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    すもも/またきてしかく

    @sumomonga_nyan8

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    兎亀の初夜本出逢い編。
    きゅんきゅん要素が薄い(当社比)気がします。

    推敲もあんまり出来てないけどあげちゃいます。亀太郎おきゃわいい

    #帝幻
    imperialFantasy
    #帝幻祭
    imperialFantasyFestival

    もしもしかめよかめさんよ初めて会ったときの印象は、ものすごく失礼な男だな、というものだった。

    「お前、足遅いなぁ!」
    「何ですかあなたいきなり」

    乱数の友達だと名乗るこの男。いかにも兎の獣人らしく耳を生やし、ぴょこぴょこちょこまかとまぁよく動く。亀の獣人である僕と歩幅が合うわけが当然なくて、しばらく歩いた後に冒頭の台詞に至った。
    まぁいつも言われ慣れているし、そういう人種なのだからしょうがないではないか。それでもやっぱりムカついて言い返すと、不思議そうに男は首を傾げた。

    「何で怒ってんだ?つーかそんなに歩くの遅いんだよ。体調悪いのか?腹でも痛いとか?」
    「は?」
    「あっはっは!帝統面白いねぇ!そっか、帝統は見たことなかったんだね、幻太郎は亀の獣人なんだよ!」

    何とこの男、亀の獣人を見たことが無いらしい。なるほど、だから頓珍漢な台詞が出てきたのか。確かに兎ほど数は多いわけではないが、そこそこ存在しているはずなのだが。兎の町で箱入りに育った訳でもあるまいし、変な奴である。小生の背中に背負った甲羅を興味深く見ると、「じゃあそれが元気なときの歩く速さなんだな!自由に生きるようになってから色んな生き物見てきたけどお前ほど歩みののろい奴見たことねぇわ!大変だな!」だなんだと聞き捨てならない言葉を言ってきた。
    あちゃーと頭を抱える乱数を横目に、見るからに阿呆そうな顔を一瞥する。ふむ、調子に乗っているうさぎさんを少しばかり締めてやらねばいけませんねぇ。 

    「これはこれは。随分と舐められたものですねぇ。それでは勝負をしましょうか」
    勝負と聞いて兎の眉がぴくりと動くが、すぐに何かを諦めたような顔に変わる。

    「勝負?……やめとこうぜ。俺別に遅いやつを虐める趣味とかねぇし」
    「おや、亀に負けるのが怖いのですか?」
    「さすがに負けるわけねぇだろ」
    「ふむ、土俵にすら立っていただけないのですか……では、これではどうです?もしも貴方が勝ったら、この小判をあげましょう」
    「な、なに!?」
    一気に目を輝かせた兎は、すぐに我に返ったのか頭を抱えるとうんうんと唸り出した。
    弱きものを倒して小判をせしめる所業に対する己の尊厳と、小判の誘惑で揺れ動いているらしい。乱数にあとから聞いた話だが、どうもこの兎、賭博好きの阿呆者で方々から金を借りて金欠に陥っていたらしい。そこに降って湧いてきた小生のこの提案。結局勝ったのは賭博欲で、賞金の増額を伝えると丘に響き渡るほどの大声で「ノッたぁ!」と手を掴んできた。
    「真剣勝負だ、心苦しい気持ちもあるが勝たせてもらうぜ」
    「ほう、すごい自信ですこと。勝負方法は、そうですねぇ……あの丘の頂上へ早く着いた方が勝ち、でどうですか?」
    「いいぜ、ハンデはどうする?俺はこっからスタートでいいけど」
    「情けは無用です。あの木の下から二人同じ位置からスタートしましょう。審判は乱数でいいですか?」
    「いいよー!」
    トントン拍子に進んでいく話に、乱数が小生へ大丈夫なのかとこっそり耳打ちする。
    「ちょっと!大丈夫なの?言っとくけど帝統結構速いよ?幻太郎のことだから何か策はあるんだろうけど………」
    「無いですよ」
    「え?」
    「全く何もありません。……何となく、勝負をふっかけてみようかなと思っただけです」
    そう、それは微かな直感で、この男に興味が湧いたのだ。しかし亀の存在すら知らない男に、こちらと相対してもらうにはどうすれば良いか。その結果がこの勝負だ。
    早く来いよ!と急かす帝統と共にスタートラインの木の横に並び、乱数の掛け声と共にお互い前に進む。のんびり一歩踏み出した小生と対照的に、兎の一歩はそれはそれは大きかった。

