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    pixivにアップしてたの引っ込めたのでこちらに

    #ヴェノム
    venom.

    過去ログ31これが夢だということはすぐにエディは理解していた。自分は決して反社会的ではなかったし、暴力沙汰も好まなかった。だから今、この両手が血に染まっていることは夢だとすぐに気づくことができた。骨まで焼けつくような憤怒も。今すぐにでも目の前の男を殺してやりたいと思うほど増幅する殺意も。

    「俺はお前なんか知らない」

    目前の人物は細身ながら引き締まった青年だろうことが伺える。赤と青のスーツに身を包んだ体は地面に伏していた。エディが、ヴェノムがそうさせたのだ。拳で殴打し、腹部を蹴り上げ、爪で皮膚を裂いた。猫が鼠を嬲る残忍さだった。普段のヴェノムからは想像もできないような行動だっただろう。これが正義の元の鉄槌だったとしても決してここまでするはずがない。そして今はあんなに煩わしかったはずのヴェノムの声は聞こえなかった。何度も呼びかけてもお節介なエイリアンの声はエディの耳にも脳にも届かない。声はなくともエディに響く言葉はあった。それは一つ、『殺せ』。それだけだ。戦意を失った奴にトドメを刺せ。心臓を抉り出せ。脳を食い破れ。到底正気ではない言葉が投げかけられる。どうしたんだというエディの問いかけにも応えない。いくら夢であってもこんな悪夢があってたまるだろうか。

    「エディ。スパイダーマンを殺せ」

    「……俺はスパイダーマンなんて知らない」

    「お前だけだ。エディ。殺せるのはお前しかいない」

    見えない糸に操られるように拳を握らされた。このまま頭を砕かせる気なのだろうか。寄生体の下の肌に鳥肌が立った。エディは決して善良ではなかったが、それでも罪のない人間を殺すことには当然抵抗がある。地に伏せた彼は年下であることは間違いなかった。声から予想するならまだ学生なのだろう。子供を、ましてや戦意を失った人間を嬲り殺すようなことをエディは決して望まなかった。それはヴェノムも同じであるとエディは信じていたのに。今や、まるで別人のような変貌だった。
    夢は悩みを映す鏡だ。そう言ったのはヴェノムだ。アンの心が離れて孤独感に苛まれていたとき、毎日のように悪夢を見た。悪夢にうなされ目を覚ます度、意味があるものを恐れる必要なはないとエディを朝日の中で宥めていた。その口調はまるで子供に言い聞かせるようなものだったし、当然それはエディの神経を逆撫でた。だが、今はそうされてもよかった。エディの抱えている悩みが何であるのか。目が覚めたときにまた教えて欲しかった。宥めてくれてもいい。ただの夢だと欠伸でもしながら適当に流してくれたっていい。もはや祈るような心地だった。
    握った拳を振り上げぬよう渾身の力で押さえ込む。現実ではないのに腕の筋肉は隆起し、震える。暴力衝動を抑えるのに息までもが乱れた。乱れた呼吸のせいでこめかみまでズキズキと脈を打ち始めた。きっと今の寝顔はひどいものだろう。いい加減、ヴェノムが異変に気づいて叩き起こしてくれればいいのにとさえ思い始めていた。今なら頬を張られても頭突きをされてもキスの一つでもして感謝してやるというのに、と。

    「俺は……、俺はこんなことしたくない」

    否定の言葉で訴えれば視界がぐにゃりと歪む。チューニングが合わないラジオのように音までもがノイズが走る。深夜に放送されていたキューブリック監督の時計仕掛けのオレンジを思い出した。目も背けられない中、強制的に映像が視界いっぱいに流れ込んでくる。そこにスパイダーマンと呼ばれた男の姿があった。彼を悪人と決めつけ仕事に失敗したエディの姿が。自害を試みた教会の中に現れたシンビオートが。ヴェノムとなってスパイダーマンへの恨みを募らせ逆恨みをする姿が見えた。しかしこれはエディの記憶ではない。少なくとも、スパイダーマンが存在しない世界におけるこのエディのものではなかった。

    「俺じゃない!俺にこんなことをさせないでくれ!」

    必死の懇願もどこか空々しく流れていく。この声は決してシンビオートには届いていないのだろう。耳が痛くなるような沈黙が続き、やがてシンビオートが声を発した。

    「お前にはがっかりだよ」

    冷たく突き放すような声だった。その声が持つ意味をエディはよく知っている。彼の前から離れていった者たちが発するものであると。溶けるよう黒い肌が剥がれていく。エディを見限ったのだろう。そこに躊躇いはなかった。顔から剥がれ、指からすり抜け重力に従い地面へと落ちていった。慌てて指で手繰り寄せるも水のようにするりと抜け落ちていった。
    待て、と静止を呼びかけるもシンビオートは一瞥もせずエディから離れていく。

