『怪盗ブバ』▼ターミナル▼
「ッ!気をつけてくれ!」
「そっちこそな」
人は食事をした後は無防備になる。
金髪のラガーマンのような男にわざとぶつかった男は、素早くその場を立ち去る
「これはかなり入っているな」
金髪の男から抜き取った財布は分厚く、
紙質から中に入っている紙幣の金額を胸ポケットに入れる仕草で確認し、
良い仕事をした、とほくそ笑む。
角を曲がろうとした瞬間、行く手を遮られて思わず顔を上げ
その男の美しいさに、思わず顔をじろじろと見てしまう。
「お客様、良い靴ですね。
そんな素晴らしい靴を汚してはいけないので
あちらの道をお使いください」
太陽に愛されたような髪に、神秘的な泉の色をした瞳をもつ自動販売機の化身のような男が指し示す方向、ほんの少し先に子供がアイスクリームを溢したらしき痕跡に気づく。
「それもそうだな」
自慢の靴を誉められ、悪い気にはならない。
その男が言った方向にくるりと背を向け胸ポケットに入った厚みを撫でながら、帰路につく。
そんな男を見送ると、ブレイバーンはさっと清掃中の看板を下げ、関係者以外立入禁止と書かれた扉の中に戸惑いもなく入ると掌の中に収まった財布を開く。
「ルイス・スミス」
どうやら、この財布の"本当の持ち主の名前"はそういう名らしい。
ブレイバーンは、さっと清掃員の衣裳を翻すと、観光客に変身し、ルイス・スミスを探す。
「スミス、もしかしてお財布忘れちゃったの?」
小さな少女が人形を抱き抱え、頬を膨らませていた。
「待ってくれルル、確かに持って来た筈なんだ」
ルイス・スミスはパタパタと服のポケットを叩きその厚みを探そうとしていた。
「ルイス・スミスか?」
「そうだが、何か……」
ルルと呼ばれた少女を後ろにするように立つルイス・スミスに財布を見せる。
「君のだろ?
そこに落ちていたんだ」
「あっ!それはオレの財布!
ありがとうbro!」
「次は落とさないようしっかりと胸ポケットに入れておくことをおすすめするぞルイス・スミス」
一歩踏み出し、ルイス・スミスの胸をポンポンと叩くようにして、財布を渡す。
「そうするよ、ありがとう
……君の名前は?」
「名乗る程のことはしていないさ」
ルイス・スミスとルルに手を振りブレイバーンはトイレへと向かう。
左から入り、右の通路へと繋がるトイレから出たブレイバーンの姿は先ほどのラガーマンのような男、ルイス・スミスの姿をしていた。
「しばらく借りるぞルイス・スミス」
手にはルイス・スミスが持っていたパスポートを持ち悠々と日出ずる国、Japanへと旅立った。
■
「イサミ、すまないが隕石館の警備をして欲しい」
サタケ警部に唐突に言われ、「はい」と即答するしか選択肢は無かった。
始まりは、一通の予告状だった。
"日出ずる国にあるヒーローの原石をもらい受ける
ブレイバーン"
全世界で指名手配されている大怪盗ブレイバーン。
その怪盗様がなんの気まぐれか、この日本にあるヒーローの原形とされているモルドバイトという隕石を狙っているらしい。
名だたる国際的な警察メンバーが揃う中にイサミもポツンと輪の外にいた。
(どう見ても場違いだよな)
だからこそ、自分が選ばれたのだろうとイサミは察する。
どんな場面であろうと、臆することなくそのまま行けと、背中をサタケ警部や同僚のヒビキにも押されたことを思い出し、背筋を伸ばす
(しかし、本当に来るのか?)
