十二国記パロ「ココ、ごめんちょっとおそくな……あれ?」
東京卍會三代目VS黒龍十二代めの抗争の最中に、突如現れた乾青宗に、周囲はがちんと固まった。なにもなかった場所から突如現れたようなのは、この際どうでもいい。問題は乾が二年間どこをどう探しても行方不明であり、それが黒龍十二代目総隊長九井一を巨悪の存在に至らしめた原因であった。
「あれ? なに? え? これから抗争でも始めんのか?」
その原因である乾は状況を全くわかっていないようで、ぽかんと周囲を見渡している。
「い、い、い、イヌピーくん! 今までいったいなにしていたんですか!」
がちんと固まった周囲から、走り寄ってきたのはさすがの花垣武道である。タイムリープをする彼は、超現象に慣れがあった。
「え、いや、いろいろあって?」
「イヌピーくんにもいろいろあったのかもしれませんけど、こっちもたいへんだったんですよ! 見てください! あそこにいるの誰だかわかります? 巨悪の反社組織・黒龍の総隊長ココくんですよ?」
「え? ココは堅気に戻っただろ?」
「反社に逆戻りどころじゃないですよ! 倍の倍の倍! 世界の経済をおびやかす巨悪な存在です!」
「はぁ? そうなんだ?」
花垣にいくら力説されても、いまいち飲みこんでいないらしく、乾はぽかんとするばかりだ。
「よくわからないが、ココが悪いことをしたんだな?」
「悪いどころじゃないんですけど、まぁそういうことです」
「よし、こらしめてやる。ココはどこだ?」
「あそこです」
花垣が指をさしたところに、九井がいる。あまりの衝撃に九井はかたまったままだ。
「ココ、なんかよくわからないが、みんなに迷惑をかけることをしたらダメだぞ」
「う、うん」
「オレもいっしょに謝ってやる。ごめんなさいできるよな」
「うん。ごめんなさい」
す、素直すぎて逆に怖い……。
経済界に与えた影響等々ごめんなさいで済むことではないのだが、謝られてしまっては敵意も醒める。
「ていうか、イヌピーくん、今までどこに行っていたんですか? みんなめちゃくちゃさがしたんですよ!」
「あー、巧国? えっと、異世界みたいなところだ」
「いせかい」
なんだか急にすごいことを言い始めたが、よくよく考えてみたら、乾がいったいどこから現れたのか不明である。宙から急に降ってわいたように現れたようにしか見えなかった。そういわれてみれば、なんだか服装も異世界めいている。三ツ谷が「えっ、それ本物の宝石? え? その服の構造どうなってるの?」と急に眼を爛々と輝かせ始めていた。デザイナー魂である。
「急に信じられないよな? えっと、じゃあ、赤音を見てもらえばいいか」
赤音、と呼びかけた途端に、乾の影からにょろんと少女の影が飛び出してきた。首から上はかわいらしい少女ではあるのだが、背中には鷲のような翼があり、下肢は四つ足の獣である。彼女はふんわりと微笑んで「こんにちわ」と愛らしい声であいさつをした。
「うわわわわわわ、なんか着てなんか着てなんか着て!」
「え? 赤音は女怪だけど」
「おっぱい見えてる! おっぱい見えてる!」
「はぁ」
乾はいまいちぴんと来ていない様子だが、八戒が卒倒したのを見て、アングリーが適当な上着を差し出したのをうけとってくれた。異形なのは見た目からわかるが、上半身裸は思春期の青少年の教育に悪すぎる。
「ええと……、イヌピーくんのおねえさんは亡くなったんじゃなかったんですか」
「オレもそう思っていたし、葬式も出したんだが、それは仮の姿で、本体はオレの影の中で英気を養っていたらしい」
「そ、そうなんですね」
納得したと言うよりは、納得せざるを得なかった。
「ところでオレは王を探していて、それがココなんじゃないかと思って戻ってきたんだ」
「あ、そうなんですね」
「ココじゃなかったら、また別のところを探しに行かなきゃなんねーんだ」
「それは非常に面倒くさいので、ココくんを持って帰ってくれませんか」
「うーん」
「えっ、だめなんですか? イヌピーくんがいなかったら、ココくんは巨悪な金の亡者なんですけど」
東京卍會の面子は無言で強くうなずく。
「ココ、そんなにひどいことをしていたのか」
「だってイヌピーがいないから」
乾の前だからだろう。いじらしいことを言っているようだが、九井のしでかしたことのおよそ九割は犯罪である。巨額の金が闇に消えたため、稀咲よりイザナよりマイキーより質が悪かった。
「つれてかえってやりてぇけど、こればっかりはオレの決めることじゃないしな」
「イヌピーを困らせている奴だれなの? 教えてくれたら、オレが滅ぼすよ?」
「ココは意外と短気だよな」
意外と短気だな、じゃ済まないんですけど。経済界にもたらした衝撃をいまいち理解していない花垣でさえ、困惑する。
「これでイヌピーくんがいなくなったりしたら、ほんきで日本が滅びます」
「ははは、花垣は大袈裟だな」
「イヌピーくんは怒り狂ったココくんを見ていないから、暢気にそんなことが言えるんですよ」
乾が行方不明になってこの騒動だ。目の前から消えようものなら、その怒りは前の比ではないだろう。
「ココはそんなことしねえだろ」
「いや、するけど」
「するのか。困ったな」
幼馴染の会話は穏やかであるが、世界経済の未来がかかっている。救いの声をかけてくれたのは、意外にも女怪である赤音だった。
「とりあえず契約をしてみたらどう?」
「そうだな。御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと誓約します」
「なにそれ」
「許すって言ってくれ。そうすればオレはオマエからけして離れない」
「許す」
即答だった。ですよね。
「とりあえずこれでココは巧国の王になったから、あっちに連れて行かなきゃなんねぇ」
「こっちにいても犯罪者なだけなので、それがいいと思います」
「ココ、おまえなにしたの?」
乾の今更の質問に九井はぺろりと舌を出した。
「ひみつ」
こうして東京卍會三代目VS黒龍十二代めの抗争は、だれひとりの怪我人を出すこともなく、唐突に幕を下ろした。
「ていうか、異世界設定に誰もつっこみいれなかったよね」
「オマエがタイムリープしているところで今更だろ」
「なるほど、それもそうだな相棒」