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    おたぬ

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    おたぬ

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    彰冬♀が入学式に向かってるだけ

    涼やかな、けれど、清々しく爽やかな空気の中、まだ真新しい制服に袖を通した彰人は「行ってきます」と母親に声をかけて自宅の扉を潜り抜けた。朝の陽射しを背に受けて、今まで中学校へと向かうために歩んでいた道を逸れ、今日から通う新たな学舎を目指す。経路は事前に頭へ入っているが、念のために早く家を出たため、周囲に人影はなく、貸切のような状態だ。何となく気分が良くなった彰人は歩道の脇に植えられ、ハラハラと舞い散る桜を見上げる。風に乗り青い空をバックに踊るピンク色の欠片たちは、とても綺麗だった。

    「彰人!」

    ぼんやりと桜を見物しながら歩いていると、ここ2年ほどで随分と耳に馴染んだ、女性にしては低めの落ち着いた声が彰人の鼓膜を優しく揺らす。声の方へと目を向けると、道の先で桜の木の下に青色が佇んでいた。

    「冬弥!」

    アスファルトを蹴って小走りで彼女のもとへ駆け寄り、「はよ、冬弥」と言えば、冬弥もふわりと微笑んで「おはよう、彰人」と返してくれる。そんな彼女も彰人が着ているものと同様のデザインの制服を着用しており、今年からは同じ高校に通うことになる。挨拶を交わした2人は横に並び立ち、彰人はそのまま入学式が行われる高校へと足を向けようとした。

    「あ、待ってくれ彰人」
    「……ん?」

    けれど、それは冬弥の声と、クイッと引かれた手によって阻まれる。どうした、と振り返れば、冬弥の手が彰人の首元に伸ばされた。

    「ネクタイ、曲がってるぞ」
    「あー……悪い」

    朝の静かな通学路にシュルシュルとネクタイを直す、衣擦れの音が響く。人がいないとはいえ、外で身嗜みを人に正されるというのは中々に恥ずかしく、彰人はそれを誤魔化すように後頭部の髪を掻き混ぜた。自分でやる、と言えば彼女は「そうか」と納得して手を離してくれそうではあるが、それは何となく気が引けてできなかった。と言うのも、こうしている間も、いや、先ほど顔を合わせてからずっと、冬弥が楽しそうに笑っているのだ。今も、普段はあまり動かない口許が、僅かに上がっている。

    「楽しそうだな、冬弥」
    「…………ん、そうか?」

    ネクタイを直す手は止めずに彰人を見上げ、こてん、と冬弥が首を傾げる。首元で結ばれたそれを直すために距離が詰められたため、長い睫毛が曇りのない水晶のような白銀に影を落としているのがはっきりと見えて、彰人の胸がドキリと高鳴った。体内を血液が素早く移動し始め、体温が上がるのを感じ取った彰人はそれを悟られぬよう、きょとんとしている彼女から視線を外し、桜の木や澄み渡る青空へと意識を向けて、「ずっと笑ってるだろ」と返す。すると冬弥は、ふふふ、と笑った。

    「こうやって誰かと一緒に学校へ行くのは初めてだから、もしかしたら私ははしゃいでいるのかもしれないな」

    すまない、彰人。
    謝る必要などないというのに、癖のようにそう言って、彼女は結び終わったネクタイから手を離す。何気なくそれに触れてみれば、初めて彰人が結んだそれよりも数段整った結び目が、そこにはあった。

    「嫌でも毎日学校には行かなきゃなんねぇんだから、そんなにはしゃぐ必要もないだろ」

    直してくれたことに礼をしつつ、新しい環境に対し、静かに心躍らせている相棒に彰人は苦笑した。「そうか、それもそうだな」と頷く冬弥の声は、やはりどこか弾んでいる。

    寒々しい冬の季節を乗り越えて、訪れた春の日和。別れの季節でもあり、始まりの季節でもあるこの日、東雲彰人は高校1年生になった。
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