口の悪い男 D&Dモーターズに従業員が増えた。佐野万次郎と九井一である。気分にムラのある佐野はさておき、経理に強い九井の加入は心強い。じっさい仕事をはじめて一週間と経たぬが、九井には何度も助けられている。
龍宮寺が礼を言うと九井は舌を出して「こんなこともできないで、よく営業できたな」とのたまわった。九井がまとめてくれることで、経理はだいぶ簡略化された。たしかに九井の言うとおりである。
九井はたびたびそういう言い方をした。「なんでいらねー書類をとってあるんだよ。バカかよ」「整理整頓できないやつは、仕事ができないんだぜ」「あんな客は無駄なだけだ。さっさと切っちまえ」等々。
なるほど九井は口が悪いんだな。龍宮寺は納得した。なにしろ全員がヤンキー上がりである。いまさら仲間内で取り繕う必要はないし、むしろ清々しい。九井は口は悪いし、態度もでかいが、頭が切れて仕事のできる男だというだけの話だ。嫌っているわけではない。外面を取り繕われるよっぽどいい。そういう奴なんだな、と思っただけのことだ。
「九井って口が悪いけど、いい奴だよな」
休憩中の乾に打ち明けると、むっとした顔をされた。
悪口のつもりはなかった。感想を言っただけだったのだが。
「ココはやさしいやつだ」
乾はきっぱりと言った。
いやいや、と龍宮寺は思う。
九井は頭がよく判断力もあり頼もしい存在ではあるが、やさしいと思ったことはない。やさしいというのはアングリーみたいな奴のことを言うはずだ。
「口わるいし」
「それはオレたちが馬鹿なだけだ」
「態度もでかい」
「それをいうならマイキーの方が態度でかくねぇか」
まったくその通りではあるのだけれど、なんとなく溜飲が下らなかった龍宮寺は、質問を変えてみることにした。
「九井がやさしいって、どういうところが?」
「差し入れを買って来てくれるだろ。さっきもサンドイッチくれたし」
乾が持っているサンドイッチとコーヒー牛乳は九井からの差し入れなのだという。
「それはイヌピーが朝飯食ってねぇからだろ」
「袖が邪魔だろってまくってくれたし、髪も結ってくれた」
乾の袖はきちんとまくられていたし、髪はかわいいリボン付きのゴムで結ばれていた。
「それでさいきんはポニーテールなんだな」
「今日ががんばったら、明日は休みだろ。仕事終わったら美味いもん食いに行こうぜって言ってくれた」
うん。たしかにいい奴だ。気が利いて、やさしい奴だ。納得だ。だがそれは。
「それ、イヌピーにしかやってなくね?」
「え?」
「オレはサンドイッチ貰ってねぇし、袖まくってもらってねぇし、飯に誘われていねぇ。たぶんマイキーもそうだと思う」
「……え?」
「九井はイヌピーにだけいい奴なんじゃね?」
「……それはオレが幼馴染だから……」
「幼馴染だからってやさしくするか? 九井はイヌピーに気があるってことじゃねぇの?」
休憩室を出ると、九井がこちらを睨んでいた。ドアが開いていたので会話は筒抜けだったのだろう。あんな戯言に九井は動揺しているらしい。龍宮寺がにやりと笑うと、九井はますます顔をしかめた。
「なかなかいいアシストだっただろ?」
「……うるせぇな」
「意外と健気なんだな」
「イヌピーだけな」
「協力してやろうか?」
「協力してくれる気があるなら、オレとイヌピーが定時上がりできるように努力しろ」
「オレとマイキーは残業してもいいのかよ」
「他人事だからな」
「はっきり言う奴だなぁ」
「はっきり言わねぇと馬鹿にはわかんねぇだろ」
まったく九井一は口が悪い。九井のそういうところを、龍宮寺は気に入っている。