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    おたぬ

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    おたぬ

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    吸血鬼❄♀

    🍁の血が吸いたくてたまらない話。

    恋するヴァンパイア「冬弥、よく聞きなさい」

    誕生日を迎え、歳を重ねるたびに言われる言葉。

    「お前は決して、恋をしてはいけない」

    誰かを愛してはいけない。愛情も、恋慕も、抱いてはいけない。繰り返し繰り返し、言葉を変えることもなくされる忠告。

    「はい、父さん」

    それに私はずっと頷いていたけれど、そんなのは気をつける必要もないほど簡単なことだと思っていた。何せ私は社交的ではないし、人と交流を持つ機会もあまりない。だから油断していたのだろうか。いや、きっと関係はない。どれだけ警戒していようと、14を迎えて、クラシックから逃げ出した先、ストリートで彼に出会い、新たな扉を開いた私はきっと、禁じられていた感情を彼に抱いただろう。それくらい容易く、落ちてしまった。

    あり得ない。私が誰かを好きになるなんて。それは私の中にありはしないはずの感情で、あってはいけない感情だ。しかし、不意に指先が触れ合っただけで火照る体も、視線が交わっただけで大きく脈打つ心臓も、それが恋であると私に訴えかけてくる。もちろん、心の奥では私自身それに気がついていたのだが、信じたくはなかった。なぜなら、私が誰かに恋をするということは、愛するその人を害してしまうことを意味していたから。

    ごめんなさい。ごめんなさい。
    私はお前に恋をしてしまった。人ではない癖に、人のようにお前に恋慕してしまった。
    ごめんなさい。ごめんなさい、██。



    「それじゃ青柳さん、それお願いね」
    「はい」

    予定されていた授業がすべて終わり、部や委員会に所属していない生徒達は帰路に着いたであろう放課後。図書委員である私は破損などにより入れ替え予定の本を運ぶよう先生に頼まれた。複数の本が載せられそれなりにずっしりと重くなった台車を押し、図書室を出る。本の移動先は校舎を出て少し歩いたところにある倉庫。私は人気の失せた玄関で上履きからローファーに靴を履き替え、夕陽に染まる道を1人で歩いた。横手に見えるグラウンドではサッカー部が試合形式で練習を行っており、その中に私を相棒と呼んでくれる彼の姿を見つけた。

    (そういえば、練習を手伝うと言っていたな)

    沈み行く太陽の光に負けず、輝くオレンジ色の彼。チームメイトからボールを受け取り、行く手を阻む相手チームを掻い潜って、ゴールを目指す。気がつけば私の足はその場で止まり、息を飲んでそれを見ていた。足を手のように器用に動かし、ボールを操っているとは思えないスピードでゴールまであと少しというところに迫る。相手チームもただ見ているだけではなく、彰人を止めるため全速力で駆け上がって来ており、思わず手に力が入って、押していた台車の取っ手部分をギュッと、私は握っていた。

    最後のディフェンスを突破し、残るはゴール前に立ちはだかるキーパー。腰を落とし、身構えてシュートを防ぐ体勢に入るキーパーと、彰人が対峙する。2人の間で交わされているであろう読み合いと、その緊張感が離れた場所にいる私にまで伝わってきているようで、肌がピリピリとした気がした。

    終結はほんの一瞬だった。彼の放ったシュートは吸い込まれるように、ゴールネットを揺らし、ピピーッ、とゲームセットを告げるホイッスルが高らかに鳴らされる。キーパーが悔しそうに顔を歪め、反対に彰人が嬉しそうに頬を弛めた、と、その時、彼が不意にこちらを振り返り、そして、片手を上げて笑った。

    (気づいていたのか……)

    見ていたのがバレていたことに僅かながら羞恥を覚えつつも、私は彼に小さく拍手を送る。彰人の仕草から私の存在が他のサッカー部員にも知られたらしく、何か意味のありそうな視線がこちらに投げられ、彰人も頭を小突かれたり、言葉をかけられたりとグラウンドが途端に賑やかになった。

    (……楽しそう、だな)

    大切な相棒がたくさんの人から慕われているところを見るのは、なかなかに気分がいい。試合中の真剣な様子はどこかに消え、楽しげにじゃれ合い始めたサッカー部員達を横目に、私は再び台車を押し、本を運ぼうと足を踏み出した。しかし、それはあまり上手くはいかなかった。ドクン、と心臓が体の中で大きく脈を打ち鳴らしたのだ。

