犬飼先輩が猫飼ってるらしい「犬飼ってないけど、名字が犬飼の犬飼澄晴でーす!」
という挨拶が営業先で定番の犬飼先輩は、明るくて仕事のできる先輩で同じ部署の俺は尊敬と少しの憧れを持って向かい合わせのデスクで仕事をしていた。
「辻ちゃん、今月市役所行った? 」
「いえ。そろそろ顔出した方がいいですか? 」
公的機関は国内有数の大企業と同じ。いわゆる法人向けに仕事をしている我が社の営業先は民間企業に留まらず、公的機関も顧客のうちだ。
「うん。十月一日で人事異動してるかもだし、これから年度末向けの案件募集始まるから時間作って行っといて」
「了解です」
辻ちゃんはお堅い企業にウケがいい、とかなんとか言って公的機関や金融機関の営業先を犬飼先輩から担当として引き継いだけど、俺は役所独特の形式の見積書や契約書なんかの書類作成を押しつけられたと思っている。
とはいえ、俺に犬飼先輩のようなコミュニケーション能力の高さは無いし、人をヨイショしたりするのも得意じゃない。堅実な営業スタイルなのは事実だった。
「お先に失礼します」
「はい、お疲れ様〜」
営業は昼間、顧客企業を回り夕方帰社してから報告書作成と顧客向け資料作成。最近は残業削減が叫ばれて減ったらしいけど、もともと残業の多い部署だ。
大抵俺やひゃみさんが先に退社して二宮さんや犬飼先輩はその後、というのがいつものパターンなんだけど、
「お先に失礼します」
「あ、お疲れ様です! 」
「お疲れ様です」
「お疲れ」
その犬飼先輩が最近、定時退勤とばかりにそそくさと帰っていく。最初はその日だけ用事があるのかなと思っていたけど、ニ週間も続くとさすがに周りもいつもと違うぞという空気になる。
特に仕事に影響してるわけじゃない辺りが犬飼先輩らしいというか、仕事の効率をさらにあげてるんだろうけど以前のように気軽に雑談をするのはちょっと気が引けるようになった。就業中はとにかく一分一秒でも惜しい、という感じが俺でもわかる。
ある日のお昼時、犬飼先輩からメッセージが入った。
『辻ちゃん今どの辺? 近くにいるなら一緒にお昼行かない? 』
ちょっとオフィス街の金融機関を訪問していたので、犬飼先輩の訪問先とも近かったらしい。二人の中間地点にあるビストロで食べようということになった。
「お疲れ〜」
待ち合わせ場所には犬飼先輩の方が先に着いたらしく、二人席で手を振ってくれた。
「お疲れ様です」