ハニトラ手ほどき 導入事の発端はトレーボル様との会話である。
「んねーんねー、ドフィの取引相手が裏切りやがったんだって」
「はあ」
突然呼び出されたかと思えば面倒くさそうな話が始まり、つい乾いた返事が出た。予想はついていたけれど。
その取引相手はドレスローザからそう遠くない島に拠点を持つ小さな組織だと言う。相手方も裏社会に精通しているようで、元々は武器を取引していたところを裏切ったらしい。若様の手で直々に制裁を加える必要があるのだが、生憎立場上動くことが難しいとのこと。
「それで、その男を暗殺しろという話なんですね?」
「べへへ、話が早くて助かるぜ」
話を早く終わらせたいだけです。そう言いたいのをぐっと飲み込んで相槌を打った。最高幹部に失礼を働くわけにはいかない。いくらトレーボル様が苦手であっても。
ファミリー内における私の担当は暗殺だ。銃で、毒薬で、時にはナイフで秘密裏に対象を葬ることを得意としている。裏切り者の始末は任せられることの多い仕事だ。
話がここで終わっていれば、いつも通りだった。
「だけどそれだけじゃないんだよなァ」
「はい?」
「今回はねー、聞き出してほしい情報があるんだって」
ついでのようにサラリと大事な情報をつけ加えられ、心の中で悪態をついた。その条件がつくと任務の難易度が大幅に上がる。国内の任務であればヴァイオレットと共に向かうのだが。
「今回もヴァイオレットと同行ですか?」
「それはダメだ。ドフィの許可が降りねェよ」
「でしたら、取引相手を生け捕りにしてドレスローザに連れてくる方が……」
「それもダメー!」
無茶苦茶だ。元王女を迂闊に外に出せないとはいえ、相手から情報を引き出すならヴァイオレットに任せた方が確実なのに。ギロギロの実の能力で思考を読み取れるのだから。
「ならば、どうしろと?」
「そんなの殺す前にサクッと聞き出せばいいだけだろー? お前なら色仕掛けでもすれば楽勝だろう、べへへ!」
「はぁ⁉︎」
サングラス越しにねっとりとした視線を感じ、ゾゾゾッと全身に震えが走った。色仕掛けでサクッと? 随分と簡単に言うけれど、私は任務の中で色仕掛けなんて使ったことがない。と言うより使えないのだ。
でも、どう説明しよう。迷っている間にトレーボル様が口を開いた。
「なァに? できないって言うのー? まさかお前」
「できます。拷問でも、自白剤でも、何を使ってでも情報を吐かせてきます」
話を食い気味に遮った私は、話が終わるなり一目散に自室へと駆け込んだ。すぐさまベッドに倒れ込み枕に顔を埋めて、今に至る。
「どうしよう……」
できますって言っちゃったよ。勢いで引き受けてしまった。足をジタバタさせて後悔したところでもう遅い。
実際、拷問も自白剤もあまり現実的な案ではない。純粋な力での勝負になったら私に勝ち目はないのだ。それよりも娼婦のフリをして寝台に連れ込む方がよほど楽で成功率も上がる。
結論、どう考えたって色仕掛けで落とす方が早い。
それでも私が今まで色仕掛けを使わなかったことには理由がある。処女だから。これに尽きる。
貞操を守るつもりはないからどこで処女を失おうと構わないけれど、経験がないままハニートラップを仕掛けるのはただの自殺行為だ。本番まではいかないとしても無謀というもの。仕掛けるならまず誰かに教わらなくては。
……誰に?
誰かって誰だろう。頭の中にファミリーの顔が浮かんで、掻き消した。
同性のメンバーには頼れそうにない。ならば男性陣か。仕掛ける対象は男性なのだから、男性目線の声を聞いた方がいいのかもしれない。
悩む。問題を先延ばしにしたところで、いずれ似たような任務は任されるだろう。誰かを頼るしかないのだ。頼るなら誰か。信頼があって、相談してもいいなと思える人。女の扱いに慣れているであろう若様か、歳の近い兄貴分のグラディウスか。
迷いに迷い、熟考した末に、覚悟を決めた私は早速相談しに行くことにした。