つきしまのお誕生日会 とても恥ずかしそうに頬どころか耳まで真っ赤にした鯉登は、何か言おうと口をモゴモゴと動かして、なかなか話を切り出さなかった。最初はトイレに行きたいのかと思ったのだけど、そうではなさそうで。
「誕生日……」
やっと口を開いたと思ったら、その一言だけ。ああ、来週の俺の誕生日かな。四月一日、春休み中だ。
「なに、遊んでくれんの?」
「えっ! 遊んでくれんのか⁉︎」
「いや俺が聞いてんだけど」
ハッと思いついた顔をした鯉登は背後に隠し持っていた手紙をやっと差し出した。月島は途中から気付いていたが、言ったらわざとらしい気がして黙っていた。ずっと握っていたからか、汗で所々ふやけた動物柄のいかにも好きそうな封筒。
「見ていいの?」
「うん、今見て欲しか」
犬のシールを剥がし、中を確認すると少し厚めで二つ折りのカードが出てきた。
『月島へ 音之進の家におとまりに来てください。お誕生日パーティーをします。音之進より』
浮かれた動物達がラッパやらクラッカーを鳴らしたポップなイラストとは裏腹に、筆ペンで書かれた鯉登の字は達筆だった。たしか習字も通ってるって言ってたっけ。
「もし、月島が嫌じゃなかったら、来て欲しか。一日じゃなくても、その前の日でもよか……」
「え、俺は一日でも構わねえけど、鯉登ん家のかーちゃんととーちゃんは平気なのか?」
「大丈夫じゃ! ぜんぶぜんぶ話した、月島が家に来たらケーキ作ってゲームしてごはん食べて! それから、ちょっとだけ夜更かしして、えっと、」
一息でわあっと話した鯉登は、まだ言い足りない様で大きく身振り手振りをしながら月島が泊まりに来た際の予定を必死に伝えようとする。とにかく喜んで貰いたい、楽しんでほしい。その気持ちは充分に伝わった。
「分かった、分かったから。ありがとうな、一応親に聞いてみるよ」
「ほんのこて⁉︎ つきしま、沢山お祝いしような! 楽しみにしててっ、オイ色々考えたんじゃ! まずゲームは──」
遂には額に汗を滲ませながら続けるものだから、まだあるのかよ。と、月島は吹き出した。「なんで笑うんじゃ!」と膨れたが、どうしようもなくそんな鯉登が可愛くて堪らない。
自分の誕生日なんてどうでも良くて、親は一応形だけ祝ってくれるが本心はどう思っているのか。友達の一歩先の関係である彼が、ここまで考えてくれるのは嬉しかった。別に特別な事は何もしなくて良くて。鯉登が一緒に居て、くだらない遊びをするだけでもいいのだ。
「期待してるからな!」
「うん! つきしまぁっ、楽しみだな!」
「なんで鯉登が楽しみなんだよ」
「えっ、楽しみじゃなか? 月島と一日遊べるなんて夢みたいじゃ」
「ん……俺も……楽しみ……」
どうして鯉登がここまで自分の為に楽しそうに出来るのか、月島にはあまり理解が出来なかったが、素直に気持ちを受け入れた。
・・・・
「つきしまぁ! 良く来たな!」
「……じゃまします……」
月島の誕生日当日、朝の八時に集合と言われ、流石に早過ぎないか? と言おうとしたが、気合いに満ちた目を見たら頷かざるを得なかった。何かあれば直ぐに頼ってくる鯉登だが、こういう時は張り切って月島を振り回す事が多々ある。
「月島、お誕生日おめでとう!」
「あ、ありがとう」
柔らかい笑顔で出迎えた鯉登は玄関へ誰も来ない事を確認し、こっそり頬に唇を寄せた。自分から仕掛けた癖に「キエッ」と小さく叫び、早く上がれと急かす。
──オレ、もうコレで満足なんだけど。危うく踵を返しそうになったが、いつの間にか手をぎゅうっと握られていて。照れ屋の鯉登が頑張って俺を喜ばせようとしている。既に茹で蛸状態になって居る主催者と、つられて赤面した招待客は無言でリビングへ進んだ。
