Story Reo(途中です!ハピエン予定です!月内完成予定です!)「なぁ、あんず。あんずって、俺の何?」
月永先輩は、いつだって唐突で直球。
思ったことはすぐに音になる。
私はこれを、ドッジボールと呼んでいる。
「なぁ!もう~、聞いてる?」
何の前触れもなく投げられたボールは、違う方向を見ていた私にドンっと衝撃を与えてぶつかり落ちる。
「どうしたんですか…?」
急なのはいつもの事。
ただ、質問に対しての正しい『答え』がわからない。
間違えると機嫌を損ねてしまうし、できれば質問の意図を知りたい。
「そのまんまの意味だろ~?」
どっち?
大きなビリジアンの瞳に映る自分があまりに不安そうな顔つきで、不憫になる。
どっち?
私にとって、嬉しい意味と、そうじゃない意味。
「レーオーくん。ま~たあんずのこと困らせてんの?」
こんな時の助け舟はいつだって瀬名先輩。
「聞きたいの!あんずの口から!」
童顔な先輩は、高校生の時から顔つきもさほど変わらず大人になった。
アイドルと比べたって…と、分かっているけど私ばかりが年を重ねていくようで、直視するのは目には毒。
「…ほら、あんず。打ち合わせの時間でしょぉ?さっさと準備に行く!」
「あぁ!邪魔するなよセナ~」
私を追い出すように背を押す瀬名先輩の手は、見かけよりも優しくて撫でられるよう。
振り向けば、
『行・き・な』
音にならずに私に伝わる優しい振動に、瀬名先輩は嘘でもいいから笑えと私を奮い立たせるのだ。
「じゃぁ、月永先輩、瀬名先輩。また後程」
足早に立ち去っても、突き刺さるように月永先輩の眼光の衝突を私は避けることができない。
こんな痛みから逃げられない私は、バカだと思う。
ぶつけられた言葉に身体は痣だらけ。癒されないまま何年も何年も。
月永先輩にとっての私は、後輩で、プロデューサー。
私にとっての月永先輩は、先輩で、好きな人。
先輩への答えとして『プロデューサー』というのがつらいと感じるのは、きっと報われない呪いだろう。
もう随分昔、まだ私が制服を着ていた還れないあの日。
「月永先輩、風邪ひいちゃいますよ?」
レッスンに現れない先輩を探していた時だった。
Knightsのメンバー総出で探していても見つからず、私も借り出されて校舎内を走り回っていた。
毎回違うところで見つかる先輩を見つけるのは至難の業で、私もいつだって頭を悩ませていたけれど、同じくらいわくわくしていた。
音楽室、中庭、ガーデンテラス、噴水前に講堂。息を切らせながらも『今日はどこにいるんだろう?』と、まるでかくれんぼ。
-あんずはレオくん見つけるの得意でしょぉ?ほら、さっさと行って!
教室で裁縫をしていたら、無遠慮に瀬名先輩に連れ出されてから1時間。
凛月くんは、もうあきらめて眠っているかもしれない。
瀬名先輩と司くんは、きっと躍起になって探してる。
嵐ちゃんは日の当たらないところや室内を重点的に探してくれているだろう。
音楽室だったり、1年生の教室にいたことだってある。
私よりは大きいけれど、小柄な先輩は小さく丸まって五線譜を広げているか、寝息を立てているか。
先輩のお日様みたいな笑顔に光るオレンジの髪はキラキラと輝く希望の彩。
今日はどこにいるんだろう?
私が一番に見つけたいなぁ
と、この踊る気持ちが恋心だと私自身はとっくに気づいていた。
柔らかく、甘い。
先輩の笑顔はいつだって私を照らして晴れやかにさせた。
「…見つけましたよ?月永先輩」
見つけたのは、シーツが風になびく屋上の隅。
なかなか見つからなかったのは協力者がいたせいだった。
「ごめんなさい、あんずおねえちゃん…」
屋上をぐるっと見渡してから、先輩がいないのを確認して出ていこうとした際にか細く私を呼ぶ声が聞こえた。
洗濯物の隙間から顔を出すのは創くん。
保健室のベッドシーツを干していたところに、ふらふらと現われては、そのまま眠りこけてしまったようだ。
「朱桜くんが、月永先輩を探す声は聞こえていたんですけど…」
しゅんとして私を見つめるので、私は創くんの手をぎゅっと握って頬と頬を近づけた。
「くすぐったいですよぉ」
男の子なのに甘い香りがする創くんは、両目をつむって私に寄り掛かった。
「教えてくれて、ありがと」
「えへへ」
顔を離すと、ぐりぐりされた頬を両手で抑えながら、ぷーっと膨れて「子供扱いしないでくださいっ」と笑ってみせた。
「気持ちよさそうに眠っていたので…」
「うん、ありがとうね。創くん」
彼はこの後も別の構内アルバイトに行くのだと言って、腕時計を見ながら早足で去っていった。
弟のようにかわいい1年生。
創くんだけではない。友也くんも光くんも、忍くんたちも、みんな私にとっては可愛くて仕方がない。
大好きなみんな。
同じくらい…
「…月永先輩」
『ま~た、あんずに見つかっちゃった。ハイハイ、行きますよ~』
