Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    rcxEYSpryGNQ7wJ

    @rcxEYSpryGNQ7wJ

    @rcxEYSpryGNQ7wJ

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 27

    rcxEYSpryGNQ7wJ

    ☆quiet follow

    過去にツイー卜とふせったーでザックリ公開していた文章を加筆修正しました。
    まだまだ全体的に荒いので今後も直すと思いますが、どこかにまとめたかったのでひとまず安堵です。
    大人プロヒーローの轟くんと緑谷くんの話ですが、情緒不安定な轟くんがうるさい上に緑谷くんの事を好きなモブ後輩くんが出ばります。苦手な方は要注意。
    緑谷くん視点もその内。

    #轟出
    bombOut
    #tdiz

    【弱虫泣き虫片思い/轟焦凍編】【日常の崩壊】

    日常と言うものはいつ打ち破られるか分からないものだ。
    そんな事はこれまで仕事を通して嫌という程理解している。
    …つもりだった。

    最近は大きな事件もなく、今日も無事に仕事を終えられた。かつて大きく狂った秩序は、取り戻せないものや消えない傷跡を残しながらも今や大勢が乗り越えようと逞しく生きている。

    おしぼりで手を拭きながら、ガヤガヤと騒がしい店内で目の前の席に座る見慣れたそばかす顔をホッと見つめる。
    そして今日もいつもと変わらぬ日常が続くとすっかり油断していた。

    俺達が雄英高校で卒業式を迎えてから2年半ほど。
    厳しい夏の暑さも和らいできた頃だった。
    プロヒーローになっても1-A時代からのグループLINEを通し、お互いの近況を伝え合ったりと元同級生達とは今も交流が深い。
    その中でも特に仲が良かったと言える緑谷や飯田とは個々でも連絡を取り合い、お互いの都合が合えば時々一緒に飯を食いに行ったり今も特別親しくしている。

    今日は緑谷との2人。3人揃って都合がつく事は少ないから2人になる方が多い。俺と飯田、飯田と緑谷の事もある。
    おつかれとグラスを合わせ、いつも通り仕事の様子や特に代わり映えのない他愛ない話をする。大抵は緑谷の方が饒舌だ。多少の怪我にはもう慣れたもので、お互い特に触れず話を進める。心配じゃないとは言わないが、命があって大怪我もなければそれでいい。

    今日の緑谷は残暑と連勤の為バテているのか、少しボンヤリしている気がした。それでも仕事の話を聞いていると相変わらずの真面目ぶりが伺えてきて、その様子に心が落ち着く。そんな緑谷の話を相槌を打ちながら聞いていた時だった。
    画面を上に無造作に置かれていた緑谷のスマホからLINEの通知音が鳴り、反射的に目を向けた。もし今日途中で都合がつくようになったら連絡をする、と飯田が昨日言っていたのを思い出す。
    しかし、差出人は別の奴だった。
    立て続けに三度送られてきたメッセージはそのまま画面に表示され、俺は相手が飯田じゃないと分かっても不躾に画面から目が離せなくなっていた。

    「僕は本気です」
    「デクさんのこと諦めません」
    「真剣に僕とのことを考えてください」

    画面を見つめたまま固まってしまった俺に反し、突然緑谷が猛スピードでスマホを手に取る。
    こぼれそうに目を見開き、その顔は真っ赤だった。
    人からのメッセージをはからずも勝手に読んだ訳だ。この緑谷の慌て方からしても読まれたくない内容だった事は確かだろう。本来なら謝るべき場面だ。文句を言われても仕方ない。
    しかし俺の口から出てきたのは、謝罪どころか捲し立てるような詰問だった。
    「なんだ?真剣って。諦めないって、何をだ。本気って、何にだ?」
    差出人がどこの誰かも分からないのに、俺は遠慮もなく疑問をぶつけた。


    【学生/轟焦凍】

    学生の頃から俺はずっと緑谷の事が好きだった。
    気が付けば緑谷を目で追っていたのはいつからだったか。
    体育祭、いや、それより少し前。
    USJの一件以来よく観察するようになっていた。
    入学当初、緑谷はやたらと泣いている奴だった。
    いつも必死でボロボロで、強いのか弱いのかもよく分からない奴だった。ただ、少なくともヒーローとしての優しさや気概はある奴だろう、とその頃なりに思えた。
    あの時オールマイトを、大事なものを守る為、絶対に敵わない相手に泣きながら突っ込んでいくその姿は何かに似ていた。
    それは幼い頃の自分の姿だった。
    あの無力さが、惨めな気持ちが、俺を独善的な強さへと長年駆り立てていた。
    俺は、親父の力も無力な自分も、全て否定したかった。
    だから余計、緑谷に勝って俺は上に進みたかったんだろう。

    だがその時はまだ特別な存在とは言えなかった。
    時々俺の前に現れる「負けたくない相手」。
    その時の緑谷は、俺にとってまだ親父を見返す為の踏み台の一つでしかなかった筈だ。

    そして訪れたあの日。
    俺の人生を変えた体育祭、緑谷戦─────

    それからはいつも気が付けば視線の先に緑谷が居た。
    思えば、お母さんの話を自分から他人にしたのも初めてだった。
    何故あの時そんな話を、まだよく知らない緑谷に話したのか。
    罪も無いのに同級生から敵視される理不尽の理由を本人に伝えたかったのもあるかもしれない。
    嫌な奴なら説明もしないが、あの懸命な泣き顔を見ると俺にも僅かながらある罪悪感が疼いた気がした。
    本気でぶつかるなら俺も自分を見せるのがフェアだと思った所もある。
    ボンヤリとした理由は幾つか思いつくが、もしかしたら本当はその時から緑谷に甘えていたのかもしれない。
    コイツはきっと俺と真剣に向き合ってくれる、
    笑って他人に俺の事情をバラしたりしない。
    今思うとお笑いだが、友達ごっこだなんだと偉そうにしておいて、本当は俺の事を受け止めてくれる誰かを心の奥底で望んでいたのかもしれない。


    【無自覚】

    本人に自覚は薄いが、緑谷はモテていたと思う。当然だ。在学中から殆どプロと変わらない活動を続け、知らない者はもう居ないほど緑谷は立派な有名人だった。

    在学中、真剣な雰囲気で呼び出されていた事が俺の知る限り3度はあるし、連絡先を交換したいと恐らく下心を持って近付いてきた人達はもっと居る。
    俺の把握していない所では他にもきっと色々あっただろう。