    真剣勝負というのは本当のようで、逞しい足をバネにして華麗に高く遠く跳躍する。一瞬、兎も空を飛べるのかと疑ったくらいだ。
    横から見る彼は戦うのが楽しくて堪らない少年のようで、にっと笑ったと思ったらたちまち青い空を背景に空を舞ったのだ。
    そのあまりに美しい跳躍にしばらく見惚れていると、乱数から声をかけられて慌ててのろのろと歩き始める。
    当然兎は先に丘に着いていて、ムカつく顔で見下ろしてきたのだった。

    「勝者は帝統だね!おめでと〜!」
    「へへっ、なんか悪ぃなぁこんなに貰っちまって」
    「まぁ勝負は勝負ですので」
    これで賭場でひと勝負出来るぜ!と快活に笑う様子は、腹が立つがどこか憎みがたい。何の賭博をしようかと考えているところに、乱数が尻尾で小判をひょいと取り上げる。どうやら乱数は兎に金を貸していたらしく、その返済ということだ。ど正論を言われて長い耳を垂らす様子にけらけらと笑う。
    「まぁまぁ。もし万が一次も貴方が勝つことがあればその小判で博打でも何でもしたらよろしい」
    「は?次だぁ?何言ってんだよ、流石にお前も俺と戦っても勝てないって分かってんだろ?」
    「おや、何勝手に決めつけているのですか?たった一度負けたくらいで諦める訳ないでしょう。こちとら亀のプライドを刺激されたんですよ、勝ち逃げなんて許しません」
    舐めたことをほざく若造に諦める気はないと宣言すると、びっくりしたように赤紫の瞳を大きく見開いて大声で笑い始めた。涙を拭った手を目の前に差し出して「俺とダチになってくれ!」などと言われてしまい、こうして猫と兎と亀という奇妙で愉快な3人組が生まれたのである。

