足を外に出して必死に窓枠を掴んでいる左手を無理やり引き剥がす。それだけですがるものを失った体が浮遊感と共に急速に地面に吸い寄せられる。
ほとばしる悲鳴は僕とあいつどちらのものだったのだろう。
いや、そんなことはもうどうでも良い。
これで終わるのだ。
恐怖と後悔と少しの安堵に苛まれながら僕の意識は衝撃と弾けるような音と共に終わりを迎えた。
柔らかくて暖かい。てっきり地獄行きだと思っていたけど僕はもしかして天国に行けたのだろうか。
ぱち、ぱちと暖炉がはぜる音と共に意識が急速に浮上していく。
暖炉の木が燃える香り、うっすらとした薔薇の匂い。その香りに既視感を覚え、はっとして目を開けると木の天井が目に入った。
全身はまるで風邪を引いたときよような倦怠感に苛まれているが無理やり体を起こす。
くら、と目眩と吐き気に襲われたがそんなもの構うものか。
体に触れるがどこも怪我をしてはいない。
心臓は...
震える手で胸に触れる。
動いていない。
手首にも触れる。脈がない。
でも呼吸はしている。つねると痛みがある。
手足も動くしものだって掴める。
「なんで、なんで...どうなってるんだ!」
なんで、死んでるのに僕は動いているんだ。
ここが地獄なのか。どうして、どうして
「どうして...」
終わらせてくれないんだ...僕はもうなにも考えたくないのに。
顔を上げると霧に煙った山の景色が見える。
そうだ、もう一度落ちればちゃんと終われるかもしれない。
転がるようにベッドから降り、萎えた足に無理やり力をいれて窓にすがりつく。
今度は一度目のような恐怖に苛まれずにすんだ。縺れる指先で鍵を開けて、窓を開け放つ。
窓枠に足をかけて空に飛び出した。
その瞬間ものすごい力で部屋のなかに引き戻されベットに投げ出される。
目を白黒させながら視線を移動させると、窓枠にしっかり鍵をしてカーテンを引く長身の男が見えた。
「何をするんだ!どうして終わらせてくれない!」
「何をするんだ?こっちの台詞ですよ。goodboy」
いつも自分の脳内で響いていた聞き覚えのある声に喉がひきつる。忘れていた目眩と吐き気がぶり返してきて、視界が点滅している。
男が振り返った。白い仮面をつけた顔は全く表情が解らないがとてつもなく怒っている気がした。
「あなたを殺すのは私でなくちゃいけないのに、なんで勝手に死のうとするんですか」
左手に付いた鋭い刃を苛立たしげにこすり合いながら男が近付いてくる。
目の眩むような怒りとひどい頭痛に苛まれながら転げるように男の襟首を掴み上げた。
「どうして!どうして僕もお前も存在しているんだ!答えろ!」
「さあ、どうしてでしょうね?
ーーそれはともかく」
僕の両手は右手で簡単に払い除けられ、左手で胸を押されて簡単にベッドに押し倒される。
少しでも頭を動かしたら皮膚が切れそうで体が動かない。
片手で器用に仮面の紐を外す。その下は、
なにもなかった。
ヒッと悲鳴をもらす僕にいとおしげに顔を寄せながら、表情なんてまったくないのに確かに笑った気がした。
「まずは、再会を楽しみましょう?」
そこからは思い出したくもない。
暫くして事情を知った僕はこの狂った荘園で同じようにいかれた殺人鬼とともに暮らすことになるのだった。