    「緑谷、結構モテるよな。」
    1度緑谷本人にそう言った事がある。
    「そんな事ないよ!それに轟君はもっともっとモテるでしょ?」
    と苦笑いで、あまり話したくなさそうにはぐらかされてしまった。
    結局緑谷が恋愛に対してどう思っているのか、なかなか聞く機会は訪れなかった。

    一番心がザワついたのが、緑谷が他の科の男子生徒に呼び出されていた時の事だった。
    何のことは無い。緑谷があまり見覚えのない、真面目そうな生徒に呼び出されたところで誰も大して気にはしないだろう。
    だが俺には何故か分かってしまった。相手の男が緑谷に対して、自分と同じ感情を抱えていると。
    他のダチとの会話をわりぃと切り上げ慌てて緑谷達を追いかけたものの、昼食時で人が多く見失ってしまった。やっと見つけた時には何かを考え込んでいるような顔の緑谷の姿だけだった。
    俺を見て一瞬驚いた顔をした後一呼吸を置いてから
    「轟くんどうしたの?」
    と笑顔を見せた。
    しかし気の所為か、いつものハツラツさはなかったように思う。
    男が男に話があると呼ばれただけだ。自分の知らない交友関係ぐらいいくらだってあるだろう。それぐらい別段何の不自然さもない。ここで詮索する方がよっぽど不自然だ。それでも聞かずにいられなかった。
    「何かあったのか?」
    それだけ聞くのが精一杯だったけど。
    しかし返ってきたのは短く一言。
    「ううん、特に何も無いよ。」
    いつもより少し力のない笑顔だった。
    聞きたい事は山ほどあったが、情けない事に
    「…ならいい。」
    と返すしか出来なかった。


    【多様化の時代】

    現代、個性社会が多様性を極め恋愛対象は幅広くなり、相手に異性を求めない人は増えた。
    ただ増えたというだけで、実際に皆が皆同性を恋愛対象に出来るかはまた別の話だ。
    やはり大半は異性同士で付き合うのが主流だった。

    いつだったか、所謂ごく一般的な容姿かつ無個性の人と、異形変異系の個性の持ち主が同性同士で結ばれた話が軽いニュースになっていた。
    惹かれた理由はお互いが自分の事を偏見の目で見る事なくありのままを受け容れてくれたからだと惚気けていて、和やかだが少しだけ社会風刺を含んだ内容のニュースだった。
    異形や無個性はまだ差別の対象になりやすい。
    その話を寮の皆で話していた時に誰かが緑谷にたずねた。こういう結婚は有りだと思うかと。
    俺は密かに固唾を飲んで、緑谷の返答に耳をそばだてた。

    「そうだね…本人同士が良いならそれで良いんじゃないかな」

    ありきたりで緑谷らしい道徳的な答えだったが、俺はその肝心の緑谷本人がアリかナシかどう思っているのか個人的な本音を聞きたかった。
    もちろん、異形がどうかと言うより同性同士の話だ。
    しかし残念ながら緑谷がそれ以上その話に参加することはなく、皆がそれ程強く関心を持っていた訳でもないその話題は早々に切り替わり、俺が一番知りたかった答えを知る事は叶わなかった。


    【憧れのヒーローに】

    緑谷は憧れのオールマイトのようなヒーローになる為いつも脇目も降らず一生懸命で、ひたむきなそんな姿が俺は密かに大好きだった。

    体育祭以降日に日に育つ緑谷への気持ちは留まる所を知らず、俺はいつしか緑谷の特別になりたい、オールマイトは別格として、緑谷にとって一番大切な存在になりたい、そう強く願う自分がいた。
    自分の気持ちを伝えれば優しい緑谷は戸惑うかもしれない。それでもいつかは。
    他の人とは違う目で俺を見て、俺の事を意識して欲しい。できれば同じ気持ちでいて欲しい。俺の切なる願いだった。

    そんな気持ちがあともう少しで弾けるほどに膨らんでいた頃だった。
    いつも真剣に取り組む緑谷が授業中に有り得ないミスを連発するほど悩む様子を見せていた。
    インターン開始を境に緑谷はずっと暗い顔をしている。度々上の空でここではない何処か別の所を見ている。
    自分から話さないと言う事はヒーロー殺しの事件のように何か話せない事情があるのかもしれない。
    そしてその日の昼。話の途中。緑谷は大粒の涙を零して突然泣いた。飯田を挟んでランチラッシュでの出来事だった。
    ただインターンで疲れていたからだけじゃない。
    一点を見つめるようで揺れている、その瞳から零れ落ちた涙がそばかすの頬を濡らしていた。
    泣き虫な緑谷だから普段もよく泣いていたが、その時は明らかに様子が違っていた。
    抱えきれない何かがついに溢れ、止まらない涙を堪えようと必死だった姿が胸に焼き付いた。

    それでもヒーローらしくあろうと緑谷は前を向いた。
    例え言えない何かを抱えていてでも、緑谷にはいつでも安心して頼れるものが、人が、必要だった。
    片思いを拗らせやましい下心を持つ人間じゃなく、心から友を心配するような、純粋で、信頼できる人間が。
    緑谷にはそんな友人が既に多くいると思う。
    でも、その中でも自分が1番に緑谷を支えてやりたいと心から思った。その為には、緑谷に恋慕など持たない純粋な友情の方がきっと綺麗なのだ。
    その方がきっと大事な友の、緑谷の奈闇を照らしてやれる。
    俺は同情だの損得だのの下心なんか何も無い、ただ全力でぶつかってきたあの日の緑谷に救われた。
    いつかそんな緑谷を自分も救えたら。
    なのに今は隣に立つ事もできない、仮免さえまだ持たない身である無力な自分に心底腹が立った。全ては俺の未熟さのせいだった。グズグズしている暇はない。今は俺もヒーローになる事だけをただ考える。

    そうして俺は緑谷に思いを告げる事をやめた。
    これ以上緑谷を苦しめる何ものもここには必要ない。
    何の見返りもなくただ緑谷を支えるだけの存在で良いんだと、その時俺は誰に告げるでもなく勝手にそう心に決めた。