    兎もとい帝統と友人になってから少し。種族のイメージでは狡猾で意地が悪いイメージなのだが、この兎はそれとは真逆をいっていて面白い。こんなに素直で騙されやすい兎もいるものなのかと物語を書く筆が乗る。亀ならずあらゆる種族から新刊を期待されている小生だが、次の新刊は兎を軸とした喜劇でもいいのかもしれない。
    「帝統をからかうのは愉快愉快、なぁんでも信じてしまいますからね」
    「こうして見てると幻太郎の方がよっぽど兎っぽいよねぇ、えいっ」
    「おや、麿を狡猾だと思うので?……って何ですかこれ。耳?」
    「うさ耳のおもちゃだよ!兎の国に入るときに必要だったからそのまま貰ってきちゃった」
    水溜りに映る自分の頭には真っ白でふわふわな長い耳。意外と重いし、常時こんなものを付けている帝統は頭のバランスが崩れないのだろうか。まぁそういうこちらも常に大層重い甲羅を背負っているのだけれど。
    「おーっす、ってうわ!!何だよ幻太郎それ!……え、お前まさか、」
    「ふふ、バレてしまいましたか。小生は実は兎でして」
    「ま、まじかよ!!じゃあ何、俺のこと知ってた?」
    「ええもちろん……何てね、嘘ですよ。ほら」
    「うぎゃあ!耳が取れた!!」
    大袈裟な帝統の反応に二人でげらげらと笑う。あぁ面白い、この男は本当に、こんなに信じやすくてどうやって生きてきたのだろう。
    「くっそ、覚えとけよ」
    「ときに帝統、どうしてここへ?ごはんならもう食べてしまいましたよ?」
    「そ、そんにゃあ!……って、違ぇよ!お前が『亀の威信を賭けてリベンジします。明日のこの時間に来てください』って言ったんだろうが!」
    「はいはい、覚えていますとも。よく逃げませんでしたね」
    彼の言う通り、気まぐれに遊んでだべって、たまに勝負して馬鹿騒ぎする僕達は、また幾度目かの勝負に臨もうとしていた。ちなみに今までの結果は惨敗。小生としては真剣なので毎回悔しく思うし、悔しがる姿を満足そうに見る帝統の顔が何だかムカつくので毎回勝負を挑んでしまう。
    「こうなったらさすがにハンデを頂きましょうかねぇ。帝統や、丘に着く前に西にある店のサンドウィッチを買ってきてはくれませんか?」
    「あぁ?それハンデっつーかただのパシリじゃねーか!」
    「おやそうですか。どうせなら3人分買って、みんなでピクニックでもしようと思いましたが。では乱数、勝負が終わったら小生達だけで高級ランチにでも洒落込みましょうか」
    「いいねいいねぇ!」
    「ま、待った待った!お前らだけずりぃよ!昨日の晩も飯食えてねぇしさぁ。買ってくるから!ハンデ最高!」
    「全く調子が良いことで」
    「じゃーハンデは決定ね!そんじゃあいくよ!」
    はい!と声を掛けてよーいドンだ。掛け声と共に隣を見る。強い風が吹いたと思ったら宙に舞う逞しい身体。何度も勝負を挑むのは最初こそ亀としての尊厳を守るためだったが、今ではこの瞬間を味わうためといっても嘘ではない。
    後ろ姿が小さくなり、店に行くために帝統の背中が道を逸れて見えなくなる。すると、横に滑るような動きで乱数がやってきた。
    「幻太郎、見過ぎじゃない?帝統に惚れちゃった?」
    「まさか。跳び姿は美しいと思いますがそれだけですよ」
    「なぁんだつまんない。兎と亀が恋人同士なんて最高に面白いじゃん」
    「友人同士でも十分面白いでしょう?狡猾な猫と蠱惑的な猫と単純な兎だなんて最高に愉快じゃないですか」
    「確かに!ぼく達さいっこうだね?」
    「そうですよ?桃太郎に従うイヌサルキジもかくやと言うほどでしょう」
    ゆっくりといつもと変わらない歩みを進め、丘を目指していく。諸事情により寝不足かつ筋肉痛で身体がふらつくが、足取りは不思議と軽い。そんな様子に気付いてか知らずか、いつもは両者それぞれに着いていく乱数が今日ばかりはずっと側に居てくれた。

    「ご機嫌だねぇ幻太郎。まさか帝統と幻太郎がこーんなに仲良くなっちゃうとはね〜」
    「おや、今まさに小生と彼は己の尊厳を賭けた熱い戦いを繰り広げているのですよ?」
    「はいはい!尊厳もだけど賭けてるのは結局小判じゃん。ねぇねぇ、もし幻太郎が勝負に勝ったら何お願いするつもりなの?」
    「お願い?……あぁ、そうですねぇ」
    度重なる連勝に心苦しくなったのかはたまた驕りなのか、帝統は『もし俺に勝てたら何でも俺の望み聞いてやるよ!……あ、今までの賞金返せは無しだかんな!』と言っていたっけ。正直勝負というよりあの男そのものを楽しんでいるので願いなんて全く考えていなかったのだけど、はてどうしたものか。
    「……まぁ保留ですかね。……どうして急にそんなことを?」
    「ん?幻太郎は意外と健気だなぁと思ったから!」
    「返答になっていませんよ……ん?」
    突然大きな叫び声が聞こえると同時に、「ちくしょー!」と何かを恨むような声。それは丘へと向かう側道から聞こえており、声の主はよく見知った者のそれだった。
    友人であるのなら駆け寄って然るべきだが今は神聖な勝負の最中。何だかんだと話していたら丘までかなり近い距離になっていたため、声にはかまわずに一歩一歩進んでいく。
    「げんたろー!てめ、卑怯だぞ!!」
    「おや帝統、どうかしたのです?まさか偶然そこにあった落とし穴に嵌ったのですか。それは災難ですねぇ」
    「ぜぇはぁ、お前なぁ……!っくそ、まぁいい。今から走ればお前なんかすぐに追い抜いて……ふぎゃああああああ」
    「おやおや騒がしいですねぇ」
    「ありゃりゃー意外と深いんだねぇ。幻太郎お疲れ様!」
    「はて何のことやら」

