この想いが、偽りだと謗られようとも構わない。
選択した行動を、歪んだエゴイズムだと罵られようとも構わない。
もしも彼女自身に非難されたら…………きっと辛い。それでも、後悔はない。
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白いピアノのある部屋――かつてマツモトもよく訪れたヴィヴィのアーカイブ領域を、どこか彷彿とさせる――は、マツモトがヴィヴィのために手配し、用意した部屋だ。ピアノは、もしヴィヴィが“また”作曲したいと思ったときに使えるようにと、部屋と併せて備えた。
普段、歌姫の仕事以外の時間は、この部屋でヴィヴィもマツモトも過ごしている。
ふたりでただただ他愛ないことを話しているときもあれば、ヴィヴィが歌の練習をするのを、マツモトが聴くだけのときもある。また、夜になると大体ふたりともスリープ状態に入って、演算回路を休息させることが多かった。
二XXX年四月十一日 午前0時
月灯りが、ヴィヴィとマツモトの部屋の窓から、やさしく射し込み、部屋の中を青白く照らしていた。
この日、ヴィヴィを覚醒させてから季節が一巡し、丁度一年経過した。
スリープ状態に入ったヴィヴィの、人間のうたた寝のように見える寝姿を眺めながら、そろそろ話さなければいけないだろうかと、マツモトは演算回路を働かせた。
ヴィヴィに、彼女とマツモトが駆け抜けた百年の旅路のことを、話すときをずっと探っていた。
ヴィヴィは自分の知らない自分のことをマツモトが知っていることに覚醒して日が浅いうちから気付いていて、そのせいで不安と不信感を抱かせてしまったことがあった。そのときは、いずれ話すと約束したことで納得してくれたが、きっと本当は今でも過去を詳らかにしたいと思っているだろう。あれからは一切、何も訊いてこない健気な彼女に、マツモトも早く応えたかった。
この箱庭のような部屋は、とあるテーマパークの敷地にある。その敷地内にある牧歌的な広場で歌っていた。ヴィヴィはある種のストリートミュージシャンのようにも思えるほど、かしこまらないラフな形で歌っていた。今はヴィヴィと出逢った頃よりもずっと未来なのに、その光景はマツモトにとって、その頃のニーアランドよりもずっとアナログで、どこか懐かしい風情を感じるものだ。
しかし、それは当然の時流であった。
先のアーカイブ反乱の影響は甚大で、人間とAIとの溝を大きくしただけではなく、アーカイブと接続し、暴動を起こしていたAIのすべてが停止し、それにより世界のAIテクノロジーのほとんどを亡失する結果となった。
これを受け、人類はAIや科学技術への付き合い方を、長い時間をかけて見直した。
そこで忘れてはならないのは、反AIテロリスト集団であったトァクの尽力だろう。当初ほとんどのAIが停止したとはいえ、AIへの憎悪が弾けるほどに膨らんでいた世界の風向きを、少しづつ変えていったのはトァクだ。
反AI思想を持つテロリスト集団がアーカイブを制圧し、人口衛星の墜落を止めたと知れると、世論は彼らに耳を傾ける者も出てきたのだった。
トァクは垣谷ユイを筆頭にして、人間がAIに依存しすぎていたことへ警鐘を鳴らし、人間さえ過ちを犯さなければ、共に並び立てる友人であるとして世界に示そうとした。
その活動には、歌姫AIヴィヴィを世界を救ったAIとして世に知らしめたことも含まれるのだが、それはあくまで人間側の話だ。
ふたりの話に戻そう。
ここで歌い始めた頃より、ヴィヴィの歌に足を止める人が多くなってきた。一定の固定客もいるようで、彼女の表情も毎日充実しているようだった。
マツモトはもう一度、ヴィヴィの青白い寝顔を見つめた。
朝になり、ヴィヴィが歌姫の仕事を終えたら、すべて話すと腹に決めた。
それで、ふたりの関係が変わってしまっても、ヴィヴィと交わした約束は果たさねばならない。