    【傍に】

    桜流しの雨が続いた。
    人の心にも暗雲が立ち込め、僅かな不穏も排除しようと猜疑と不安に駆られた人達の間で淀んだ空気が流れ続けた。
    歴史で習ったオールフォーワンの闇の再来。プロも学生もなくヒーロー皆が来る日も来る日も全てを賭けて遮二無二働いた。

    目を覚ました緑谷に会う事はできなかった。
    これまでの謝罪や礼、事情の説明。
    そして突き放す言葉を残して緑谷は消えた。

    毎日懸命に行方を追ったが、結局緑谷を見付けたのは俺ではなかった。

    覚悟はしていたが、久しぶりに会った緑谷はボロボロの姿で、その強さとは裏腹に立っているのが不思議なほど弱りきっていた。

    皆が全力で緑谷に食らいついた。
    ヒーロー側の最高戦力、そうじゃない。
    必ず取り戻す。大切なクラスメイトを。
    大切な緑谷を。


    やっと捕まえた緑谷に、
    俺の言葉は届かなかった。


    独りで飛び出したお前の手を取るのも、
    お前を重荷から解放して楽にしてやるのも、
    お前を世界から護って涙を流させたのも、
    一番に駆け付けるのも、傘を差し出すのも。
    全てが俺ではなかった。
    ただ壁の向こうに感じる安堵ともどかしさ。
    そこにあるのはお前を救うのは俺じゃなくてもいいと言う現実。
    世界と緑谷が救われるならそれで良い筈なのに、
    誰が手を差し伸べても結果は同じ筈なのに、
    お前が戻ってきた事を本当に心から喜んでいるのに。
    ずっと皆に、お前に、俺の手が届かない事が辛かった。
    綺麗事だけで済ませられない、自分のエゴに気付かずには居られなかった。

    まだ平和と言えた学校生活の最中、お前と沢山話をしてきた。
    一緒に命がけで何度も戦った。
    入院してベッドを並べた。
    決まりを破って怒られた。
    寝食を共にした。
    同じ屋根の下で暮らして、同じ経験を共有したお前が何処かで勝手に神様になんてならないように、せめてお前が泣き虫の人間のままで居られるように。
    何も出来なかった俺でも、お前の傍に、まだ居たい。


    【大人になって】

    おそらく緑谷にとって最適な距離を保つ「友人」でいる為に細心の注意を払ってきた俺が、今更何をどうしようと言うんだろう。
    そんな立場はとうの昔に棄てた筈だった。
    なのにあのLINEを見た直後から、俺は緑谷に対して自制が全く効いていない。
    俺の激しい追及に緑谷は動揺しながらも状況を説明した。
    「いや、その、全然大した話じゃないんだけど」
    と前置きしての緑谷の話は聞けば聞くほど頭に血が昇った。
    酒のせいじゃないのは確かだ。あの時は一杯のグラスも空けていなかった。
    「事務所の後輩なんだけど…今日、そ、その、なんだか好きだって、言われちゃって…からかってるのかなって僕も最初は思ったんだけど、どうやら違うようでして…。」
    目を泳がせ指を捏ねる緑谷を前に冷静で居られるわけがなかった。緑谷の顔は真っ赤だった。
    「全然大した話じゃないって、完全に大した事ある話だろ。」
    どうしても責めるように口調が厳しくなる。
    「ぅう…確かにそうかもしれないけど…でもいつも君の方が過激ガチ恋勢に囲まれてるし、しょっちゅうスキャンダルのネタになってるよね…?」
    「そんな事どうだっていい。スキャンダルは全部捏造だし俺の話は今関係ねぇだろ!話逸らすのやめろよ。」
    語気が強くなる。
    「いやいやいや君がモテてるのは捏造じゃないし…。」
    どこか拗ねたような小声が聞こえてきたが無視してとにかく詰めまくる。もはや止まらない。
    「一体どんな奴なんだ。そいつは本当に本気なのか。お前はどうするつもりなんだ?断るのか、受けるのか?」
    「と、轟くん!ちょっと、声落として…!」
    シー!と口の前で人差し指を立てるジェスチャーをされてハッと我に返る。確かにここは店内だ。周りも騒がしいとは言えこんな口調で喧嘩と思われたら困る。
    少し荒くなった呼吸を整えている内に緑谷が口を開いた。
    「ありがとう轟くん。心配してくれて。」
    俺は黙って緑谷の話を聞く事にした。
    「いい子だよ、とっても。なんでこんな子が僕を、って思うくらいに。結構カッコよくってね、デビューしてそんなに経ってないのに人気もあって。イケメンヒーローだって固定ファンがついててもうすごいんだよ。」
    自分は今どんな顔をしているだろうか。穏やかじゃない事だけはハッキリ分かる。
    相手は、まさかの男だった。
    「……本当に信用できる奴なのか…?今度俺にも会わせろよ…。」
    俺の低い声に反し、緑谷は一瞬キョトンとして笑った。
    「ありがとう。…僕、随分過保護な友達を持っちゃったな。そうだね…、信頼できると思う。…ちょっと轟くんに似てるんだ…。」

    何の気なしに放たれたであろう緑谷の言葉で、俺は自分の想像をも上回る激しいダメージを負った。

    必要以上に不審がり騒ぎ立てる俺を安心させようと、単純に相手の良さを説明したんだろう。
    そして、緑谷の目には俺はやたらと過保護な友人に見えたんだろう。
    当の俺は目の前の大事な緑谷が奪われそうで気が気じゃなくてこんなに心が荒波立ってると言うのに。「過保護な友達」と言う呑気な扱いを受けた事、緑谷が自分達の穏やかな日常を掻き乱す輩の事を庇う様に褒めた事、既に人気があると言われた事も、自分だけが腹立たしいその存在を知らなかったのかと頭を殴られた気分だった。
    他人にもっと興味を持った方が良いと自分でも思うが、忙しい時はどうしても仕事に集中してしまう。
    そして何より、相手が男で、緑谷の口から俺に似ていると言われた事はかなり効いた。
    さっきから「緑谷はどうするのか」の質問に答えてもらっていない。
    緑谷の一番になりたいと切望する輩に擦り寄られているこの腐った状況に、肝心の緑谷自身は満更でもなさそうに見える。
    俺は緑谷に告白した事自体ない。
    こんな怒りは見当違いだと自分でも分かっているのに、ドロドロとした黒い感情が抑えられない。

    どうしてそいつが良くて俺は駄目なんだ?
    似てるならもう俺にしろ、俺でもいいだろ!