    お察しの通り、落とし穴を仕掛けたのは小生である。いやぁ大変でした、何せ昨日は徹夜で掘ったのですから。落ち葉だのでカモフラージュしたものの明らかに不自然なそれは、普通の動物であれば違和感をおぼえ避けるシロモノだが、さすが帝統。しっかり引っかかってくれました。

    てくてくと一定のペースで丘を登り、遂に頂上へ到達する。どうだ、亀だって兎に勝つことがあるんですよ?ふふ、きっと今頃乱数が勝敗を告げているにちがいない。
    丘からのどかな町の風景を見下ろす。初めて勝者として見た景色を焼き付けて、ぶすくれている男の元へ向かうことにした。悲願の亀の勝利として丘の景色をもっと見ていようかとも思ったが、ようやく手に入れた景色は意外と心を打つことはなくて、拍子抜けだったのだ。
    何かが足りない、そう感じてしまったのは多分勝利に慣れていないせいなのだろうか。いつもゴールをしたら、待ちくたびれたとあくびをしながら帝統が待ってくれているのだ。きっと相当長い時間待っていただろうに、すっぽかしもせず、小生の姿を見つけた途端キラキラの笑顔になるのだ。「あんまり来ねぇからすっぽかされたと思ったぜ!」と言う彼のセリフはこちらが言いたいくらいである。でもそれを言わなかったのは、決してそうはならないと知っているからで。
    可笑しなことに、帝統より先にゴールをして、最初にそれを伝えたくなったのは、そして勝利の景色を共有したくなったのは帝統だったのだ。

    ゴールに近い、最後の落とし穴を覗き込むと、泥だらけになった帝統の姿。驚いた後恨めしそうに変わったその顔を見て、先程まであまり持っていなかった勝利の高揚感がむくむくとい湧いてきた。

    「ふふ、どうですか!これで小生の勝ちですね!」
    今の小生は鼻が丘の上の樹ほどに伸びているんじゃないかと思うほどの鼻高々な様子で、それはもう嬉しくて帝統に勝利の宣言をする。まぁ帝統は負けたんですが。
    帝統は眩しかったのか一瞬目を細めると、卑怯だとか何とか言ってきた、ええい何とでも言いんしゃい!勝ったのは小生です!!

    「間抜けな兎さんには、しょうがないので優しくて足が速い亀が手を差し伸べてあげましょう」
    そう言って差し伸べた手を帝統は何の疑いもなく取って、そのまま強い力で地上へと上がる。きっと本気で握ったらこちらの手を潰してしまうと少し遠慮がちに握られた手がくすぐったい。乱数以外の他の種族の手なんか握ったことがないから、自分とは違う、大きくてゴツゴツした手の感触に少しだけドギマギしてしまう。いや違いますし、このドキドキは昨日掘ったときに出来たマメやらもバレてしまうと思ったからですし。何だか恥ずかしくなってすぐに手を離して顔を背ける。赤くなった耳はさりげなく髪で隠したのでバレてはいないはずだ。

    「……お前さぁ」
    「何です?ふふふ、今更負け惜しみですか?
    「……いーや!確かに勝負だってんなら俺の負けに間違いねーよ。でも普通に卑怯だろこれ!ったく、次は正々堂々勝つかんな!!」
    「ふふ、それはどうでしょうね!」
    「今からリベンジと行きたいところだがとりあえず買ってきたサンドウィッチ食おーぜ!!」
    「ふふ、そうですね。では敷物を持ってきますね」
    なんだか胸がむずむずとしてくすぐったい。
    あぁ、兄さんに話したいことがたくさん増えたなぁ。
    なんとね兄さん、亀の僕が兎に勝ったんだよ。確かに正攻法ではない手を使ったけれど、この兎なら許してくれると思ったんだ。案の定簡単に引っかかってくれるのだもの!
    前から話してる乱数って猫と違って、単純で、素寒貧のどうしようもない兎なんだけれど、真っ直ぐな面白い男でね。跳んでいる姿がとっても綺麗で、心が広くて、側にいると不思議と心地が良い男で、……大事な友達なんだ。いつか兄さんにも紹介したいな、きっと気に入ると思うから。

