story CHIAKI(ハピエン予定/月内完成予定です!)「守沢さんクランクアップです~!」
もう、こんな場面を何度も迎えている。
「ありがとうございました!」
バラにガーベラ、カーネーション。
手渡された大きな花束を抱きかかえては、大きな声で感謝を述べる。
「あんずさん!いらしてたんですね。いやぁ~相変わらず、気持ちのいい方ですね。守沢さんって」
「ありがとうございます。よかった、最後の撮影に立ち会えて」
俺の心の内は、きっと誰も知らない。
「私の、自慢の先輩なんです!」
すべての原動力が、彼女の笑顔だなんてきっと誰も知らない。
自分の撮りは今日で終了。
来年公開予定の映画は悪と戦う正義のヒーローが主役の…ではなく、恋愛映画。
人気者のヒロインにひっそりと恋をする、地味で控えめな主人公。
努力を重ねて彼女と結ばれる、そんな王道ストーリー。
オファーを受けて、俺はすぐには返事ができなかった。
どうしたって俺とはかけ離れてる。
ヒーローとして特撮に携わりながら湧いて出た『演技』への興味と感心。やってみたいという気持ちが多少はあった。
だが、懸念は圧倒的な経験不足に実力不足。
それと俺自身のキャラクターが受け入れられるのかという不安。
こんな気持ちでオファーを受けるなんて失礼なことはできないと、随分悩んだことを覚えている。
「あ~~~~~、いったいどうしたらいいんだ!?」
返事をどうしたものかと部屋で一人頭を抱えていた俺は、ここ数日ずっとこんな調子でスマホとにらめっこ。
事務所の…天祥院からも返事を急かされて、いよいよ明日にも返事をしなければと言う時だった。
「やりたい、やってみたい…だが不安も多い…」
いつだって自分に自信がなくて、病気がちだった昔の自分。
そんな俺を救い上げてくれた正義のヒーローのような存在に、俺はなりたかった。
真っ赤な炎を身に纏う、みんなを照らすヒーローに。
今の俺がなれたかどうかは、わからない。
ただ、流星隊の流星レッドとして誰かの光になりたい、そんな気持ちでひたすらに前を向いて走ってきたつもりだ。
行きついた先が、今のアイドル『守沢千秋』。
そして、特撮ヒーローとして子供たちに夢と希望を与える流星レッド。
最初こそ【自分であって自分じゃない】誰かを演じる違和感は拭えなった。
だが、演技指導を受けて自分なりに考えて臨んでいるうちに演技が楽しいと、そう感じるまでに時間はかからなかった。
しかし、楽しくたって波はある。
うまくいく日もあれば、そうじゃない日もあるわけで。
まだまだ未熟な俺は、そんな波を一身に受けていつだって揺れ動く。
「あ~~~~~!」
寮を出てからは、事務所が用意したマンションでひっそりと暮らしている。
大きな声を出したところで誰かが返事をするわけもなく、自分の声が少し響く。
「どうしたらいいんだ~~~!」
頭を抱えてソファにどかっと倒れ込むば、こだまするのは甘い言葉。
『悩むのことは一旦やめて、このまま眠ってしまおう』
そんな気の抜けた考えが脳裏によぎったが、すぐさま現実に引き戻された。
-ガサガサガサッ
床に置いたままにしていたカバンに足が当たったのか、盛大にぶちまけてしまったのだ。
「…」
せっかくクッションに顔をうずめたところだったのに。
目線をちらりと床に向けると台本に手帳、携帯端末。
起き上って手を伸ばし、渋々とカバンに戻していく。
こんなにたくさん持ち歩いていたのかと、これを機にと不要なものを取り除ている時に触れた台本。
ボロボロで、表紙もテープで補強されてなんとか形を保つそれは、ページのいたるところに付箋が貼られている。
「…また、補強しないといけないな」
始めて主演をもらった、特撮シリーズ。
その第二話の台本。
当時は本当に必死で、何度も何度も読み込み、監督からの指導を細かく書き込んだ。
撮影が終わってからも御守りのように持ち歩いている台本。
時として5年ほど前か。
夢ノ咲学院を卒業後しばらくして、オーディションもなく抜擢された主演。
流星隊のメンバーも諸手を挙げて喜んでくれて、俺は 選ばれたのだ と自信をもって撮影に挑んだ。
だが、初日の読み合わせで、早々に俺の心はバキバキに折れてしまった。
当たり前だ。
準備もなく、経験もない。
周りの玄人たちの目に、俺はさぞかし滑稽に映っていたはずだ。
自業自得とは言え自分への情けなさで、読み合わせが終わった後も座ったまま立ち上がることができずにいた時に、アイツが来た。
「…先輩、守沢先輩!」
沈んだままの俺とは逆に、アイツはいつものように笑っていた。
「先輩、これ」
俺に何があったかなんて知らないはずなのに、全部知っているように見透かしたほほえみ。
「二話の台本も刷り上がりましたのでお届けに上がりました」
こてんぱんにやられた第一話。
まだ何も始まっていないのに、落ち込む俺と次の台本。
「監督とすれ違いましたが、上機嫌でした!鍛え甲斐があるって」
俺に何があったかなんて知らないはずなのに、俺を奮い立たせるには十分のほほえみ。
「忙しくなりますね、守沢先輩!」
掛けられた言葉だけで気分が上がるわけではない。
そんなに単純にできていない。
そう思えば思うほど、ぐっと拳に力が入って立ち上がる。
「…そうだな、あんず。忙しくなる!」
意味も持たないだろう言葉に気分が上がるわけではない。
そんなに単純にできてはいないはずなのに。
第二話。
次も任せてもらえるチャンスがあるのだと、アイツの笑顔につられておのずと笑顔を取り戻す。自信を取り戻す。
その時の台本が、俺の御守り。
-守沢先輩
きっと大丈夫です。
いつだって私のヒーローですから!
表紙をめくれば、彼女の可愛らしくも控えめなメッセージが鎮座する。
ただそれだけで、彼女の屈託のない笑顔がいつだって浮かぶのだ。