    その言葉だけは、やっとの思いで飲み込んだ。
    俺がずっと必死で抑えてきた事を他人があっさり伝えて成就しようとしているこの現状に泣きたくなり、気まずい空気のまま解散し帰り着いた自分の家でも一人飲み直した。


    【心の嵐】

    男も緑谷の恋愛対象から除外されるとは限らないと知った所で、今更自分の何をどうやって覆せるだろう。
    それでも足掻かずにはいられなくて、緑谷に毎日LINEを送った。
    我ながらダセェと思う。重くて、冴えなくて、肝心な事はハッキリしないくせに年季入りの執着心を隠せもしない。
    これまでは適度な友人の距離が保てていた筈だったのに、今やその影もないだろう。
    緑谷が空いている日を探り、その日は必死で約束を取り付けたがる。俺で埋めて相手に隙を与えたくない。自分をもっと見てほしい。まるで束縛の激しい彼氏気取りだ。実際に彼氏だったらどんなに良かったか。
    大人になって爆発した駄々は自分でも手がつけられなかった。
    そんな俺にどう思っているのかは分からないが、緑谷の空いている日は極力俺に時間を使ってくれるようになった。

    そして俺はと言うと、緑谷の顔を見る度根掘り葉掘り今日は何があったか、最近どうだと事細かく聞いてしまう。
    以前は緑谷の方から自発的に話してくれていたから俺はそれに応えるだけだった。
    でももうそれだけでは我慢できない。全てを把握しないと気が済まない。
    これまで緑谷が俺を憎からず思ってくれていたとしても、さすがに最近のこの体たらくではそれすらももう危ういだろう。
    しかも最悪な事に例の後輩の影がチラリとでも見えると俺は隠し切れないほど不機嫌になってしまう。
    特に3回連続LINEが鳴った時の緑谷はいつも一瞬顔が強ばる。例の後輩はどうやら3回に分けてメッセージを送る癖があるらしい。
    俺も悟られないよう抑えているつもりだが、緑谷との付き合いは長いから残念ながら気付かれているかもしれない。

    ある日は飲みの帰り際、明日も会えないかと訊ねた。
    「ぁ〜……ごめん、明日はちょっと…都合が悪くて…」
    歯切れの悪い返事が返ってきた。
    仕事なら言い淀んだりしない。
    俺はピンときてそうかと言ったきり、また黙って不貞腐れてしまった。自分が情けなくて堪らなかった。
    せめて緑谷と居る時は楽しい時間を過ごしたいのに、子供じみた我儘で自ら空気を悪くしてしまう。これじゃ不機嫌ハラスメントだ。抑えたいのに抑えられない自分が嫌になり、家に帰ると大して酔ってもいないのにソファに身を投げ出しぼんやりと天井ウォッチをするのが恒例になっていた。

    結局、緑谷の為にならないと言い訳をして関係を変える勇気を持てなかった身勝手な弱虫が情けない自分の本当の姿だったのだろう。
    執着や独占欲を捨てる事もできず、自分に似ていると言う他人の自由さを羨んでいる最低な男だった。今まさに宝を得ようとしているそいつは関係を変える為の勇気を持ったんだ。
    俺のこの不満はどう考えてもお門違いだった。


    【会えない間】

    次の日も気分は最悪で、いっそ就業後2人の跡を尾けてみようかとヒーローらしからぬ考えが一瞬頭を過ぎった時だった。
    自分の事務所の管轄内で少し大きめの事件が起きた。そのままこちらの事務所が事件を担当し、総勢で事件解決に向け皆がかかりきりとなった。
    こんな俺でも腐ってもヒーローだったようで、その間は余計な事を考えなくて済んだ。
    失恋の傷は仕事で癒すべきで、依存対象に粘着することではないのだと改めて思った。別の恋で埋めるのも俺には到底無理だろう。
    毎日仕事の事以外考える余裕もなくギリギリまで働き、また起きてすぐ出動する。家には帰れない日の方が多かった。私用のスマホは充電も切れっぱなしだったがそれを見る暇すらも無かった。

    応援要請が緑谷の事務所にもかかればと少しは思ったが、万一にも緑谷と例の後輩が仲睦まじく仕事をしている姿など見せられてはさすがに仕事に集中できなかっただろう。
    幸いにも応援は別の事務所に要請され、そのお陰で業務に差し障りはなく自分の仕事に没頭できた。
    疲れ切る日を繰り返し、気が付けば時間が経っていた。それでもようやく山場を乗り越え事件がやっと収束を迎え始めた。

    心身共に疲弊する生活から解放され、久しぶりに緑谷の顔が見たいと性懲りも無く思った。思い出せば胸は痛むし、あの後緑谷と例の後輩がどうなったのか知る由もないが。
    仕事で溜まりきった疲れか思い出してしまった恋の悩みのせいか分からないが、やたらと重く感じる身体を引き擦り最後の気力でシャワーを浴びた。事務所裏口のドアノブに手を落として久しぶりの帰路につく。


    【癒しの緑】

    事務所を出てすぐの歩道に目をやると、街路樹ではない見慣れた緑色が目に入り反射的に心臓が跳ねた。

    「っわ、あ…、…と、轟君。」

    「…緑谷。何でここに…。」

    しばらく連絡を取っていないのだから当然約束もしていない。
    そもそも、これまでずっと残業続きで今日だってこの時間に帰れるとは限らなかった。その事を緑谷は知らない筈だ。
    昨日までのように仕事をしていたら緑谷とここで会う事はできなかった。

    「…なんで。」

    多くを聞かなくても言いたい事は分かるらしい。
    慌てたように緑谷が自分から話し始める。
    「あ、あのね。まず、お疲れ様!事件の事はニュースやヒーローネットワークを通じて知ってるよ。…大変だったね。あの…その、たまたま!近くまで来たから!ご飯でも一緒にどうかと思っ、て。…別に、会えなかったらそのまま帰ろうと思ったんだけど、少し待ってたら君が…来たから。」

    声を大きくしたり小さくしたり早くなったり遅くなったりたどたどしく話しているが、要するに一緒に過ごす為に緑谷の方から俺に会いに来てくれた。と言う事らしい。
    何かに言い訳をするように焦りながら説明をしている緑谷の姿がやっぱり愛しくて、そして優しい声色の「お疲れ様」が胸に沁みた。
    自分はそれ程プレッシャーを感じるタイプではないが、これまでどこか緊張続きで降ろせなかった肩の荷がようやく軽くなった様な気がした。