「ごめんね月島君。音之進張り切ってしもて」
「いや、うれしいす……」
「朝ごはんまだやろ? ホットケーキ作るっちゅうで準備しちょったと」
「あーっ! オイから言いたかったのに!」
ぷりぷりと頬を膨らませた鯉登はキッチンへ走ると、既に材料が入ったボウルを持ってきた。他にもフルーツが沢山乗った皿やチョコレートソースを次々と運んでくる。早起きして用意したと母親がこっそり伝えてきて、申し訳ないやら照れ臭いやらで思わず下唇を噛んだ。
「つきしま、つきしま」
ヒソヒソと話しかけてきた鯉登は、何かを企んでいますと顔に書いてあるほどのニヤケっぷりだった。なんだよ、と小声で聞き返すと生地の入ったボウルを見せてくる。意図が汲めないでいると、なんと鯉登は指でそれを掬いペロリと舐めたのだ。
「わっ!」
「うふふ、おっかあにはお腹壊すでやめろって怒られるっどん、なんかうんめっで止められんのじゃ。ほらつきしまもっ」
だってこれ、焼く前じゃん。お前のかあちゃんの言う通り腹壊すぜ。
しかし普段隠れてこんな事をしている鯉登が可愛くて、月島もタイミングを見計らって生地をほんの少しだけ舐めてみた。粉っぽくて、ほんのり甘い気がした。やけに楽しそうな鯉登は母親の視線が外れた瞬間にもう一度チャレンジしていたが、気付かれて怒られていた。
ホットケーキとやらは美味しかった。家では一度も出た事が無いし、そもそも存在を知っていたかどうかも曖昧だった。二人で焼いたものはやや焦げたり、どれもいびつな形になってしまったけれど、用意してくれた苺や桃缶、パイナップルにバナナで飾ってしまえば月島にとって売っていそうなくらいにキラキラと豪華になった。最後に鯉登がチョコのソースで『つきしま』と書いてくれたが、そこは『おめでとう』じゃないのか、と突っ込んだ。
「美味い。ありがとう鯉登」
「美味かね! 月島と一緒に作るのわっぜ楽しかっ」
普段食べるものの見た目や味など気にしない月島だったが、手をつけることが勿体ないと感じた。鯉登が自分の為に考えて用意して、二人で作ったものだ。こんなに食べる事が楽しくて、嬉しいのは初めてだった。
「あ。いちご、やるよ」
「えーっ月島誕生日じゃっで良かよ! ……月島、いつもそうやってオイに譲ってくれたり、優しくしてくれるの嬉しかぁ」
「だ、だって鯉登、いちご好きじゃん」
「うん。そういうところ。だいすきじゃ」
オレだって、お前のそう言う素直なところ、大好きだ。そう言いたかったが、なんせ鯉登の母親が目の前でニコニコと様子を見ているのだ。恥ずかしさが勝ってしまい、無言で鯉登の皿に苺をふたつ乗せた。
「苦しい〜!」
「そりゃ五枚も食べたら苦しいだろ、俺は止めたぞ」
「じゃっどん美味かで……ちょっと苦かったけど」
腹ごなしに近所の散歩に出たが、鯉登は腹を押さえながらのたのたと歩くので進まない。街路樹の桜がまだ咲き残っていて、花びらがちらりちらりと舞っている。
「ツツジはまだ咲かんのかなあ」
「あー、まだじゃねえかな」
「ツツジの蜜が甘いこと、月島に教えて貰ったなあ」
駄菓子屋で買うシュワシュワの飴。学校裏にある廃屋での肝試し。コンビニで買うジャンクフード。家では絶対に発せないちょっと悪い言葉。
それから、大人しかしないって言ってた秘密のこと。
月島には沢山教わった。だから鯉登はこの機会にお返しがしたかったのだ。家族に大事にされている自覚はあるが、習い事や決まり事も相応にある。ゲームもテレビも見させてくれるし食事にも申し分ない。しかしやはり息苦しく、月島の教えてくれる世界はちょっぴり刺激的で魅力的だった。
「今度どこのツツジが一番甘いか調べようぜ」
