何もしらないあなた「今までの、同室の関係ではおさまれない程、お前が好きなんだ……」
初めて留三郎に口付けられて、気持ちを抑えられなかった。僕だけが彼を好きだと思っていて、墓まで持っていくつもりだったのに…。
なんて自分は意思が弱いのだろう。
抱きしめられていたのに解放され、肩を掴まれる。見つめられて、視線を返すと見慣れた顔…のはずなのに。
出会ってから随分と大人びたけれど、太くて釣り上がった凛々しい眉も、切れ長の鋭い三白眼も、高い鼻筋も、大きな口もずっと変わらない。
「わ、悪い!」
留三郎は、泣きそうだった。僕は泣いていたかもしれない。少し怯えて、心細そうな……五年間共に過ごして知らない表情。もはや知らない人にさえ見えてしまう。
(僕の事、……そんなに大事に思ってくれているんだ……)
唇を離されて、先の行為を想像してしまう。誰とも身体を触れさせた事が無いのに、求めてしまう僕ってはしたないのかな……。
そして生ごろしの日々が始まる事を、僕は予見していた。留三郎はそういう、優しい男だから。
「はい、これ留三郎の分だよ」
「あ、あぁ! 有難う伊作!」
あの夜から、積極的に彼の手や体に必要以上触れる。それだけで幸せだけれど、直接言葉で伝えられない僕はこうするしかなかった。両想いで口付けあったから、恋人……なのかな。留三郎もぎくしゃくしているけれど、僕の意図に気づいているのかもわからない。
次の休み、逢引きに誘ってみようかな。帰りたくなくなるだろうなきっと。
⌘
「今晩、伊作を寝かせたくないんだ……もっと、お前が欲しくて……」
結論、留三郎は僕と同じ気持ちだった。
知識があるはずなのに、何も自分は知らないんだと刺激される度に思い知る。自分が介在していないから、初体験はずっと驚いていた。怖さもあるけれど、留三郎だから……。
「……怖い、よな。絶対無理はさせねぇから……優しくする……」
(留三郎も、初めてなのかな)
聞けなかったし、伝えなかったけどきっとお互いに相手しかしらない…と思う。
いつも学園を救おうと酷使している手が、自分の陰部を扱いて内壁をえぐって……、やっぱり知らない人に見える。何もかもを知っていると思っていたのに、僕は彼の気持ちも、愛情も全く気付かず今まで過ごしていたんだ。それを惜しくも思いつつ、今後の未来に胸を馳せて意識を飛ばした。
………
初めて留三郎の性器を受け入れた日、僕が目覚めたのは夜だった。身体が汗や精子に塗れていると思っていたのに、身綺麗になっている。謝るのはやめた。けれど、お礼を言いたいけれどさも当然のように留三郎は、僕の世話を焼いてくれる。
「……風呂、行くか」
留三郎は、胡座をかいて眠る僕を見下ろしてくれていた。僕を寝かせて、起きるのを待っていてくれたんだ……。
「う、ん……」
寝ぼけ眼を擦り起き上がると、ぎゅっと手を握られ、引き上げられた。昨晩嫌というほど思い知った手の大きさに、また凪いでいた心がどきどきとざわめいてしまう。留三郎とぎこちなく連れ添って、浴室前の脱衣所に入ると僕達以外の五年……仙蔵、文次郎、小平太、長次も着替えている。
「お前らこんな時間に風呂か? もう、湯は抜かれているぞ」
「そんなぁ」
出入り口ですれ違った小平太が真っ先に声を掛けてくれて、隣の長次も憐れんできた。なんだか僕達らしいけど……残念。留三郎とゆっくりお風呂、入りたかったな。
「明日は早く来よう、伊作」
肩を落とす僕に、留三郎は苦笑いしている。
そうだ。明日は一緒に入れる。同じ部屋で過ごして、食事をして……学園を出ても、ずっと一緒にいたいと伝えたのは、本心だから。死んじゃうまで……。
「包帯でもいいから隠しておけ」
「へ?」
寝巻きに着替え終えた仙蔵が、そっと耳打ちして僕の腰回りを指差す。赤い跡がついていた。意識するとじわじわと痛みが襲って、何故か留三郎は自分の手と僕のあざ?を見比べて赤面していた。
「うーん……僕、どこかでぶつけちゃったのかなー?」
文次郎も、心配そうに覗き込んでくる。
「どんな鍛錬したらそんな跡つくんだ???」
一緒に覗きこんで、僕と一緒に首を傾げる。留三郎は教えてくれなかったけれど……明日も身体を重ねてすぐ僕はあざの原因を理解したのであった。
おしまい