    風がふわりと待って、どこからか兄さんの瞳と同じ色の若葉が小生の目の前をひらりと舞った。

    ふわふわと浮かれた気分で荷物を取って戻ると、帝統と乱数がいつものように戯れ合っている。負けて悔しいと顔を顰める帝統の顔が可笑しくて、くふくふと笑みが深くなる。
    何やかんやで今日は記念の1日だと人気のサンドウィッチを頬張りつつ宴に興じると、気が付けば陽がすっかり落ちて暗い影を延ばす頃になっていた。
    乱数はオネーサンのところに行くと長い尻尾を翻し、帝統は家に泊まる気らしく、負けたくせにからりと笑いながら隣を歩いている。
    「あぁ、今日は良い気分でした。いいですか帝統、知恵があれば亀だって勝てるんですよ」
    「分かった分かった。お前の勝ちにケチつけたいわけじゃねぇよ……ただ、」
    「……ただ?」
    「……お前とする勝負楽しかったからさ、これで最後なのは結構寂しいわ」
    「え?」
    帝統の言葉の意味を理解したくなくって聞き返す。気にせず「今まで楽しかった」だの「まさかお前に負ける時が来るなんてなぁ」とこれで最後だという話は進んでいく。どうして、どうして最後だなんて。
    「俺はすっげぇ楽しかったぜ!でもな、このやり方は俺だけにしとけよ?お前賢いから相手は選ぶだろうけど、変に逆上されることもあると思うし」
    「ええ、そうですね……」
    「幻太郎?どした?」
    「……いえ、何も」
    「俺だけにしとけ」なんて、あなたと以外こんな遊びに興じることなんてあるはずがないのに酷いことを言う。もしかして、本当は勝負なんてしたくなかったとか?友人である小生がムキになったから、嫌々付き合ってくれていたのだろうか。もしくは今までは楽しく遊んでくれていたが、勝負や博打が好きなようであるし、こういった卑怯な勝ち方をしたということで嫌われてしまったのではないか。
    浮かれていた気持ちが急転直下、嫌われたかもしれないという思考回路はどんどん深みにはまり、自然と視界も下に向く。すると、彼の白いデニムがわずかに赤く濡れていることに気が付いた。
    「っ帝統!傷が!」
    「ん?あぁ、これか。気にすんなよ、別に幻太郎のせいじゃねぇから!」
    「そんな、」
    最低だ。自分が楽しいばかりに穴を掘って怪我をさせるだなんて。落とし穴なんて滑って落ちる過程で怪我をするかもしれないだなんて少し考えれば分かったことじゃないか。そりゃあ勝負が最後だと言うわけだ。……きっと、友人関係だって。
    「明日適当に洗うし……ん?幻太郎?……!おいっ!」
    突然足を止めた小生に怪訝な顔をした帝統が振り返る。俯いた顔を見られたくなくて逸らすが、一瞬で距離を詰めた彼の速さには敵わなくて、慌てた声で小生の名を呼ぶ。
    「っく、っ、」
    「幻太郎?何で泣いてんだよ。あ、もしかして手が痛むのか?待ってろ、切り傷に効く草があるんだ。取ってくるから」
    「ちが、違いますから、泣いてない、っひっく、」
    「おま、それは無理あんだろ。……な、どうした?俺なんかしたかよ、あ、怪我のこと?」
    「っ、ごめんなさ、い、」
    「あ、本当にそれが原因かよ!あぁもう、何でお前が泣くんだよ。これは幻太郎のせいじゃねぇから!なぁ、どうしたら泣き止む?」
    「っ、すぐに、泣き止むのでっ、はぁ、」
    思いっきり息を吸って、吐いた後に頑張ってにっこりと微笑む。頑張って作った笑顔を見た帝統は眉毛がへの字になって、泣いた時よりももっともっと困った顔をしていた。
    「何でそんな顔すんだよ。今日は幻太郎が嬉しい日だろ?」
    「嬉しい、ね。……大事な友人を代償に得る勝利に何の意味があるんでしょうね」
    「大事なって……何の話だよ、よく分かんねぇけど。どうしたらお前、いつもみたいに笑ってくれる?」
    「だいす……」
    心配そうな瞳をじっと見つめる。こちらを見つめる顔は驚くくらい真摯で必死で、心の中の何かが急にざわついた。彼に伝えたくて、聞こえるようにゆっくりと言葉を紡ぐ。
    「だいすが、小生と友人でいてくれるなら、」
    「え?」
    「あなたが小生を許してくれて、側にいてくれるのなら、小生は笑顔になります」
    ぎこちなく伝えると、突然ぎゅうと帝統から抱きしめられた。
    「あったりまえだろ!!俺お前とダチでいんのやめるつもりなんて無いんだけど!」
    「だって、卑怯な手で勝たれて怒っているのでしょう?怪我までしてしまって……」
    「さっきも言ったけど、これはお前のせいじゃねぇよ!昨日賭場で負けた野郎が俺に喧嘩売ってきたからそんときに付いたんだって。卑怯つったってお前が俺に勝ちたくて考えた奥の手だろ?確かに正々堂々ってわけじゃねぇがんなことで嫌いになるかよ!」
    ぎゅっと身体に込められる力が強くなる。少なくとも嫌われていないと安心した。切実なその声を、信じてみてもいいのだろうか。
    「ではなぜ、勝負は終わりだなんて」
    「それは!そもそもこの勝負ってのも負けず嫌いのお前が始めたもんじゃん。俺は楽しいけどさ。お前が俺に勝つまでは!つってたからもう終わりなのかなって思ってたんだよ……俺だって幻太郎と勝負すんの好きだから、やめたくはないんだけど」
    「やめなくていいです、最初は見返してやるためでしたが、今ではあなたと見る丘の上の景色が、好きでしょうがないんです」
    「へへ、俺も。じゃー明日もまた勝負しようぜ!次は負けないかんな」
    「ええ。……もう少し、このままでもいいですか?」
    「ん。お前が好きなだけしてやるよ。だからさ、ダチじゃないはもう止めろよな。心臓止まるかと思った」
    「……ふふ、大袈裟だなぁ」
    道の往来で抱き合うなんて恥ずかしくてしょうがないのに、夕闇が小生達をを隠したのか不思議と誰も通ることはなかった。
    耳元にくぐもった声が鼓膜を揺らして、大事な友達の掠れた声がじんわりと染み渡る。軽口を叩いてからかい合うのが似合う自分達のはずだったのに、お互い無言になっても居心地が良いだなんて、少しだけ参ってしまったのは内緒である。

