Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    おたぬ

    @wtnk_twst

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🍁 ❄ 🍰 🍪
    POIPOI 122

    おたぬ

    ☆quiet follow

    低身長貧乳❄♀でバニーの日

    『青柳みたいなのは3日で飽きる』
    『付き合うなら巨乳がいい』
    『ないよりはあるほうが色々できる』

    ある日の自習時間に聞いてしまったその言葉は、地平線を描く私の胸に暗い影を落とした。世の男性の多くが女性をどのような目で見ているのか。世の男性の多くが女性に何を求めているのか。私は何も知らなくて。ただ、彰人がくれた「好きだ」という言葉だけを、私は信じていた。

    けれど、『飽き』という感情はどんなものにも起こり得て、刺激のないものには等しくそれは降りかかる。あぁ、本当に、どうして私はそれを忘れていたのだろう。彰人は常に前へ進むことを望む人なのに。妥協も停滞も嫌う彼の傍にいたいと、彼の愛が欲しいと願うのであれば、それに見合う努力を欠かしてはならないというのに。

    知らず知らずのうち、彼の愛にあぐらをかくようなことをしていた自分に吐き気がして、ため息が出る。

    (今からでも、間に合うだろうか……)

    もう交際して数ヶ月。彼らの言っていた3日というボーダーはとうの昔に過ぎてしまったが、幸いなことに未だ手を繋いだり、キスをしたりと、彼には恋人として愛してもらえている。だから、手遅れになる前に。愛想を尽かされ、捨てられる前になんとかしなくてはならない。しかし、私の肉体には女性として優れている箇所などありはしないし、早々に成長を終えた胸や身長を育てることはおそらく無理だ。

    (……では、どうやって……)

    私は自室で1人、明日の予習復習を終えたばかりで教科書を広げたままの机に頬杖をついて考える。この幼児と然して変わらぬ肉体でも、彰人に飽きられずにすむ方法を。そもそも飽きとは、同じ刺激が緩く続くことで起こるもの。それを対策するのなら……。

    (普段とは違う私を見てもらえば、少しは飽きられずにすむ……だろうか……)

    いつもと違う自分。なかなかに名案だとは思うのだが、それはそれで難問な気がした。



    これだ、と思えるそれを見つけたのは偶然だった。たまたま付いていたテレビで流れていたニュース番組の女子アナウンサーとコメンテーターがしていた雑談の中。そこに私達の間にある問題を解決するそれはあった。

    『そういえば今日は△△の日だそうですが、日本には他にも色々な"〇〇の日"がありますよね』

    なんてことない、ただのこじつけと語呂合わせ。だが、例としてズラリと画面に表示されたその中に、一際異彩を放つそれが私の目に飛び込んできた。

    (……バニーの日……?)

    8月2日バニーの日。見事なまでの数字の語呂合わせだが、それはともかくとして。バニーとはバニーガールのことだ。それはさすがの私も知っているし、そのバニーガールというものがうさぎの仮装であることも理解している。

    「…………バニーか……」

    顎に手を当て、ふむ、と考える。
    それならば、いつもと違う私になれるだろうか。少なくとも普段とはかけ離れた装いではある。悩んだ末、決めかねた私はポケットから携帯を取り出し、バニーガールで検索をかけて一般的なバニーガールの印象を調べてみれば「男性が憧れるコスプレ」と書かれた記事の中にうさぎ耳のそれを見つけ、「なるほど」と頷いた。

    彼の女性の好みというものはいまいちわからないけれど、特殊性癖のようなものを持ち合わせている一面は垣間見ていない。ならば、多くの男性に支持されているこれを彰人も気に入る可能性は大いにあるだろう。

    (……試してみる価値はある、のか?)

    正直、方法は何だってよかった。どんなことであっても彰人に好きでいてもらえるのなら、私はどんなことだってやってみせると、そういう気持ちでいたのだ。

    ポチポチと携帯を操作し、私の体に合うサイズがなかなか見つからずに手間取ってしまったが、利用したことのないコスプレ専門通販サイトをいくつか巡ってシンプルなバニーガールの衣装とコスプレに必要なもの一式をカートの中に入れていく。途中、着用イメージとして掲載されているモデル達の女性らしい肉付きと表情が目について「彰人も本当は……」と勝手に嫌な想像が頭を過って、ふるふると私は頭を横に振ってそれを追い出した。

    (まだ、彰人は私を好きでいてくれている)

    そしてこれからもそれが続くようにと、今まさにその努力をしているのだ。やる前から不安になって諦めるなんて、そちらの方が余程彰人に嫌われてしまう。

    (……それは嫌だ)

    乱れた心を深呼吸で鎮めて、私はカートに入れたそれらの注文画面に移動する。

    (受け取り……自宅……は危ないからコンビニか……)

