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    おたぬ

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    おたぬ

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    隠れ巨乳❄♀が学祭でメイド服を着る話

    東雲彰人の彼女である青柳冬弥は本人が思っている以上に美少女である。品行方正、絵に描いたような優等生であり、物静かで図書室がよく似合う美少女。それが周囲から見た彼女の評価だ。ここにクラスが違うはずの東雲彰人がほぼ確実に隣にいる、であったり、2人は付き合っているだのいないだのといった謎の論争(噂)が加わるのだが、それは今はいい。ともかく、ほとんどの人間がそのイメージを彼女に抱き、またそれはあまり事実と掛け離れてはいないものであった。だが、ひとつだけ。たったひとつだけ、彼ら、彼女らは知らない。

    青柳冬弥が大変豊満な胸を持っている、という事実を。

    そうした背景を持ちながら神高にて開かれた文化祭。学生による出し物を楽しむために外部の人が訪れ、学生たちも普段の制服ではなく様々な装いで彼らを出迎える。そう、様々な装いで。これは、そんな普通の文化祭にて起きた知られざる事件。その一端である。

    「ありがとうございました」

    ぺこり、と頭を下げて少女は客を見送った。これで何組目だろうか。思っていたよりも盛況で楽しいものの少々疲れてしまった。

    (………いや、客足もたしかに凄いが……)

    疲れの原因はそれだけではない。というよりも、主原因は彼女がクラスメイトの女子たちによって着させられた服である。

    「青柳さん背が高くてスタイルいいから、絶対似合うよ!」

    と、とある女子生徒が持ち込んだそれを冬弥は拒みきれずに着てしまった。

    フリルを大量にあしらった白いエプロンに、腰の辺りに編み上げのコルセットがデザインされた黒のワンピース。おまけに頭にはヘッドドレスまで用意されたそれは、紛うことなきメイド服。ある程度のドレスであればコンクールの度に着させられていたので問題ないのだが、コンクール用のものはレースが多く軽かったのに対し、このメイド服は動きにくい上に自分が着てきたものより重たい。それに。

    「……おい、あれって……B組の青柳か?」
    (……また、だ……)

    人の視線などあまり気にはしないのだが、同級生と思われる男子生徒が出店の前を通る度に自身の名を口にしてヒソヒソと話していればさすがに気になってしまう。

    (……………やはり、似合っていないのでは……)

    実のところ、衣装を貸してくれた女子生徒と体格に差があったためか、腰のところは問題がなかったのだが、胸の辺りがかなりキツい。サイズの合っていない服というのはどうしたって不格好に見えてしまうもの。その結果がこれなのではないだろうか。冬弥にはそう思えて仕方がなかった。

    「青柳、ちょっといいか?」

    クラスメイトの呼ぶ声に応えながら、冬弥は後で彰人に聞いてみようと心に決めた。そして、音楽だけでなくファッションにもこだわりのある彼の目にもおかしく映るのであれば、制服に着替えよう。そう思って。



    (冬弥のやつ、楽しめてっかな)

    彰人は机に頬杖を突きながら、自分の恋人に思いを馳せていた。表情が変わらないと言われがちな彼女が準備期間からはしゃいでいたのを彰人は知っている。今までずっと家に押し込められ、やりたいこともやらせてもらえなかった冬弥が初めて参加する文化祭。それが彼女にとってよい思い出になってくれることを彰人は心から祈っている。だが、そんな彼の耳に聞き逃せない名が飛び込んできた。

    「なぁ、お前見たかよ……B組の」
    「あぁ、青柳だろ?……やべぇよな、あれ」
    (…………なんだ?)

    聞き間違うはずもない名前。人生で初めてできた、きっと今静かにはしゃいでいるだろう愛する恋人の名前だ。彰人が受付として座っている場所からそう離れてはいないところで男子2人が彼女について何か話している。ガヤガヤと賑わう廊下。彼は冬弥がいたら咎められそうだと思いつつも、聞き耳を立てた。

    「俺さ、青柳ってどっちかってぇと細いタイプだと思ってたわ」
    「いや、みんなそう思ってただろ……あれは予想できねぇって」
    「だよなぁ……でも制服だとあんなにわかんなくなるもんなんだな……胸って」
    (…………………胸?)

