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    夜間科

    @_Yamashina_

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    夜間科

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    【CPなし】五月雨が甘やかしたり甘やかされたりする話

    五月雨が肉体を得たのは十二月、指先の悴むような冬の夜だった。
    あまりにせっかちな桜の花に包まれ、ふたつの紫水晶に命が宿る。恭しく頭を垂れ、艶のある声が長い口上を紡ぐ……遠く離れたどこかを見つめるようなまなざしに惹かれ、審神者ははっと息を呑んだのだった。

    師僧も走る年末は慌ただしく過ぎ、あっという間に年は明け、やがて春が来る。審神者の意向で暦に合わせて変更される景趣は、夜桜に設定された。
    「……花の上なる月夜かな」
    枝垂れ桜が映る水面と手元で揺れる細波を交互に見て、五月雨はゆっくりと盃を傾けた。朱の差した目元は普段よりわずかに柔らいでいた。風と木々のざわめきだけが聴こえる春の夜、こくんと小さく鳴った喉さえ愛おしく思えたものだ。

    そんな五月雨にも、護るべきものができた。
    村雲江が来てから、五月雨はより一層献身的に働いた。ただその頃から、少しずつ彼の疲れた顔を見ることが多くなった。喜怒哀楽、驚きや恐怖までもひとつの表情で完結させているとばかり思っていたのは審神者の勘違いだったようだ。主従関係をもつうちに、真顔の端々にそれはそれは豊かな感情が隠れているのが見えるようになったのだ。その中にほんのひと匙の懊悩の色を見た。審神者にできたのはそこまでだ。無論、深い縁で結ばれた江のものたちは審神者より早く五月雨の変化に気付いていた。

    「雨、でーじょーぶか?」
    「何がです?」
    「疲れてねーか」
    豊前の慧眼にぴくりと眉を動かした五月雨はしかし、その指摘を跳ね除けた。
    「いえ。大丈夫です」
    「そう言うなって。ほら、貸してやる」
    とん、と膝を軽く叩いて五月雨を誘う。江の先輩御用達、豊前江の膝枕だ。刀派としての習性なのか、藤色の頭が一点に吸い込まれていく。
    「……ん…………」
    まなじりがふにゃりと溶ける。良い枕を見つけると途端に瞼は重くなり、意識に靄がかかっていく。温かい「おやすみ」の合図で、五月雨は束の間の眠りに落ちた。

    「珍しいお客さんだね」
    「……ああ、疲れてたみてーだ。すぐ寝ちまったよ」
    通りがかった松井はどうやら仕事中だったらしい。書類が入っているであろう箱を両手に抱えている。存外あどけない顔で眠っている仔犬を見て、長い睫毛で縁取られた目が細められた。松井にとって五月雨は、初めてできた弟分だ。彼の望むことは何でもしてやりたくなってしまう……少々大袈裟な表現ではあるがその気持ちに偽りはない。自分の姿を見て育った後輩は、目の中に入れても痛くないほど愛おしいのだ。
    「そろそろ起こしてやろう。もうすぐ第一部隊が帰ってくるよ」
    「おー、もうそんな時間か……雨」
    「ぅ……」
    「雲が帰ってくるぞ」
    まるでむずかる子供のように唸っていた五月雨だったが、豊前の言葉を聞いた途端我に返る。
    「……!わ、私、眠って」
    「ぐっすりだったな」
    「すみません……」
    内番着を着ている今は、顔を隠せるものがない。すっかり目が覚めた様子の五月雨は、襟巻を引き上げる代わりに口元に手を当て広い肩を窄めた。
    「いいよ。気持ちよさそうだったし」
    豊前は五月雨を甘やかしてくれる。ほかの江たちも同じだ。身の回りのことは松井が教えてくれた。内番は桑名が。それが先達の務めであるからか。五月雨は村雲を甘やかしている。それが先住犬の務めであると思っていたからだ。篭手切は見た目こそ年下のようだが、世話を焼く隙もないほど自立している。それどころか、現状こちらが世話を焼かれる側に回ってしまっている。脇差は皆そういうものなのだろうか。後輩が先輩に甘える理論に従い、皆が豊前に甘えていた。
    ……では豊前のことは、いったい誰が甘やかしてくれるのか?
    五月雨の胸に、ぽつりと心配事が浮かんだ。

