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    おたぬ

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    おたぬ

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    23歳ノンケ🍁×31歳ゲイ❄

    初めて2人で迎える朝。

    愛しい人と迎える朝がこんなにも幸せに満ち満ちているなんて、オレは知らなかった。彼に出会う前、つまり本気の恋を知らなかった頃に当時付き合っていた彼女を自宅に泊めてやることはままあったし、その人数はもはや数えるのが馬鹿らしくなるほどであるが、改めて、オレは恋を知らぬまま人と交際をしていたのだと思い知る。それほどに今人生最高の朝を迎えていると同時に、オレは人生最大の問題にぶち当たっていた。

    腕の中で眠る恋人を堪能しながらの二度寝から起きて、早数分。いくら見ても冬弥の寝顔は見飽きないどころか、ずっと見ていたくて、起き上がる気にならないのである。きちんと時刻を確認していないので確信は持てないが、一度目が覚めた時に聞こえた小鳥の囀りはどこにもなく、またカーテンから漏れる日差しに朝は感じない。おそらく、もう朝から昼へと移り変わり始めているか、もうすでに昼になっていると思われた。

    (……つっても、冬弥さんがオレの服掴んでるし……)

    なんて言い訳をしてみるが、オレのシャツを掴んで夢の中を散歩している年上の恋人の手にはまったく力は入っておらず、その拘束から逃れるのは非常に容易い。ただ単に、オレが冬弥と寝ていたいだけなのだ。

    けれど、いつまでもこうしているわけにはいかない。スヤスヤと穏やかに寝ている彼だが、昨日までは入院して治療を受けなければならないほどに傷つき、衰弱して、そして退院後も医者から自宅で静養するようにと言われている身。彼氏としてはしっかりと食事を取らせて、健康的に過ごしてほしい。そのためにも、この可愛すぎる寝顔から早く視線を外して起床せねば……。

    「……………ぁっ……」

    起きるため、シャツを握っている冬弥の手をそっと解こうとしたオレの手が、逆に白魚に捕まってしまい思わず小さく声が漏れた。触れ合った細く少し冷たい手に、心臓が過剰に跳ね上がって、ドッドッドッ、と送り出された多量の血液が衝動のまま体内を全速力で走り回る。握る、というにはあまりにも弱々しい力で絡みついてきた指に、オレの体はいとも簡単にベッドへ縫い止められて動けなくなってしまった。

    (冬弥さんの朝飯、用意しねぇといけねぇのに……)

    あぁ、でも、冷蔵庫に酒以外のものは入っていただろうか。彼に会えない間、オレは何を買ってどんな物を食べていたのだったか。野菜と肉を最後に買ったのはいつだ。それは残って……いなかった気がする。ならば、尚のこと何か買いに行かなければならない。早く、早くこの手を振りほどいてスーパーに。

    などと、光にも負けない早さで脳がフル回転し、導き出された結論に覚悟を固めて拘束されていない方の手を動かす。きっと、元恋人のもとでは碌に眠れていなかったのだろう彼の、折角の深い眠りを妨げぬよう慎重にオレは繋がれた手を離そうとした。だが……。

    「……んぅ、ゃぁ……」

    齢30を超えているとは思えぬ愛らしさの中に色気を孕んだ、しかし聞いたことのない幼さを感じさせる声が桜色の唇から漏れ、キュッ、と形のいい眉が寄せられて伸ばされた白いそれに逃亡を謀ったオレの手は再び捕らえられた。捕まえた人の手を今度は逃がさないよう、冬弥はしっかりと両の手で握ると抱き締めるように胸へと引き寄せて、またスヤスヤと穏やかな寝息を立て始める。

    その一連の行動を静かに眺めていたオレは、小さな子供がぬいぐるみを抱いて眠るが如く胸に抱かれた己の手を一体どうするべきかと暫し考えた後、あと5分だけ、と学生の頃何度も繰り返したフレーズを久々に引っ張り出して、1年と少し恋に焦がれた人の寝顔を見詰める作業に従事することにした。



    それは、あの人のもとにいた時はもちろん、倒れて運び込まれた病院でもなかった清々しい目覚めだった。寝起きとは思えないくらいに頭はスッキリとしていて、ずっと鈍く感じていた体の重さも、気だるさも、どこにもない。こんなに気持ちのいい朝はいつぶりだろうか。あの人の恋人となってすぐの頃は何度かあった気がするけれど、暴力を振るわれるようになってからはなかったような気がする。そうなると何年かぶりということになるな、と考えて、そこで俺は自分が何かを握っていることに気がついた。

    (……これは……手?)

