シャボン玉、ぱちん ふわり、ふわり。浮かぶシャボン玉。どこから来たの? どこへ向かうの? お日様に照らされて、虹色の宝石。夢のような色をして、ぱちんと弾けるの。あーぁ、また。もっともっと高くまで昇っていけそうなのに。でもやっぱり、消えてしまう。
寧々ちゃん、ねえねえ。
ふわり、ふわりと声がする。遠くから優しく、だんだん近くに。寧々ちゃん、ねえねえ。ああ、だけど返事が出来ないの。何故だか、声が出てこない。えむ。何を言おうとしてるの? 私に、何を伝えたいの?
夢の中はほわほわと淡いピンク色。まるでえむみたいな色。あったかくて、ゆるやかな心地よさに、ここが夢だって気が付けるの。きらきらとシャボン玉が浮かんでは、ぱちんと消えて、また消えて。夢の中くらい、消えないシャボン玉があってもいいのにって思うの。そうするとえむが私を呼んで、それで、
「またこの夢……」
それで、夢から醒めてしまう。
いつもえむは姿も見せずに、ただ私の名前を呼ぶの。肝心のところは全然分からないまま。私はそれを知りたくて、えむに聞きたくて。ねえ、えむ。なんで何も言わないの。
「わんだほーい! 寧々ちゃん! 今日もとーってもしゅわしゅわでぴょんぴょんって感じだね!」
「なに、それ? 分かんないけど、なんだかごきげんそうだね」
「すっごーくゴキゲンるんるんパーティー!」
「もう。やっぱりよく分かんないよ」
ワンダーステージは燦々と太陽に照らされて、ジリジリ焼けつくみたいな夏で。鮮やかに影が溶けていく午後二時のベンチが佇む。類と司はいつも通りに、二人足並み揃えて買い出しに行って、きっと当分戻らない。えむと私は汗をかきながら、それでもなんだか楽しくて、夏のメロディを聴いていた。ジイジイと止まない音の群れ。園内の音楽。たくさんの楽しそうな声。あんまりにも鮮明で、眩暈がするような。
「寧々ちゃん、ねえねえ」
えむが横から私を呼んだ。はっと息を飲んで、えむを見る。きっとすごく変な顔をしてしまったから、えむは不思議そうな顔をして私を見た。
「あ、どうしたの? えむ」
「寧々ちゃん、なんでそんな顔したの?」
「え、えと……なんでもないよ」
「えー? そうかなあ」
納得しないえむが眉を寄せて私を見つめる。夢と同じ声だったの、なんて。そんな変なこと、言えないじゃない。
「あのさ、寧々ちゃんは、夏は好き?」
しばらくして、えむがそう尋ねた。
「うーん、暑いのは、そんなに得意じゃないかも」
「そっかぁ。今日もとーっても暑いもんね。クラクラーって倒れちゃいそうだよね」
「ふふ、うん。そうだね」
「あたしはね、夏って好きだな!」
「なんか、分かる」
「おひさまピカピカ〜! で、さんさんキラキラ〜っ! ってしてて! ウルトラ元気パワー満タンって感じがするの!」
「あはは、えむっぽいね」
えむは身振り手振りで夏を伝えてくる。そんなに一生懸命伝えなくたって、大体分かるよ。なのに、暑くてバテそうなこんな時だって、えむは元気で、全力で。
「それでね、その時に見た夜空が、とーってもキラキラでシャラシャラで、わんだほーいだったんだよ」
「へえ。夏の夜空か」
「お星さまが降ってきそうだったの。もう一回見たいなあ…! 寧々ちゃんと一緒に!」
えむの目もキラキラしてて、嬉しそうに私を見る。
「寧々ちゃんは、どんな景色が好き?」
「え、景色?」
その時浮かんだ、夢の景色。ふわふわ浮かぶシャボン玉たちと、えむの声。ぱちぱち弾けて、そらになっていくまぁるい宝石箱。
「シャボン玉、かな」
「シャボン玉…? 寧々ちゃんは、シャボン玉が好きなの?」
「別に、そういう訳じゃないんだけど」
どっちかというと、ちょっと切ない。消えていくから。溶けていくから。浮かんだ数十秒だけの虹色の煌めき。ずっと消えなきゃ良いのになって、そしたらえむは、ちゃんと言葉の続きをくれる気がするから。
「寧々ちゃん、あたしすごーくいいこと思いついちゃった!」
えむがぴょんっと飛び跳ねて立ち上がる。
「ショーでいっぱーいのシャボン玉飛ばそうよ! 類くんならすごーいやつ! 出来そうだよね!」
「類なら……」
「うん!」
「消えないシャボン玉も、作れるかも」
「消えないシャボン玉?」
「うん、割れない、空を飛んでいけるシャボン玉」
「それって、すっごくわんだほい!」
えむがこぼれ落ちそうなくらいの笑顔を見せるから、なんだか可笑しくなって笑っちゃうの。そんなことで、大袈裟だな。いつもえむはそう。私の、なんてことない言葉だって、何倍も何十倍も喜んで、楽しんで、笑顔になってくれる。
「どうしてえむは、そんなに楽しそうなの」
「え? どうして、って?」
「だって、別に私、面白い話しとかしてないし」
「寧々ちゃんはいつだってとっても楽しいよ!」
「えむだけだよ、そう思うのは」
「寧々ちゃんはたのしくない?」
「私も、楽しい」
そういうとえむはすごくすごく嬉しそうに笑って、私の手をぎゅって握ってきた。えへへ、と言って頬っぺたがだんだん真っ赤になるのを、じっと見て、なんだかふわふわ夢の中にいるみたいで。えむは目を丸く開いて、私の顔をじっと見つめた。ふにゃり、って表情がとろけて、私はメリーゴーランドに乗っているみたいに、なんだか夢と現実の狭間に迷い込んだみたいな気がした。
「あたし! もっともーっと! 寧々ちゃんと一緒にたくさんの事を知りたいの!」
夏はジリジリ。胸を焦がしていく。
「だって、だって。あたしね、あたし、寧々ちゃんがだいすきなの!」
眩しいくらいに、えむは綺麗に笑うから。強い日差しが照り付けて、弾けない記憶になってしまったみたい。空高くまで、どこまでも昇って、昇って、昇っていって。この夏が消えないのだと、胸がざわざわと音を立てるの。ねえ、えむ。ねえ。この気持ちは、なに? 一体何が芽生えたの? うまれたの? えむは、知ってるのかな。そんな気がするの。だって、すごく嬉しそうだから。だから、今度こそ、最後まで教えてよ。ちゃんと最後まで、私も聞くから、ね。