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    #Bloodborne
    #シモルド
    simoldo

    過去ログ15灰のように細かい雪が肩に薄く積もる。
    それを払う剥き出しの指は血が凍るほど冷たく、骨の髄まで悴んでいた。身体中に浴びた血は冷えた肌には火傷をするほどの灼熱に感じたが、今となってはその熱と共に狩りの興奮と共に冷え込み、ただ煩わしい鉄錆くささだけを残していた。擦り切れた服の袖口で顔に浴びた血を拭えばシモンは疲れ切ったため息を漏らした。横目で見るのは石畳の上に倒れた、狼よりさらにひとまわり大きい黒毛並みの生えそろった獣だ。
    黒い毛並みに半ば隠れた首から下げた狩人証だけが彼が教会に所属していた狩人であることを物語っている。今宵もまた、一人の狩人が獣に堕ちた。
    瞳孔が歪に蕩け興奮に開ききっている。その瞳に宿るのは狩られることへの恐怖なのか、失いつつある自我か。引き攣った呼気の間に覗き見える歯はガタガタに崩れ、舌の色は燻んで紫色に染まっている。何より病の進行が窺えるのは膝下まで伸びた枯れ枝のような長い腕と、全身に生えそろった硬い毛だ。獣の病の兆候はとうに過ぎている。
    其れを早急に狩り、市民には悟らせない。そして医療という大義の影の中にひた隠す。
    狩人だけではない。病を患い、いつ獣となってもおかしくはない市民でさえも矢で射抜いては獣狩りの夜の中に隠し続けてきた。それを幾ばくもの夜も繰り返していれば、最初こそ感じていた良心の痛みさえ鈍くもなる。何度も針を打って輸血を繰り返した肌のように痛みに慣れていっている。それをふと立ち止まって考えるたびに身体中に戦慄が駆け巡るのを感じた。獣狩りに必要なのは血が沸き立つような喜びだと語る者もいたが、それを語る者たちは決して長生きはできない。
    自身と同じ教会の装束を纏う者を見て獣だと吠え立て刃を振るう狂人となるか、繰り返し繰り返し訪れる獣狩りの夜に心を病み、患い、獣となってしまうか。シモンが知りうる限り、その二択だった。獣の存在が何であるかということを自覚し、重ねる罪の枷の重さを自覚せねばきっと自分もそうなる。仄暗い罪悪感こそが自分を人間に縛り付ける手綱になっていることの皮肉さに、ふっと自嘲の笑みを浮かべた。傍に転がる哀れな狩人はもう目覚めることはない。夢を見ることも、もうない。それが唯一羨ましく思えた。
    「……せめて、あんたの魂が安らかであることを祈ろう」
    死んでもなお、悪夢の枷から逃れられないのはごめんだね、と息を止めた男の双眸に金貨を一枚ずつ置く。金貨二枚もあれば服の新調はできるだろうと後ろ指を指されるのは知った上だ。だが、シモンは他人の目に愚かに映らなくてはならなかった。誰よりも惨めで弱々しい、街のカーストの底辺に位置する姿を偽る必要がある。街の暗部に身を潜めるために。
    その二枚の輝く金貨は餞ではない。ただ、命の灯火が消えた先、自身にも救いがあることを祈る偶像だった。今のシモンに縋れるものはそれしかない。聖堂街から響く、獣狩りの夜が明けたことを告げる鐘の音が響いてもシモンの心はひどく空虚感に満ちていた。今宵を終えても夜はまたやってくる。月はまた昇るのだ。

    「見ろよ。あのけったいな仕掛け武器とあの惨めな格好をよ」
    「弓……だろう?あんなもので獣に挑む狩人の気が知れないもんだ」
    「ああはなりたくなないねえ……。それならさっさと獣にでもなった方がマシだろうさ」
    嘲笑は気のせいではない。明確な悪意はシモンへと向けられ、冷めた心が軋むのを感じた。しかし、その口を塞ぐのは自分の役目ではない。ましてやそれをしたところでシモンの益は一切なかった。何せ、彼のことを嘲笑う人間は一人や二人ではない。病んだ街に住む全員がシモンの様を笑うのだ。昼の街の雑踏に紛れ、ただ路地に佇むだけでも。
