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    おたぬ

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    おたぬ

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    22歳ノンケ🍁×30歳ゲイ❄

    ひとまず交際開始までの話はこれで一区切りです。

    我慢ができずに店内でイチャついてしまったオレと冬弥は、マスターの堪忍袋の緒が切れぬうちにとそそくさとバーを出て、月が見守る道をゆっくりと並んで歩いていた。星の瞬きすら塗り潰し、まだまだ眠らず動き続けるであろう通りを抜ければ、一気に喧騒は遠くに消えて静かな闇が辺りを包んだ。世界に取り残されてしまったのではないかと錯覚してしまうほどの静寂の中に、オレ達の足音だけが響く。今は皆、家の中で趣味などに興じているか、早い人であれば明日に向けて眠りについているだろう時間。様々な家々が建ち並ぶその道を歩く人は見受けられず、隣を歩く彼の手は指を伸ばせば触れられる位置にある。状況は実に整っていた。ゴクリと喉仏が上下する。オレの住むアパートまではまだ少し距離がある。ドクン、ドクンと先走って早まる鼓動が躊躇うオレを批難しているように聞こえた。

    (……クソっ、うるせぇな)

    息をついて、どうしてかいつもより数倍重たく感じる手を、そっと持ち上げる。冬弥の手に触れる瞬間、喉仏がまた動いたが、別に緊張しているわけではない。多分。

    ピクンと驚いたように跳ねる体温の低いひんやりとした手を、痛くないように、けれどしっかりと握る。本当は指を絡めて所謂恋人繋ぎというものがしたかったが、まだ付き合って数時間も経っていないのに、そこまでしていいのかがわからなかったため見送った。別に勇気が出なかったとか、恋人という響きが恥ずかしかったわけではない。決して。

    (……手、思いっきり握ったら、折れちまいそう……)

    手の中に収まるそれの細さに、そんなことを考えた。

    どんなに綺麗でも、可愛くても、冬弥は男だから今まで付き合ってきた女のような柔らかさはなく、背もオレより高い分、握った手だって小さくはない。それでも触れれば壊れてしまいそうな不思議な危うさと、ひとつの完成された芸術作品のように人の心を惹きつける何かを彼からは感じる。しかし、横目に見える月の光を受ける白い頬は紅潮して、白銀は恥ずかしそうにしながらも幸せの色を隠そうともしておらず、それらが冬弥が作られたものではなく、たしかに生きた人間であると教えてくれた。

    盗み見ているのに気がついた冬弥はオレを見て、交わった視線に頬の赤がその色を濃くする。

    (……かわいい)

    思わず口角が上がり、握った手を僅かに引いて冬弥の体をこちらに向かせ、リップ音を一度だけ。唇が触れた時の静かな住宅地には不釣り合いな鼻にかかった冬弥の甘い声が、耳に心地よく、繋いだ手の指を動かして肌を撫でれば、その声の糖度はさらに増していく。もっと、もっとと冬弥を欲して訴える欲望を理性で何とか押さえつけ、けれどやはり名残惜しくて殊更時間をかけ重なったそれを離すと、「ぷはっ」と情緒もなく大きく息を吸った彼が乱れた息とトロンとした瞳のまま、困ったように笑った。

    「……ダメだぞ、彰人。こんな所でこんなこと……」
    「ん、悪い、冬弥さん」

    ダメ、と言いながらも嬉しそうに言う冬弥にオレは素直に謝る。けれど、周囲の家はカーテンが閉まっているし、オレ達の他に足音もない。見ているのは、空にある月だけだ。

    今度は冬弥に手を引かれてオレ達はまた歩き始めるが、示し合わせたように足音の間隔が少しずつ、少しずつ開いて、家までの長くもない道を焦れったくなる速さでオレと冬弥は歩いた。繋いですぐは冷たく感じられた彼の手は、気づけばオレの熱が移ったのか、それとも体温が上がったのか。家に着く頃には温かくなっていた。

    そうして時間をかけて着いた、すべてが始まったあの日と変わらない、安いアパート。その階段を上がって、オレが住む部屋のドアを音を立てないようにゆっくりと開ける。以前は終電を逃していまった彼を泊めるために連れてきたが、今日は違う。あのバーからの帰りであることも、彼を家に泊めることも変わらないが、まったく違うのだ。冬弥はオレが初めて本気で恋をした人で、冬弥とオレは今恋人同士。

    (その冬弥さんが、オレの家に……)

    そう考えるだけで、どうにかなってしまいそうなほど胸がバクバクと脈打つ。ここにはオレ達以外誰もいない。咎めるマスターも、もしかしたら通るかもしれない歩行者も。そして月さえも、この部屋の中は伺いしれない。そう考えたら、本当にどうにかなってしまいそうだった。いや、どうにかなってしまった。