    「お前がいないと、俺は……」

    エディの声を背中に受けながらシンビオートが向かったのはスパイダーマンだった。未だ立ち上がることもできない彼の胴にシンビオートがしがみつく。久しく会う恋人のように優しくその体に黒い触手を張り巡らせたかと思えば、スーツに染み込むように一体化した。エディにはもう何もなかった。知らない街に置き去りにされた子供のように無力で孤独だ。シンビオートに戻るよう訴える説得さえも叶わない。
    赤と青のスーツは侵食するように黒く塗りつぶされていく。細かな触手がスーツの上を這い、生地の繊維に絡みついていく。シンビオートの治癒が行き届いたのだろうか。スパイダーマンと呼ばれた男がゆっくりと立ち上がった。黒いスーツを見せらかすかのように。

    「俺はお前じゃなくても構わないのさ。エディ」


    耳元で電子音が聞こえた。同時に瞼の裏に白い朝日を感じる。しかし、ようやく夢から現実へと戻ってこれたという安堵はない。じっとりと寝汗に塗れていることに気づいても目を開けることはできなかった。

    「エディ!エディ!朝だぞ!」

    喧しい声が忙しなくエディを呼びかける。シャッと遮光カーテンを開き、一層明るくなった陽光が瞼を差した。だが瞼を開くことがおろか、体は鉛のように重たい。エディが目を覚ましていることは一心同体のシンビオートは気づいているのだろう。きっと深酒のせいで起きれないと思っているに違いない。

    「だから酒は控えろって言っただろ。ほら、水だ!エディ、二日酔いにはこれなんだろ」

    浮腫んだ瞼を開ければ水の入ったペットボトルが頬に突き刺さった。蓋は開いている。気を利かせたつもりだろうが勢い余って水が顔にぶちまけられた。横になっているエディの鼻の中にまで水が流し込まれる。痛いやら冷たいやら最悪の目覚めだ。だが、今はその騒々しさは悪夢の後味の悪さを忘れさせてくれる。羽毛が詰められた枕をコインランドリーの乾燥機にぶち込む手間が増えたが。

    「……いい朝だな」

    「お、そいつはよかった」

    皮肉とは疑いもせずにエディに無理やりペットボトルの口を押し付け、水を嚥下させる。ついでにまだ鳴り続けている目覚まし時計のアラームを殴りつけて静かにさせるのを横目に小さくうめいた。
    すでに郵便受けから新聞を持ってきたのだろうか。サイドテーブルには今朝の新聞紙と水道代の支払い遅延の封筒が置かれている。その封筒を見てほっとする日が来るとは思わなかった。これが現実であるという証明だ。

    「朝飯にしよう。シリアルとパンケーキどっちにする?」

    そうは聞いてはいるものの、どっちにするかはヴェノムの中ではもう決まっているのだろう。すでにパンケーキミックスの袋を破ってボウルにぶち込んでいるのだから。さらにエディの返答を待たずに卵の殻を割った。それも二つも。これを見てシリアルにすると言える人間はまずいないだろう。

    「パンケーキ。なあ、頼むから火には気をつけろよ……」

    ベッドから起き上がり、シャワーを浴びて体を拭いたあとそのまま放置したタオルで顔を拭う。パンケーキミックスの粉を吸ってむせるヴェノムの姿が見えれば、お前のどこにそんな器官があるのかと突っ込みたくもなる。だが突っ込むなんて悠長なことをしている場合ではなかった。吹き飛んだ粉がコンロの火に着火して、文字通り火の粉が上がっていた。慌ててコンロの火を止め濡れたバスタオルを振り回す。いい加減ヴェノムのトラブル対処も慣れっこだった。

    「ごめん。エディ……」

    はあ、とため息を漏らしながら冷蔵庫からミルクを取り出した。

    「ほら、貸してみろ」

    とは言うものの、エディも料理が得意なわけではない。ヴェノムがおずおずと差し出したボウルを受け取ればプラスチックボトルのミルクを傾けて中に注いだ。計量カップは使わない。目分量だ。ここにアンがいればすかさず取り上げてちゃんと計量して!と怒ってくれただろう。そしてエディたちがやたら水っぽいパンケーキを朝から頬張ることになるのを避けてくれたはずだった。
    そんな未来が待っているとは思いもせず、ベチャベチャな生地が入ったボウルを泡立て器でかき混ぜる。その横でヴェノムがフライパンにバターをひと匙落とした。余熱で溶けていくバターの甘い香りが部屋に満ちていく。

    「パンケーキミックスって昔は手抜きって言われてたらしいが、いい時代だよな」

    調子を取り戻したのか上機嫌でヴェノムがラジオの電源を入れた。チューニングを合わせるまでザラザラとノイズが走る。そうして流れてきたのは交響曲第九番ニ短調だった。ビクッとエディの肩が震えて動きが止まる。思い出すのは今朝方に見た悪夢だ。時計仕掛けのオレンジみたいだなと感じたあの映像が脳裏に蘇る。エディの異変に気づくよりも早くヴェノムがラジオの音を切った。エディと同じくその音に反応を示したかのように。