蟻一匹すら逃がさないブレイバーン包囲網が引かれ、円陣を組むように皆が一斉に件の隕石を睨む。
それをイサミが外から眺めている形だ。
「なあ、本当に本物なのかこれは?」
予告時間ピッタリになった瞬間、誰かがそう言った。
「まさか」
その一言で次第に疑心暗鬼になる。
「確かめてみよう
こんな睨めっこをいつまでも続けるより良いだろう」
「誰か、わかるやつを連れて来てくれ」
そうして厳重な警備の中、この隕石館の館長が「これは本物ではない!」と叫び辺りはどよめく。
「ちょっと待て、お前、その隕石をどうするつもりだ?」
輪の外にいたイサミだからこそ気づけた
皆の視線が隕石に誘導され、お互いの顔と辺りを見回す隙に隕石館の館長が隕石を取り替えたことに。
「バレてしまったか」
隕石館の館長は服を翻し、一瞬にして自動販売機の化身のような男、ブレイバーンへと変身して見せる。
「だが、この隕石はもらって行くぞイサミ!」
「は?なんでお前、俺の名前を」
知らぬ男が急に名前を知っていたら、誰しも固まるものだ。
その隙に、大きな隕石を持っていると感じさせない身軽さで空を舞う。
「ではまた逢おうイサミ!」
「待て!」
海外警察達が一斉に黒い銃口をブレイバーンに向ける。
「おい!無抵抗で無防備な民間人に拳銃を向けるな!!!」
イサミが感じたのは怒り。
確かに盗みは悪いことだ。
だが、ブレイバーンは何もしなかった。
催涙スプレーも閃光も無い。
実害もなく、無防備に空を舞うブレイバーンを助けるように気づけば海外警察達を押し、その銃口の先を反らす。
「ありがとう!イサミ!」
屋上から飛ぶようにして、消えるブレイバーン。
それを追いかけ、消える海外警察。
そして、イサミは一人取り残された。
「なんだったんだあいつ」
「私の名前はブレイバーンだ。
先ほどはありがとうイサミ」
「うおっ!?お前、飛んで逃げたんじゃなかったのかよ!?」
隣にはぬるりとブレイバーンがいた。
「ああ、あれは案山子だ
実際の私は一階に隠れ、やりすごしていたんだ」
「なるほど」
逃げれば追いかけたくなるのが、本能。
それを利用したらしい。
「これをイサミに返そう」
「あ、隕石」
「イサミに助けられてしまったからな
その時点で私の負けだ」
重い漬物石にちょうどよさそうな隕石がイサミの両手に置かれる。
「どうして、こんなことをするんだよお前」
キラキラと子供のように輝くブレイバーンの瞳は悪い奴には見えなくて、ついそんなことを聞いてしまう。
「……これの本来のあるべき場所に戻したかったんだ
警察は実害が無ければ動かないだろ?
私が盗めばその物を調べ、それを獲得するまでの悪行が明るみになる。
そうならなければ、私が元の場所に戻していた」
「お前……」
ブレイバーンはブレイバーンなりに正しいことをしていたのだ。
警察は実害が無ければ動けない。
正しいが正しいことをすることが難しい
それが痛いほどに理解できてしまう。
「イサミ、君ならば必ずこの隕石の帰るべき場所に送り届けてくれるだろう」
「これは」
ブレイバーンから一つのUSBを持たされ戸惑う。
「私からのヒントだ
それではイサミ!本当にまた逢おう!」
くるりと背を向けブレイバーンのマントが中に浮く
しかし、イサミの視線は、走り去るブレイバーンをしっかりと捕らえていた。
■
結果、出るわ出るわあの隕石館の悪行の数々。
あの隕石を持つべき国から感謝の言葉を向けられイサミはもにょもにょと一人歩く。
(感謝されるべきなのはあいつだ)
それを声高々と叫ぶ勇気が無く、とぼとぼと帰路につく。
ガチャリと扉を開き、味噌汁の良い匂いに戸惑いながらもゆっくりとキッチンに向かう。
「お帰り、イサミ」
そこには、当たり前のような顔をしてイサミの家で、イサミのキッチンで味噌汁を作っていたブレイバーンがいたのだ。
「お前、どうやって」
「合鍵を鉢植えの下に置くのは良くないぞイサミ」
それが答えだった。
「ルイス・スミスにはきちんとパスポートは返したのでな
私に戸籍というものが無いのでな同居をする家賃として、食事と掃除は任せてくれ」
「戸籍が無いってお前」
「ああ、私の本来の住所は宇宙だ。
つまり、イサミの言葉で言えば宇宙人だな」
ブレイバーンは怪盗ではなく、宇宙人だった。
そう言われた方がなぜかとてもしっくりときた。
「イサミ、私と共に正しいことをして欲しい」
ブレイバーンの掌が差し出される。
「正しいこと……か」
「イサミと正しいことがしたいんだ。
そうしてくれるのならば、私もイサミの正しさに従おう
君を私の法にしたい
イサミ、君と共に生きたいんだ」
「考えとく」
ブレイバーンと一緒に同じ食事をし、同じ事件や正しいことを考える内に、いつの間にかイサミの世界にもブレイバーンが必要になりましたとさ