    「あまり気にしない方がいい。ああいう輩は何かを嘲っていないと、もう……心を保てないのだろう」
    その声に一切の嫌味も棘もない。一切の曇りなく哀みを感じているのだろう。彼のかける言葉は正論そのものだ。毎夜のように訪れる獣狩りの夜は一般市民の心を蝕み、病ませていく。いつ獣の牙が自分の肌を裂き内臓を貪るのか怯えている。獣に怯える市民を誰よりも彼は案じているのだろう。しかし、その言葉選びの一つ一つに嫌味で返したくなるのは自身が皮肉を愛しているからなのか。また別の何かに苛立っているのか判りかねない。ため息混じりに小さく舌打ちを漏らした。
    「俺が気にしているようにでも見えるかい?だとしたら……随分と甘く見られたものだな、英雄様」
    身を窶していようと、両手を罹患者の血で穢そうと英雄と呼ばれるほどの男になっても彼は一切変わらなかった。傷つく言葉を投げかけられているのを見過ごさず、気にかけてくれている。本来ならそれに感謝するべきなのかも知れないが礼の言葉はいくら探しても喉から出てくることはない。ただ、喉に刺さった小骨のように煩わしい掻痒感だけを残していく。
    善意に対して礼の言葉一つも口にしないのはヤーナムの住民らしいだろう。それを理解している上でただつまらなそうに吐き捨てた。どうせこの街を出ては生きていけはしないことだってよく分かっている。自嘲めいた感情を胸の内に隠し表に出すのは太々しい態度だけだ。そんなシモンの胸の内も分かっているかのように一つ肯けば英雄と呼ばれる男は、また、と小さく手を上げて聖堂街の雑踏の中へと足を踏み込んでいく。
    彼は決して雑踏に紛れることはない。市民が彼が誰であるかに気がつけば、感謝の念を述べて頭を下げる。まるで靴を舐めるかのように頭を深々と下げる老女を前に明白な困惑を見せているようだが、シモンは助け舟を出せるような立場ではない。むしろ、どこかザマアミロという底意地の悪い心地を覚えて胸のすく思いさえ感じた。おおよそあのまま老女の相手をしていれば半刻は身動きは取れまい。
    困るくらいなら力づくで追いやればいい。ヤーナムの住民らしく口汚く罵倒し、突き飛ばしてでもすれば怯えて道を譲ることだろう。彼はそれほどの力も権力も持っている。しかし、決してそうすることはなかった。だからこそ彼は英雄として名を馳せることができたのだろう。それを羨ましいとはシモンは思わなかった。穏やかな陽光が照らす、ヤーナムでは珍しく賑わう表通りに背を向けて裏路地へと足を踏み入れた。ほんのりと香る獣避けの香の匂いが微かに残っている。
    暗い路地の向こう。その奥に身を隠すように蹲る子供がいた。泣いているのか。膝を抱えるその背中はひくっひくっと震えている。わざと足音を立てて近づけばシモンに気がつき、脂塗れの頭を上げてこちらを見た……瞬間に、みすぼらしい様相の子供は脱兎の如く駆けていく。
    垢塗れの顔を見た。その瞳は懐疑的で警戒していた。察するに、自分と同じ窶しと思ったのだろう。
    もしも、ここに現れたのが教会の白装束を纏う者であったら子供は逃げなかっただろうか。もしも、誰もがその名と顔を知る、それこそ英雄とでも呼ばれる男であれば、あの子供はあんな敵意に輝く瞳で睨め付けることはなかっただろうか。人間の肌が発する饐えたような残り香と獣避けの香が混じる、吐き気が催すほどの匂いに胸がむかつくのを感じた。
    「……」
    胸のむかつきは香りが薄くなってもまだ収まらない。それどころかむかつきは吐き気となって増していくのを感じた。胃液が込み上げるのを無理やりにでも飲み込めば不愉快そうに溜息を吐いた。
