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    おたぬ

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    おたぬ

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    観用少女パロ
    初めての朝ごはんと名前

    小鳥の囀りと、動き出した街の声が窓越しに聞こえてくる時間。パン屋で購入したトーストを1枚切り分けてトースターにセットし、温めたフライパンの上に卵を落として焼きながら、彰人は隣のコンロに鍋を置いた。使い古して小さな凹みのあるその中にミルクを注いで温めている間に、今度は卵を焼いているフライパンに水を足して蓋を被せる。どちらもいい具合になるのを待って、用意したマグカップには人肌程度に温まった白いそれを、お皿には半熟に焼けた卵を移せば、チン、と小気味いい音とともにトースターからパンが飛び出した。ひとり分の朝食にひとつだけ足された、1杯の温かなミルク。大した差異ではないけれど、確かに昨日までとは違う朝の風景に、彰人は人形との出会いが決して夢ではなかったのだと改めて実感する。

    自分の分と、それから人形の分の朝食をテーブルの上に並べていると、寝室の方から軽い足音が聞こえてくる。彰人が目覚めた時にはスヤスヤと気持ちよさそうにブランケットにくるまって眠っていた少女が、どうやら目を覚ましたようだ。

    パジャマから店でも着ていた豪奢なドレスに着替えた人形は、ゴシゴシ、と目を擦り、まだ眠たいのか怪しい足取りでテーブルの方へとやって来た。はよ、と彰人が声をかけると、少女は彼を真っ直ぐに見つめ、にこりと嬉しそうに微笑む。彼女なりの挨拶、だろうか。そのまま少女は洗面台の方に姿を消し、そう時間のかからぬうちに戻ってきた。店主から「ある程度の身の回りのことは自分でできる」と聞いていたが、本当のようだ。

    「朝飯、食うだろ?」

    食う、と言っても観用少女のそれはミルクだが、こくん、と頷く彼女を抱き上げてマグカップを置いた席に座らせ、その正面に彰人も着く。

    「いただきます」

    手を合わせ、癖となっている言葉を口に出す。すると、すでにマグカップへ手を伸ばしていた人形が持ち主の行動に僅かに首を傾げ、子猫が親猫の毛ずくろいを真似るようにそっと手の平を合わせて、こてん、と再び首を傾けた。そして、彰人が朝食に手をつけ始めるのを見てから、自身もミルクに口をつける。

    人間と人形の朝。笑い声も、会話もないそれは、けれど、ゆったりと、平穏に流れていく。彰人にとって、自分だけの空間に誰かがいることは慣れはしないが、さりとて嫌なわけではなく、もしかしたら悪くないかもしれない、と思えるくらいには不思議な居心地の良さがあった。

    トーストにバターとはちみつを塗り、ひと口齧れば、程よい甘みが口の中に広がる。それを味わいつつ、チラリと前を伺うと、マグカップを両手で持った人形が、ふぅふぅ、とミルクを冷ましながら美味しそうに飲んでいた。

    あぁ、こんな朝も悪くない。
    彼の口角が自然と持ち上がる。

    「美味いか?」

    何気なくそう問うと、彼女はミルクから口を離し、ひとつ頷いた。専用のミルクを温めただけだが、こうやって喜んで飲まれると、どうも胸の奥がむずむずするような、そんな気持ちになる。まだ正体のわからないそれを、そうか、と返し、トーストを口に含むことで、彰人は誤魔化した。

    食事を終え、食器を片付けた彰人は外出する準備を始める。何せ同居人が増えたのだ。いくら観用少女がミルクと砂糖菓子、愛情で生きていけると言っても、自分1人の時以上に稼がなければならない。

    着替えをすませ、必要なものを詰め込んだ鞄を肩にかけた彼は、自身の背後を一定の距離を保ちつつ、ついて来ていた人形に声をかけようとして、そこであること気がついた。

    (そういや名前……決めてなかったな)

    新品、つまり、まだ誰のものにもなっていない観用少女には名前がない。人形を作った製作者がつければいいだろうと彰人は思うのだが、「持ち主が自分でつけた方が愛着がわく」ということのようだ。譲り受ける際に聞いた話では、彼女は新品の観用少女であり、無名である。これから共に暮らすのであれば、名無しのままでは不便であるし、何より可哀想だ。名前、名前か……と、女の子の名前をいくつか思い浮かべてみるも、そのどれもが彼女のイメージとは合わず、切り捨てる。

    できるのなら、呼びやすくて、口に馴染むものがいい。

    部屋の中を見渡し、命名のヒントになりそうなものを探す。そして、目が行きついたそこに、あ、と声が出た。築年数を重ねた集合住宅の少し高い階層に位置する彼の部屋から見える、青。ひんやりと冷えた空気は澄み渡り、夏の頃よりも遠くまで見えるそれは、すっかり冬の色だった。

    「……冬、か」

    窓に近づき、外と内を隔てるガラスに触れる。後ろから、少々慌ててバタついた子供の足音が聞こえた。窓ガラスを撫でる指先から体温が奪われていくのも気にせず、彰人は様々な音を脳内で組み合わせ、彼女を表すのに相応しいものを考える。頭の中に浮かんだ音を読み上げて、また別のものを組み合わせては読み上げるのを幾度か繰り返した彼は、その果てにたどり着いたそれに頷くと、くるりと振り返り、きょとんと見上げてくる人形に目線を合わせた。

    「―――」

    この先、青く綺麗な少女を示すこととなる3つの音を彰人は告げる。それが自分の名だと理解した人形は、水晶にも劣らぬ瞳を大きく見開き、くしゃりと笑った。

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