    ────────────

    昔の俺は、まぁまぁやさぐれていた。
    母親が兎の国の王ってだけで周囲からは遠巻きに見られるし、期待と好奇の目に晒され、成功すれば当然だ、失敗すればあいつは劣った子だと評価される。俺は俺として生きたかったため、そんなの糞食らえだったのだ。
    小さい頃から勝負をすることは好きだった。自慢じゃないが足の速さには自信があったし、よく勝負を持ちかけられては勝っていた。段々と勝っていくうちにいつしか戦う相手はいなくなり、今までの勝負についても「王子の戯れ」「相手が気を遣ったんだろう」と囁かれ、戦った相手はその力量の差に諦めて、濁った目をして二度と再勝負を挑むことはなかった。
    まぁ多分、退屈だったんだろうな。
    王位なんざいらねぇと宣言し、兎の国を飛び出した俺は、賭博にどっぷりハマっていった。賭博はある意味平等で、賭けるもんさえ持っていりゃそこに貴賎はない。ひりつくような勝負は俺の脳を焼き切って揺さぶり、のめり込むまでは一瞬だった。賭場では色んな生き物から世の中のことを聞けたし、兎の国から出てやっと俺は、世界の広さと恐ろしさを知った。
    幻太郎と出会ったのはちょうどその頃だった。賭場に出入りするようになって仲良くなった猫の獣人の乱数と一緒に歩いていた、やたらと足の遅い奴。
    そんな奴が勝負を挑んでくるんだから驚いた。まぁ一度くらいならと相手をしたが結果は俺の圧勝。分かりきった勝敗に、まぁこいつも好奇心で勝負を挑んだだけだろうとつまらなく思っていると、なんとその亀は俺に再勝負を挑むと言ってきたのだ。
    「たった一度負けたくらいで諦める訳ないでしょう」「勝ち逃げなんて許しません」なんて初めて言われた俺は、嬉しくなってちょっと泣きそうになった。そんですっげぇ面白い亀だと思ったのだ。だって、幻太郎は亀なんだぜ?一緒に過ごして行く中で知るけど、あいつ思ってるより何倍も足が遅い。それなのに勝負を挑んでくる様がなんか好きだなって思って、そっからダチになった。

