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    のの屋

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    のの屋

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    5️⃣にメiイiド服着てってお願いされる🐯の五悠 子ども扱いをするな

    おいしくなあれ 五条悟は、いつだって『突然』だ。

    「そうだ悠仁、はいこれ」

     白を基調としたモデルルームとなんら遜色ない五条の自宅のリビングダイニング入口からおよそ十歩。九月の残暑から逃げるがごとく、お邪魔します、も言わずに立ち入った悠仁が、手触りが自慢であるカーペットのふわふわの毛足を踏みつけて振り返る。
     玄関から背後についてきた五条が差し出したのは、およそ正方形の厚紙だった。表面には少し上に寄っていつかの光景が焼かれている。

    「あれ、これ先生が持ってたの?」
    「ビルに向かっていったときに落としてたよ」
    「マジか。そんとき返してくれたらよかったのに」
    「あのとき返しちゃ、恵に燃やされちゃったでしょ」

     五条が拾わなければ二度とお目に掛かれなかったであろう、青春の一ページ。あれは梅雨が明けた頃であったか。日本が猛暑を迎える前。伏黒とともに秋葉原を散策し、偶然発見した五条悟をつけ回した日。
     結局のところ、あの日の五条は、具材メガ盛りのクレープ片手に高専一年の三人へ課す任務の準備をしていた、というのが真相で。任務地の廃ビルへそのまま向かわされた悠仁と野薔薇は、貴重な休日が潰れたことにぶうたれていた。
     その尾行中、五条曰く廃ビルに隣接する別のビルから様子を窺うべく――販売中のパンケーキが目的であったとしか思えないが――まさかのメイド喫茶へ入店していった五条。それを追ったことでメイドさんに捕まってしまい、伏黒と悠仁も入店する羽目に陥った。この写真はそのときの『チェキ』である。
     退店後、真っ先に神社で焚き上げようと言い出した伏黒を宥めるのに苦労したものだ。五条の言う通り、伏黒の手に戻れば伏黒はいかなる呪霊祓除よりも優先して灰すら残さず燃やすだろう。炎へくべた写真を見つめる伏黒のすわった目が、易々と想像できた。

    「あとこれも」

     どうやら用件は返却のみではないらしい。たった数ヶ月前とはいえ、思い出に浸る間がほしかったものだが、悠仁は五条から見覚えのない紙袋を受け取った。
     玄関で自分を迎えてくれたときには持っていなかったはずの贈り物。廊下を行く際にこっそり他の部屋から取ってきたのだろうか。一体何だろう。悠仁は写真を指の間に挟んで繁々と紙袋を開く。中は丁寧に畳まれた白と黒の布が詰まっていた。

    「なにこれ」
    「エプロン。欲しいって言ってたから」
    「えっ!? 買ってくれたん!? 助かる〜! 普通の服はいいんだけど、制服のとき困ってたんだよなぁ〜……」

     白と黒で二着のようだ。布の種類も違うように見受ける。
     前に深く考えぬまま制服姿で唐揚げを作ったとき、跳ねた油が制服に染みたのを悠仁は後悔していた。五条にも「飛んだ油で制服汚しちゃった」と懺悔した記憶がある。対して五条は「どうせ任務で泥だらけじゃん」と呑気なものであったが、気が咎めた悠仁は以来、五条宅で調理に勤しむときは服装か献立に気を配っていた。
     特に苦ではないけれど、常に頭の隅を占拠する、魚の小骨が喉に引っかかったような悩み。五条のおかげでそれとも今日でおさらばだ。五条の気配りと財力に感謝して有難く使わせてもらおう。

     ここでふと五条が普段着として着用しているYシャツの価格を思い出す。胸を膨らませながらも、はしゃがずに落ち着いて紙袋から中身を取り出し、そうっと広げた。
     照明の光を淡く和らげる白。使用された生地は、軽くも気品を感じるものだった。無骨な手で触れてしまったのが、なんだか申し訳なくなる。位高いレストランのテーブルクロスさえ担えそうな清らかな生地で縫製されたエプロンは、肩紐にあしらわれたフリルによって、品のみならず慎ましさと可憐さが共存していた。

     悠仁は首を傾げる。自分の手にあるのは、上等な作りといえど間違いなくフリル付きの真っ白なエプロンだ。これは一端の男子高校生が身につけるものではないのではなかろうか。もっと奥ゆかしく柔和な淑女にこそ贈るべきだと悠仁は思う。
     いや、五条は悠仁を日頃から事あるごとに「可愛い」と褒めるのだ。恥ずかしげもなく、恥ずかしいことを言う。まあ男も憧れる高身長の五条には、だいたいの人間が可愛らしく映っているのかもしれないが。