    「雲さん」
    「!……雨さん!」
    外では鉛色の雲が空を覆い、しとしと雨が降っていた。日が沈むにはまだ早いが、太陽が隠され辺りは薄暗い。待ち望んだパートナーの帰還に、五月雨は濡れるのも構わず飛び出した。
    「雲さん、血が」
    「ん、これは返り血。俺は無傷だよ」
    「……強くなりましたね」
    握った手は自分のものより女性的な印象を受ける。桜と同じ色をした柔らかい髪と形のよい爪。儚げな表情も相まって今にも消えてしまいそうだ。しかしこの刀はいずれ、自分よりも力が強くなる。それを五月雨は知っていた。いつだったか主人が言っていた。全ての刀は能力が決まっていて、それらの情報は数値化されて審神者の持つ刀帳とやらに記録されるのだとか。鍛錬に励もうと実戦経験を積もうと埋められない、「すていたす」の差。それが雨雲を分つのだ。
    「置いていかれてしまったら、どうしましょう」
    今は肩をすくめて笑うにとどめておく。先住犬におんぶに抱っこの新入りだって、いずれ一匹でも立派に生きていけるようになるのだ。そうでなければならない。分かっていても、さみしい。急に涙が出そうになって、五月雨は誤魔化すように空を見上げた。
    「……雨さん?」
    「……ふふ、すみません。少し濡れたい気分でした」
    愛称を呼ぶ声に振り向き、靴を鳴らして玄関へと戻る。霧のように細かい水滴が顔を濡らすのは不思議と心地よかった。

    濡れ鼠ならぬ濡れ犬になってしまった五月雨の視界が突然暗くなる。わしゃわしゃと髪を拭かれる感触で、頭にタオルを被せられたのだと気付いた。数センチ上から声がする。
    「雨さん、濡れたままじゃ風邪ひくよ」
    「おや、桑さんでしたか」
    ごつごつとした大きな手にされるがまま、毛並みを乱される。呆けている間に篭手切が替えのジャージを持ってきた。水分を吸って冷えた服を脱ぎ、着替えに袖を通す。大人しく座っていると、勢いの良い温風が頭に当たった。
    「……うー」
    「すぐ乾くから我慢してねぇ」
    ドライヤーの音にかき消されないようやや大きめの声で桑名が言う。けたたましい運転音も熱い風も、感覚の鋭い五月雨は苦手だった。不機嫌を隠そうともせず唸り、早めに切り上げるように促す。
    短い髪は数分も経たないうちに乾き、不快な騒音から解放される。最後に雑ではあるが手櫛で梳かしてもらえば、本丸の中を歩き回る分には問題ない見た目になった。楽しそうに犬の頭を撫でる兄の姿に、やはり五月雨は怪訝な顔をせずにはいられない。
    「桑さんは、どうして私のお世話をしてくれるのですか」
    「どうしてって……うーん」
    桑名は暫し首を捻った後、一応は彼なりの答えを出したようだった。正論好きで芯のある物言いをする彼にしては、いくらかぼんやりとした答えだった。
    「僕が先に来たからやない?」
    「先に来たから、ですか」
    「甘やかしたくなっちゃうんだよ。きっと豊前も松井も篭手切も同じだと思う」
    甘やかしたくなっちゃう……その言葉に心当たりがないわけではなかった。先住犬の自分も、同じようなことを思った瞬間があったはずだ。五月雨はふむ、と頷いて、数秒の間考えた。先輩とはいかなるものか。たまたま先に肉体を得ただけの者に、後から来る者の世話をする義務はない。であれば、先に肉体を得た者は自ら望んで世話をしているのだろうか。
    「ですが、そうなると豊前は私たち全員を甘やかさねばなりません」
    「それでいいんだよ」
    「え?」
    「そうしてあげるのが、僕らの仕事なんだ」
    桑名の声は相変わらずのどかで優しかったが、「仕事」の二文字に何やら深い意味が籠められていることは五月雨にも理解できた。畑にいたのだろうか、手や服から雨と土の匂いがする。桑名に触れられると、地球にぎゅっと抱きしめられているような気分になる。
    「よく分かりませんが……そうなのですね」
    これも江の血か、五月雨は未だ真意を掴めないまま、先達の言葉をなんとなく受け入れることにした。