    聞こえてきた単語に、彰人の中でひとつの可能性が浮上する。おそらくは、現状知るものは東雲彰人ただ1人のはずの真実。冬弥本人でさえ認識していないそれが、今校内で、それも外部の人間がいる今の校内で、露見しているのではないかという可能性が。待て待て待て、とそれを振り払う。

    馬鹿が付くほど真面目な彼女は制服をしっかり校則通りに着るタイプの生徒だ。その結果体の凹凸は表面上減り、さらに体育でもジャージの前を閉めているためそうとは知られずにここまで過ごしてきた。だから、そんなはずはない。そうであってくれ。

    しかし、悪い予想というのはいつだって当たってしまう。

    「つーかさ、青柳の顔で巨乳って……普通に考えてヤバくね?俺なんかエロすぎて店の前で勃つかと思ったわ」
    「1回でいいから揉ませてほしいよな……ああいうデカ乳」
    「あー、頼んだら触らせてもらえたりしねぇかなぁ」

    何カップなんだろうな、あれ!、と下品な笑いと共に立ち去る男子生徒の背中を、彰人はあまり人には見せられない顔で見送ることしかできなかった。

    (どういうことだ?)

    冬弥が胸が見えるような露出度の高い服を好んで着るとは思えない。肌を見られるのが苦手とかそういうわけではないとは思うが、良くも悪くも育ちがいい彼女はあまり好まないはずだ。だというのに、奴らは冬弥の胸が大きいことを知っていた。それも、そういう目で彼女を見たのだ。汚らしい目で、冬弥を。手に持っていたペンが、ミシリと音を立てて軋む。

    (………クソっ)

    腸が煮えくり返りそうなほどの怒りを内に押さえ付けながら、訪れる客を捌いていく。チラリと確認した時計は、冬弥と約束をした時間までまだ間があることを知らせていた。

    (……冬弥……)



    (なんなんだ……今日は……)

    彰人の焦りと怒りを他所に、冬弥は辟易としていた。朝から男子に遠目に見られている感覚はあったが、昼になると今度はそれに加えて女子生徒に写真を頼まれるようになったのだ。正直、彼女らの方が冬弥にとっては精神的にキツかった。ポーズはまだいいが、表情を求められるのは困る。そもそもここはわたあめを売っている店であって、写真を撮る場所ではない。

    そんなわけで、今はクラスメイトに頼んでわたあめ作りに専念させてもらっている。周囲でたまにシャッター音が聞こえる気がするが、それは気のせいと思うことにした。

    (……………彰人に、会いたいな)

    そう思いながら無心でわたあめを量産すること数十分。交代の時間になった冬弥は、事前に決めた待ち合わせの場所へと向かう。その頃にはもう人の視線など気にならなくなり、ただこの人生初の文化祭を好きな人と回れるということに舞い上がっていた。

    外から校内へと移動し、階段を上がって彰人のいる教室へ。途中、階段にたむろしていた男子たちが上を目指す彼女の胸を見て慌てて視線を逸らしていたが、今の彼女にはそんなことは意識の外である。

    そうして再会を果たした恋人は、冬弥の姿を見て頭を抱えた。

    「………そういうことかよ……」
    「彰人?どうした、具合が悪いのなら無理せず保健室に……」

    心配した冬弥が駆け寄ると、大丈夫だと眉間に皺を寄せつつ彰人はため息を吐いた。冬弥からするとどう見ても大丈夫そうには見えないが、彰人はそんなことより、と言葉を続ける。

    「冬弥、お前……その格好はどうしたんだ?」
    「あぁ、これか」

    何だかんだ疲れはしたが、すでに着慣れてしまったそれを示されて、冬弥は事情を掻い摘んで説明をした。すると彰人はまたため息を吐いて、不機嫌そうに髪を掻き乱す。

    「なるほどな……だからか。お前が自分から進んでそれは着ねぇよな」
    「………あ、彰人……?」

    説明している間も、会った時も。彰人の機嫌がなぜか悪い。冬弥の中に少しずつ不安が募る。朝は普段通りの彼だったはずなのに、今はずっと険しい顔をしている。そして、会ってすぐ服装への指摘。まさか、いや、ここはやはり、と言うべきか。

    「彰人、その……」
    「ん?」
    「そんなに似合っていない、のか……?」
    「………………………は?」

    それとも、この服は彰人の好みではないのだろうか。
    冬弥には服の善し悪し、というのはわからない。今まで親が選んだデザイン、親が認めたブランドのみを良しとして与えられてきたため、自身の好みというものがないのだ。しかし、彰人は違う。自分の好みがあり、それを組み合わせて楽しむ趣味もある。そんな彼から見て、この格好は思わず表情が険しくなってしまうほど見苦しいもの、なのだろうか。

    「なんでそうなんだよ」
    「違うのか?」
    「違ぇよ」

    すぐさま否定してきた彰人に冬弥は首を傾げる。それ以外に彼の機嫌を損ねてしまった理由がわからない。彼との交際は概ね良好であると、他に交際経験がないため比較対象はないものの、冬弥はそう信じていた。互いに愛し合っていると。

    (まさか、その前提からして、違っていたのか……?)