    仕事の荷と言うよりは、もしかしたら最後に会った時に取った感じの悪い態度のままろくに連絡も寄越さない自分に対して緑谷が快く思っていないのではないか、もう前の様に会えないのではないか。といった不安を拭い去って貰い安心した事の方が大きいのかもしれない。
    同業者で事情も分かる緑谷ならそんな事で怒らないとは思うが、また和やかに話せるきっかけを緑谷の方から作ってくれた事がとにかく嬉しかった。


    【ブレーキとアクセル】

    何度も緑谷と足を運んだこの店でいつものように食事と酒を注文する。
    2人とも特別に酒が好きなわけではないが、ここに来た時の何となくの習慣だ。
    そう言えば連日会うようにしていた時も何となく酒を注文していたが、もしまた頻繁に会えるなら次は酒抜きの食事だけで充分だ。
    これまで通り会えるなら、の話だが。

    いつの間にか日が落ちるのが早くなり、外は夜になると少し肌寒い。店内の湯気を含んだ温い空気が体の強張りを解してくれる。温かいおしぼりで手を拭いた後、緑谷の方から話を切り出した。

    「その…最近会えてなかったから心配で…て言うかなんだか寂しくなっちゃって。まだまだ残業かもしれなかったからちょっと誘いにくかったんだけど。」

    一瞬耳を疑った。緑谷の口から、俺に会えなくて寂しくなった、なんて。初めて聞いた言葉かもしれない。
    その溢れんばかりの喜びを伝えたいのに、友人として接する事に長年心血を注いできた自分の心がブレーキをかける。
    「そうか。昨日までは泊まり込み続きだったんだけどな。今日から帰れるようになったんだ。運が良かった。」
    そう返すのが精一杯だった。

    「あのね…轟くん。こんな事今更言うのはなんか…変だけど、轟くんがなんだか、僕と会ってる時不機嫌そうに見えてて…。」
    有頂天になりかけていた心が沈んだ。その言葉で自分が散々晒した無様さを思い出してしまった。

    「僕、君を怒らせちゃったのかな、それとも何かして嫌われちゃったのかな、って思っちゃって。LINEとかじゃなくて直接顔を見てから話したかったと言うか…」

    意外な緑谷の言葉に咄嗟に口を開けられなかった。

    「いや、ごめん!僕の気の所為なら…、いや、その、ごめん…気にしないで…。」
    今目の前にいる緑谷が、俺が緑谷に思うのと同じように俺に嫌われたのではないかと心配していた事実に、胸の奥がキュウと鳴る。
    「…謝るのは俺の方だ。態度悪かったよな。ごめん。」
    その言葉を聞いて緑谷も少し落ち着いたようだ。
    「俺は緑谷を嫌ったりなんかしねぇよ。もし喧嘩したとしても。した覚えは…別にねぇけど…。」
    大真面目にそう伝えると緑谷はホッとした笑顔を見せた。そのゆるんだ顔がまたズルいな、と思う。

    「なぁ、その。…あれから例の後輩と2人で会ったんだろ。」

    言葉を選びたかったが、遠回しな物言いはあまり意味が無いと思い直し単刀直入に尋ねた。


    【あの話】

    「ううん。あの日はね、ウチにも出動要請がかかるかもしれないと思ってずっと事務所で待機してた。あの子には申し訳なかったけど。」
    「…そうか。」
    心を揺らさぬよう、何でもない風を装ってグラスに口を付ける。
    「本当は事務所の先輩には帰っていいって言われてたんだけど、どうしても心配で。いつ要請が入っても良いように残ってた。ヒーローと言えど管轄外の現場に勝手に出入りして良い訳じゃないし。大きな事件は特に僕個人じゃどうしようもなくて。」
    なるほどワーカーホリックだな、と思った。熱心な緑谷らしい。
    「それは残念だったな。じゃあデートは次の日に持ち越しか。」
    ザワつく胸を抑えなるべく平静を保つ。
    気が付けばいつもの倍のスピードでグラスが空になり、店員に2杯目を注文する。
    緑谷のグラスの中身も8割がた減っていたのでついでに頼む。
    友人としての節度を保つ事に今は全力を尽くす。
    店員が2杯目を運びに来て、気を使った緑谷が1杯目の残りを一気に煽りグラスを空にする。
    古いグラスが下げられてから緑谷が話を再開する。
    「いや、その。通常勤務中は何とかなったんだけど。なんか、他の事が考えられなくて。ちょっと気持ちに余裕が無かったって言うか。」
    俺は酒を口に含んでいたから目線で緑谷に続きを促した。
    「まぁその、仕事後のご飯くらいは一緒に食べたり…したけど。それは前から元々一緒に食べる日もあったし。その辺は変わりなく、って事で。」
    酒に弱くはないが、一瞬酩酊感を覚えた。平静を保つ難易度が高い。
    変わりはあるだろ。ハッキリと緑谷に対して告白してきた相手だって分かってるよな?
    別に緑谷は何も悪くないが心の中で毒づいて、まだ見ぬ相手に舌打ちする。緑谷には聞こえないように小さくだ。
    緑谷の2杯目はまだ全然減っていないのにいつの間にか俺の方は早々に空になり、3杯目を注文した。
    「でも2人で飯食ったんなら、あの話も出たんだろ」
    責める目つきにならないように料理の皿に視線を落とす。
    「あー、いや、どう、だったかな。したかもしれないけど。あんまりよく覚えてない…かも。」
    しどろもどろと緑谷が答える。
    そんな訳ないだろう、と思った。
    どうして俺にそんな下手な嘘をつくんだ。
    ……いや、後輩の話になると決まって不機嫌になる俺のせいか。そりゃ、緑谷だって話したくもなくなるよな。
    自分を棚に上げる奴にはなりたくねぇって思ってたのに。
    俺のせいで緑谷は言葉を濁してるんだ。
    肺に溜まった空気を一旦大きく吐き出してから、ずっと聞けなかった事を言葉にする。

