💎🔨 ドタドタと階段を駆け上がる騒音で、段々と夢から意識が浮上していく。
「兄貴、歌番組にモナーク出るって!!」
ノックせず大きな音を立てて俺の自室の扉を開ける弟は、プレゼントを待ちきれない子供のようにはしゃいでいた。きっと、いち早く伝えたかったのだろう。俺が返事をする前に「兄さんごめん、起こしちゃったな」と妹が遠慮気味に顔を覗かせる。普段、大人しい妹も早く伝えたいという利害が一致したのだろう。片手にテレビのリモコンを持ったままだった。実の兄である立場からしても、可愛らしい妹弟である。
まだ、少し寝ぼけたままベッドから起き上がる。
「うん、ありがとう。今行くね。」
そう声をかけると、ふたりは我先にと階段降りていく。可愛らしくはあるが、そろそろ落ち着きを覚えて欲しいものだ。ベッドから立ち上がろうと手をつける。
そこで、ある違和感に気づいた。
『あれ…なんで、俺、実家にいるの、』声にすらならない疑問は自身のなかで真っ暗なまま渦巻いている。明日も撮影の仕事が入っているはずだ。確か、Rosaでの雑誌撮影だった。体調不良で知らないうちに倒れてしまったのだろうか。とにかく、マネージャーやメンバーに連絡を入れなくては。机の上に置いてある自分のスマホを持ち、見慣れたSNSを開く。だが、そこには彼らの連絡先は存在しなかった。なにかの手違いで削除してしまったのだろうか、そんなことを思いながら、なんとなく自室の壁に視線を向ける。
そこは一面、ポスターだらけであった。見慣れたはずの同事務所のアイドルのポスターが。ラフィネ、MonarcH 、RAZZ、L´AILE、初音胡蝶、LexTaLio、ReRiZuA、Rebe⊿Rion、Scene Kirsch、エステル、ANDESU、INCULTO、WiitA 。全てのユニットのポスターと何人かのソロポスターまである。購入した覚えのないそれは、折り目ひとつなく綺麗に飾ってあった。まるで、アイドルファンのようだと。そう思うほどに。
訳が分からないまま、ある1枚のポスターを目にし、息が詰まった。それは、Rosaのポスター。ひと月前に撮影したはずのポスターに、自分の姿はなく、そこにはメンバーのふたり。そして、桃色と緑色の文字でRosaのロゴが記されていた。理解が追いつかず、唐突に立ちくらみに襲われ、床に座り込む。しばらくそうしていると、リビングから弟の声がした。ぼーっとした頭で静かに階段を降り、リビングの入口でパッと光るテレビを眺める。「兄さん間に合ったね」なんて安堵したような妹の言葉は、右から左へと流れていった。
テレビのなかで歌とダンスを披露しているのは、事務所の先輩であるMonarcH。色とりどりの照明と華やかな衣装に身を包む彼らは、どこか遠くの存在に思えた。4人全員に自然と目を奪われる。ふと、ひとりだけ前のほうに飛び出して来た赤髪の彼は俺の恋人、のはず。先程より、少しずつ他人事のような感覚になってしまっている。照明にも負けない、光り輝くような笑顔を見た。
そこで、全て明確に思い出した。他事務所のオーディションに落ちて、アイドルになれなかった。今井事務所のオーディションにも受からなかった。地下アイドルも続かかず、俺はただの一般人なんだ。
向坂晶というアイドルも、Rosaというユニットも、憧れの先輩も、可愛い後輩も、恋人である戌亥太陽も。
「あっ、今までの全部、俺の都合のいい夢だったんだ。」