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    おたぬ

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    おたぬ

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    ウインクできない❄の話

    冬弥は基本的にライブには見る側、観客として参加することもないわけではないが、出演者としてステージに立つことが多い。常に相棒の隣にいるために、そして夢のためにどんな時も歌に対して真摯であり、知識には貪欲であり、努力を惜しまない。そんな彼ではあるがステージ上では苦手なことがあった。

    「Vivid BAD SQUADだ!」

    色とりどりのライトに照らされるステージ。隣に立つ相棒が観客に拳を突き出し、ニヤリと笑う。それに応えるように会場が揺れんばかりの歓声で盛り上がり、本日のライブも自分にも周囲にも厳しい相棒も満足するだろう上々の出来で幕を閉じた。

    ライブ終わり特有の高揚感の中、冬弥は考える。歌に妥協をしたことはないし、様々な壁を乗り越え、父との確執を吹っ切って、今自分は彰人の隣にいる。しかし、ライブとは、ステージとは、それだけではない。彰人は自身の歌の才能を気にしていたようだが、冬弥から見れば、彰人は冬弥が持っていないものをたくさん持っている。つい先ほどステージ上で見せたパフォーマンスもそうだ。冬弥が同じ立場にいたとして、あんな風に会場を沸かせることはできなかっただろう。そして、それが会場に与える影響を冬弥はよく知っていた。

    (いつまでも彰人に頼ってばかりというのは……)

    冬弥はギュッと拳を握り、決意した。



    「と、いうわけなんだ、彰人」
    「……あぁ、まぁ……言いてぇことはわかった」

    学校もサッカー部の助っ人もない土曜日。バイトのシフトが入っている夕方までの間、彰人は2年の歳月を要し、最近やっとの思いで交際に漕ぎ着けた相棒を自宅に招いた。ここのところハードな練習ばかりで根を詰めすぎている、ということで練習の予定もライブの予定も入れていない。今日はそんな完全オフの休日だった。

    だから、彰人はできたばかりの恋人とイチャつくため、あれやこれやと画策していたのだが、部屋に入るなりこのバカ真面目な相棒はこう言った。

    『ステージで俺も彰人のようなパフォーマンスがしてみたい』

    言われた瞬間は「もうオレ以上のパフォーマンスしてるだろう」と彰人は思いはしたが、話を聞けばどうやら歌唱についてではなく、観客に対して、ということらしい。

    ひとり1人ができることの幅は広い方がいいのは当然だ。しかし、人には得手不得手というものがあるのもまた事実。こはねは杏の見様見真似でその辺を習得しつつあるが、冬弥はMC含め、そういったことはどちらかと言えば苦手なタイプだ。その代わりに他の部分が秀でているのだから、彰人としてはそのままで問題ないと考えている。

    (とはいえ、気持ちはわからねぇでもないけどな……)

    できることは全部しておきたい。そういうことだろう。
    眉根をキュッと寄せて、真剣な顔をしている冬弥を見ながら、彰人は考える。

    冬弥がステージの上でやって、観客が沸くこと。

    「……ウインク、とか?」
    「ウインク?」

    こてん、と首を傾げてオウム返しをする彼の、表情筋が硬い割に柔らかい頬に手を伸ばし、そこをムニムニと触りながら、彰人は頷く。

    「片目閉じるだけだし、お前がやれば女はキャーってなるだろ」
    「そうなのか?」

    自身の顔が整っている自覚のない冬弥がさらに首を捻る。その反応に世の中って残酷だな、と苦笑しつつ、首を傾げる可愛い姿に胸を高鳴らせながら、冬弥の頬から手を離した彰人は「1回やってみろよ」と促した。

    「……わかった」

    そう言う冬弥の、ただウインクをするだけとは思えぬ意気込んだ顔に、彰人も無意識に生唾を飲む。そして、ギュッと、冬弥の美しい透き通った白銀が瞼の下に隠された。

    「……えっ?」
    「ど、どうだ、彰人……!」
    「いや、どうもこうも……お前……これは……」

    眼前で起きたそれを彰人は信じられない気持ちで見る。本人は至極真剣なのだろうが、だからこそその結果とのギャップが何とも凄まじい。それが、彰人の素直な感想である。

    「冬弥、お前……」

    ウインク、できねぇの?
    言いかけたその言葉を彰人は慌てて飲み込んで、両目を力いっぱい閉じている恋人をしげしげと観察する。

    (睫毛長……ってか、口も閉じてるし、なんつうか……キス待ち、してるみてぇ……)

    自然と過ぎった思考に、ドクン、と心臓が大きく鳴ったのは仕方がないことだった。ハードな練習が多かったということは、それだけ冬弥と恋人としての時間が取れなかった、ということでもある。

    (……キス、してぇな)

    今は全身に力が入っているのか、固く結ばれている男にしてはぷるんとしたその唇に触れたらどれだけ心地よいのかを、彰人はいやというほど知っている。そして、彼とそれを合わせることの幸せと、得られる快感も、見られる痴態も、すべて記憶の中にある。

    「……あ、あき……っ!?」

    何も言わない彰人に不安になってしまったのか、恋人を呼ぼうとした冬弥は、けれど前兆もなく与えられたそれにビクリと体を震わせて、閉じていた白銀を大きく見開いた。

    「んんッ、んっ……あきっ、んぅ♡……ッ♡♡」

    久しぶりだからか驚きは姿を隠し、冬弥はすぐに甘く蕩けて彰人の首に腕を回す。きっとキスを終えて我に返った彼は可愛らしく怒って見せるのだろうが、まぁ、それを治す術は後で考えればいいだろう。

    幸い、バイトまでの時間はまだまだ先なのだから。
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