「何それ絶対やっ! 月島はいつも楽しいこと教えてくれるっどん、オイは何も出来んで……」
「勉強教えてくれるじゃん。オレは鯉登と遊ぶの好きだよ。いつも楽しそうにしてくれるし」
「う、つきしまぁ……なんか、ここらへんが『いっぱい!』て感じすっ……!」
「腹じゃなくて?」
「ちごっ!」
確かに食べ過ぎたのもあるが、月島の言葉でお腹の上あたり、説明し難い場所がたぷたぷと満たされていく。心臓もやわく掴まれているようで、苦しい。どうやって言葉に表して良いのか分からないが、とにかく走って大声を出したくなるような、そんな気持ちだった。
「うーっ、うち、帰ろっ! 桜の花びら、五枚掴めたら勝ち!」
よーいどん! 上手いこと目の前に落ちてきた淡い桃色を両手で捕まえると、鯉登は一目散に走り出した。
「ずるいぞ鯉登ー!」
月島の事は好きだ。その気持ちも何度も伝えているし、伝えて貰っている。きっと、まだ全て理解しきれていないが、友達の好きとは違うこともお互いに気付いている。
だから何度も唇と唇をくっつけた事があるし、それが大人には伝えてはいけない事も何となく感じているのだ。
駆け足で家に戻った二人は同時に手のひらを開いた。鯉登が二枚、月島は三枚花びらを掴めることが出来た。
「あー、五枚取れなかった」
「月島の方が多く取れたな! 二人で五枚取れたから引き分けじゃ」
「俺の勝ちじゃねえのかよー」
うふふ。愉しそうに笑った鯉登は飲み物と一緒に持ってきた切子グラスに水を注ぎ、さくらをそこに浮かべる。キラキラと反射する水面に可愛らしく揺れているピンク色のそれに、鯉登は目を細めた。
「今日の思い出、たくさん作ろうな」
「うん……ありがとな」
「さてオヤツ食べながらゲームすっで!」
「まだ食うのかよ⁉︎」
月島の喜びそうなものいっぱい用意した。そう言いながらキッチンの戸棚からスナック菓子やら甘いものがどんどん出てくる。しかし先程たんまり食べたばかりだ。いくら成長期とは言え限界もある。
「夜はケーキもあっ!」
「こんなに用意してくれてありがてえけど、金とか……大丈夫なのか?」
月島の家より桁違いに裕福な鯉登家だからといって、息子の友人にここまで金を掛ける理由が見当たらない。それに御礼も何も出来やしない、親からの連絡一本すら無い事に対しても申し訳無さが募る。
「ん? 全部オイの小遣いから出とるで大丈夫じゃ。今日の為に手伝いもしたし」
「えっ、鯉登の金なの?」
「うん! 月島の為に頑張った!」
「だって俺、なんも返せねえよ」
「……いつも月島にはあいがとって思っちょっ。さっきも言ったけど、楽しいこといーっぱい教えてくれるし、オイと仲良くしてくれるのが嬉しか。父上も母上も喜んじょる。じゃっで良かど、今日はたくさんあいがとって言おごたっ」
なっ、と笑う鯉登は嫌味ひとつ無い笑顔だ。月島は照れ臭くなり、たまらず俯く。
「じゃあ、鯉登の誕生日は、なんかする……」
「やったー! 楽しみ!」
急にくるくると月島の手を取りながら踊るものだから、足元がもたついた。鯉登はどこまでも真っ直ぐだ。一生懸命で、ワガママで甘えたな部分がたまに面倒な時あるけれど、月島と同じく喧嘩っ早い所もある。そう言う所は気が合うし一緒に悪戯している時が楽しい。つきしまぁ、とはにかんだ笑顔で呼ばれるのも可愛くて。
踊り疲れた鯉登は間髪入れずに息切れをしながらオヤツを大量に抱える。忙しい奴だ。月島は飲み物を持ってと言われ、同じく息を整えながら素直に従った。階段を登って長い廊下を渡り、いくつか部屋を通り過ぎて鯉登の自室へと入った。
「あんまり怖かゲームはないけど……」