    「ヴェノム……?」

    その行動が示す理由は一つだ。ヴェノムはエディの見た悪夢の内容を知っている。

    「夢だよ。エディ」

    ついこの間、自分のいる世界と異なる世界へと飛ばされた。何も巻き込まれることなく元の世界に戻ってくることができたが、不穏な夢はそれがきっかけだったとでもいうのだろうか。
    夢とはいえ、エディを見限るようなことをしたヴェノムは居た堪れないのだろう。ラジオを切ったまま所在なさげにゆらゆらと揺れていた。まるで叱られた犬だった。珍しく意気消沈とするヴェノムを見ればやっと安堵が胸に満ちるのを感じた。

    「なんだっけ?夢は悩みを映すだったか?」

    「おい!……俺が悪いみたいじゃないか」

    「さーて。本当は浮気願望があるんじゃないか?」

    たまにはヴェノムのペースを崩すのも悪くない心地だった。大慌てで噛みつき必死に否定してくるのを笑わずにはいられなかった。グンと勢いづけてエディの顔の前までヴェノムが戻ってきた。黒い体のどこかにひっかかったのかラジオが落ちた。ヴェノムのお気に入りのそれが落ちた衝撃で乾電池が飛び出て転がっていく。それにも関わらず振り向くこともしなかった。そこに気を回す余裕はないのだろう。

    「いいか。それだけは絶対にない!」

    いつになく必死だった。あんなのは自分ではないと。これ以上からかって本気で拗ねられても困る。牙が並び瞳の模様が浮かぶ頭をポンポンと撫でた。

    「……分かってるよ」

    グルル、と唸るのはやはり居た堪れなさか。ふっと笑みを溢しながらコンロに火をつけフライパンに生地を流し込んだ。生地が焼ける香りは甘い。だが、このチョコレート好きはそれだけでは満足しないだろう。シンクの端に置かれたチョコレートシロップのボトルを取り出せばほら、と差し出した。

    「今日は好きなだけかけていいぞ」

    「……キャラメルナッツもかけていいか?」

    おい、と突っ込むも先程の意気消沈具合を思い出すと強くも言えない。うーん……と顎に手をあて唸る間も期待でヴェノムがエディの前をウロウロ揺れていた。そん様子にも背中を押され、今日だけだからなと念を押す。毎度こんな甘ったるいものを朝食に出されたらたまったもんじゃない。
    許可を得れば嬉しそうに細かな触手が伸びてチョコシロップのボトルを抱きしめた。よっぽど焼き上がるのが待ち遠しいのだろう。棚に入ったキャラメルナッツの袋を取り出した。まだ生地は焼き上がらないのに気が早いなと言っても、準備をする時間が一番楽しいのだ、とそれらしいことを語った。その傍らでエディが冷蔵庫からちょっと萎び始めたトマトを取り出し包丁で切る。すかさずまな板の傍に2枚の皿が置かれた。

    「バナナもあるぞ。スムージーでも作るか?」

    「お前すぐ零すだろ?勘弁してくれ」

    早く焼き上がってほしいのか。黒い触手がフライ返しでぎゅう、と強く生地を押し付ける。びたびたの生地はフライパンいっぱいに広がり一向に膨らむ気配はない。しかし、それがおかしいと二人して気づくことはなかった。
    そして、生地の味の悪さを誤魔化すためにお互いチョコレートシロップを大量にかけるハメになるとは知るよしもなかった。だが、この朝はエディにとってもヴェノムにとっても救いあるものに違いはなかった。午前の早いうちから胸焼けに苦しむことになったとしても。
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    pa_rasite

    DONEブラボ8周年おめでとう文
    誰かが見る夢の話また同じ夢を見た。軋む床は多量の血を吸って腐り始めている。一歩と歩みを進める度、大袈裟なほどに靴底が沈んだこの感触は狩人にとって馴染みのものだった。獣の唸り声、腐った肉、酸化した血、それより体に馴染んだものがあった。

    「が……ッひゅ……っ」

    喉から搾り出すのは悲鳴にもならない粗末な呼気だ。気道から溢れ出る血がガラガラと喉奥で鳴って窒息しそうになる。致命傷を負ってなお、と腕を手繰り寄せ振り上げる。その右腕に握るのは血の錆が浮いたギザギザの刃だ。その腕を農夫のフォークが刺し貫いた。手首の関節を砕き、肉を貫き、切先が反対側の肉から覗いた。その激痛にのたうちまわるどころか悲鳴さえも上げられない。白く濁った瞳の農夫がフォークを振り回す。まるで集った蝿を払うような気軽さのままに狩人の肩の関節が外された。ぎぃっ!と濁った悲鳴を上げればようやく刺さったフォークが引き抜かれた。その勢いで路上に倒れ込む。死肉がこびりついた石畳は腐臭が染み込んでいる。その匂いを嗅ぎ取り、死を直感した。だがこれで死を与える慈悲はこの街にはなかった。外れた肩に目ざとく斧が叩き込まれたのだ。そのまま腕を切り落とす算段なのだろうか。何度も、何度も無情に肩に刃が叩き込まれていく。骨を削る音を真横に聞きながら、意識が白ばみ遠のきだした。いっそ、死ねるのであれば安堵もできただろう。血で濡れた視界が捉えるのは沈みゆく太陽だ。夜の気配に滲んだ陽光が無惨な死を遂げる狩人を照らし、やがて看取った。
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