    節があって、少し武骨な感じのする男らしい手だ。それを俺は両手で抱き締めて寝ていたらしいが、その手には見覚えがあって、ドキンと胸が跳ねる。

    (…………この手は……まさか……)

    忘れもしない。忘れられるはずがない。あのオレンジ色の照明が照らしジャズが流れる始まりの場所で、何度この手を拒絶してしまった己の弱さを憎んだことか。だからそれが誰のものかはすぐにわかってしまうのだが、しかしさりとて信じられるか、と問われるとそれはまた別の問題なわけで。

    (な、なぜ俺は彰人の手を握って……?)

    久しぶりの深い睡眠から目覚めて元気になった脳が答えを探してぐるぐると回り、捜索もむなしく見つからないそれに俺が首を傾げると、傍で吹き出すような音がした。予想していなかったそれにビクンと体が震え、反射的に視線が音源へと向く。そこには俺の隣に寝転がって、可笑しそうに肩を揺らす太陽がいた。

    「冬弥さん、もしかしなくてもちょっと寝惚けてます?」

    可愛い、と。そう言って、俺が焦がれ続けた太陽は愛おしげに目を細めると、俺が掴んでいない方の手がそっと伸ばされる。迫り来る男性の手に、教えこまれた度重なる暴力を体が思い出して無意識に身を固くしてしまうけれど、その手は俺の顔にかかる髪を優しく払うだけで、痛みなどどこにもありはしなかった。

    「……あ、き……と……」

    信じ難い気持ちに詰まりながら名を呼べば、それが当たり前だというように彼は笑って俺の次の言葉を待ってくれる。信じられない。今朝も幸せな夢を見た気がするし、さらに遡るともっと夢のような記憶が次々に出てくるが、しかしそれらが嘘ではないのだと、現実から逃れたい俺が作り出した都合のいい幻覚ではないのだと、目の前の彰人の温もりが、手の感触が、教えてくれる。

    (夢では、なかった……)

    あの人に捨てられたのも。彰人が待っていてくれたのも。互いに想いあっていたことも。そのすべてが、夢幻ではなかった。寝起きの少し下がった体温が一気に上昇して、頬が熱くなる。思い出されるのは、昨夜この家に来た時のこと。自分でも思い返せばどうかと思うほどに何度も何度も重ねられた唇の感触と、彼の少し乱れた息遣い。それから、俺を待つ間に飲んでいたのだろうお酒の味である。

    あれらも、夢ではなかった。
    本当の本当に、俺は彰人の恋人になったのだ。

    「……あきと」
    「どうしたんですか、冬弥さん」

    まだ寝ます?
    可笑しそうに言った彰人は俺の髪を弄りながら唇を寄せて子供にするように、額へと口付けを落とす。ちゅっ、と可愛らしいリップ音は俺達以外に誰もいないこの静かな部屋ではいやに大きく聞こえて、妙に気恥ずかしくなった。

    「…………あきと……」

    羞恥を誤魔化すためうわ言のように繰り返すと、彼も同じように、とーやさん、と甘い声で返してくれる。それだけなのに胸がギューッと締め付けられて、けれど、それは慣れ親しんだ痛みではなく心地よいもので、また俺は彰人の名を口にした。

    「あきと」
    「ん、とーやさん」

    ずっと握っていた彰人の手が俺の片手を捕え、そのまま指と指とが絡められる。俺よりも早くから起きていたのか、それとも基礎体温が高いのか。まぁ、その両方なのだろうが、彰人の手は彼の心のように温かい。

    「とーやさん」

    今度は彰人が俺を呼ぶ。

    「おはようございます」

    その声に込められた大きな愛に、トクン、と心臓が大きく脈を打った。朝を迎えてしまったことに絶望して、まだ生きている、などと思わなくてもいい。そんな朝が自分に訪れるなんて、考えてもみなかった。

    「おはよう、あきと」

    幸せそうに笑んだ彰人の澄んだ瞳と視線が交わり、言葉もないまま示し合わせたように、俺達は互いを求めて唇を合わせる。ちゅっ、とまた彰人の部屋にリップ音が鳴るが、先ほど感じた羞恥はどこにもなかった。あるのは、全身に伝播する多幸感。

    そして、触れ合ったそれの柔らかい感触は、やはりどこまでも現実で、あぁ、本当に、本当に……。

    「夢では、ないんだな……」

    思わず出てしまった声に、ぷっ、とまたも吹き出す音がして、苦笑いをした彰人が口を開いた。

    「これが全部夢だったら一生ヘコみますよ、オレ」

    彼のそれに引き摺られて、俺も自然と笑みが零れる。

    「それは……大変だな……」

    それを合図に、もう一度唇を重ねて、これは夢ではないのだと俺達は念入りに確かめ合った。
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