    自分は窶しだ。それを真似て病の兆候を見せた者を闇から討つ。決して歓迎される仕事でも身分でもない。それを改めて突きつけられるのは気が滅入った。特に子供が相手となればだ。

    昼が過ぎ、優しく照らしていた陽光が傾き、そして陰る。夜がまたやってくる。深い闇の悍ましい静けさを肌で感じながら獣に悟られぬほどシモンは小さなため息を漏らした。シモンが病の兆候を見せた者をいくら消そうとも、獣狩りの夜の回数は減るどころか数を増していった。何故、という疑問を抱くつもりはない。だがそれでも、自分の行う狩りは全くの無意味に等しいと言われているようで気が滅入る。
    しかし、気が滅入ったところで自分もまた狩人なのだ。そう戒めながらまた弓剣を構える。キリキリと引き絞って軋む弦の重さが肩に乗ったが、矢尻の先は聖堂街の広場に佇む一体の獣を頸からブレることはない。
    しかし随分と体の大きい獣だ。矢一本で命を奪う自信は微塵もなかった。かと言って矢を外せば警戒と怒りに任せてこちらへ駆け、鋭く尖った湾曲した爪でシモンの喉の肉を抉るだろうことは想像に容易かった。本来なら複数人の狩人で行動し、一体の獣を集団で狩るべきなのだろう。その為に、今や狩人は教会だけではなくヤーナムの市民からも集い一種の群衆と呼べるほどの規模となった。しかし、その規模に対抗するかのように獣の数も増えている。狩人の数はまるで足りていない。それにシモンのような狩人と好んで共にする者も多くはなかった。
    しかし、虚しさも今だけは感じることはない。
    緊張に渇く息を呑んで、ついに矢を放った。放射線を描いた矢は獣の頸を貫き、背骨と神経を断つ筈だった。
    だが、矢は石畳を砕くだけで獣には擦りもしなかった。血を吐くような叫びを上げながら獣へと特攻した狩人に驚き、獣は飛び上がりながら一歩退いた為に。突然の襲撃者に驚いたのはシモンも同じだ。襲撃者が纏うのは教会の装束ではない。恐らくヤーナム市民の狩人だ。右手には柄の短い斧を、左手には炎が轟々と盛る松明を構えていた。
    獣の咆哮めいた叫びを上げながら斧を振り回す。その姿はさながら獣に襲われ、命の危機に晒された哀れな人間だ。しかし彼は違う。自ら獣へと駆け寄って斧を振り回し、この獣を狩り殺そうとしているのだ。それが名誉のためか誇りか、あるいは怒りに突き動かされているのか遠目からではさっぱり男の意図は読み取ることはできない。だが一つ明らかであることは、あの男は間も無く死ぬということだけだ。
    松明の炎に炙られた獣が怒りの叫びを上げた。叫びを上げながら振りかぶった右手は狩人の顔を殴りつけた。
    「馬鹿め……!」
    顔を殴りつけられた狩人の首の骨が砕け、頭が背中を向く。カッと見開いた目と視線が合う不吉さに怖気を感じて身震いした。
    間違えれば自分もああなるという恐怖心に肝が冷えるも、隠れて震えているわけにはもういかない。放たれた矢の存在に気がついた獣が鼻を鳴らして、ついにはシモンが身を潜めていた木の陰へと足を踏み出した。弓を引く時間はもう残されてはいない。
    弓の形を成していた武器を剣の形へと変形させれば、刃を構えた。シモンは死ぬつもりなど毛頭もない。だが、仮に死ぬのであれば狩人として傷を負わせることもできないということだけは避けたかった。身を低くして木陰から飛び出る。そのまま真っ直ぐに獣の胸元に潜り込んで刃を翻す。黒い硬い毛が宙に舞い、血が噴き上がった。シモンの刃が裂いたのは両目だ。視界を奪われた激痛に獣が腕をがむしゃらに振り回す。それを何とか避けきり、距離を測れば、獣の裂かれた両目から白濁した粘液と血が顔を濡らすのが見える。腐臭を放つ病の香りに胸のむかつきが蘇る。視界が奪えたのであれば殺すのは容易いだろう。目を狙うのは一種の賭けだったが上手くいった。その高揚感だけは狩りの中でしか味わえない、唯一心が浮き立つ瞬間だった。そして気がついた。今し方、死んだ狩人も夜の恐怖の中、この高揚感に縋っただけの哀れな男だったのだと。血が浮き立つような興奮が冷めるのを感じながら、また歪な曲線を描く刃を翻して獣の首を掻っ捌いた。