「いーって。鯉登の好きな動物のやつやろーぜ。いっつも勝てねえんだよなー」
「ふふん。兄さあと特訓してるからな!」
今日は特別に時間無制限だ。春休みなので宿題も無いし、鯉登は習い事の課題もとっくに済ましている。心置きなく楽しむ為の準備は万端なのだ。
「キエェ今日つきしま強かーっ!」
「へっへっへ、俺もやられてばっかじゃないからな!」
きちんと一時間経ったら休憩を取りつつ、ギャーギャー言いながら対戦をしていたらあっという間に夕方になってしまった。部屋中がオレンジ色に染まって、一日の大半が終わり欠けている事を告げられる。
夕飯に呼ばれた時、月島は固まった。何十人用なんだというダイニングテーブルの上に所狭しと料理が並んでいる。普通おかずって一個だけじゃないのか⁉︎ 何個もメインのものがあるし、サラダも何種類もある。極め付けに真ん中にどかんと『ハジメくん、おめでとう』と書かれたプレートが乗ったホールケーキが鎮座している。──正直恥ずかしい。
「わあーっすごかーっ!」
「い、いくら払えば良いんだよ……」
「まーだお金のこと気にしちょっ⁉︎ 一年に一度のお誕生日じゃっでいいんじゃ!」
それにしてもやり過ぎだろう。何度も思ったが他人の子だぞ。これ、鯉登の誕生日の時はどうなるんだ……。月島は未だ慣れない豪華な歓迎に、おずおずと席につく。遠慮するだろうから、とワンプレートにバランス良く盛られた品々を見る。めちゃくちゃ美味そうだ。
「月島くん。お米好きなんじゃってね。今日は新潟から取り寄せたもんを炊いたで沢山食べやんせ」
「えっ、アリガトウゴザイマス……」
これまた漫画で見たことがあるような、丼に山のように盛られた白米を渡される。俺、太らされて喰われちまうのもしれない。有りもしない妄想をすると笑えてくる。
遠慮ばかりしてたってしかたない。作っちまったもんは作っちまったし、きっと鯉登がアレコレわがままを言ったんだろう。気持ちを切り替えて手を合わせると、様子を伺っていた鯉登は嬉しそうに同じポーズを取った。
「いただきます!」
「つきしま、お誕生日おめでとう!」
「おう!」
・・・・
「あーっもう食えない!」
「オイもじゃ! こんな御馳走久しぶりじゃっで食べ過ぎてもうた」
風呂を済ませた二人は鯉登の自室に戻り、倒れ込むように床に寝転んだ。食いっぷりの良さにわんこそばの如く次々と皿に盛られ、米を追加され、どんどん食べ! とまるでフードファイターのようだった。
「でも美味かった。米が、なんか、つやつやしてて……家で食うのと全然違かった」
「月島はほんのこて米が好きやなあ。給食もご飯だけおかわりしちょるもんね」
「あとあの、肉も美味かったなー」
アレとコレとソレも。食べたものを指折り数えながら思い出していると、鯉登がころんと寝返りを打って月島の側に寄った。
「……月島に謝らんといけんことがあっ」
「えっ、なんだよ。なんかあったっけ?」
急な展開に月島は心臓が跳ねた。今日は特段変わったことは無かったはずだ。罰が悪そうに見つめる鯉登の特徴のある眉毛がどんどんハの字に歪む。
「準備に張り切り過ぎて、誕生日プレゼント……用意すんの忘れてしもた……」
「た、……なんだよぉ」
「なんだよぉとはなんじゃ! 誕生日だぞ! 誕生日と言ったらプレゼントじゃろて!」
いやいや、もうどれだけ貰ったんだ。朝から晩まで美味いもの食べさせてもらって、何より鯉登が一緒に居て何故かこいつまでニコニコ嬉しそうで。
「もう充分だよ。ありがとうな」
「う〜来年は、もっと色々考えるでなっ」
来年も祝ってくれるのか。学年が上がってもクラスは変わらないから、また一緒に遊べる。中学は多分別々だろう。鯉登は頭が良く、成績は学年トップだから。