    さて無事にドライヤーの試練を突破した五月雨は、自室から外を眺めていた。刀が増えるのに合わせて増築を繰り返し、歪に膨らんだ我が家。違法建築の趣さえ感じられる本丸の端に、犬たちの住処は存在した。
    雨は止む気配がなく、それなりの強さでかれこれ数時間降り続けている。なるほどこれが夏かと勘違いしてしまうほどよく晴れた日もあったが、太陽が隠れてしまえばかなり涼しい。冷たい麦茶が体の芯に響くような気温だ。
    五月雨。自分の名前だ。昔とは暦が一ヶ月ほどずれているらしく、この時代では長い雨が降るのは六月らしい。煙る視界、向こう側に紫色の小さな花を見つけると、たくさんの言葉が波のように押し寄せてくる。その中から好きなものを選び取って、うたを詠むのだ。
    「……あ!雨さん」
    「雲さん。お帰りなさい」
    背後から聞こえた声で言葉の波はぴたりと止む。審神者へ戦果報告を済ませた村雲が戻ってきたようだ。
    「大阪城ですか」
    「うん、お金いっぱい貰えたよ」
    本丸も金がなければ立ち行かない。審神者の業務にも、また新しい景趣を導入したり刀剣男士たちの軽装を仕立てたりするのにも、小判は必要不可欠だ。要するに、村雲は練度上げがてら資金調達に駆り出されているのだった。
    「やっぱりここでもお金はついて回るよね……ああ、お腹痛い……」
    「疲れたでしょう。どうです、ここはひと休み」
    「うん……」
    軽く膝を叩いて村雲を誘う。豊前の真似をする形で膝枕を提供してみたのだが、これがなかなか良い。重みが何故か心地よいのだ。膝に遠慮なく頭を載せて早くも目を閉じている村雲が、どこにも行かないでくれと自分を引き止めてくれているような気になる。
    「ねえ、俺強くなっても雨さんのこと置いてかないよ」
    「……何の話です」
    先程の続きだということはすぐに分かった。村雲は目を閉じたまま、まるで寝言のように話す。
    「戦が強くなっても、俺には雨さんが必要だもん……」
    「そう、ですか」
    口調がやけに弱々しい。これが自分より腕っぷしの強い男になるというのだから驚きだ。
    その弱音は五月雨の耳には甘えているようにも聞こえて、なぜか嬉しくなる。これが「甘やかしたくなっちゃう」ということなのか。よく分からないまま飲み込んでしまった言葉も今なら咀嚼できるような気がして、口元が少し緩んだ。
    「……っふふ。私にも、雲さんが必要ですよ」
    「そんな事ないよ……雨さんは強いから。俺なんて、迷惑かけて、甘えてばっかで」
    「それで良いのです」
    たまたま先に肉体を得ただけの五月雨に、後から来た村雲の世話をする義務はない。それでも、だ。村雲も、さっきの自分と同じ顔をした。それから少し考えて、吹っ切れたように頷いた。
    「そっか」
    見下ろしたその顔はなんだか嬉しそうに綻んでいて、五月雨もつられて笑うのだった。

    降り止まぬ雨の単調な音はまるで子守唄のようで、一度は開いた村雲の目も眠気に抗えず閉じてしまう。やがて膝を貸した後輩がすやりと微睡んだ頃、襖の開く音がした。
    「五月雨さ……ん、」
    入ってきたのは篭手切だった。小さく丸まって眠る犬を見るなり開いた口をぱっと塞ぎ、それから五月雨と顔を見合わせると無言のまま笑った。
    「どうです、可愛らしいでしょう」
    小さな先達は五月雨の言わんとしていることをよく理解しているようで、にこりと口角を上げて頷いたのだった。
    「ええ、とっても」
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