    両親にだけは見つからないように。特に父には絶対に。
    彰人との交際もまだ隠しているし、何よりバニーガールの衣装を買っていると知られて、またストリートや彰人に悪いイメージを持たれては困る。そうやってひとつひとつ注文内容を入力していき、間違いがないことを確認した私は、注文確定ボタンをポチリとタップした。

    「…………はぁ……」

    ただうさぎの仮装用衣装を頼んだだけなのに、妙に疲れた気がする。だが、もちろん注文して終わり、というわけではなく、配達指定日を見る限りでは案外早く届くようなので、届き次第試着をしなければならないし、問題なく着用できたなら、今度は彰人に連絡を入れて予定を開けてもらわなければならない。やることは山積みだ。

    (……喜んでもらえればいいが……)



    不安で無い胸をいっぱいにし、待つこと僅か2日ほどで届いていたそれをバッグに忍ばせて、週末のお昼頃、私は東雲家の前に立っていた。いつもの学校の帰り道で「いつでもいいから彰人の部屋に行きたい」と言った私に驚いた顔をした彼が提示してくれた日が、今日だった。

    この日なら絵名も母さん達もいないから。

    彼からすれば私の申し出はとても唐突なもののはずなのに、面倒くさそうにすることもなく、そう言って、少しだけ照れくさそうに、嬉しそうに笑った彰人に、バニーガール姿を見せようとしているだけだなんて言えず、彼には今日の訪問について、「見せたいものがあるから」と言うに留まっていた。

    そして、今。ライブ前とはまた違う緊張感に、変な汗が背中をかけ下りて、私は長く深い息を吐く。そう言えば、私から彰人の部屋に行きたいだなんて、お願いしたのはこれが初めてだったかもしれない。だから彼はあんなに驚いて、慌てて予定を合わせてくれたのか、と今さら、そのことに気がついて、あの日の言葉のようにその事実は細い針となって胸に突き刺さる。私の胸に真っ黒な影を落としたあれ以来、私は彰人の愛や優しさを感じるたびに、捨てられる時の恐怖を想像する癖がついていた。

    (だが、今さら辞めるわけにもいかない)

    この日を迎えるまでに自室で試着をすませ、衣装に問題がないことも、自分の肉体の幼稚さも、もう十分に確認は済ませてあり、彰人へ予定を聞く前に、こんなにも体の線が出てしまう衣装を着て、却って捨てられてしまったら……と考えたのも一度や二度ではない。しかしそれでも、いや、体の線が出るバニースーツだからこそ、着る意味がある。私達の関係が進んで、より愛を深めてから失望されるよりも、早いうちに曝け出してしまった方がお互い浅い傷ですむのだから。

    私達に新たな刺激を与えつつ、彰人に私の体を知ってもらうことができる。バニースーツはそういった意味でとてもちょうどよかった。

    深呼吸をしてから肩にかけたトートバッグの位置を整え、私は意を決して東雲家のチャイムを押す。すると中からバタバタと音が聞こえて、玄関の扉から明るいオレンジ色がひょこりと出てきた。

    「冬弥、よく来たな」
    「あぁ、休みの日にすまない、彰人」

    別に構わねぇよ、と。よそ行き特有のそれではなく、心からの笑みで出迎えてくれた彼は、そっと扉を大きく開けてそのままの位置でそれを支える。

    「外暑いだろ、早く中入れよ」
    「……ありがとう。お邪魔します」

    家の中へとお邪魔し、外気よりずっと涼やかな廊下を2人で歩く。私の前を行く彰人はどこか落ち着かない様子でソワソワとして、時おり視線がこちらへと投げられたが、その視線に応える余裕は残念ながら私にもなく、覚悟はとうに決めていたはずなのに、彰人の自室に近づくにつれ、ドキドキと心臓が早鐘を打ち始める。だが、玄関から彰人の部屋まではどんなにゆっくり歩こうとも、当たり前だがそんなに時間はかからない。すぐに目的の部屋へと繋がる扉は私達の前に現れた。

    「あ、彰人……」
    「……ん?」

    まずは用意した衣装に着替えねばならないので、彰人がドアノブに手をかけたタイミングで私は口を開く。

    「その、見せたいものなのだが、準備があるから、少しだけここで待っていてくれないか?」
    「……準備?」
    「あぁ、すぐ終わる」

    不思議そうに首を傾げながらも、わかったと頷く彰人に礼を言って、私はトートバッグの持ち手部分をギュッと握り、彰人が開けてくれた扉を潜った。



    彰人の部屋に行きたい、なんて、彼女からそんなことを言われたのは初めてだった。付き合い始めて数ヶ月。互いに歌にのめり込んでいるから、顔を合わせれば交わされるのは甘い言葉ではなくて自然とセトリや練習メニューについての話ばかりで、デートらしいデートもあまりできていない。それを申し訳なく思いながら、しかし付き合ったからと言って途端に態度を変えるでもなく、今まで通りでいてくれる冬弥にオレは安堵して、そんな彼女を愛おしく思っていた。