    「なぁ、緑谷は性的対象として男いけんのか。」

    話の順序を色々すっ飛ばしていきなり核心をつく。緑谷が飲んでいたサワーを吹き出しかけた。いや、実際ちょっと吹き出してる。咳き込みながらおしぼりで口元をおさえて真っ赤になった。
    背中をさすってやりたいが、手を伸ばすには少し距離が遠い。
    性的対象って言い方はさすがに単刀直入過ぎたかもしれない。恋愛対象と言うべきだったか。でももういい、言ってしまったんだから。なかばヤケだった。
    2人用には少し大きいテーブルを挟んだ向こう側で少し落ち着いた緑谷が「えぇ…なんて!?」と叫んだ。
    が、この反応でさっきの言葉が聞こえてなかったわけがない。それでももう一度ハッキリ言う事にした。
    「緑谷、男とも付き合えんだな。『そういう』風に。緑谷は男が好きなのか?」
    まだコホコホと軽く咳き込んでいるが、これだけハッキリ聞かれては何も答えないわけにいかないだろう。更に駄目を押す。
    「考えてるって事はそう言う事なんだろ?いくら後輩が可愛いったって、ハナから男相手が無理ならもっと早くに断ってるだろ。相手が真剣なら余計に酷だ。それは緑谷にも分かんだろ。」
    一旦呼吸を整えて続ける。
    「それに正式に付き合うとなると単に仲良く飯食って終わりって訳にはいかねえだろ。そいつが望んでんのは、そういう付き合いの事だ。違うか?」
    これから喋る言葉を整理している顔で緑谷が沈黙した隙に一気に4杯目と5杯目を頼む。明日は久しぶりの非番だから何も問題ない。
    なみなみのグラスが2つ到着したタイミングで緑谷が口を開いた。
    「んん…その。付き合った事は、ないけど。男の人とも女の人とも…。」
    さっき咳き込んでいたせいなのか、今の言葉のせいなのかは分からないが赤い顔で緑谷が答えた。俺は酒を煽りながらも目を逸らさず緑谷を見つめ続け、口を挟まずその先を待つ。
    それだけじゃ俺の納得する答えにはなっていないと観念した緑谷が続ける。
    「そう、だね。残酷だ、それは。うん…。彼は対象外じゃない…って事かもしれない、ね。」
    なんとも曖昧な返しだ。
    質問に答えているのかいないのか。釈然としない。
    俺はもはや、質問と言うより密かに抱いていた不満をぶつける。
    「学生の頃はすぐ断ってたのにな。女も男も。」
    「えぇっ!?何でそれ、轟君が知ってるの!?」
    やっぱりな。と思った。
    あの時のあれはやっぱりそういう事だったのだ。
    まぁ、こいつのこの容姿じゃ仕方ないか。とふと冷静になる。
    大きなまん丸の目を更にまん丸にして驚く、年齢にしては幼いままの顔を眺めながらどこか納得してしまう。
    普段は女が好きな男でも、緑谷ならうっかり好きになってしまうかもしれない。緑谷は可愛いし、カッコイイ。
    俺も、別に「男」が好きなわけじゃない。と思う。緑谷以外への気持ちを知らないから断言は出来ないが。
    俺が男の緑谷を好きな理由は、緑谷が緑谷だったから、と言う理由が一番しっくりくる気がする。

    緑谷が男だからどうとかじゃなく、緑谷だから。
    あの日この無茶苦茶な男を好きになった。
    他の誰も緑谷の代わりにはなれない。
    だから未だに緑谷への想いを捨てられないでいる。
    男でも女でも関係ない。
    ただきっかけは全力でぶつかり合ったあの体育祭だから、緑谷が女子だったらこの想いを持つ事はなかったのかもしれない。
    あの時の俺でも、女子相手に危険な技を全力で向ける事はできなかった。女の人が泣く姿、暴力を受ける姿は想像するだけで胸が痛く、理屈抜きで今でも決して見たくない。
    そう思ったら、自分にはやはりこのままの緑谷じゃないと駄目だったんだと再確認する。

    緑谷の歪になった右手に目をやる。俺との戦いでついた傷跡。
    以前この傷を緑谷は笑って気にしなくていいと言ってくれた。
    「君のせいじゃない。君は僕に手を壊して戦ってくれなんて一言も言ってないでしょ?これまでの全部、僕がこうしたくて選んだものなんだ。それは今も僕の糧になってるんだよ。」

    もしもお母さんが俺の顔を見る度辛そうにしていたら、俺はお母さんに会い続けられなかったかもしれない。
    だから俺はもうその話に触れないが、この傷が元で緑谷の夢であるヒーロー活動を制限させたのは確かだろう。
    ヒーローじゃなくても、利き手に後遺症を残す事の不便さは大体想像がつく。
    更には目立つ所にある傷だ。
    「その跡どうしたの?もしかして誰かに何かされたの?」
    俺も何度となく受けた質問だった。相手に悪気はないが、それに答えるのが嫌で人との距離をとっていた。

    だけどその全てをこじ開けて来たのが緑谷だ。

    今、目の前に居るこの緑谷を愛している。
    あまりに緑谷が自分の中心に居すぎて、きっとこの思いは未来永劫捨てられないだろうと改めて思い知った。

    全力でぶつかってきた緑谷に対して、今のこの俺はなんなんだろうな。
    でも。

    緑谷を諦めるなんてできるわけねぇ。
    だって仕方ないだろ。
    これまでもこれからも、俺はずっと緑谷の事が好きなんだ。


    【ふわふわ】

    「ここの所ずっと仕事詰めだったもんね。」

    急に黙り込んだ俺に緑谷は、少しお酒のペースが早いみたいだよ、と言って会計を済ませてしまった。
    緑谷に金を払おうとしたが、
    「この前もその前も轟くんがいつの間にか払ってくれてただろ。今日は僕の奢り!轟くんの仕事労いだから払わせて。」
    そう言われて突き返されてしまった。次は絶対俺が出す。その次も。そう心に決めた。

    今日の会話は緑谷の中では絶賛酔っ払いの俺が管を巻いていた図なんだろう。
    多少アルコールが後押しはしたがそれほど支離滅裂な事を言ってるワケじゃなかった…と思う。
    しかし今日は確かに少し飲み過ぎたかもしれない。
    いつもより頭がふわふわする。
    これまで抑え込んでいたイライラと、緑谷が目の前にいる嬉しさと、想い人の心の内を少しだけ知れた高揚感をアルコールが緩やかに撹拌している。

