波間に揺れるように夢と現実の狭間を心地よい温もりを背に感じながら行き来していると、設定しているアラームとは違う電子音が俺の耳朶を無慈悲に叩いた。その暴力的な音に夢との間で揺れ動いていた意識が現実へと引っ張られ、俺は、もぞり、もぞりと身を捩り、俺を抱き枕の如く抱き締めて眠る彼の腕から抜け出して、ベッドサイドで持ち主へと着信を伝えようと懸命に声を上げている携帯を手に取る。音の種類からそれがメッセージではなく電話であることは何となく察することはできたものの、寝起きの頭には「それが誰からの着信か」を確認するだけの注意力はまだなく、俺は条件反射で携帯の画面をスライドし、そっとそれを耳に当てた。
「………はい、あおや…………しののめです」
最近変わったばかりの自身の名を告げる。しかし、返ってきたのは挨拶でもなく、電話の用件でもなく、男性の荒い吐息。
「………………もしもし……?」
「はぁ……っ、ぁ……ん、ぅ……はぁ……」
「……あの、大丈夫ですか?」
きっと、寝起きではない時にその電話が来ていたなら、また俺の対応も変わっていたのだろうが、この時の俺は、苦しげに呻いて息を乱す男性に、もしかしてどこか悪いのかと未だ睡魔の誘惑に勝ちきれていない頭で考えてしまい、男性にそう問いかけた。だが、やはり男性は俺の言葉に応えることはなく、どうしたものかと耳を澄ませてみれば、男性の吐息の他に粘ついた水音も聞こえてきて、いよいよ状況が読めなくなってきた俺は、ただただ首を傾げる。
数十秒、いやもしかしたら数秒かもしれないが、それが続き、段々と眠気が増して「これはイタズラ電話なのではないか」という疑念が俺の中で浮上してきた頃、それまで沈黙を貫いてきた男性がやけに熱っぽい声色でポツリと零した。
「ねぇ、冬弥くん……今何色のパンツ履いてるの?」
「…………………はい?」
男の言葉はたしかに日本語だった。それは理解できた。けれど、その問いの意味はまったく理解できなかった。俺を夢の中へと誘おうとしている睡魔も、きっと困惑しているに違いない。そう思えてしまう問いであった。
第一、俺が着用しているそれの色を知ってどうするのだろう。ただ、何やら苦しそうな男性がそれを知って少しは楽になるのなら、と寝惚けた俺は考え、自分が何色の下着を着用していたのかを思い出そうとして、そこでハッと気がついた。
「あの、すみません……」
「……ん?」
「……………履いてないです」
「え?」
「いえ、ですから……今、履いてなくて……すみません」
何度も聞き返してくる男性に、それの色を答えることができないことを俺は眠たい目を擦りながら伝える。そんな俺の背後では俺という抱き枕を失った彰人がグズるような声を上げて、俺に身を寄せてきた。一瞬起こしてしまったのかと思ったが、再度俺を腕の中に閉じ込めた彼は満足そうにまたスヤスヤと寝息を立て始めたので、ホッと胸を撫で下ろす。
メディアへの露出も業界での接待も、俺よりも彰人の方が駆り出されることが多い。いくら体力に自信のある彰人といえど、相当疲れが溜まっているのだろう。それに付け加えて、昨夜の営みは次の日が久方ぶりの完全オフということもあり、途中で何度も意識を飛ばしてしまうような、激しいものだった。「疲れているなら休んだ方がいい」とは言ったのだが、「疲れてるからお前を抱きたい」と押し倒されては拒むことはできない。そのため記憶は曖昧なのだが、現状体がどこもベタついていないところを見るに、俺が気を失った後、彰人はしっかりと身を清めてくれたらしい。本来なら疲れている彰人の代わりに俺がやらないといけないのに、相も変わらず俺には勿体ないくらいに優しい人である。
そして今、触れ合う俺の背と彼の胸板は何物にも阻まれておらず、ピッタリとくっ付いて直接その温もりを感じることができる。愛し合った夜は何にも邪魔されず、互いの熱を分け合って眠りたい。ひとつ屋根の下で暮らす際、そう我儘を言ったのは俺だった。その我儘を彰人は受け入れて、そうして今も、俺と彰人は生まれたままの姿で共に幸せな朝を迎えている。
だから、下着の色は答えられない。
俺の答えに男性は何か狼狽える声を上げて、そのまま通話は切られた。