    「……な、ぇ……?」

    ドクン、ドクン、と血液が大量に心臓から吐き出され、熱を持ったそれらが血管を駆け抜ける。ぶわりと体温は急速に上昇し、汗がじんわりと滲み出た。苦しいほどの何かに私はフラフラと足元がおぼつかなくなり、早鐘を打つそこを押さえる。

    (……まさか、そんな……)

    その感覚には覚えがあった。いや、忘れられるはずのない衝動だった。私という存在がそれであるかぎり、決して逃れられぬ本能。時代が進むにつれ、様々な生物が環境に適応し、進化していく中でそれらも変わったというのに、どうしてか未だ変わらずあり続ける忌まわしい習性。

    吸血鬼が愛してしまった者にのみ感じる、激しい吸血衝動だ。

    喉が渇く。空腹にも似た吐き気がぐるぐると体を蝕み、それを抑えてくれる唯一の存在である彼を、肉体が求めているのを感じる。

    「……ぁ、ぅう……いや、だめ……そんな、こと……できない……」

    苦しい。喉が渇いた。大好きなあの人の█を、早く。でないと空腹で死んでしまう。生きるためにも、早く██の█を――。

    (嫌だ。嫌だ。絶対に、嫌だ。██に牙を突き立てるなんて、絶対に……)

    相反する思考がぶつかり合う。人として生き、彼を愛する気持ちと、生物としての生存本能。それはどちらも私という個体であることに変わりはなく、それがまた私を苦しめた。生きるためには彼を食べなくてはならないけれど、彼を苦しめてまで、私は私の命を長らえさせたいとはどうしても思えない。

    呼吸が浅くなり、頬を汗が滑り落ちて、涙が視界を歪める。グラウンドからは絶えず談笑の声がしており、それが私には私を咎めているように聞こえて、逃げるように、私は運んでいた本を置き去りにして、誰もいない倉庫の方へと駆け出していた。

    小さな頃はこんな衝動はなかった。青柳という家系が吸血鬼の血を引いているのは聞かされていたが、だからといって太陽の光で灰になったりはしないし――強すぎる陽射しは少々苦手だがーー、何か特別なことがあるわけではなく、ただ、「恋をしてはいけない」と口を酸っぱくして言われる程度だったのだ。それがどういう結果を生んでしまうか、というのも、説明はされていたから理解も納得もしていたのだが、2年ほど前から、父の言っていたことがどれだけ正しかったのかを、私は身をもって体験している。

    校舎からは見えない位置に回り込み、倉庫の壁に背を預け、ズルズルと座り込む。渇きは1秒毎に増していき、吐き気も胃の中のものすべてを吐き出してしまいたくなるほど酷いものになっていた。発作とも言えるこの衝動は、ここ数ヶ月の間に頻発している。原因ははっきりと明確にわかっている。愛している者の█を欲する吸血鬼の性。それが強まっているのは、私が深く深く彼を愛してしまっているから。それ以外にない。

    (……ごめん、なさい……ごめんなさい……)

    ぐちゃぐちゃになった頭で、ひとつの言葉を繰り返す。ずっと傍にいたいのに、いつ自分が欲に負けて彼の██に噛みついてしまうのかわからない恐怖。それを知られて、隣にいられなくなってしまう恐怖。彰人に、捨てられる恐怖。体内は沸騰したように熱くてたまらないのに、全身にまとわりつくそれに私はカタカタと体を震わせ、蹲る。こうなってしまったら、自然と治まるまでじっとしている他に術はない。

    (いつまで、もつだろうか……)

    騙し騙しやってきたが、吸血衝動は強くなる一方でなくなる気配はなく、父も恋をした後のことは語ってはくれなかった。あるのは「彼の█を吸わなければ死んでしまう」という予感だけだ。けれど、それが正しいとは限らない。

    何もわかりはしないが、とにかく今は早く治まってくれ。そう願って深く息を吸い、ゆっくりと吐き出して呼吸を整えていると、遠くの方から足音が聞こえてきた。タッタッタッ、と一定のリズムで刻まれるそれはあまりにも私の耳には覚えがあり、折角整いだしていた呼吸が、ヒュッ、と変な音を立てて詰まる。

    「おーい、冬弥ー?」

    そうして、聞こえてきた声に、あぁ、どうして、と私は瞳に溜まっていたそれをポロリと零した。どうして、お前は私の辛い時にこそ、傍に来てくれるんだ、と。

    そこで、私の意識はブツリと途切れた。



    「……ぅ、んん……」

    意識が浮上し、真っ先に視界へ飛び込んできたのは、あまり見慣れない白い天井と、綺麗なオレンジ色、それから澄んだ金色だった。

    「冬弥、大丈夫か?」
    「…………あき、と………?」

    その色彩に次いで耳朶を優しく撫でてきたそれは紛れもない、想いを寄せている彼の声。これは一体どういう状況なんだと、心の内で首を傾げ、私はキョロキョロと辺りを見渡した。