起きていたらこんな声が聞こえてくる。
今日は残念ながら深く眠りについているようで、すーすーと気持ちよさそうな寝息しか届かない。
「先輩」
柵に背中を預けて、結わえた髪が少し揺れた。
魔が差したわけではない。
衝動でもない。
触れたかった。
漫画の様に、小説の様に、映画の様に。
眠る先輩に、私は自らの意思を持ってキスをした。
一瞬だけ触れた唇に、温度はなかった。
同じくらい、ううん。誰よりも。
「だいすきです。先輩」
悪いことをしているという自覚もある。
怒られるならまだまし。
知られたら嫌われてしまうかもしれない。
深く眠る先輩の、瞼が動くその前に。
みんなには、見つからなかったと。そう言おう。
先輩から離れて音をたてないように歩き出した。
屋上の扉に手を伸ばしながら、今日のこの日をなかったことにしようと胸にしまい込んだのだ。
それなのに、
「…あんず」
無常に鼓膜を震わせたのは、少しだけ低い声。
知られたら、嫌われてしまうかもしれない。
怒られるかな。
悪いことをしているってわかってます。
私が伸ばした手が、少し開いた扉のノブに触れた時、同時に聞こえた私の名を呼ぶ声。
-見られてしまった
俯いたまま怖くて上げられない頭の上からポンポンと2度撫でられた。
「…なんて顔してんの」
瀬名先輩。
「顔、あげな?」
太陽が雲に隠れて、屋上は少しだけ暗くなった。
「…あんずだって、お姫様だもんねぇ」
厳しい叱責を覚悟してたのに、あまりに優しく私を撫でる先輩にしがみついた時、溢れた涙は瀬名先輩のシャツに染みていった。
そのまま月永先輩抜きでレッスンが行われたが、終盤になって先輩は顔を出し瀬名先輩と司くんにみっちり絞られていた。
私はと言うと、あんなことをしてしまった後で先輩の顔をまっすぐ見ることもできなくて。
嵐ちゃんと凛月くんの後ろに隠れるようにしてその様子をうかがっていたのだが、なぜだか、いつもよりも険しい顔をした月永先輩に引っ張られるように横に座らされてしまった。
「ちょっとぉ、レーオーくん!あんずは関係ないでしょぉ?」
「そうです!お姉さま、床になんて座ったら身体が冷えてしまいますよ」
「いいのー!俺を呼びに来なかった、あんずも同罪!」
先輩に腕を引かれた私の身体は、抱きかかえられるようにして並んで座った。
お日様の光を十分に浴びた先輩のパーカーが、ふわっと私の膝を覆い、
(な、あったかいだろ?)
小声で人懐っこい笑顔を浮かべているのに、いつもの先輩と違って見える。
笑顔なはずなのに、どこか鋭い。
これは私のせいだろう。
私が勝手に違って見てる。
「レーオーくーーーん?」
「ほらぁ!セナがうるさいからあんずが怯えてるだろ!」
月永先輩が音楽を紡ぎだすはずの手が、今は私の手を強く掴んで離れない。
痛いくらいに、強く、怖い。
『あんず、いつもみたいに笑って。あんず。だいじょうぶ、俺は見てないよ』
『せな、せんぱい?』
『かわいい妹の相手がレオくんだなんて癪だけど。見なかったことにしてあげる。だけどね、あんず…』
振りほどくこともできないくせに、もう片方の手は自然に伸びた。
「瀬名、先輩!」
「…え?」
隣で月永先輩の声が聞こえても振り向けず。
瀬名先輩は、私の手を取らず。
猫を抱きかかえるようにして私を持ち上げて立たせてくれた。
ゆっくり落ちる月永先輩のパーカーと、ゆっくり離れていく熱い手。
「ったく。レオくん?あんずは女の子なんだから。床はダメ」
「ちぇ!なんだよ。セナのばーーか!」
はしゃぐ声はいつもの月永先輩。
いつもの瀬名先輩。いつもの、風景。
それなのに、どこか澱んで見えるのは、きっと私の気持ちがそう見せている。
『だけどね、あんず。つらくなったら俺のところにおいで。お兄ちゃんだけは、あんずの恋をちゃんと応援してあげる』
その日からずっと、今日まで。
私は月永先輩のことがずっとずっと好き。
音楽を生み出す彼も、少年のような彼も、いつだって一生懸命に未来と向き合う月永先輩のことが大好き。
本当はちょっとだけわかってる。
もしかしたら、先輩も私のことを気にしてくれているのかもしれない。
恋愛か、友愛か。もしかしたら先輩にとってのもう一人の妹になっているのか。
それともただの、プロデューサーか。
言えたらいいのに、好きだと。
先輩の問いに、いつだって答えたい。
今もあの日の様に貴方に触れたいのだと。
私も時間の経過とともに気持ちはずいぶん落ち着いた。
先輩の顔を見ることだってできるし、先輩がじゃれてくることにも緊張は薄れていった。
それでもなくならないのは罪悪感。
触れた唇の感触を忘れた日は一日だってない。
忘れようと、そう胸にしまい込んだはずの気持ちを、月永先輩は遠慮もなく取り出そうとする。
私の葛藤に気づきもしないで。
そして、それこそが報われることのない呪いであると。