🎈🌟②7月15日 水曜日
天馬司は賑やかな教室の片隅で、絶望の表情を浮かべていた。テスト期間も2日目に差し掛かり、生徒たちのテンションもそれに比例して可笑しなことになっている。或る者は慣れない徹夜をして体調を崩していたり、或る者は少なすぎる睡眠時間で深夜テンションのままでバカ騒ぎしていたり、或る者はあまりの試験の過酷さに撃沈している。これが試験2日目の現実だ。天馬司も教室の彼らと同じように、遠い目をして虚空を見つめていた。
そこそこに授業も聞いていたし、そこそこに勉強もしていたつもりだ。今日までの科目は問題なく良い成績を収められたと思う。しかし、明日の科目である数学だけはどう足掻いても無理である。基礎的なことも分からないところが多いだけではなく、なんなら中間の範囲から軽く置いていかている。ただ今の時刻は正午ちょうど。やろうと思えばあと12時間は勉強に時間を割くことができる。が。
__今日は水曜日、なんだよなぁ。
先週の楽しかった一日を思い出して、頬杖をつく。ショーの話をして、一緒に夜ご飯を食べて、また沢山ショーの話をして、途中で帰ってきた咲希と3人で映画を見て、たくさん笑って。
__いいや。
今日はちゃんと頑張ろう。家に帰ってしまえば遊んでしまう自信がある。今日は学校で勉強をして帰ろう。両頬を軽く叩き、気合いを入れる。一度目を閉じて周りの音を受け入れず、吸って吐いての深呼吸を繰り返せば、一気に集中モードに入ることができる。
「……くん? 司くん」
数学の教科書を開いて30分くらい過ぎた頃だろうか。教室はすでに誰もおらず、静かな空気に聞き慣れた友人の声が響く。
「……、ん、なんだ?」
「どうしたんだい、そんなに間抜けな顔をして」
当たり前のように前の席に座ったと思いきや、ニコニコという表現が一番適切であろう笑顔を顔に浮かべながら見つめてくる。言われたことに数秒経ってから気づいた司は、「っ! 間抜けな顔してたか!?」とお手本のような驚き方を披露すると、自分の頬をペチペチと叩いた。
「驚くとこ、そこなんだね」
ふふふ、となんだか可笑しそうな類につられて司も思わず笑ってしまう。その瞬間に開け放した窓から生暖かいけれど、それでも涼しく感じる初夏の風が吹き込んでくる。思わず目を細めて窓の外に視線を移せば、雲一つない青空がどこまでも広がっていた。こんな日にショーが出来たらなんて最高なんだろうか。きっと皆が笑顔になれて……、そうだ、夏にちなんだショーなんて考案して見たらどうだろう。
__いかんいかん。
今は学業に集中しなくては。明日を乗り越えれば考える時間は沢山あるのだ。
時計を確認しようと前を向けば、興味津々といった様子で自分のノートを眺めている類が目に入る。暫く観察していれば、「ふーん」だの「へえ」だの声を漏らしながらページを捲っている。なんだかそれが少し気に食わなくて、ノートをひったくるように取り上げれば、優しそうに笑う類と目が合った。何が可笑しいと紡ぐはずの口は何故だか動かなくて、ノートをそっと閉じることしか出来なった。
「ところで司くん。数学、教えてあげようか?」
暫くの静寂を破ったのは類の方だった。ノートに「わからん」だの「?」だの書き込みしている所を見たのだろう。前回の中間試験で間違えた問題は出来るようにしたはずだが、それでも根本から理解している訳ではない。悔しいが目の前に座る男は、頭が良いと痛感する。普段の振る舞いからはあまり想像はつかないが、言葉の節々や、会話を繋いでいるとそう強く実感する。
「……、頼む」
教えてくれるというのだから、と甘い誘いに乗るのは少し恥ずかしくて、でもこうして一緒に勉強することは嬉しくて、まっすぐに見つめてくる類の視線から目を逸らした。