    ぶしゅっと濁った音を立てて血が噴き上がる。腐った血の噴水を向こう側で憎悪に歪む獣の顔を見た。
    黒い毛に包まれた体が崩れ落ち、薄く雪が積もった石畳にその身が倒れる。そのすぐ近くに足音もなくまた一人男が現れた。
    「なんだ……?出遅れるなんてらしくもないじゃないか。なあ、英雄様」
    教会の装束であることを示す白い装束は余すところなく血に染まっていた。右手に持つ剣、聖剣とまで呼ばれる白い刃もまた新鮮な血に濡れている。既に何体もの獣を狩ってきたのだろう。息も弾み、汗が額から滴る。その表情には微かな疲労も見えていた。
    「悪いが、ここの獣は俺が狩った。あんたに譲れる獣はもういない」
    あんたを待っている人がいるだろうと皮肉まじりに道を譲ろうかとした矢先、前触れもなくルドウイークの持つ剣の切先が獣のこめかみを貫いた。それも一度だけではない。体重をかけては切先を捻じ込み引き抜く。脳味噌をかき回すように何度も剣は獣のこめかみを抉り、頭の半分を挽肉にするまで続けられた。何かに取り憑かれたようなルドウイークの作業的な動きに息を呑んだままシモンは動けなかった。
    「なあ……、あんた。そいつはもう、……死んでいるぞ」
    引き攣った表情ながらも声をかける。シモンは知っている。夢でも見ているかのような虚な瞳に、生来から掛け離れた攻撃性と異常性が示すその意味を。それこそ獣の病の兆候であることをシモンは誰よりも知っていた。
    「……頼む。しっかりしてくれたまえよ。あんたは……ヤーナムの英雄なんだろう?」
    視線はシモンと噛み合うことはない。遥かに遠くを見つめるような双眸に心臓が凍えるかのような衝撃を受けていた。
    あのルドウイークがまさか獣の病になど患うはずがないと、そう信じ込んでいた自分の傲慢さにもまたショックを受けていた。
    「……泣き声が」
    ただ一言、そう呟くと細かく刻まれた肉が絡む剣を握り直した。その声はシモンに宛てたものではないことは明白だ。虚な視線と同じくひどく空虚だった。
    「赤ん坊の……泣き声が、聞こえるのだよ」
    「……赤ん坊なんてここにはいない。獣の声だろうさ」
    ようやくシモンへと向けられた声は掠れていた。何処かに心を置き忘れたかのような声にも、語る内容にもぞっとしながら口早に否定した。
    その様子に安堵したかのように深いため息をつき、剣を杖のように立てながらその場に膝をついた。獣の血に触れた白い装束がさらに血に染められていく。
    「君にも聞こえないのだね……」
    諦念めいた呟きは絶望を超えていっそ穏やかですらあった。
    どう声をかけようとも慰めにもならない。それを悟った上でかける言葉を選べるほどシモンは器用ではなかった。そして偽善者にもなりきれなかった。困惑と不吉な予感に縫い止められたまま、シモンはその場を離れることもできずにルドウイークの傍に佇んでいた。
    その沈黙を砕いたのは、シモンの耳にも届いた幼い子供の泣き声だった。すぐ近く、広場の門の前に声の主はいた。
    あ、と声が漏れたのはその正体が、昼間路地であったみすぼらしい姿をした子供だったからだ。今度はシモンへ向かって真っ直ぐと駆け寄ってきた。シモンにもルドウイークにも目もくれず、小さな足で必死に駆けた先にあるのは血に染まった息絶えた獣だ。
    「……おとうさん」
    涙に濡れた声はシモンが殺した獣を父と呼んだ。バクンバクンと嫌な音を立てて弾む心臓を抑えるように胸の上に拳を置いた。痛いほどに跳ねる心臓の音が漏れないように小さく息を漏らした。何故、こうも動揺してしまうのか分からなかった。彼は救う余地などない獣だったのだ。それはこの幼い子供には今はまだ理解できないかもしれない。だが、決してシモンは自分の行いが間違っているとは思わなかった。
