さがしものはなんですかどこかに落としたらしい。
それはここ最近ずっと持ち歩いていたもので、ふとした時にああ、今日も持っているな、と確認しながら過ごしていた。先程、いつものように確認した時に無いことに気づいたのだ。どこで落としたのだろう。外に出すこともせず、常に手元に置いていたのに。
どうにも不思議な顔をしていたらしく、会社の者に声をかけられた。無くしものをしたようでと言うと、何を無くしたのかと問われる。それは至極当たり前の会話なのだが、私の口は言葉に窮した。
大事にしていた“それ”が一体なんなのか、思い出せなくなっていた。
その日は酒を飲んでいた。酒を飲んで様々な言葉を吐き出した気もするし、そうで無いような気もする。朝起きた時に隣にいたのはさっきまで一緒に飲んでいた社友ではなく、時たま身体を重ねる青年だった。なぜ自分はここにいるのかと問うとその目がぱちりと見開かれたが、酔ったお前がこの住所をタクシーに伝えたのだと、会社のひとが連れてきてくれたからお礼を言うように(名刺を見ると冠萱だった。そう言えば彼と飲んだのだった。謝らなければ。)と言うきりで、それ以外は分からなかった。
「なにか」
無くしものをした気がすると言うと、持ち物は鞄だけだったと言う。この時も何を無くしたのかと問われたが、それも思い出せないと言うと少し笑われた。
「この埋め合わせは」
口を開いたが彼の言葉に遮られる。俺はいいから、会社のひとによろしく、酒代もきっとそのひとが持ってるからと念を押された。分かったら教えて、探すからと言いながら送り出される。
「无限」
少し様子がおかしかった。
「昨日のこと覚えてないんだよな」
答えは是。1秒置いて彼は、ならいい、いってらっしゃいと口にした。
その日からしばらく、身体はとても軽かった。あれは重いものだったのだろうか。
それでも、私はそれを見つけたかった。どこを探してもないそれの場所を、私はきっと分かっていた。
さがしものはなんですか。それはきっとあの部屋にある。あの部屋できっと落としたのだろう。だから次にその部屋に行った時、私は思い出し、見つけるだろう。あの青年が持っている。だって彼を見たときもう少しで思い出せそうだった。あの寝顔を目にした時にまた見つけていた。
私が落としたその言葉を、もう一度彼に渡したかった。
受け取ってくれるだろうかと少し笑い、私は帰路の人々に紛れた。