    そっから何回か勝負をして、結果は俺の全勝。まぁ当然だわな。でもまぁ負けず嫌いなあいつが黙ってやられっぱなしなわけがなくて、ある日一緒に幻太郎のネタ探しに付き合っていると「明日の昼、この場所で勝負しましょう」と突然言われた。いつもなら幻太郎が思い立って「今から勝負しましょう」だとかなんとか言ってきてその場で始まることが多いが、翌日の勝負の誘いは初めてだった。まぁ俺としちゃ賭場に行く以外は基本暇だし、何だか幻太郎が楽しそうだったからまぁいいかと勝負を受けた。
    まぁ一日空けた理由は次の日に判明するんだけど。ハンデとして頼まれたサンドウィッチを買ってから、ゴールである丘へ戻る一本道を駆けていた。すると、ある箇所に足を踏み出したら急に身体がぐらりと傾いて気が付いたら落ち葉の中に落ちていて、見える空の狭さに「落とし穴に落ちたのだ」と認識するまで少し時間がかかった。そういえばと買ってきたもんを確認すると、しっかり封がされているため無事だった。
    状況を把握して行く中で急に太陽の光が遮られ、影ができた。上を見上げると見慣れた薄茶色の髪。ぜってぇこいつが作ったくせにまるで偶然そこに落とし穴があったかのような言いぶりで、鼻唄を歌いながら先に進んで行く。
    意地と根性で抜け出すも少し進むと、またもや同じ浮遊感と重力。何とあいつは三つも落とし穴を作っていたのだ。しかもあとゴールは目の前ってところにも作ってんだから困ったもんだ。

    くそっ、だからあいつ一日待てなんて言いやがったんだな。この落とし穴を作るための時間稼ぎってことか!ったくあの嘘つき亀さんめ!
    ちくしょー!と叫ぶと、けらけらと笑う乱数が高い声で『ゴール!!幻太郎の勝ちー!』と高らかに宣言する。卑怯ではあるが、勝負は勝負だ、しょうがない。

    力が抜けて、ふかふかの落ち葉の上に大の字に寝転ぶ。ぷかぷか流れる雲を見ながら、そういえば負けたのは久々だと思った。いつだったか、理鶯さんと勝負したときはボロ負けだった。つっても鳥である理鶯さんはこんな真似なんかしなくても俺よりもずっと速いのだけれど。こんな落とし穴なんか作らなくても……と考えてあることに思い至る。

    つーか待てよ、この落とし穴、あいつが作ったってことだよな?昨日俺たちが解散した後だから夕方から……いや、あんまし明るい時間だと怪しまれるだろうし、夜とか?
    あいつが?あんなに重い甲羅を背負って、家からここまで行くのだって相当大変なのに、スコップ持って、こんなに深い落とし穴を三個も?『俺に勝ちたい』っていう、ただそれだけのために?
    馬鹿じゃねぇのあいつ。でも何よりおかしいのは、そんなあいつのことをかわいいなんて思ってしまっている俺なんだけど。
    足音が近付いて、降り注ぐ太陽の光が遮られる。上を向くと、空を背にする幻太郎の姿。

