ほんのすこし嫌い 次の土曜日、学校の宿題をするために、隣の町の図書館に行こうとココに誘われた。隣町と言っても、自転車で行ける距離だから、とココは言うが、オレは正直めんどうくさいなって思っていた。
「そこの図書館でいいじゃん……」
「蔵書数が違うんだよ」
「めんどい……」
「自転車で十分位だろ。じゃあ、こうしようぜ。マックに行こう」
だいすきなファストフード店の名を聞いて、顔をあげる。図書館の近くにはショッピングモールがあって、フードコートがあり、ゲーセンなどもある。ショッピングモールに行こうでは親も許してくれないだろうが、図書館なら行かせてもらえるかも。お小遣いもらえるかも。
そう思ってココといっしょに母親に訴えれば、「九井くんといっしょなら」と許してくれそうだったのだが。横から口を出したのが、姉の赤音だった。
「じゃあ、わたしがお弁当を作ってあげるよ。どうせ部活があるからお弁当作るし」
「え、でもココがいるし」
「はじめくんの分も作ってあげる。二つも三つもおなじだよぉ」
これはまずい展開だ。
隣にいるココを見れば、案の定、頬を真っ赤にしている。
「赤音さんのお弁当たのしみです!」
マックに行くんじゃなかったのかよ。このうらぎりものめ。
オレは赤音に関することとなると、ころりと意見を変えるココが嫌いだった。
土曜日になると、赤音はわざわざオレに「お弁当、キッチンにおいてあるから」と告げて学校に行った。青いランチバックはいつもオレが使ってるやつ。黒のランチバックは父さんのだった。わざわざ借りたのか。父さんは赤音に甘いから、ふたつ返事だろうけれど。
のろのろと支度をしていると、インターフォンが鳴る。「九井くんが来たわよ」と母親にも告げられて、しぶしぶランチバックをふたつ持って玄関に出ると、ココは目ざとくランチバックを見つけた。
「赤音さんのお弁当?」
「うん」
「うわー、うまそうだな!」
「いや、中身見えねぇだろ……」
ココは赤音のことになると、ちょっとバカになる。
さっそく自転車に乗って、図書館に出発した。天気は良く、気持ちがいい。
ココの言う通り、たしかに図書館は規模が違った。本がたくさんある、とココは目を輝かせている。オレがてきとうに宿題をやっているあいだも、ココはどんどんと本を積み重ねていった。司書にも話しかけ、本を出してもらったりしている。完璧な宿題はきっと先生から「優」をもらえるんだろうな。それにひきかえ、オレは「もうちょっとがんばりましょう」がせいぜいだ。
なんでココはオレとともだちなんだろうな。赤音の弟だから? なんかモヤモヤする。
適当に持ってきたバイク雑誌を眺めていると、ココがようやく顔をあげた。
「終わった」
九井はてきぱきと片づけをすると、「待たせてごめんな」とオレを促した。
「ちょうどいい場所があるんだ。そこでお弁当を食べよう」
ココが連れて行ってくれた場所は公園の憩いの広場だった。ショッピングモールじゃないのかとがっかりしたが、ベンチやテーブルがあって、お弁当を食べるにはちょうどいいのかもしれない。いくつかキッチンカーが止まっていて、コーヒーやクレープなどを売っていた。食べ物以外にも、花やアクセサリーを売っているところもある。
「まえにショッピングモールに家族で行ったときに、見かけていいなって思ったんだよ。イヌピーと来られてよかった」
「ふぅん」
「あっ、あそこ空いてるぜ。行こう」
ココに手をひかれるまま、ベンチに座り、テーブルの上にランチバックを置く。
「おしぼりまである。赤音さんは気が利くな。うわっ、うまそう」
弁当箱を開けると、おにぎりがふたつと、卵焼き、唐揚げ、ウィンナーとブロッコリー、ハンバーグがきれいに詰められていた。
「赤音さんは料理も上手なんだね」
いや、唐揚げは昨日母さんが作ったやつだし、ハンバーグもたぶん母さんが冷凍していたやつだろう。赤音が作ったのは卵焼きと、ブロッコリーくらいだろうが、喜んでいるココに水を差すのも悪い。そうだなと適当に頷いて、おにぎりを手に取った。どういうわけか、赤音のおにぎりは塩の塩梅が絶妙だった。
「赤音のおにぎりは美味い」
「そうなんだ! たのしみ!」
にっこりと笑うココから、ほんのすこし目をそらした。
弁当を食べ終えてしまえば、後は家に帰るだけだが、公園を冷やかして行くことにした。実は母親からお小遣いを渡されていた。なにか九井くんとおやつを食べて来てもいいよ、と言われたのだ。クレープくらいなら、ふたり分なんとかなるかもしれない。そんな算段をしていると、ココがもじもじしはじめた。
「赤音さんにお花を買っていきたいんだけど」
「え……」
「母さんに赤音さんがお弁当を作ってくれることを言ったら、お礼をしなさいってお小遣いをもらったんだ」
クッキーとかじゃなくて、花ってあたりがココっぽい。
ココは真剣に花を選び始めると、他に客がいないこともあって、スタッフが好意的に話しかけてきた。ココは顔を真っ赤にして「高校生の女の人に渡すんですけど」と言う。これは長くなりそうだ。
「ココ、オレ、あっち行く」
「あっ、イヌピー」
「これも使っていいから」
ココに千円札を握らせると、オレはドッグランの方に走り出した。
30分くらい暇をつぶして、自転車を停めたあたりに戻ると、ふてくされたココが待ちかまえていた。
「勝手にいなくなるの困るんだけど、探したんだからな」
だってココは赤音のことで悩み始めると長いから。言い返せないでいると、ココがオレの手を握り締める。
「心配したんだぞ」
「うん……」
そう言うココの自転車には、ピンクの花束がある。いかにも赤音がすきそうなかわいい感じの花束だ。
「イヌピーにもお礼があるんだ」
「え?」
「図書館に行きたかったのはオレだから。お礼」
ココが渡してきたのは、バイクの革細工のキーホルダーだった。かっこいい。でもこれ。
「高かったんじゃねぇの」
「高かったよ! 他にもあったけど、イヌピーがいないからオレの趣味で選んだ。文句言うなよ」
「花束より高そう」
「おかげさまでね。でもかっこいいだろ。イヌピー、バイク好きだもんな」
「ありがと……」
オレが受け取ると、ココが満足そうに笑った。
「イヌピーの千円残してあるけど、どうする?」
「……クレープ食べたい」
「オッケー。イヌピーの好きなイチゴがあったぜ」
早く食べて帰ろう、とココはオレの手をひく。
赤音のことが好きなくせに、オレにやさしくするココのことが大好きで、ほんのすこしだけ嫌いだった。