     とにかく五条にとって悠仁は「可愛い」らしい。故にその可愛さが増すようにフリルを装備させたいのかもしれない。後ろの紐を結べばリボンも付属するだろう。
     これは言葉なきおねだりである。さっきからそばでにこにこしている五条の心を代弁するならば「喜んでもらえて嬉しい」ではなく「着て」の二文字が正解だ。悠仁に着る以外の選択肢はない。
     ならばもう一着の黒もきっと可愛らしいタイプだろう。はてさてどんなデザインか。プレゼントへの高揚感はどこへやら、悠仁は白のエプロンを腕に掛け、覚悟を決めて黒の布を開いた。
     
    「先生!」
    「なに?」
    「なんか余分なもんついてる!」
    「いや、それでセットだよ」
    「エプロンにワンピースはついてこないんじゃねぇかなぁ!」

     どうして拾ってすぐでなく、数ヶ月も経ってから写真を返してきたのか合点がいった。話のきっかけにするためだ。
     白のロングエプロンと黒のロングワンピース。この組み合わせを提示されて全くぴんとこないほど、悠仁は無教養ではない。
     この服には立派な歴史がある。昔はこの服を纏う女性を雇うことが一種のステータスであった。人を雇用できる財力を示すのに手っ取り早かったのだろう。時代とともに文化が変わり、市民間の階級がぼやけた今は、金を払って使用人を雇う体験をするのがコンテンツとして消費されている。現代日本において女中の制服から娯楽へと様変わりした服こそ、悠仁が持つ『メイド服』なのだ。
     その時の移ろいを知識として有していれば、色とデザインでこれが何の服なのかすぐに分かるだろう。ただ悠仁は十九世紀における使用人の歴史など知ったこっちゃないので、教養があるというより、遊びに詳しい、の方が適切かもしれない。色ごと然り。博打然り。

    「なんか無駄に手触りがいいんですけど……」
    「安物の方が悠仁も罪悪感薄いかなって思ったんだけど、やっぱちゃんとしたの着てるのも見たくてさぁ。オーダーメイドしちゃった」
    「え、メイドだけに?」
    「親父ギャグ一発のために何万もかけないよ」

     あまりに信用性のない否定であった。日頃の行いを、このメイド服に掛けた金額分振り返ってほしい。
     物言いたげな視線を送るものの、全くこたえていない様子で、五条は爽やかに微笑んでみせる。

    「せっかく用意したからさ、今日はそれ着てご飯作って」
    「うっそ、本気? 女装に抵抗はねぇけどさ〜……あれってネタだから振り切れるんであって、こんな本格的なのは恥ずいっていうか」
    「僕、見たいな。メイドさんの悠仁」
    「え〜……? うーん……いや、やっぱ先生ん家で俺だけコスプレとか恥ずいって」
    「じゃあ僕もスーツ着るから」

     衝撃の一言に、悠仁の頬の赤みが飛んだ。
     メイド服という現代社会からはかなり浮いてしまう格好をさせるための交換条件として、スーツはあまりにもありきたりな一着だ。面白みがなさすぎて罰ゲームの候補にもならない。
     しかしあの五条悟が着るとなると、話は変わる。髪と肌が白いからこそ許されている万年黒ずくめの出で立ち。目上との謁見でも窮屈だからなんて言ってスウェットで出席しそうな性格。五条の顔面の良さを完璧に活かすであろうフォーマルな装いなんて一生見れやしないのだろうなと、悠仁の期待はこれまで粉々に打ち砕かれてきた。
     一度くらい拝みたいと思っていた。目の前の男の美が暴力的なまでに磨き上げられた瞬間を。その欠片を味わえる願ってもみないチャンスが、他でもない五条から差し出されている。

    「……マジ?」
    「ちょっと昔のだけど、一着持ってるよ」

     まだ入るかな。
     不安げな言葉を口にするくせに、クローゼットがある部屋へ向けた碧眼には、真っ黒なサングラス越しでも透けて見える小さな嗜虐心が瞬いていた。
     誘惑に負けてしまえ。またとない条件に折れてしまえ。
     五条が乞う側であるはずなのに、主導権は五条が握っている。
     悠仁の要望だって通らないわけじゃない。日常生活の改善点や二人で出かけたい場所なら、五条はいつも優しく頷いて聞き入れてくれるのに。有無を言わさず従えたいとき。首輪をつけてリードを引っ張るのは、どうしたって五条なのだ。
     結局、悠仁は彼の願いを叶えてしまう。存外、使用人の服を着るにふさわしいのかもしれなかった。