月島は嬉しいような、寂しいような複雑な気持ちを心から追いやるように、横に寝転ぶ鯉登にジリジリと近づいた。
「な、なんじゃ」
「鯉登。一個だけプレゼント欲しい」
「今からか? お店も閉まっとるで……」
「物じゃねーよ。ここ、口にチューして」
「キェッ⁉︎」
みるみる赤くなる鯉登が可愛い。悪戯に手を繋いでみると、手汗で既にびっしょりだ。
「なんだよ。俺、風呂も一緒に入りたかったのに我慢したんだぜ」
「だっ、だって、恥ずかしか……!」
ぎゅう。繋いだ手に力が込められる。嫌なら離せばいいのに、そうしないから、どんどん仕掛けたくなってくる。月島はわざとらしく猫撫で声を出した。
「こいとぉー」
「うう〜今日っ、今日だけなっ!」
いつも使ってる安い石鹸とは違うボディーソープの香りが脳を揺らがせた瞬間、むちゅっと弾力のある唇がぶつかった。色気もなにも無い、ただ合わせただけの子どものキス。
「つ、つきしまも、オイにして……」
「えっ、意味ねーじゃん」
「づぎじまだけっ、ずるかっ」
鯉登の羞恥心が爆発寸前だ。これまで何度も唇をくっつけた事はあるが、鯉登から口してもらったのが初めてだった。今朝のほっぺにちゅーとは全く別物だ、相当堪えたんだろう。唇をとがらせて、くりくりの目からは涙の粒が溢れそうだ。今笑ったらきっと猿叫を上げながら部屋を飛び出すに違いない。
月島は「こいと」と名前を呼ぶと、口ではなく、おでこに唇を落とした。
「キエエ、お、お誕生日、おめでとう……」
「はは、何回も言ってくれてありがとう。今日一日すげー楽しかった」
「オイも。月島の誕生日祝えてわっぜ嬉しか」
余韻で頬を染めた鯉登は繋いだ月島の手を確かめるように、きゅっと力を込めた。
一日一緒にいられて、飽きるまでゲームで遊んで、美味しいご飯も食べて。でかい風呂に入って、二人でお揃いのパジャマを着た。やたらモコモコした寝衣は最初断ったけれども、また鯉登がぶうたれた顔をしたので仕方なく着た次第だ。月島の誕生日と言ったのに、結局は鯉登のワガママを聞く方が多かった気がする。
このままずっと一緒に居たいな、と月島は思った。鯉登家の子どもになりたい──とは少し違くて。そりゃここに住んだら毎日至れり尽くせりだ。でもそうではない。
「なぁ、鯉登。成人するまであと十年だな」
「うん、大人になるまでまだまだ掛かるなぁ。オイ、早くお酒飲んでみよごたっ」
「俺、高校卒業したら働くから。そしたら一緒に住みたい」
「えっ!」
「鯉登は中学生も私立行くだろ。高校も、別々だ」
「うん……」
それは鯉登も分かっているようで、握る手の力が弱まる。
「卒業したら迎えにくるから。ダメ?」
「ダメじゃなかっ、オイも、大人になっても月島と一緒に居たかっ!」
「うん。俺、頑張るから」
「……なあなあ、大人たちが寝たら、さっきお腹いっぱいで食べられんかったケーキ、食べにいかん?」
「いいけど、また怒られるぞ」
「結婚式の練習じゃって言えば平気やろっ」
「結……婚式……?」
頭の片隅にも無かった言葉の登場に、月島の思考が停止する。確かに鯉登と一緒に居たいと思ったし、口に出したが結婚──とは……男同士で出来るもんだっけ。
「月島音之進かあ、うふふ」
しかも月島の苗字を名乗るようだ。鯉登の頭は良いはずだ。だからお互いの道も違うはずなのに、どうしてかこう言う所だけはズレている。だからこそ可愛くて、楽しいのかもしれない。尚更俺が引っ張っていかなくてはと、子どもなりに覚悟を決めた。
夜中に二人でキッチンに忍び込んだが、あと一歩の所で母親にバレてしまい、ファーストバイトの予行練習は十年後に持ち越しになったのだった。
終