    夜風に当たって酔いを覚まそうと言い出した緑谷と散歩がてら、少し回り道をして歩幅を合わせて歩き出す。
    何となく示し合わせたように、学生時代に緑谷と訪れた事のある公園へと足を向けた。
    徒歩10分程で店から辿り着くそこは駅までの道から遠くもなく、方向も大きく外れない。
    夜が訪れた公園は虫の声以外静かで、見渡す限り誰も見当たらなかった。
    湖を伴う公園の遊歩道を2人でのんびりと歩き始めた。
    今日は少し風があり、ポツポツと点在する街灯を反射した暗い水面が光を揺らして綺麗だった。
    いつもはそんな事を思わないが今日は何だか特別な気分だった。
    緑谷が不意に湖の方に目を向けた。
    「あ、ねぇ轟君。湖に何かいるよ。鯉かな、亀かな。」
    暗い湖の中はハッキリと視認出来ない。
    「そういや、ここでカワウソ見たって話聞いた事あるな。」
    「へ、カワウソ!?えっ、ペットが逃げたのかな?」
    「さぁな。カワウソってそんな簡単に逃げるのか。ガセじゃねぇかな。1度聞いたっきりだし」
    そうかもね、と緑谷が小さく笑うと同時に湖からポチャリと水音が聞こえた。どうにか何か見えないものかと緑谷が昔からある古い柵に近寄る。
    「危ねぇよ、寄り過ぎだ。」
    咄嗟に緑谷の体に手を回し自分の方に引き寄せる。
    小さく声を上げた緑谷が慌てて俺の顔を見上げる。
    俺の腕の中に緑谷を抱き留める形になっていた。
    緑谷が何か言おうと口を開いたその時突然緑谷のスマホが静寂を打ち破った。


    【3度のLINE】

    電話ではなくLINEのメッセージ通知音。
    腕の中の緑谷がギクリと身じろいだ。
    音はそのまま立て続けに3度鳴った。
    何も言わなくても、誰からの連絡か察してしまった。
    さっきまでの浮ついた空気が一瞬でガラリと様相を変え、緑谷が気まずそうな表情を浮かべる。
    俺の腕からすり抜けようとしている事が分かったが、俺は力を抜けなかった。
    容易く離れられると思っていたのに意表を突かれたらしい緑谷が一瞬焦りの色を浮かべる。そして恐る恐る俺の顔を覗き込んでいる。
    腕の力を緩めなければいけない。
    頭ではそう思うのに、体はそれを無視する。
    このまま腕を緩めれば、緑谷は俺から離れてスマホを開くんだろう。差し出し主のメッセージを読む為に。
    ──嫌だ。せめて今夜ぐらい、俺の事だけを考えていて欲しかったのに。
    体は我儘な心の方に従い、緑谷を自由にさせまいと更に腕を軋ませた。
    そして気が付けば口走っていた。
    「…どこにも行かないでくれ…。」
    何も言ったつもりは無かったのに、それは確かに自分の声だった。
    怯えを孕み震えるその声に自分でも驚いた。
    それはしっかり緑谷にも届いていたようで、腕の中の戸惑った抵抗感がゆっくりと薄れた。
    少し俯いてしまった緑谷の顔は、ハッキリとは見えない。何を考えているのかも分かりはしないが、それは緑谷にとっての俺も同じなんだろう。
    目の前の緑のふわふわした髪が顎をくすぐる。
    深緑色の髪から覗く額に吸い寄せられた。
    気が付くと俺は緑谷の額に口付けていた。

    一瞬時が止まったのかと思うほど、緑谷は目を見開いたまま無反応だった。
    驚いたような、キョトンとした顔で固まっている緑谷がやたら可愛くて、どうしようもなく好きで、他の誰にも渡したくなくて、今度は動かないまま隙だらけの緑谷の唇に軽く口付けた。

    時間は3秒くらいだろうか。もっと長かったようにも短かったようにも思える。

    自分でも分かる程顔が熱い。左を使っている時よりも。きっと今自分の顔は真っ赤だろう。心臓がドクドクと早鐘を打つ。こんな近距離では緑谷にも伝わってしまうかもしれない。でもどうしようもなかった。
    暗くてよく見えないが緑谷の顔も赤いに違いない。
    目は大きく見開かれ、驚嘆しているという表現がピッタリだ。
    「なぁ、俺に似てる奴と、緑谷はこういう事できるのか?」
    「え………?そん、なの、」
    何が起こっているのか理解できないのか、息が出来ない金魚のようにパクパクと口を震わせている。
    その唇に、再びキスをした。
    今度は緑谷の髪に指を絡ませ、逃がさぬようにと後頭部を力強く引き寄せ唇を重ね合わせた。少し勢いがつき過ぎて最初は歯がぶつかり合ってしまい、カチンという音が頭の奥で響いた。
    驚いて身を硬くしていたと思うが、緑谷からの大きな抵抗はなかった。
    自分は今やってはいけないことをしている。
    なのにどこか他人事で、難しい思考は全て放棄した。
    無理矢理引き寄せなくても逃げる様子はなさそうで、緑谷の下唇をゆるく甘噛みした後は力加減を慎重に掴み、口付けに集中した。
    大きな手で慈しむように優しく緑谷の頭を包み、舌でゆっくりと歯列を撫で上げる。
    緑谷の身体は強ばりビクつきはするものの、強く拒絶されているような様子は感じられず、逃げられる事はなかった。
    どんな気持ちで自分から与えられる口付けを飲み込んでいるのか分からないが、そのチャンスを逃さないとばかりに飽きることなく柔らかい唇を貪った。
    唇の粘膜の境目を狙い、僅かな感触の違いを確かめながらじわじわと舌でくすぐる。
    いつもは大きく開く緑谷の口が小さくなって刺激に耐える。目はギュッと瞑られている。
    上手く息ができなくて苦しいのだろう。
    はぁっという熱い息遣いと共にほんの少し開かれた歯の隙間を狙い、強引に舌で割り開く。口内から逃げ場を失った哀れな舌を探り当て捕まえる。
    俺だって決して慣れてはいない。それどころか今日の緑谷とのキスが初めてだ。
    なのに自分の劣情を煽るこの粘膜を食い荒らせと本能が訴えかけて、ひたすら夢中で舌の届く箇所全てを舐る。
    初めは俺が一方的に緑谷の口内を蹂躙するだけだったが、おずおずと緑谷の舌が反応した。
    不躾な舌を押し戻そうとする動きではなく、受け止めるような動きだった。
    その舌は次第に、もっとと求めるような、控えめながら絡みつく動きに変化していった。
    その味は痺れるように甘く、理性は蕩け、見境がどんどんなくなっていく。
    応じられた舌の動きと同じように、控えめに緑谷の手が俺の背中に回される。
    これまで守ってきたものやしがみついてきた全てをかなぐり捨てて、ひたすら緑谷に縋り付いた。

