大人になるとは「天馬さん、インタビューはおしまいです。ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
司の向かい側に座った女性が終了を告げると、場の空気が緩みざわつきが大きくなる。今日はとある雑誌のライターから、ワンダーランズ×ショウタイムの面々はインタビューを受けていたのだ。
「噂には聞いていましたが、本当に皆さんは仲がよろしいんですね」
「そうだろう! 自慢の仲間だ!」
司が胸を張って答えると、ライターや他のスタッフから笑顔が零れる。えむと寧々は早々に終わらせているので、残りは類と司がソロとツーショットを撮影するだけとなっていた。
「仕方がない事とはいえ、少し残念です」
ライターがボソリと呟いた言葉に、司は曖昧に笑う事しか出来ない。高校生や大学生の頃に比べると、四人がワンダーステージで公演を行う事は少なくなった。
そして、個々の仕事が忙しくなった為、四人の活動は停止が決定したのだ。
しかし、解散をするわけではない。
「だが、これまでと違った経験を積む事になるだろう。それは活動を再開する時に良い糧になる、これからが楽しみだ!」
期待に満ちた司の言動に、ライターはきょとんと眼を丸くするがすぐに頬を緩めた。
「そうですね、これからのご活躍が楽しみです」
「神代さん、入りまーす」
スタッフの声がスタジオに響き渡ると、二人の元へ類が姿を現す。ライターは、ここからはカメラマンの仕事だとその場を離れた。
「司くん」
「始めるか」
それから司と類はカメラマンの指示に従い、ポーズを決めて雑誌のインタビューを彩るための写真を次々と増やしていく。司は類を、類は司の良さを引き立たせる術を知っているので、ツーショットでは撮影に携わるスタッフ達から感嘆の声が漏れていた事を二人は知らない。
「今日は疲れたな」
「慣れない事をすると精神的に疲れてしまうね」
全てを終えた二人は、類の名義で借りている部屋へと帰って来た。司が手に提げたバッグには、スーパーで買った惣菜が入っている。
「さて、食事にするか」
「司くんは大人になるってどういう事だと思う?」
ダイニングテーブルにバッグを置いた司は、類の問いに首を傾げた。何かを企んでいるのかとジッと窺ってみるが、類から読み取れるのは純粋な疑問という事だけ。
「ふむ……」
司は考えてみる。
大学を卒業し社会人として仕事に就いたものの、個人的には変化というものは無いに等しい。あるとすれば、責任を負うのは自分自身になった事だろう。
「社会人になって七年が経つ。正直なところ、自分が大人になったとは思えん」
高校生の頃は、将来の目標を立ててそれに近付けるように努力をしていたが、齢を重ねるほど現実は思い描いていたようにいかないという事を嫌でも理解する。
司はその事実に腹を立てたり絶望したりすることはなく、むしろ上手くいかない事を楽しんでいた。
「類は大人になるとはどういう事だと思う?」
「僕も一緒だよ」
四人で公演が出来ていた頃より、類の考えた演出は却下される事が増えた。一時期、周りと上手く行かず少しだけ荒れた時期があったが、今では類の中で折り合いもついて楽しく演出を考えられている。
「一生、抱えそうな問題だ」
「すぐに答えは出さなくていいんじゃないか」
「そうだね。あ、でも」
類は司へ手を伸ばして、その体をギュッと抱き寄せた。
横から抱き込まれた事に驚いた司の手から、包装された人参が落ちる。
「おい。卵、落としたらどうするんだ」
「落としても大丈夫なやつだって確認したよ」
「そうではなく。いや、どうした?」
擦り寄って来る頭を撫でて司が問い掛けると、類は柔らかく笑う。学生であった頃と一番変わったのは二人の関係で、大人になったからこそ出来ている事だ。
「一緒に暮らせるの嬉しいなと思って」
「確かに、大人になったからこそ出来る事だな」
「ふふ、そうだね」
類の左手が司の左手を撫でると、薬指に付けた指輪同士がぶつかり音を立てる。それは聞き逃してしまいそうな小さいものだったが、二人の耳にはしっかりと届く。
「ほら、いい加減に夕飯にするぞ」
「うん」
腕を叩かれた類が体を離すと、司は冷蔵庫に食材を片付けながら食事の支度を進める。当たり前になり始めたその姿を見て、類はふにゃりと頬を緩ませるのだった。