夜中に寝苦しさで目覚めた。
何かにしがみつかれているようだが、上に毛布がかかっていてよく見えない。苦戦しながら毛布を弾き飛ばし、横に目を向けると赤い服と×印の傷跡。ルフィだ。
冬島に近いここは夜は一段と冷える。
ドラムほどじゃないので俺は平気だけど、皆は寒そうにしていた。別段ルフィは軽装だから大方寒さに耐えかねて俺のことを抱き枕にしに来たんだろう。厚着すれば良いのに。
抱き枕にするのは構わないがそれにしたってもっと力加減をしてほしい。苦しくて眠れねぇじゃねぇか。
なんとか回された腕を外す。
ルフィの腕と格闘していたからか喉が乾いた。
寒そうに身体をちぢこめているルフィに毛布をかけてやり、ベッドを降りる。
「ーーあれ?」
ゾロとブルックがいない。
ゾロは確か今日が不寝の番だからいないのは当たり前として、ブルックはどうしたのだろう。俺と同じで喉でも乾いたのかな。
イビキの響き渡る男部屋を出ると一気に静まり返る。ふと、ウソップに聞かされた怖い話が頭をよぎり、ぶんぶんと頭を振った。
今日は新月らしく、明かりのほとんどない船内はチョッパーの恐怖を煽る。
(大丈夫大丈夫!ゾロが見張りにいるしブルックだって起きてんだ!ヒトが起きてるんだからお化けなんてでねェ!)
そう自分にいいきかせるが、鋭い聴力は船の微かな軋みや、風の音なんかを鋭敏に拾う。
その度にビクビクしながらもなんとかキッチンにたどり着く。
キッチンも暗かったが水を飲むと少し落ち着いた。
(そういやブルックどこにいったのかな?)
道中で一度もブルックを見かけていない。
キッチンに上がるために一度甲板に出たが、人影はなかった。
(トイレかな)
年のせいか頻尿らしく、サンジと一緒に対策を考えている。膀胱がないため訓練や薬が効くかは怪しいが、骨盤体操と食事に気をつけて貰って一応薬も処方している。
ふあ、と欠伸を一つして男部屋に帰ろうと階段を下っていると不意に影が射した。
星明かりでうっすら写し出されている影はぼんやりヒトの形をしている。
でもさっきまで誰もいなかったし降りてくる気配もなかった。
(まさか、お化け?)
『ーー後ろを振り返ると髪の長い女がこちらを見下ろしてるんだ』
ウソップの怖い話の一説が頭を過り、反射的に目を閉じた。
チョッパーは動けない。影の主も動かない。
足がガクガク震えて泣きそうだ。
どうしよう、どうしよう。誰か起きてきてくれないかな。
「ーーあの」
「ぎゃああ!」
「ヨホォ!?」
急に声をかけられて飛び上がる。
足が階段を外れ、身体が空を舞った。
(ーーあ、まずい)
浮遊感とこれから来るであろう衝撃を予想して体を固くする。
しかし、地面に追突するまえにタンクトップを掴まれて身体が止まった。
そのまま一気に下までジャンプしたらしく、再度の浮遊感を経て地面に下ろされた。
ぺしょ、と芝生の上に座り込んで、上を見上げると派手なパンツが見えた。
すい、と髑髏が近づいてくる。
ブルックだ。安心感で涙が出そうだった。
「ビックリしたじゃねぇかよ!声ぐらいかけろよ!」
「ヨホホ、声かけたじゃないですか」
「それもそうだな。
ーーごめんブルック。助かった、よ?」
違和感を感じてブルックを見つめる。
何かが違うような気がする。見た目はブルックだけど立ち振舞いとか雰囲気とかが普段の彼ではないような。
怪訝な顔をしている俺を不思議に思ったのかブルックが少し顔を傾げる。
「どうしました?」
「...いや、何でもねぇ。
ブルックも早く寝ろよ。夜更かしは健康に悪いんだぞ」
毛の逆立ちが治まらなくて軽く腕をさする。
夜だからだろうか、寒気が収まらない。むしろひどくなっている。
「...ヨホホ、そうですねぇ。もう少しだけ夜風に当たったらワタシも戻ります」
「...そっか、風邪引かないうちに戻れよ。風邪は万病のもとなんだからな」
「ええ、ええ、わかってます」
戻ってくるとルフィはまだ寒そうに縮こまっていた。
少し考えてルフィが入ったままの自分のボンクに入り込む。
夜風で冷えた毛皮にルフィも縮こまっていたが、2人の体温で徐々に温もっていく。
温かくなった毛皮にルフィがまた手を回した頃にはチョッパーも夢の世界に旅立っていた。
ぐらりと体が傾き、壁に背をつく。
「ヨホホ、もう限界みたいですね。…ふぁ」
満開の星空があまりに綺麗だったので、こっそり出てきてしまったがまさか気づかれてしまうとは。動物は勘が鋭い。
そしてこちらも…
「ヨホ、そんな怖い顔しないでくださいよ。
いつのまにやら緑髪の青年がこちらに秋水の切っ先を向けている。
争う気がないのがわかっているのか殺気は感じず、警戒心だけを向けてきていた。
「お前が出てくると、秋水がうるさい。ーー何しに出てきた」
「それは悪かったですね。如何せん、ご主人が寝ている時しか出てこれないもので。
ただ、星が綺麗だったから見上げてみたかっただけです。
もう、引っ込みますよ」
実際、もう殆ど瞼が落ちかけている。(瞼、ないんですけどね)
マスト下のベンチに移動し、腰掛ける。ゾロも倣って隣に腰掛けた。
このまま眠ってしまうのは惜しい。もう少しだけ、もう少しだけ此処にいたい。
「ね、折角ですから歌ってくださいよ。子守唄とか…」
「断る。」
「ヨホ、手厳しィ〜。じゃあ、一緒に歌いましょう。折角綺麗な夜空なんですから。ね、お願いします」
お願いに彼は口をモゴモゴさせて逡巡していたが、観念したのか小さくしょうがねぇなと呟いた。
「きらきら光る…夜空の星よ…」
潜められて少し調子はずれな歌声と若干不明瞭な歌声が優しく甲板に響く。
ご主人以外とデュエットをするのは久しぶりで柄にもなくはしゃいでいた。
「またたきしては…みんなをみてる…」
「ヨホ…?寒い…」
今日はちゃんとボンクに入った記憶があるのだが寝ぼけて移動したのだろうか?起き上がると骨が軋んで軽くうめく。
「起きたか…」
「あれ?ゾロさん」
今日の不寝の番のゾロが隣に座っている。
よろよろ立ち上がり、体を伸ばすとバキバキと音がした。
くしゅんとくしゃみをして辺りを見回す。
辺りはまだ薄暗い。覚醒しきらない頭を振ってゾロに目を向けるとどことなく不機嫌な様子だ。
もしかしてワタシ、寝ぼけてなにかやらかしたのでしょうか?
「えーと、ゾロさん...」
「気にすんな。テメェの所作じゃねえよ」
首を傾げながら、ボンクに戻った。まだ起床まで数刻ほどあるしもう少し寝よう。