キスとは不思議なものである。
ただ体の一部を触れ合わせるだけだというのに、妙な高揚感、多幸感が全身を駆け巡り、脳がふわふわと雲の上にいるような、そんな感覚に陥る。これだけでも冬弥としては首を傾げる疑問だが、不可思議なのはそれだけではなく、唇を合わせたいと思う相手は非常に限定されており、彼の場合は現在交際中の東雲彰人ただ1人。
先述した通り、キスとは体の一部分を触れ合わせるだけの行為である。これが手などであれば、誰とでも冬弥はそれをしただろう。けれど、唇を重ねるキスだけはそうは思わない。もしも他の人間に「キスをさせろ」と言われても、冬弥は迷うことなく首を横に振る。
彰人でなければ。彰人だからこそ。冬弥はキスがしたいと思う。故に、本当に不思議だ、と、冬弥は心の中で今日も小首を傾げた。
「……ん、ぅ……んんッ♡」
ステージの上で歓声を浴び、歌声を響かせた夜。ライブハウスからは興奮冷めやらぬ観客達が続々と出てきている、その横、暗く狭い路地の奥に、彼らはいた。ちゅっ、ちゅぱ……と、艶かしい音が重ねた唇の隙間から漏れ出て、冬弥の鼻にかかった淫靡な声がそれの後を追う。
今日の観客はノリがよかった。だからだろうか。気持ちよく歌えたから、妙に体が熱くなり、互いに興奮してしまっている。
「……っ、……冬弥……」
聞いているこちらが蕩けてしまいそうな声で、彰人は相棒の名を……いや、恋人の名を口にして、口付ける。それはキスと呼ぶのも少々躊躇う、食らいつくかのような代物だった。
まるで獣が獲物を貪るようだ。冬弥は背筋が粟立つのを感じながら、恋人のそれを受け入れる。同時に肉厚な舌が閉ざされた唇を啄いてくるので、そっと開けば、僅かな隙間をこじ開けて彰人は冬弥の口内に我が物顔で押し入ってきた。さらに、体を背後の壁に追いやられ、冬弥の細い足の間にはサッカーで鍛えられ引き締まった筋肉質なそれが差し込まれる。あぁ、捕まってしまった。もう逃げられない。元より逃げる気など、サラサラないが。
けれど、その事実が、また冬弥を酷く興奮させた。
侵入してきた彰人の舌は歯列をなぞり、上顎を愛撫し、そして奥で縮こまっていた冬弥のそれに優しく触れて、誘いをかける。
(……彰人……♡)
キスによって腰が抜け、崩れ落ちそうになる細身の体を軽々と抱き留めてくれる腕に縋り付きながら、冬弥は彰人からの誘いにおずおずと舌を伸ばした。
やはりキスとは、かくも不思議なものである。
したいと思うのは彰人とだけで、体の一部を触れ合わせるだけなのに、こんなにも、気持ちがいい。