    それは少し、いや、かなり悲しいが、勝手がわからないからとデートや性行為まで、そのすべてを彼にリードしてもらっていたから仕方がないのかもしれない。彰人は怠慢や手抜きを嫌う。それを知っていながら冬弥は彼の前では気を抜いて甘え、身を委ねてしまった。それがいけなかったのだろう。

    「冬弥、お前何考えてる?」
    「…………ぁ」
    「………冬弥」

    いつもの問いに答えようと思うのに、嫌われてしまった可能性に上手く声が出せない。そんな冬弥の言葉を彰人は辛抱強く待ってくれている。早く、何かを言わなければ。努めてそうしてくれているのか、彼女を呼ぶ彰人の声は先ほどより優しい。それに背中を押されつつ、何とか声を絞り出す。

    「…………彰人に………嫌われた、かもしれない、と……」
    「は?……お前な……どこからどう考えたらそうなんだよ」
    「あ、彰人が怒って、いるから……」
    「……怒って……いや、イラついちゃいるが、別にお前に対してじゃねぇよ」
    「そ、そう……なのか?」

    お前に対してじゃない。
    その言葉に、ひとまず胸を撫で下ろす。では誰に対してなのだろうとは思うが、彼に嫌われてしまったという最悪の事態ではないようだ。

    (…………よかった)

    冬弥が安堵の息を漏らしていると、一旦場所移すぞ、と手を引かれ、そこで初めて自分たちが人の行き交う廊下にいるのだと気がついた。

    やっぱりあの2人って……。
    いやむしろあれで違ったらそっちの方がヤバくない?
    だよね。

    そんな女子の声が聞こえてきたが、彼女には意味がよく理解できなかった。



    一度喧嘩して以来、彰人はずっと冬弥の1人で抱え込み、悩んでしまう悪癖について気をつけている。これは冬弥が身を置かざるを得なかった、ある種異質な家庭環境から来るもので、彼女には一切非はない。だからこそ、相棒として、恋人として、すぐに気づいてやれるように彰人は冬弥をよく見ている。が、今回の件についてはさすがに予想はできなかった。

    廊下から移動して、人のいない体育館裏。そこで改めて冬弥の格好を見るが、何度見ても目に毒、というより、やり場に困るものだった。

    細い腰は編み上げのコルセットで引き締められ、そのせいで豊満な胸が強調されている。それだけでも十分なのだが、元々の育ちの良さからくる所作と彼女が纏う雰囲気が、コスプレの完成度を一段も二段も引き上げていた。

    『1回でいいから揉ませてほしいよな……ああいうデカ乳』
    『あー、頼んだら触らせてもらえたりしねぇかなぁ』

    その結果として、あの受付をしている間に見たような輩を引き付けてしまったわけだ。思わず舌を打ちたくなるが、それでまた冬弥を不安にさせたくはないので胸の内に収めておく。

    今はそれよりも。

    「冬弥、今日はいつもと違うこととか……なんか、男子に言われた、とか、ないか?」
    「………どうしたんだ、急に……」

    突然聞いたのだからそう言われても仕方がないのだが、その言葉にやはり彼女の自身の容姿への自己評価がかなり低いことがわかる。きょとんとしている冬弥に、いいから、と促すと彼女は顎に手を当て思考の旅に出かけた。

    「そういえば、朝から男子が私を見て何か話しているのはよく見かけたな……それと、女子にも写真を頼まれた」
    (………やっぱりか)

    というか女子もか。女子もなのか。写真に収めたくなる可愛さなのは同意だが。彰人は深く頭を抱えたくなった。

    「………あ、彰人?何か、いけないことだったのか?」
    「いや、お前は悪くねぇよ」

    不安げに聞いてくる冬弥の頭を撫でてやると、ほんのりと頬を赤らめて嬉しそうに笑った。おそらくはどの表情も他人にはわからないレベルの変化だろうが、彰人には手に取るようにわかる。

    これからはより一層、冬弥を1人にしないよう注意しなければ。そんな決意を固め、彰人はずっと言いそびれていた言葉を口にした。

    「それと、冬弥、それ、すげぇ似合ってる」
    「……えっ、ぁ……」

    白磁の肌がみるみる赤に染まっていくのを眺め、彰人は彼女の唇に触れるだけのキスをする。それから、

    他のやつにこれ以上見せんのは癪だから、今は着替えてくれるか?

    耳元でそう言うと冬弥は俯きながら、小さく頷いた。
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