん、青いのが子供ですな!そして黒いのはー初めて見たな…でかい、でかい…ウルトラマンキング?いや、でもキングなら白ですし…」
悩むゼットに、ハルキが笑いながら違いますよ、と言った。
「黒がお父さん、赤がお母さんで青が子供です!ほら、大きさの順でしょ?」
ハルキはそう言って笑った。
こいのぼりを見るその瞳はどこか柔らかい。
「子供の頃、こいのぼりが欲しかったなぁ。でっかくてバサバサしてて、空を泳いでるみたいで」
「そうなのか?」
「そうっすよ。でっかくて買ってもらえなかったなぁ。父さんも母さんも片づけるのが大変で」
そう言われてみると、確かに地球人が持つにしては幾分か大きい。
「こいのぼりは、子供の祭りで掲げるんですよ。強い逆流の中を、滝までも登ってしまう鯉のように、子供が強く育つようにって。見下ろしてみるこいのぼりなんて、不思議っすねぇ」
ハルキは感慨深そうに言うとゼットを見た。
「でも、なんでゼットさんは赤がお父さんって思ったんですか?」
「エース兄さんに昔作ってもらったんだ。赤と銀の鯉はエース兄さん、俺は青でー」
「なるほど…確かにエース兄さんは赤ですね」
ゼットが感慨深そうに言うと、あ、とハルキは声を上げた。
「じゃあじゃあ、青のゼットさんなら、黒はベリアロクさんでしょ?俺はー銀ですかね!ゼットさんの銀色に、ストレイジのグレーの制服に似ているような!」
ハルキが言った時、突然強い風が吹いた。
黒と赤の鯉はうまく棚引いたが、一番下の青の鯉だけが、しっぽが絡まってうまく棚引けなかった。
ゼットは紐に絡まった青の鯉をそっとつまんだ。
破かないようにそっとほどいてやれば、風にその体を載せて大きく泳ぎ始めた。
ー強い逆流の中を、滝までも登ってしまう鯉のようにー
ゼットは頭上を見上げた。青い空の奥に、宇宙の藍色が見える。その奥で、いくつもの星が渦巻いていた。