遅刻とケーキと黒いからくり[黒玉アス]「ピポー♪」
黒いからくりは持ってこられたケーキを前に上機嫌な音を鳴らす。先程まで必要ないと固辞していたのが嘘のようだ。
「ピーピ」
黒からくりは一本の脚で器用にデザート用のフォークを握り、少しずつショートケーキを崩しにかかる。
フォークで崩されたケーキの欠片達は、一つ目の下からかぱりと開いた開口部の中に次々と放り込まれていく。
たまにその周りについてしまったクリームを内部から出てきた触手が舌のように舐めとっていた。
「――」
個室を選んで良かったとアストルは心底思う。
こんなの一般人に見られたら卒倒されるし下手したら警察を呼ばれてしまうかもしれない。
似たような小型の歩行ロボットが一般人向けに売られるようになった昨今、連れ歩く者は増えたがケーキを食べるロボットなど前代未聞だ。
こちらが待ち合わせに遅刻した埋め合わせとはいえ、咄嗟の判断で個室有りのカフェに入ったのは英断だったとアストルは安堵の息を吐く。
「ポポー」
「どうした? ここのケーキは高いから追加注文は許可できないからな」
アストルの苦労を知ってか知らずか、黒いからくりが彼を明るい電子音で呼びかける。
その脚にはケーキの最後の一欠片が乗ったフォークが握られていて、それをテーブルの向かいにいるアストルの顔に近づけてきた。
「これを私に食べろと…?」
「ポ〜」
これはきっと、俗にカップルがよくやるあ〜んというやつだ。
「どこでそんな事を覚えたんだ……」
アストルは今度は頭を抱えた。
誰の入れ知恵かなんとなく分かって主犯であろう女研究員のしたり顔が頭に浮かんで不愉快な気分になる。
「ピピー!ポーポピ!」
今回の遅刻もこれで許してやると黒からくりは音を荒げる。気にしていないと言っていたのは何だったのか。このからくりの考えてる事がたまに分からなくなる。
「はぁ…仕方ない」
遅刻した事実は変わらない。
ここは個室だし、人に見られることもない。
「それで許してもらえるなら…」
アストルが突き出されたフォークに乗ったケーキの欠片をパクリと頬張ると、黒いからくりはまた嬉しそうにピポピポと電子音を鳴らしていた。