    その行いに胸を張れるのであれば、黒い硬い毛に顔を埋めてしゃくり出す子供の襟を掴んで引き離すべきなのだろう。だが、父との今生の別れを目の当たりにした子供に対して……できなかった。
    教会の上層部には孤児院があると伝え聞いたことがある。その子供は父を失い、恐らくだが母も失っているのだろう。一人残された子供にそれを伝えるのは自分の役目ではない。教会の装束も纏わぬ、窶しの身分では信頼は得られるとは思えなかった。
    そのシモンの胸中を察したように、雪と砕けた石畳の破片を踏みながら一歩ルドウイークが足を踏み出し子供の傍に膝をつく。
    「彼は……君の父親だったのかね? ……すまないことをした」
    先ほどの妄執めいた声音は鳴りを潜め、その声音は優しく子供の心に寄り添うように穏やかだ。
    父だったのかという問いかけに頷けばやりきれない、行き場のないため息が静かに溢れた。しゃくり上げる優しく子供の背中を撫で、すまなかったと頭を下げる。濃厚な獣の血を纏い、全身に生臭い死臭を纏っても子供はその手を振り解くことはしない。優しく抱かれるままに父親の死を悼んでいた。
    先ほどと打って変わったルドウイークの様子に誰よりもその様子に安堵したのはシモンだった。
    もし、彼が獣の病を発症しているのであれば子供であれ白刃を躊躇いなく子供に突き立てることを選んだだろう。しかし彼はそうせず、英雄と慕われるだけの優しさで子供の痛みに寄り添っていた。彼の表情は真上から差す月明かりの下では伺いきれなかった。だが、心配はいらないと、緊張に強張る体が弛緩した。
    「なあ、英雄様よ。一度大聖堂へ戻るのかね」
    子供を連れたまま、庇ったままではいくら体力も剣の技術に優れていても無事でいるのは難しいだろう。
    その問いかけにもまた一つ頷き、子供を抱き上げて大聖堂の方向を向いてルドウイークが距離を図る。往復するのには半刻も掛からないだろうが、子供の受け渡しに手間取ってしまえばさらに時間はかかるだろう。
    「ならば、夜が明けるまではその子の傍にいてやったらどうだね。その様子なら粗方の獣は片付けてきたのだろう?」
    あとはシモンを含む狩人たちで事足りるだろう。普段であればそんな気の利いた言葉が口をつくことは無かったが、今宵はあまりにも皮肉を言うのに躊躇いを覚える夜だった。シモンの言葉にまた、心あらずといった具合に肯定を示す。
    だが、その視線はやはり遠く、シモンの遥か向こうを見つめていた。空に昇った月を見つめているかのようにヤーナムの街を見据えてはいない。
    彼の視線の先にある、何か得体の知れないものの気配に怖気を感じたシモンは頭を小さく振り俯いて表情を隠した。
    「市街にまだ獣が残っていると聞いた。君にそちらの援護を頼みたい」
    行こうか、と抱き上げた子供に声をかければシモンの傍を通り大聖堂へと続く道へと足を踏み出した。英雄に抱き上げられた子供は弛緩して、小さな寝息を立てている。身を守られる安堵感は久しかったのだろう。垢や血に塗れたその顔は幼さよりも苦労が滲んでいた。
    「……シモン」
    シモンの脇を血腥さを纏いながら通り過ぎる。その最中、ルドイークが不意に声をかけた。
    「私は、皆が思うような……英雄ではないよ」
    悲痛さを帯びた声はシモンにまた、冷たい礫を投げかけられたような心地を覚えさせた。
    「……そうかい」
    否定も肯定もできない。ただ、その言葉をそのまま受け入れることしかできなかった。