    「お邪魔しま……ぁ、んんぅっ!」

    時間を考えてか小声で告げられた冬弥の言葉を遮って繋いだ手を引き、靴も上着も脱がずにオレはまさしく貪るという表現が的確なキスをした。欲の赴くまま、固く閉ざされた唇をノックすれば、おずおずとそこは開かれる。オレはするりとそこに舌を差し込んで、奥に縮こまって隠れている冬弥のそれをペロリと舐め、絡ませた。彼の口内で2人の唾液が混ざり合い、自身の体を支えるようにオレの肩に添えられた繋いでいない方の冬弥の手が、ギュッと服を握ってくる。

    「……んぅ……ぁッ、ぅ……んんっ♡」

    キスの合間に漏れるのは、初めての夜を彷彿とさせる声。甘美なそれに脳が溶かされた。しかしそんな声を出している本人はあまりキスには慣れていないのか、舌を撫でるように優しく舐ると、身を固くしてしまう。辛い過去を思い出させたくはないので詳しくは聞けていないが、自分を愛してくれる人に手を上げるような最低な男のもとにいたのだ。キスの経験は浅いのかもしれない。けれど嫌というわけではないようで、薄目を開けて見てみると、同じ男とは思えない長い睫毛はふるふると切なく震え、芯まで蕩けていた。それは可愛いというより、色気を孕んだエロい顔。

    (あー……やべぇ……)

    胸の高鳴りが、加速していく。くちゅ、くちゅ……と粘度の高い水音を立てながら飽きもせず、何度も何度もオレは冬弥の唾液を味わい、歯列をなぞり、唇や舌を甘く噛む。

    「……んんッ♡……ふっ、んぅ……あっ、あき……んむっ♡……ん、ぅん……♡」
    「んっ、ぅ……はっ、冬弥、さん……」

    息継ぎのために唇を離すと、オレと冬弥の間に透明な橋がかかり、それが切れるよりも早く、再び重ね合わせた。そっと繋いだ手を解いて、冬弥はオレの首へ、オレは冬弥の背と腰にそれぞれ手を回す。これまでの距離を埋めるように、オレ達は全身で互いの温もりを感じた。

    キスに感じ入ってくれているのか体から力が抜けていき、冬弥が身を委ねてくれる。首に回された腕に力が込められ必死に縋りついてくる姿と、感じる彼の重みが愛おしくてオレは冬弥を強く抱き締めた。しかし、口付けに夢中になる頭の片隅にずっと何かが引っかかっている。違和感、というには少し弱いが、それでも見過ごすには大きな何か。何なんだ、この感覚は。

    (変っつーか……何か気になるんだよな)

    「あきと、あきと」とオレを求めて唇を差し出してくる年上の恋人に応えながら、オレは思案する。何が引っかかっているのか。息継ぎが上手くできずに、はふはふと呼吸を乱すその表情は幸せに満ちているし、オレを引き寄せる細い腕も拒絶とは正反対の動きを見せている。気になるようなところはない。ではなんだ、と頭を脳内で捻りつつ冬弥の腰と背中を撫でたオレは、ふとあることに気がついた。

    (冬弥さん、こんなに細かったか……?)

    彼はたしかに線が細い。だから初めて冬弥を見た時も性別というものを感じなく、家に帰ってくる間繋いでいた手だって職人が作ったのではないかと思えるくらいに華奢だった。けれど、これは……この細さは、少し異常ではないか。そう感じてしまうほど、彼の腰は病的に細かった。ひとつになったあの夜に掴んだそこは、もう少し健康的な太さを保っていたとオレはそう記憶しているのだが。

    「ん、んんッ♡……んぅ?……あきと……?」

    気づいた異変に気を取られてキスが疎かになっていたのか、冬弥がきょとんとした瞳でオレを見る。

    「どうかしたのか……?」
    「あっ……冬弥……さん……」
    「……もしかして、キス、しつこかった……か?」
    「…………え?」

    激しいキスで潤んでいた白銀が、悲しげな光を湛えて細められる。言われてみれば今まで付き合ってきた恋人と比べても、彼女達と別れるまでにしたキスの合計を遥かに超える回数を今の短時間でした気はするが、それはオレも望んだこと。執拗いなどとそんなこと、思いつきすらしなかった。オレは慌てて首を横に振る。

    「そんなことないです。冬弥さんとのキス、すげぇ気持ちいいし」
    「………そ、それならよかった」

    「では、どうしたんだ?」と可愛らしく小首を傾げる彼に聞いていいのかどうかを迷いつつ、オレはそれを口にした。

    「冬弥さん、ちょっと痩せすぎじゃないですか?」
    「……っ!そう……か?」
    「初めて会った時から細いとは思ってましたけど、これはさすがに細すぎます」

    細い腰を撫でると、冬弥は気まずそうに俯く。この様子だと自覚はあったようだが、何か訳もありそうだ。オレは決して責めるような色を含まぬように優しく彼の名を呼び、オレより高い位置にある青に指を潜らせる。頭を撫でるオレの手に気持ちよさそうに擦り寄った冬弥は、けれどすぐに表情を曇らせてまた下を向いてしまった。