    「しゃーねぇなぁ! アキバのメイドさん直伝のおまじない、かけてみせましょう!」
    「さすが悠仁〜!」

     ぐっと拳を握り締めた生徒の潔さを称賛する教師。
     体育会系の空気に全くそぐわない一着は、それでも悠仁の腕の中で凛としていた。





     いつもより上手く作れた肉じゃがのじゃがいもの照りよりも、ダイニングテーブルを挟んだ向かい側がめちゃくちゃに眩しい。
     悠仁がそう感じるだけの例えではあるのだが、なんだか目がつぶれないようにしないといけない気がして、眉間も皺くちゃになるほどぎゅっと瞼を閉じる。
     動く絵画っていつの間に発明されたんかな。
     五条が満を辞して外したサングラスを借りても、防ぎきれなさそうな輝きを浴びた悠仁の、率直な感想であった。

     なんの変哲もないグレーのスーツだ。ジャケット、ベスト、ブラウス、パンツ、青のネクタイ。一式揃っていようとも、額縁の中へ入るには魅力に欠けるだろう。
     それを補って余りある五条の美貌。もう兵器だ。スーツで肉じゃがを食べるのが絵になる人間なんて他にいやしない。街を行く百人の中に放り込めば、二百の目を惹き、確実に激突事故を連鎖させる。
     普段の不審者スタイルもなかなかに人目につく格好だが、この顔面を晒して歩くよりはよっぽど気楽なのだろうと、悠仁は改めて痛感した。私服姿を知ったときも同じように思ったけれど、何の装飾もない五条の素顔とスーツのコンボはやっぱり破壊力が段違いだ。

     ちくしょう。ハムスターみたいに食っててもかっこいい。
     大さじ二杯の砂糖を溶かした醤油が染みた牛肉の旨味に、顔をだらしなく緩ませていてもかっこいい。
     修行中、初めて素顔を見たときに「うわめっちゃかっけーね先生!」と素直に褒めていたあの頃へ戻りたくなる。
     薄目の霞んだ視界でも造形の良い端正な顔に見惚れていると、五条が「ごちそうさまでした!」と手を合わせ、悠仁ははっと我に帰った。

    「あ、う、うん。お粗末さま。うまかった?」
    「いつもより一段と美味しかったかな。可愛いおまじないのおかげで」

     五条は食卓に並ぶ品々にかけられたおまじないを再現し、両手でハートを作ってみせる。
     日本に立つメイド達は、ご主人様に美味しいご飯を召し上がっていただくために、様々な魔法やおまじないを日々生み出してきた。その中で最もポピュラーで「メイドといえば」と世間にも浸透している呪文がある。
    『美味しくなあれ、萌え萌えキュン』
     呪文に合わせて手で作ったハートにパワーを溜めて料理へと送り、もっとご飯を美味しくするおまじない。呪術師が扱うまじないとは正反対の、幸せに満ちたおまじない。基本的に炊事を担う彼女達が、まず習得すべき呪文と言えるだろう。

     メイド服を着たならばやらないでどうする。五条はそう悠仁へ力説した。別に口を回さずともメイド服を着た時点で吹っ切れていた悠仁は、紙袋の底にいたヘッドドレスもしっかり装着し、ご希望にお応えして自信作の肉じゃがへパワーを全力で注いだのだった。五条に悔いはないと言わしめたほどの全力である。やりきった悠仁が仁王立ちで胸を張って鼻を鳴らした姿まで含めて、五条に可愛いと褒め称えてもらった。
     
    「じゃあ、えらいメイドさんには褒美をあげなくちゃね」
    「え、褒美?」
    「そう。僕はいま虎杖悠仁ってメイドの雇用主な訳だから。主人の責務はちゃんと果たさないと」

     いや聞いてませんけど。悠仁は目を丸くする。
     腰掛けているのがダイニングチェアでも、足を組んで威厳を醸す五条は十分に一企業の若社長らしくあったが、片や悠仁は違和感満載の筋肉隆々なメイドさんもどきだ。これはあくまでもコスチュームプレイで、大枚叩いて縫製された衣装泣かせなおふざけの一環である。設定に凝るほど入り込んではいない。自分の雇用主だと自称する男のことも、悠仁にはスーツを着た恩師にしか見えないのだ。キメ顔をかまされても困る。

