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    somakusanao

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    恋に落ちた九井一は一万回でも書きたい

    #ココイヌ
    cocoInu

    コーヒーにはスティックシュガーを「ココくんはイヌピーくんのどこが好きなんですか」

     唐突な花垣からの質問に九井は、いささか驚かされた。東京卍會なんていうチームに属していても、しょせん中学生だ。恋バナもゴシップも大好きなのは理解している。千堂らを待つ間の時間つぶしにちょうどいい話題に違いない。理解はしているが、ふつうは本人を前にして聞かないのではないか。現に花垣は相棒の松野千冬に肩を叩かれている。

    「おい、相棒。なに言ってんだよ」
    「千冬が気になるって言ったんだろ」
    「だからって本人に直接聞くかよ」

     花垣と松野のやりとりは、本人たちは小声のつもりなのかもしれないが、どんどんとヒートアップしていき、ほとんど筒抜けだ。
     わざとらしく、こほん、と咳払いをすると、花垣と松野は面白いくらい背筋を伸ばして押し黙った。なんか小動物っぽい。おもしろいな、こいつら、と思ったことは秘密だ。つけあがらせるのはあまりよくないが。

    「……聞きたい?」

     にやりとくちびるをあげ、もったいぶるように言ってやれば、「はいっ」と威勢の良い声が返ってくる。やっぱりおもしろいな、こいつら。

    「どこが好きかっていうのは、一概に決められないな。花垣だってそうだろ」
    「たしかに!」
     
     大きく頷いた花垣の隣で松野はすこし不満そうだ。このまま九井に言いくるめられるとでも思ったのだろう。それでもよかったが、ふたりのやりとりがちょっとおもしろかったので、特別に教えてやろう。

    「オレがイヌピーを好きになったきっかけなら、教えてやれるけど?」
    「……それってなにか請求されてます?」
    「ご名答。そこの自販機のコーヒーでいいぜ」

     ばちんとウィンクを決めてやれば、花垣と松野はお互いをつつき合っていたが、けっきょくふたりして自販機に駆け寄ってコーヒーを購入する。

    「ココくん、どうぞ!」
    「これで教えてくれるんですよね」

     動きがいちいち小動物っぽいんだよな。笑いをかみ殺しながら、九井はペットボトルのコーヒーを受け取った。さぁ、話してくださいと言わんばかりの視線に苦笑しながら、コーヒーをひとくち飲む。

    「ペットボトルのコーヒーって甘いよな」
     
     唐突な九井の感想に花垣が怪訝な顔をする。べつに焦らしているわけじゃない。話をするにはきっかけが必要というだけだ。

    「オレがイヌピーをすきになったのは、コーヒーを入れてくれた時だ」
    「思い出のコーヒーってわけですか! なるほどそれでオレたちにコーヒーを買わせたんですね」
    「おいおい、むりやり買わせたわけじゃないぜ。おまえたちが好意で買ってくれたんだろ」
    「オレたちのなけなしの小遣いから出したコーヒーです。コーヒー分は話してくれるんですよね」
    「しかたねぇなぁ。特別だぜ。あれはオレがもう仕事で荒稼ぎをしていたころのことだ」

     そのとき九井は仕事で煮詰まっており、アジトに居てもずっとパソコンに向き合っていた。乾になにか飲むかと言われ、自覚はなかったが何らかの反応をしていたのだろう。渡されたのはミルク入りのコーヒだった。ずいぶんとミルクを入れたんだな、とは思った。アジトにはインスタントコーヒーしかないし、味は期待できないが、せっかくイヌピーが入れてくれたんだし、一口くらいは飲むかと口にした途端びっくりした。
     甘い。ものすごく甘い。めちゃくちゃ甘い。どんだけ砂糖入れたんだよ。
     文句のひとつでも言ってやろうと、顔をあげて、乾と目が合った。それでようやく気付いた。乾はずっと九井を心配していたのだ。ずっと九井を案じていたのだ。

    「コーヒーっていうか、もう砂糖入りの牛乳だったんだけど、それで思い出したんだよ。オレ、朝飯も昼飯も食ってなかったって」

     乾は九井を心配して、すこしでも栄養になるようにコーヒーに牛乳と砂糖を入れた。できるだけ甘くしようと思った結果が、この甘すぎるコーヒーだろう。
     気づけばテーブルの上にはサンドイッチやおにぎりも置いてあった。そうだ。昼飯を食わないかと言われて、先に食っててって言ったんだった。時計を見ればもう十八時を過ぎている。
     イヌピーは飯食った? と聞けば、気まずそうな顔をした乾に肯定されて、すこしほっとした。これで食わずに待っていたなんて言われたら、いたたまれない。そのあいだも乾はじっと九井を見ている、見つめている。
     九井はコーヒーを、あますぎるコーヒーを飲み干して、「腹が減ったな」と言うと、乾はあからさまに安堵した顔をした。
     それから九井はサンドイッチとおにぎりを食べて、乾をファミレスに誘った。あの日をきっかけに九井は食事を大事にするようになった。どんなにいそがしくとも、三食きっちりと食べる。おかげさまで仕事の効率が良くなって、食事の大切さに気付いたのだが、それはまた別の話だ。

    「俺のことを心配してくれるんだと思ったら、好きになってた」
    「そういうのにぐっとくるの、すっげぇわかります!」
    「相棒、声でけぇって」

     感動した花垣はこぶしを握り叫び、松野は耳を抑えている。おやおや、松野にはお気に召さなかっただろうか。にやりと笑って伺えば、松野は溜息をひとつついた。

    「知ってましたけど、ココくんって意地が悪いですね」
    「策士って言ってくれよ」
    「イヌピーくん、さっきから反応ないですけど、だいじょうぶっすか」

     松野に名を呼ばれた乾はぽかんとした顔で九井を見ていた。てのひらからペットボトルが落ちそうだったので、抜きとってやると、我に返った顔をする。

    「……あの時のことか?」
    「あ、イヌピーおぼえてた?」  
    「おまえ、すっげぇ顔をしたから、コーヒーが口に合わなかったんだと思ってた」
    「ちなみにイヌピー、どんだけ砂糖を入れたの?」

     乾はぱちぱちと瞬いた。

    「スティックシュガーをたしか五本くらい……いや、七本だったか」

     花垣がえっという顔をする。

    「……ココくん、よく飲みましたね」
    「そりゃあ、イヌピーの入れてくれたものだから」

     これでコーヒー分になったかと聞くと花垣と松野は大きく「はい」と頷いた。その背後から千堂たちが歩いてくるのが見える。どうやらこの話はこれでおしまいだ。九井はそっと乾にささやいた。

    「アジトに戻ったらもう一度あのコーヒーが飲みたいな」

     乾は溜息をひとつ吐き出して、そして「コーヒーに入れる砂糖はひとつにしておくよ」と答えた。



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