    「彰人、すまない」
    「……ん?」
    「俺は少しだけ、嘘をついた」
    「嘘?」
    「…………いや、嘘ではないんだが、敢えてすべてを言わなかった」

    まるで隠していた宿題を見咎められた子供のような顔で、もごもごと冬弥は続ける。

    「入院したのは骨にヒビが入ったから、というのももちろんあるが、それだけが理由ではなかったんだ」
    「他にも悪いところが?」

    こくん、と頷いて、それから何かを思い出したのか、冬弥の体が小さく震えだした。その反応から、きっとその隠した理由もかつての恋人が原因なんだろうと簡単に予想がつき、オレは奥歯を噛み締めて傷ついた彼を強く、強く抱き締める。どんな理由であろうと、どんな過去があろうと変わらず愛していると、伝わるように。そうやっていると次第に彼の震えは治まっていき、そっと肩を押されて体が離される。「ありがとう、彰人」と言った冬弥の声には怯えも恐怖もなかった。

    「過労と栄養失調……入院を言い渡された原因は、むしろこの2つなんだ」

    碌に眠れず、食事もできずに体を酷使した結果、恋人の暴力で栄養が足りていない骨にはヒビが入り、仕事中に倒れてしまった、と。

    (……なんだよ……それ……)

    純粋な怒りがふつふつと湧き上がる。どうして彼がそこまで追い詰められなければならなかったのか。この細く、容易く手折れてしまえそうな身で、どれほどの苦しみや痛みに耐えてきたのか。様々な思いが、オレの脳裏を走り抜けた。

    (オレが、あの時手を掴めてさえいれば)

    その悔しさはやはりなくならない。
    また後悔の念に苛まれていると、彰人、と冬弥がオレを呼び、視線をやると唇をちゅっ、と啄まれた。

    「と、冬弥さん?」
    「彰人、俺ならもう平気だ。まだ2週間ほど体を休めるようには言われたが……もう、平気なんだ」

    麗らかな春を迎え、咲き誇る満開の花のように笑って冬弥は言う。

    「彰人が、いてくれるから」

    きちんと伝わっていた思いに涙が込み上げて、オレは恋人の唇を塞いだ。



    「彰人、どうしてもダメなのか?」

    シャワーを浴びて、オレの部屋着を着た冬弥がベッドに腰かけながら不満げにそう言った。ムッ、とむくれる姿は実に可愛らしく、思わず許してしまいそうになるが、しかしそれは絶対にダメだとオレは己を奮い立たせる。

    「ダメです、今日はこのまま寝ます」
    「……どうしても、か?」
    「冬弥さん、医者から2週間は休むようにって言われてんですよね?」
    「それは……だが一度くらいなら……」
    「……ほら、いいから横になって」

    冬弥の軽すぎる体を抱えてベッドへと寝かせる。嫌がる割に素直にコロンと転がった彼は、しかし諦めはつかないようで、「……彰人」と切ない声と表情でオレを見上げた。本当はその思いにオレだって応えたい。けれど、それはできない。

    「彰人……どうしても、抱いてはくれないのか?」

    忘れさせてほしい、と、シャワーから出てきた冬弥はオレにそう言ってきた。自分がもうあの人の物ではないのだと、この体に刻んでほしい、と。そのあまりにも悲痛な訴えに、わかったと頷きたかった。だが、抱き締めた体の細さ、医者から言われたという休養期間を思えば、無理はさせられない。

    だから、応えるわけにはいかない。

    「…………まだそんなことできる体じゃないでしょう」
    「彰人……!」

    冬弥が覆い被さるオレのシャツを掴んで縋るような声を上げた。その手をゆっくりと解いてギュッと握り、オレは指先に口付けて言い聞かせるように告げる。

    「頼む。大切にさせてくれ」

    初めて本気で愛しいと思えた人だからこそ、大切にしたかった。

    「……狡いな、彰人は」

    震える声でそう言った冬弥は観念したように瞼を閉じ、隠された銀色から溢れた涙が月明かりに照らされる白い頬に、跡を残していく。

    「彰人、抱かなくてもいいから、せめて隣にいてくれないか。……俺が眠るまででいいから」
    「……冬弥さん」

    あまりにも控えめなおねだりに笑みが零れた。元々2人で寝ることを想定されていないオレのベッドは男2人が寝転がるには狭苦しいが、それゆえに密着して感じる彼の低い体温が愛おしい。それをさらに抱き寄せて、子供をあやすように薄い背をトントンと叩く。そうすると、やはり体は限界だったのだろう。腕の中から穏やかな寝息が聞こえてきた。

    かつての交際相手のことをどれだけ好きだったのかはわからない。しかし、一度人を好きになって裏切られて、それでももう一度オレに恋をしてくれた愛しい彼は、きっと誰よりも深い傷を負いながらも、きっと誰よりも強い。そんな冬弥だから、オレは。

    「愛してる、冬弥」

    今はまだ彼の望みに応えることはできないけれど、傷が癒えたその時は、身も心も、その隅々まで愛で満たしてやりたいと、そう思った。
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