東京都郊外別宅殺人事件漫画家ココ×刑事イヌピー+刑事ナオトのおはなしです。
東京にも鄙びた場所はあるものだ。駅からは遠く、バスも通らない。都市開発からは遅れ、人口も過疎の一途をたどる。そんな中に、豪奢な屋敷があった。裕福な一家が建てた別宅である。金持ちの考えることは分からないが、都会の喧騒を離れ、自然を楽しむということなのだろう。そこで殺人事件があった。橘は相棒である乾とともに赴いた。交番勤務の巡査部長が家の周りを警備しているくらいで、まだ他の刑事たちは到着していない。
殺されたのは若い男である。リビングの中央で、細い紐で首を絞められていたところを、住人が発見した。隣家があるのは二キロ先だ。当然ながら一家の者が疑われた。両親は数年前から海外で暮らしている。容疑者は長男、長女、次男の三兄弟である。
「……ボス」
「……ボスはやめろ」
芝大寿、柚葉、八戒の三人であった。前世では因縁のあった相手である。乾は率直に聞いた。
「ボスが殺したのか」
「オレじゃねぇ」
「じゃあ、柚葉か」
「アタシじゃないわよ」
「八戒」
「オレでもねぇな」
「そうか」と乾が手帳を閉じるので、橘は慌てる。
「えっ、取り調べはそれだけですか」
「こいつらなら足のつく間抜けな殺し方はしねぇだろうし、仲が悪くとも口裏くらい合わせるだろ」
「失礼ね。今はちゃんとなかよくやってるわよ」
前世の因縁から、そこらのヤクザよりもよっぽど肝の据わっている芝兄弟である。衝動的に殺人を行ったということもないだろうという乾の説明ももっともだった。橘とて本気で疑っていたわけではない。捜査マニュアルというやつだ。
「つーか、こいつは誰なんだ」
「うちの料理人だよ。といっても、よくは知らない。紹介されてきたばかりなんだ。料理の腕前は確かだと言うから、雇ったんだけど」
「オレが紹介した」
九井一である。
なぜ九井がいるかと言えば、乾とデート中でそのままついてきたからだ。コスパ重視とのことで、意外にも九井の自家用車は国産車であったが、さすが高級車はあっというまに現場に到着した。
一般市民の侵入を許したのは、芝兄弟の名前を聞いて、どうせ犯人ではないだろうと乾も橘も確信していたからでもある。
「浦沢会の市橋派の鉄砲玉だったらしい」
「知っていてなぜ雇ったんだ」
「料理の腕がよかったから」
なにせ全員が反社関係者だ。橘だって前世で一度は死んでいる。ヤクザくらいで怯えることはない。良くも悪くも肝は据わっているのだ。
「ていうか、なんでこいつ殺されたんだ? 誰も気づかなかったのか?」
あー、と手を挙げたのは八戒だ。
「なんかリビングで音がしたと思ったんだけど、柚葉はオレの部屋にいたし、兄貴を殺すようなゴリラはそうそういないだろ」
あなたたち、ほんとうになかよし兄弟なんですか?
先ほどの発言を疑うような八戒の言動だが、「まあ、ボスだしな」と乾も九井も納得してしまう。たしかに殺しても死なないような人ではある。大寿自身も、さもあたりまえだという顔をしていた。
「鍵がかかっていたんじゃないんですか?」
「鍵なんかどうにでもなるだろ」
「そうだな。プロを呼べばこの家だったら数分だろ。鍵はしょせん道具だしな」
「いざとなれば車をぶつけて壁を壊せばいい」
「そんなことするのはイヌピーだけだって」
「前世じゃ八戒もやったわよ」
「まじかー」
なんだろう。反社ギャグなのか。笑えばいいのか。つきあいで橘が「はは」と笑ったが、誰も反応しなかった。難しすぎる。
「えーと、じゃあ、犯人は誰だと思います?」
「運転手の井上だろ」
「井上でしょ。あいつ金に困ってたし」
「井上なら一階の従業員部屋にいるよ」
「全員一致か~。じゃあ、井上を逮捕しに行くか」
「ええ~……そんなんでいいんですか……」
「いいんだよ。デートを呼び出されたんだから、それくらいで上等だ。なんならオレが取り調べしてやるぜ」
「ココの取り調べはそこらの刑事よりよっぽどしつこいぜ」
「照れるぜ、イヌピー褒めるなよ」
さて井上某は九井一の顔を見るなり、あっさりと犯罪を認めた。反社には反社がわかるものなのだろう。
「ひさしぶりにオレの拷問を見せられると思ったんだけどな~」
「せめて詰問って言ってください」
本当にあなた漫画家なんですよね。橘の問いに、九井一はべっと舌を出した。