図書館にて 古今東西の名著を集めたここカルデア図書館は、多少なりとも文化教養を修めた人間にとって垂涎の的だろう。あのプトレマイオスをも唸らせた叡智の森の中で一人の青年が本を漁っていた。
花畑で花冠を編む少女のように、楽しげに無心に本を選んでいく。本来数学の徒である彼だがその興味は多岐に渡り、その腕の中にあるのは哲学書や小説、経済学など一見すると脈絡ない。この知識達で彼はどのような花冠(謎)を編むのか。それは彼自身にすら預かり知らぬ所だった。
整った横顔にしばし見惚れていると、視線に気付かれたのかこちらを振り向いてから、あからさまに目を逸らされた。
その怯える小動物のような──本人は絶対に認めないが──様子のなんと愛らしいことか!
一歩、彼に近づいた。決して視線は向けないがこちらの様子には過敏に反応する。ひくりと背筋を震わせて、近づいた分だけ距離を取られるが構わず距離を詰めた。
「やあ、何を企んでいるのかな」
「……貴方には関係ない」
明らかに強張っている横顔を観察する。老齢の宿敵が自分に対して向けるのとはまた異なった種類の嫌悪感だ。そして自分も若い彼には宿敵とは異なった感情を抱いている。
はっきりと嫌われていることは理解していた。無駄な諍いを避けたいのだろう、避けられていることも。だがその反応が可愛くてつい虐めてしまう。本当を言えば他の表情も見たい、それどころか彼の全てを独占してしまいたい。
最近は彼もカルデアに馴染み、親しげに話す相手が出来ているがそれすら気に食わない。とりあえずジキルにはあまり話さないように言いくるめた。
「未熟な君にはせいぜい頑張ってもらいたいと思っているのだよ。彼の作る謎に比べれば稚拙だが、暇潰しくらいにはなるだろう」
軽く挑発すればようやく彼はこちらに視線を向けてくれた。怯えつつも気丈に睨んでくる漆黒の瞳がたまらない。なんて可愛らしいのだろう。このまま一口で食べてしまいたい──何だその表情は?
そこで私は初めて周囲のサーヴァント達がざわついているのに気付いた。彼らは一様に私へ視線を向けている。
「はわ……はわわわわ……!」
それを諌めるはずの図書館の主までも顔を真っ赤にして狼狽えていた。
──彼女の能力に泰山解説祭というものがある。対象の内面をまるで小説のモノローグが如く文字として浮かび上がらせて周囲に詳らかにしてしまう。しかも発動は彼女自身にも制御できない上にその文字は対象本人には見えないのだから質が悪い。
周囲の反応から察するに、私には泰山解説祭がかかっている。つまり今まで考えていた人に言えない類の欲求は彼を含む周囲に筒抜けであるということで──
美しい青年は目の縁に涙を溜め一歩後ずさった。そんな顔も可愛いな、と見惚れていると。
「へ、変態!!!」
そう叫んで逃げ出した。残された私はその言葉に殴られたかのようにいつまでも立ち尽くしていた。