    「ふふ、どうですか!これで小生の勝ちですね!」

    もうさ、すっげぇ得意げで、嬉しくてしょうがない子供みたいな顔してんの。ドヤ顔っての?普通に見てたら俺は卑怯な手で負けてんだし、その顔見てムカつくって思わないといけないんだろうけど、その顔見たときに俺、気が付いちまったの。あー俺幻太郎のこと好きだなって。「間抜けな兎さんには、しょうがないので優しくて足が速い亀が手を差し伸べてあげましょう」って差し伸べられた手を見たらもうダメだった。
    亀さんの手な、すっげぇボロボロだったんだ。いっつも綺麗にしてる手はマメだらけで、爪には土が入っちまってるし、ところどころに傷まであるし。亀さんの手は商売道具なのにさ、何してんだよ。つーかその手が亀さんが落とし穴掘った証拠だし、自分が掘った落とし穴にかかった相手に手差し伸べるとか意味わかんねぇし。あーあ、よく見たら目に隈も出来てら。夜通し掘ってたんだろ。
    商売道具の手もボロボロにして、寝る間も惜しんで、ただのお遊びの俺との勝負に勝つために落とし穴掘っちゃうの、お前。普段飄々な顔して俺のこと阿呆だとか何とか揶揄ってるくせして、亀さんの方がよっぽど阿呆じゃん。
    俺よりすべすべで、大事な手を握り潰しちわないように、でも絶対に離さないようにしっかり握って引き上げてもらう。本当は手なんか借りなくても上に上がれるけど、好きだと気付いたからには手、握りたいじゃん。そんまま手繋げるかな〜って思ってたんだけど引き上げられたらすぐに離された。なーんだよ、寂しいの。ちえっと思って幻太郎の顔見たら、何か髪で耳隠しながら真っ赤な顔でこっち睨んでて、すっげーかわいい顔してんの。何その顔、キスしたくなんだけど。ごくりと欲望に喉が鳴る。
    「……お前さぁ」
    すっげぇかわいいんだけど。そんなにかわいかったっけ?そう言ったら怒られそうだったから流石にやめといた。
    「何です?ふふふ、今更負け惜しみですか?」
    「……いーや!確かに勝負だってんなら俺の負けに間違いねーよ。でも普通に卑怯だろこれ!ったく、次は正々堂々勝つかんな!!」
    「ふふ、それはどうでしょうね!」
    「今からリベンジと行きたいところだがとりあえず買ってきたサンドウィッチ食おーぜ!!」
    「ふふ、そうですね。では敷物を持ってきますね」
    そう言って歩き出す幻太郎の、上機嫌に甲羅が揺れる背中を見つめる。前までは何とも思っていないその背中を見て、かわいいなって思ってしまっているからもう手遅れだ。いや、もしかしたら昨日までも心のどこかで思っていたのかもしれない。

    「めろめろ?」
    「うわっ!何だよ乱数急に!」
    「だって帝統分かりやすいんだもん。聞こえてきちゃったよ?『めろめろ〜』って」
    「何だその、めろめろって」
    「ふふ、決まってるでしょ!恋に落ちる音だよ!」
    「な、」
    「おーいお二人さん、早く食べますよ〜!何を隠そう今日は小生の勝利記念なのですから!」
    乱数と話そうとするもするりと逃げられ、俺としてもサンドウィッチを頬張ったらいろんなことがすっ飛んじまったのだった。

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    オメガバースです。
    帝統α×幻太郎Ω
    2人の子供が出てくるので、苦手な方はお気をつけください。

    楽しんでいただけると嬉しいです。
    パパは誰?数年ぶりに降った大雪で、歩く道が不安定なため、幻太郎は1歩ずつ確実に歩くよう、ゆっくり歩いていた。乱数に仕立ててもらったダウンが大活躍だ。
    抱っこ紐で赤ん坊をしっかりと抱っこしていても、ゆったりと着れて、更にとても暖かく、時々視線を下に向ければ、すうすうと心地よさそうに大切な子供が寝ているのが確認できた。マフラーまで乱数のお手製で、暖かく、また肌にも優しくチクチクしない。靴も雪で滑らないしっかりと溝のあるタイプを履いてきたので、ばっちりだ。
    匡星の保育園までは家から徒歩15分。七星が産まれてからは、こうして七星を抱っこして、匡星と手を繋いで帰るのが、日課となっていた。
    「夢野です。お世話になります」
    保育園の入り口で、保護者証を見せて中に入ると、お迎えを待っている子供たちが遊んでいた。積み木で家を作っている子。絵本を読んでいる子。年の多い子が小さい子の面倒を見て、一緒に遊んでいたり、不思議なダンスをしている子もいたりする。幻太郎はこの光景が、好きだった。
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