    そんな中での、冬弥からのお誘い。それが嬉しくないはずはなかった。直近に誰もいない最高のタイミングがあったことも災いして、オレは舞い上がっていた。舞い上がって、共に背を預け合う頼れる相棒ではなく、1人の女の子としての冬弥が見えていなかったのだ。

    彼女がやって来る当日。冬弥が見せたいものとは何なのか、それが気になって落ち着かないオレは、彼女が準備のためにと篭ってしまったオレの部屋の前で携帯を握り、時間を潰していた。室内からは時に何かが聞こえてくるでもなく、中の様子は伺えない。SNSやレビューサイトを巡って良さげなカフェを漁っていると控え目な音を立てて、彼女が消えていった扉に隙間ができ、そこからチラリと冬弥が顔を覗かせた。

    「……彰人……」
    「ん、準備できたのか?」
    「…………あぁ、待たせてしまってすまない」

    どういう訳か本当に数cmの隙間しか扉を開けずに冬弥は「もう入ってもいいぞ」と告げて、また室内に消えていく。一体何の準備をしていたのかと疑問を抱きつつ、オレは彼女の小さな背を追いかけてドアノブに再び手をかけた。

    バタン、と、背後で扉が閉まる音と共に手にした携帯をポケットにしまったオレは室内へと目を向けて、見えた青に即座に動きを止めた。あ、と声を出すこともできず、衝撃のあまり思考すら鈍る中、きっと時が止まるという比喩はこういう時に使うのだろうな、と柄でもないことを思う。それほどにそれはオレの心を奪い、釘付けにするものだった。

    「……あ、彰人……?」

    戸惑う彼女の声がオレを呼ぶ。冬弥の首を傾げる動きに合わせ、青く丸い頭の上に鎮座した見慣れぬ2つの黒も横に動いて、薄く見えるその黒は意外にもしっかりとした作りであるらしく、ヘタらずに、ぴょこ、と可愛く揺れる。

    ステージなどで着ている彼女の服は基本的にオレが選んでいるが、それらとはまったく毛色の違うそれ。けれど、男であれば何らかの琴線に触れるであろうその衣装を冬弥は身にまとっていた。

    黒のハイレグに、黒のタイツ。曝け出された細腕の手首には白いカフス。同じく白い襟型のチョーカーと黒の蝶ネクタイが細い首元を飾っている。そして、オレが先ほど見た、彼女の頭で揺れていた2つのそれは、うさぎの耳を模したカチューシャだ。疑いようもなく、その衣装の名称はバニースーツ。コスプレとして呼ぶのなら、バニーガール。あぁ、きっと今は見えないだけで、彼女の形のいいお尻にはうさぎの尻尾が付いていることだろう。それを想像しただけで、ドキン、と心臓が変に大きく脈を打った。

    「冬弥、お前……その格好……」

    張り付いたように音が出せなくなった喉を押し割って、何とか捻り出したオレの言葉に、恥ずかしいのか、彼女はもじもじと俯いた。

    「……に、似合わない……か?」

    そう言って小さな体を縮こまらせるその姿は衣装の助けもあり本当にうさぎのようで、呑気に可愛い彼女を目で堪能していたオレは知らなかった。オレの視界に入らぬ、俯いた彼女の隠されたその表情が泣きそうに歪んでいたことも、握りしめた両の手が小さく何かに耐えるように震えていたことも。愛する彼女の小さな胸の中にある穢れのない心を、暗雲が覆い尽くしていることも。何も知らぬまま、オレは庇護欲を掻き立てられて、衝動のままにうさぎとなった愛する人を腕の中に閉じ込める。

    「……すげぇ、可愛い……冬弥……」

    よく似合ってる、と。思わず漏らしたそれに、冬弥の薄い肩がビクリと跳ねて、それからゆっくりと彼女はオレに体を預けてくれる。羽根のように軽い彼女のそれは少し心配になることもあるけれど、その重みも今この時は心地よく、細いその身をオレはギューッと抱き締めた。

    「………よかった……」

    腕の中、冬弥がポツリと零したそれの本当の意味をオレが知るのは、もう少し後のこと。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏👏👏😭😭💴💴💴💴❤❤😭❤❤🐰💘❤❤❤🐰💗🐇🐰🐰💘😭🙏😭😭😭💘💘💘😍😭😭❤❤
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works