    「……ここは、保健室……?」

    私と、それから私が横になっているベッドの傍らにいる彼を外界から隔て、隠しているカーテンの隙間から覗く景色を材料に、何となく自身の居場所を推測する。私の顔色を確認した彰人は、どこかホッとした顔をしていた。

    「お前、倉庫んとこで倒れてたんだぞ?」
    「……倉庫……」

    その単語にすべてを思い出す。発作のようにこの身を襲う吸血衝動。すべてがブラックアウトする直前に聞いた声は、やはり彰人のものであったようだ。

    (ならば、彰人がここまで運んでくれたのか……)

    強すぎる衝動に意識を飛ばし、どうしてか伸びに伸びて女だというのに男性とそう変わらない身長である私を。そう考えると大変申し訳がなくなってしまうが、同時に、彼を襲わずにすんだのだとわかり、安堵した。

    「すまない彰人、またお前に迷惑を……」

    実のところ、今回のような事態は初めてではない。もうこれまで何度か倒れたことがあり、今と同じように彰人に助けられたこともある。その度、彼を食らっていないことに私は胸を撫で下ろすのだ。私は謝ろうと横にしていた体をベッドから起こそうとするが、そっと彰人に止められ、再度布団の中に戻される。

    「迷惑とか思ってねぇけど、心配はした」
    「……ぅ、すまない……」

    だから、もう少し休んどけ、と優しい声色で告げられ、ドキリと胸から嫌な音が鳴り出す。いけない。この音はあの衝動の前触れであることが多い。こうやって胸が高鳴って、彼への愛しさを募らせると喉が渇き始めるのだ。それを恐れて高まる体温に肝を冷やすけれど、体に起きている異変を自覚した私は、心の内で首を傾げる。

    (…………喉が、渇いていない……?)

    あの時感じた空腹にも似た吐き気と、耐え難い渇き。それが倒れている間に霧散したかのように、姿がない。あれは一時的に軽くなることはあれど、寝れば治るなんて単純なものではない。そのはずだ。それなのに、ドキドキと胸は高鳴るだけで、その他の感覚を刺激している様子がない。あんなもの、ないのならそれに越したことはないが、しかしどうしてそうなったのか。原因に心当たりはなかった。

    私が内心に疑問符を浮かべていると、彰人が丸椅子から腰を上げる。

    「オレは荷物取りに行って来るから、お前は大人しくここで寝てろよ?」
    「彰人、体のことならもう平気なんだが……」

    吸血衝動はどういうわけか、なくなっている。そのため体を横にしている意味もなく、むしろ問題が解消されたことで体の調子はすこぶるよかった。けれど、彼は「いいから」と私の頭をわしゃわしゃと、それこそ彼の苦手とする犬に飼い主がするように撫で回し、カラリと笑う。

    「今日くらい休んでも誰も怒んねぇよ」

    じゃ、行ってくる。
    そう言って、彰人がカーテンの隙間に手を差し込んだ。同時に彼の背中がこちらに向けられて、彰人のそこが私の瞳に映る。倉庫近くで意識が途切れる前、私が牙を突き立てたくて、しかし傷つけたくなかった、そこが。

    「……彰人」
    「ん?どうかしたか?」

    そこにあった普段はないそれに、思わず彼を呼び止めた私は振り向く彼に問いかける。

    「…………首、怪我したのか?」

    私が気になったのは彰人の首筋に貼り付けられた1枚の絆創膏。姉との喧嘩で怪我を負っていることもしばしば見受けられるが、それでもそこに傷を作ることは今までなかったはずだ。それに、最後に会ったお昼までその場所には何も貼られていなかったと、私ははっきりと記憶している。放課後にサッカー部の助っ人をしていた時はどうだっただろう。その後の衝動で少し記憶が曖昧だ。

    私の指摘に、そのことか、と彰人は困ったように笑い、するりと絆創膏をひと撫ですると、蜂蜜色の目を細めて言う。

    「何でもねぇよ、ただの虫刺されだ」

    どこまでも優しい声色だった。本当に虫刺されなのだろうかと、疑ってしまうほどに優しくて、甘い声に無意識にまた鼓動が早くなる。だが、やはりいつも感じていた飢えはやって来ない。それはまるで、もうすでに腹は満たされているかのように。


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