    「聖堂街の獣は皆狩った筈だが、せいぜい気をつけたまえよ。ルドウイーク」
    その声は彼の耳に届いたかは、振り向いて彼を伺わなかった以上は分からない。返事があったのかさえ分からないまま足は市街に続く道へと踏み出していた。返事を待たなかった理由は明白だった。聞きたく無かったからだ。
    彼の虚な返事を、視線を見据えたくは無かった。それが理由だった。
    遠のく足音と気配を背に受けながら吸う、冷えた街の空気は肺を軋ませて胸のむかつきを増長させるだけだった。
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    pa_rasite

    DONEブラボ8周年おめでとう文
    誰かが見る夢の話また同じ夢を見た。軋む床は多量の血を吸って腐り始めている。一歩と歩みを進める度、大袈裟なほどに靴底が沈んだこの感触は狩人にとって馴染みのものだった。獣の唸り声、腐った肉、酸化した血、それより体に馴染んだものがあった。

    「が……ッひゅ……っ」

    喉から搾り出すのは悲鳴にもならない粗末な呼気だ。気道から溢れ出る血がガラガラと喉奥で鳴って窒息しそうになる。致命傷を負ってなお、と腕を手繰り寄せ振り上げる。その右腕に握るのは血の錆が浮いたギザギザの刃だ。その腕を農夫のフォークが刺し貫いた。手首の関節を砕き、肉を貫き、切先が反対側の肉から覗いた。その激痛にのたうちまわるどころか悲鳴さえも上げられない。白く濁った瞳の農夫がフォークを振り回す。まるで集った蝿を払うような気軽さのままに狩人の肩の関節が外された。ぎぃっ!と濁った悲鳴を上げればようやく刺さったフォークが引き抜かれた。その勢いで路上に倒れ込む。死肉がこびりついた石畳は腐臭が染み込んでいる。その匂いを嗅ぎ取り、死を直感した。だがこれで死を与える慈悲はこの街にはなかった。外れた肩に目ざとく斧が叩き込まれたのだ。そのまま腕を切り落とす算段なのだろうか。何度も、何度も無情に肩に刃が叩き込まれていく。骨を削る音を真横に聞きながら、意識が白ばみ遠のきだした。いっそ、死ねるのであれば安堵もできただろう。血で濡れた視界が捉えるのは沈みゆく太陽だ。夜の気配に滲んだ陽光が無惨な死を遂げる狩人を照らし、やがて看取った。
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    pa_rasite

    DOODLEpixivにアップしてたの引っ込めたのでこちらに
    過去ログ10ここは地獄だ。そう独り言ちたのは帰る家を何年も前に無くしたような襤褸を纏った一人の男だ。目元は古びた包帯に巻かれ塞がれているが、不思議と視界に問題はなく岩場をゆっくりと降っていく。降る途中、目についたのは青白い肌をした巨人だ。その巨体に釣り合いの取れた大砲のような銃を構えている。
    こちらに気がついていないのを幸いに、シモンは静かに弓を引いて狙いを定めた。毛髪のない巨人の頭だ。狙いを定める時間は短いにも関わらず、矢の切先は巨人の頭部を貫き脳漿をぶちまけた。巨人の命を刈り取ったのを見届ければ、またゴツゴツとした足場の悪い岩場を降る。
    鼻につく血腥さはべっとりと張り付き、吐き気を誘った。
    シモンは口と鼻を覆うように襟を立て、袖口で顔の半分を抑える。血の川が流れるのは一際目立つ、壮大な教会だった。地面を埋めつく夥しい量の血は教会から流れている。本来であれば救い手になる為の聖域だ。そこから穢らわしい血が溢れかえっているのだ。その悍ましさに身の毛がよだつのを堪え、慎重にその足を進めていった。べちゃりべちゃりと靴底を鳴らすのは血だけではない。砕けた肉片までもがへばり付いているのだ。
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