    もっともっと、緑谷の奥深い所にまで触れたい。
    今まで誰も触れたことのない所まで。
    どこからどこまでが自分で相手か区別もつかなくなるほど口内を侵して我を忘れる。時折聞こえる緑谷の声が甘い。
    どれほど貪ったか分からなかった。
    もう舌も顎も触れていない所がない程お互いを味わった後、すっかり熱を帯び赤く色付いた2人の唇が息を上げ、ようやく名残を惜しみながら離れた。
    荒い息を整えながら見つめ合い、お互い何も言葉が出てこなかった。


    【泣き虫】

    …拒まれ、無かった。

    俺のこの想いは、緑谷に受け入れられたのか?
    生涯受け入れられる筈がないと、とうの昔に諦めて、いや、諦めようともがき続けてきた。
    だがさっきまでの出来事が全て夢だったかのように、どうしようもなく臆病になった心が、目の前に与えられたものをまだ信じられないでいる。
    歓喜と不安の入り交じった不思議な気持ちだった。
    何か言葉を口にして、その危ういバランスが望まぬ方に崩れてしまわないかが心配で、何を言っていいのか分からなかった。
    その最後の判断が下せずギリギリの拮抗を壊す事を恐れ、目の前の潤んだ深緑の瞳を見つめる事しか出来なかった。
    その時緑谷が、俺の背中に回した腕を解いた。

    ──離れてしまう

    そう不安を感じた次の瞬間、俺の頬と頭に緑谷の手が添えられ、唇に柔く温かいものが触れた。

    緑谷から、俺にキスをした。

    さっきまで散々唇を合わせていたのに、それでも信じられなかった。
    しかし激しくもないその優しいキスから、緑谷の柔らかい心が伝わってきた。
    信じていいと、受け容れてくれるんだと。

    「緑谷。」

    涙が滲んで視界が揺れた。
    最愛の人を腕に再びきつく抱き締め、もう一度震えた声でその名前を口にする。

    「…緑谷…。」

    「轟君。」

    優しい声がすぐ目の前で俺の名前を呼んだ。
    細められた目にはもう戸惑いの色は見えなかった。
    俺の頭に添えられていた緑谷の右手はまた背中まで降りてきて、そのまま子供をあやす様にゆっくりと撫でられた。
    自分が長年渇望し続けてきたものが、確かに腕の中にあった。
    長年同じところに留まり続けて澱んだ想いが濾過されて、目から溢れかえりそうになった。

    でも、ニッコリ笑って先に涙を零したのは緑谷の方だった。
    あぁ、やっぱり変わんねぇな。


    あの頃と同じ、泣き虫のままだ。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    👏🙏💯🙏💘👏😭😭😭👏👏🕒🕐🕔🎯💯🍆💯💯💯💯💯💯💯💯😭😭😭😭😭😭😭😭😭😭💖😭👏💖😭😭🙏🙏🙏🙏🙏💯💯😭😭
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    rcxEYSpryGNQ7wJ

    DONE轟くんの主観だった【弱虫泣き虫片思い/轟焦凍編】の話と対になっています。
    学生時代とプロヒの未来捏造です。
    片方だけでも読めると思いますし、轟くん版とどちらから先に読んでも特に問題無いと思いますが報われ感を強く感じられる読み方は轟くん版→緑谷くん版だと思います。
    タイトルに片思いとありますがハピエンです。
    当て馬モブ君が苦手な方はご注意ください。
    【弱虫泣き虫片思い/緑谷出久編】【日常の崩壊】

    定時で仕事を終えられて今日、いつもなら轟君との約束が果たせる事を喜ぶ時間になる筈だった。
    終わり間際に仕事が飛び込み、残業になる事はお互い珍しくない。だからこんな日は素直に嬉しい。
    轟くんの方も今日の業務を無事に終え、僕の終業を確認するメッセージを送ってきていた。

    今日は轟くんとご飯に行く約束の日。
    どんな時でも轟君は優しく僕の話を聞いてくれるから、また僕ばかりが話してしまったと毎回反省する。だけど轟くんはそれでもいいって言ってくれて、いつもついつい甘えてしまう。
    轟くんは自分の感情を表に出したり沢山話すのはあまり得意じゃないから僕の話を聞いているのが好きなんだと言ってくれる。そんな彼を思いながら、約束のある日は仕事の疲労に反して足取り軽くお疲れ様でしたと事務所を出て行く。
    16521

    rcxEYSpryGNQ7wJ

    DONE過去にツイー卜とふせったーでザックリ公開していた文章を加筆修正しました。
    まだまだ全体的に荒いので今後も直すと思いますが、どこかにまとめたかったのでひとまず安堵です。
    大人プロヒーローの轟くんと緑谷くんの話ですが、情緒不安定な轟くんがうるさい上に緑谷くんの事を好きなモブ後輩くんが出ばります。苦手な方は要注意。
    緑谷くん視点もその内。
    【弱虫泣き虫片思い/轟焦凍編】【日常の崩壊】

    日常と言うものはいつ打ち破られるか分からないものだ。
    そんな事はこれまで仕事を通して嫌という程理解している。
    …つもりだった。

    最近は大きな事件もなく、今日も無事に仕事を終えられた。かつて大きく狂った秩序は、取り戻せないものや消えない傷跡を残しながらも今や大勢が乗り越えようと逞しく生きている。

    おしぼりで手を拭きながら、ガヤガヤと騒がしい店内で目の前の席に座る見慣れたそばかす顔をホッと見つめる。
    そして今日もいつもと変わらぬ日常が続くとすっかり油断していた。

    俺達が雄英高校で卒業式を迎えてから2年半ほど。
    厳しい夏の暑さも和らいできた頃だった。
    プロヒーローになっても1-A時代からのグループLINEを通し、お互いの近況を伝え合ったりと元同級生達とは今も交流が深い。
    17763

    related works

    recommended works