    「もしかして自覚ない? 悠仁はメイド服着て、僕もこの格好してるのに?」
    「い、いや、先生、そんなマジでやらんでも。ほら、食器片付けっから……」
    「悠仁」

     椅子から立ち上がったところを制された。
     ただ名前を呼ばれただけなのに。冬の青空のように澄んだ声音と碧眼から生まれたとはにわかに信じ難い重圧が、身体にのしかかる。

    「……あたまが高いなぁ」

     悠仁を仰視し、瞳孔を合わせ、控えめな声量で、わざとゆっくり、悠仁の非礼を指摘した。
     喧騒の中でなら掻き消えてしまいそうな呟きなのに、静寂に放たれれば一切の行動を許さぬ抑止力として機能する。
     姿勢を正すこともできない。こちらの眉間を射抜かんとする瞳が見張っているから。教え子を叱るときとも、弟子を注意するときとも異なる蒼の眼差しにふるりと震えた。
     今の悠仁はまるで無力な子猫のよう。
     五条は変わらずにこやかでいる。

    「ご主人様って呼んでみな」
    「はっ……?」
    「ほら、僕のこと。呼んでよ。悟様でもいいし……恥ずかしいなら、五条様まで譲歩してあげる。先生を様に変えるだけなら、簡単だよね?」

     五条は煮汁がたゆたう鉢の横に肘を置き、頬杖をついた。
     和柄の器と西洋の正装はどうしてもミスマッチで、人に命を下すには些か真剣味が足りない。仮に悠仁が同じ状況下で凄んだところで、笑いものにされるのがオチだろう。
     それを身一つで塗り替えられず、何が最強か。

    「一回、ちゃんと僕に服従してみな」

     物は試しだ。やってみれば意外とハマるはず。
     遊びのお誘いと解釈できる一言だが、悠仁はもはや膝を折るほどのプレッシャーに苛まれていた。
     そもそも生き物として格が違うと感じた相手だ。五条へ頭を下げるのは、決して難しいことではない。
     息を飲んだ悠仁はそろそろと椅子に座り直し、膝で手を揃え、肩を縮こまらせて俯く。

    「……ご……」
    「うん?」
    「……五条、……さま……」

     頭は下げれても、すんなりとは呼べなかった。
     敬称が変わったところで五条を呼ぶだけのことに違いはない、はずなのに。悠仁はたった二文字に詰まってしまう。
     当然だ。これは呼名ではなく、宣誓。貴方にかしずき、貴方に奉じると、悠仁は今ここに誓ったのだ。

    「おいで、悠仁」

     五条はダイニングチェアから立ち上がり、リビングのソファへと移動する。悠仁の手を引くなんてことはしてくれない。雇用主が使用人相手に気遣いなど不要であろう。
     歩く。前に。向かう。迅速に。生徒というラベルを丁寧に剥がされ、使用人に張り替えられてしまった悠仁が、今すぐにすべきこと。
     おいでと命じられた。理解している。見張りの瞳も悠仁から外れた。もう悠仁は動いていい。しかしながら、早まる鼓動の苦しさが、悠仁の脚を止めていた。

     恐れている? 手心を加えてくれる先生ではなくなったこの男を? 否。いくら五条が持つ天賦の才が演技力にまで影響を及ぼしていようとも、やはり五条は悠仁にとってスーツを着た恩師に変わりなく、自分を「可愛い」という物好きな男であるのだ。
     高鳴る心臓に秘めたるは恐怖でなく、これから何をされるのだろうという疑問と、緊張と、ほのかな期待。

     どかりとソファへ座り込んだ五条が振り向き、小さく手招きをする。悠仁は引き寄せられるように一歩ずつ五条へ近づき、その正面に立った。
     楽しそう。口端を吊り上げる五条の笑みを、今度はそう感じた。
     
    「さて、どんなご褒美が良いかな? 悠仁は希望ある?」
    「い、いい飯食えれば、それで十分だよ、先生……」
    「こら」

     頭の高さを咎めた先程と比べれば、穏やかな戒めであった。
     もう反発しないであろう子どもの躾に、痛みは必要ないということか。

    「……焼肉、とか、連れてってくれたら……それでいい、です。……五条さま……」
    「本当に?」
    「うわっ……!?」

     急に抱き寄せられ、体勢を崩した悠仁は五条の腿にまたがった。
     不味い。本能が訴える。無闇に主人へ触れてはならない。相手を五条と認識していても、五分とないやりとりが、どんどん心を従僕へと作り変えてしまっていた。普段の悠仁なら、八十キロもある自分の下敷きになった五条の脚を心配して飛び退くだろうに。
     悠仁は自身を支えるべく五条の肩に置いた手を離し、二人の脚を覆うスカートへ落とす。黒の湖で孤独に佇むその手は、五条にそっと拾い上げられた。

