ビルによって日陰差す路地裏が、悪事の掃き溜めになったのはいつからか。地に伏す幾数十体の男たちを眺めながら、簓は胸ポケットから煙草を取り出した。フィルターを食み、ライターの火を灯す。燃え移った炎は男の肺へ煙を運び、数拍を置いた後、呼吸とともに煙は鋭く吐き出された。
「いやぁ、派手にやられたなぁ」
最後まで立っている、という意味では勝利。しかし手放しに喜べるとは言い難い、ほろ苦い勝ち星だ。
隣に座りこむ赤髪の青年は明らかに青あざやら擦り傷だらけで、全身の負傷が見て取れる。口の中も切れたのだろう、吐き捨てた唾には赤色が滲んでいた。
「テメェのラップが軽すぎんだよ」
不満たっぷりに青年が愚痴る。そりゃいつも組んでるキミの相棒と比べたらなぁ、と脳裏を過ぎる返答はそのまま胃の中へ飲みこんだ。細い瞳をいっそう緩めて「何言うてんねん、俺のフォローがなきゃお前もっと攻撃もろてたで!」とその赤髪を手加減なしに掻き撫でれば「痛ぇわ!」と手を弾かれる。しかし尖っていた唇が吊り上がっているところを見ると、この返しが正解。
「ハンッ。吹き飛ばしてやったっつーの」
血の気が多い男は、事実で諭すよりわざと煽った方が立ち直りが早い。
そしてこちらが道化を演じた方が、御しやすい。
「ま、何事も一回じゃ『あき』まへんから『飽き』ずにやるでぇ!」
「サッム」
「ガ〜〜ン! 何でや! 分かりにくいっちゅーツッコミは分かる、けど寒くはないやろ!」
もだもだと納得がいかないとばかりに地団駄を数回したところで、スマホが鳴った。左馬刻から新着メッセージが一通。すばやく現状報告を打ち返す。
「説教か?」
「アホ、想像の数倍の人数押し返して説教すんなら絶交やで。初めてのタッグでここまで出来たなら上出来やろ」
MCDに山田・波羅夷の二人が参入してから幾週間。最初は合併前の二人組、もしくは四人で行動することが多かったものの、勢力を拡大する分、強襲に遭う機会も増した。
本日も四人で見回りしていた際に、異変を察知した一郎と左馬刻が先んじて駆け出したところで、チームを分断するように敵が現れ、囲まれる始末。先行く二人は何度か共に戦ったことがあるらしいが、簓と空却が組むのは今回が初めてだ。お陰様で息が合わず、いつもより多めに攻撃を食らう羽目になった。──とはいえ、主に攻撃を受けたのは進んで前衛に歩み出たこの青年だが。
幾度攻撃を受けても、その度に立ち上がり、倍返しの勢いで攻撃を仕掛ける荒くれ坊主。その精神力は目を見張るものがあり、才能の片鱗を覗かせる。攻撃が最大の防御とばかりに無闇な特攻を仕掛けるのは悪手だが、この歳にしては良いセンスの持ち主だ。
あとは勇足さえなくなれば十全だが。
「拙僧はもっとやれたぞ」
「一郎となら、やろ?」
投げかけた質問には返事の代わりに舌打ちがひとつ。
まだまだ青さは拭えなさそうだ。簓は苦笑しながら、空却の腕を掴み起き上がるのを助けてやる。
「お腹すいたやろ。食いたいもんある?」
「腹満たせりゃ何でもいーわ」
「んー……じゃああそこやな」