    「僕の膝の上で」

     指が絡み。

    「僕に身を委ねて」

     掌が重なり。

    「僕から目を逸らせない君が、家畜の肉なんかで満足できるのかな」

     熱い吐息が、混じり合う。

    「言ってごらん。……悠仁は、何が欲しいの?」

     これが親切心からの問いかけならば、悠仁だって無垢に答えたのに。
     御伽噺の慈悲深い魔法使いなんて、雇用主以上になれっこない男の、甘い誘惑。ご褒美の手始めに与えるストロベリージャムのクッキーのきらめきへ、星には願えないみだらな望みを零させようとする。
     主人へ失礼のないようにと努める使用人の子どもの心を、隅々まで暴く夜の茶会が開かれる合図は、悠仁に託された。
     さあ、言って。悠仁の欲が紡がれる瞬間を待ち侘びる五条の声が、瞳から聞こえる。
     瞬間、悠仁は悟った。こんな服を着せてきた本来の目的は、アフターディナーティーの紅茶を淹れさせるためではなく、この背徳感を味わうためなのだと。

     五条が誘なう夢から醒める。物語の結末の先、幼な子が読む絵本には描けない場所へ連れていかれる寸前。悠仁はクッキーを齧らず、代わりに喉から口腔まで上がってきた言葉を奥歯で噛んだ。
     それは願いではなく、苛立ちからくる文句。
     散々汚しておいて、いまさら純潔を求めるな。
     未だ五条からお菓子を差し出されてしまう自身の幼さと決別するべく、悠仁は腰のリボンをほどいた。

    「あーっ!! ちょっ、なんで脱いじゃうの!?」

     五条の悲鳴などお構いなしに、乱暴にヘッドドレスを掴んで外した悠仁は、エプロンを適当にまとめて床へ落とし、柔軟な肩を回してワンピースの背面のファスナーを下ろす。
     やだやだと五条がばたつかせる脚は、自慢の体重で封じた。

    「……するなら、普通にしたい」

     駄々をこねていた二十八歳児が、ぴたりと泣き止む。
     限界だ。
     余裕を失い、雑にワンピースの詰襟を下ろして熱を追い出す。
     五条にいくら可愛いと囁かれたって、脱ぎ捨てたこの服を渡されたとき、悠仁は用途が炊事や洗濯での着用だと想像するほど「可愛い男の子」ではなかった。
     わるい大人に掻き立てられた欲望が、格調高き給仕服の内から解放され、淑やかに囁く。

    「これがご褒美じゃ、ダメ?」

     "恋人"は立場をわきまえない。はしたなくたってやめるもんか。他の誰もが笑ったって自分には正しく通用するのだと、そう教え込まれたやり方で、彼を喜ばせるために媚びてみせた。
     さすれば五条はにまりと満足げにして脱力し、ソファの背もたれへ上体を倒す。

    「仕方ないなぁ。いいよ。でもまたご飯作るときに着て、全力で萌え萌えキュンしてね」
    「んー……先生もしてくれたら考える」
    「僕も? ははっ、人のこと言えないけど、悠仁も大概いい趣味してるよね」
    「だって一段と美味い飯食いてぇもん」

     ハムスターみたいにご飯を食べたってかっこいい恋人の姿を想起する。
     悠仁が高専へ入学し、呪術師として活動する中で学んだのは、恨みつらみの込められた呪いばかり。せっかく世界の真実に飛び込んだというのに、誰かを憎み、妬み、殺すことを目的として生まれたまじないしか知らない。
     けれど、もし。誰かを想い、誰かのためにと願って生まれたおまじないが、現実にあるのなら。ご飯を美味しくするおまじないが――相手を幸せにするおまじないがどんなものか、俺も知りたい。
     もしかして、子どもが好きそうなクッキーに乗ったストロベリージャムの強い甘味が控えめになって、食べやすくなったりするんだろうか。

     先に体験した五条を羨ましげに見つめる悠仁に、五条は「じゃあご飯も作ったげる」とネクタイを緩めながら言った。
     無力な子猫から勇猛な虎へ戻った悠仁に尻尾があれば、スカートの裾を高く持ち上げるくらい、ぴんと立っていたに違いない。
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