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    kasounokuma

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    kasounokuma

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    7月 奥様は18歳
    教師悟×呪専傑のハッピー572新婚さん本

    #五夏
    GoGe

    奥様は18歳(仮)見渡す限りの青い山並み。東京とは名ばかりの、地元の人でも滅多なことでは近付くことがないほど山奥。公道から一本外れた先に石造りの古めかしい階段があって、数十余段を上り切ると厳かな大鳥居が待っている。苔の生い茂る石灯籠がずらりと並んだ、長い参道のその先に神社の拝殿を模した東京都立呪術専門高等学校はあった。宗教系の私立校を装っているが、千余年の間、連綿と暗躍を続いている呪術界の最高教育機関であり、要のひとつである。
    見渡す限りが呪術高専の敷地だという広大な土地に神社仏閣を模した建物がひとつどころではなくいくつも乱立している。まるで神社仏閣のバーゲンセールのようだが、その半分は張りぼてだということはあまり知られていない。大事な呪具や呪物をしまっている忌庫や武道館の他、使われているのはたった十数人の為の校舎と寮、それから高専を拠点に活動する呪術師の居住スペースぐらいだった。
    太陽がてっぺんを超え、ゆっくりと傾ぎ始めた静かな午後。真っ黒なセダンがまるで滑るかのようにその校舎前のロータリーへと侵入した。ゆっくりそっと、いっそ厳かなほど丁重に止まった高級車の後部座席のドアが開き、降りてきたのは若い男がひとり。
    「三日間の長い任務、今回もご苦労様でした。夏油特級術師」
    「こちらこそ送っていただき、ありがとうございました」
    いつものように送迎を担当してくれた補助監督に深い労わりの気持ちを込めてお礼を述べたのは、ひと房だけ垂れ下がった特徴的な前髪に、長い髪をお団子状に結い上げ、細い眦にすっとした顔立ちをした、平均以上に縦に伸びた体を真っ黒な学生服に身を包んだ高専生―夏油だった。
    「やっぱり佐藤さんの運転は静かで心地いいですね。つい眠ってしまいそうになりました」
    「お疲れだったんですね。次から構わず寝てしまって大丈夫ですよ」
    「そんな、こちらは運転して頂いて、ただ乗っているだけなのに……。ただでさえ荷物が多かったので本当に助かりました。次の任務でも、またよろしくお願いします」
    「夏油特級術師の為ならいつでもどこでも喜んで!」
    「わ、嬉しいなぁ」
    自由にカスタムできる制服のズボンに今どきは珍しくボンタンを選ぶ個性派で、ふっくらとした耳朶には大きな拡張ピアスをしてまるでひと昔前のヤンキーそのものだったが、その実、十代とは思えないほど柔らかな口調と物腰の低さから、術師の手足となり、任務のサポートをする補助監督たちからは大人気の呪術師のひとりである。
    「―悪い人じゃないけど、伊地知さんほど気が利く人ではないのは仕方ないよね」
    学生の送迎車にしてはもったいないほどの高級車の後ろ姿が見えなくなるまでにこにこ笑顔で丁寧に見送った後、ひとりっきりになったところで三白眼をさらに細め、本性を露わにした夏油はひとりごちた。ふぅ、とひとつ肩を竦め、着替えなどを詰め込んだ小さなボストンバッグと大量の紙袋をよっこいせっと手にした。
    ようやく帰って来たもう一つの我が家を見上げる。特段変わり映えはなく、平和そのものだったが、そういえばちょっと前まで辺り一面ピンク色に染まっていた筈だった。満開だった桜はいつの間にかすべて風に攫われ、代わりにむせ返るほどの青々とした匂いと目にも鮮やかな深い青色の景色に変わり、生命力に溢れた新緑の季節がやってきていた。花の盛りはあまりに短く、任務に奔走している間にここで迎える四度目の春はいつの間にか終えてしまったらしい。今年もまたお花見出来なかったな、と気がついて夏油は小さく嘆息した。
    「夏油さーん!」
    校内をひとり歩いていた夏油の背中を追いかけるように声がかかる。振り返るとずっと遠く、グラウンドの方からぶんぶんっと大きく手を振ってくる人影が見えた。しかし、夏油から見れば豆粒のような大きさで誰だか視認できやしない。どんな視力をしているんだ、と内心思いつつ、その距離でもはっきりと夏油の姿を捉えられる相手に心当たりはひとりしかいなかった。
    「やぁ、悠仁」
    「もしかして今任務帰りっスか?おかえりなさいー!」
    赤みがかったブラウンの短い髪をなびかせ、全速力で駆け寄って来たのはやはり先月高専に入ってきたばかりの虎杖だった。その脚の速さはまるで野生の獣以上で、ばびゅんっと風を切り裂く音が遅れて聞こえるほどだった。さすが地元では西中の虎と呼ばれていただけある。過去の笑い話として聞かされた、虎杖のかつてのあだ名を思い出して夏油はひっそりと笑った。
    少し前までどこにでもある普通の高校に通い、どこにでもいる普通の高校生として、同級生たちと楽しく普通に暮らしていた虎杖だったが、回収予定だった特級呪物-両面宿儺の指を拾ってしまった運の悪い少年だ。宿儺の強すぎる呪力の匂いに引き寄せられた数多の呪霊たちから同じく巻き込まれる形になった先輩たちを助ける為、虎杖はその身ひとつで乗り込み、そして咄嗟の判断で宿儺の指を取り込んだという。一般人になかなか簡単に出来ることではない。本来であれば致死するレベルの猛毒だが、虎杖の強靭な肉体は宿儺の精神支配すら凌駕し、乗っ取られずにいられる逸材であった。
    その豪胆さに感心すると共に、経口摂取で呪霊を体の中に取り込む呪霊操術という特殊な術式にストレスを感じている身にとって、他人の吐瀉物を拭いた雑巾を濃縮したみたいな、クソほどまずい呪霊の味を知っている数少ない同士として夏油は虎杖を快く迎えていた。「まずいよね」「滅茶苦茶まずい」だけで伝わるのはこの二人だけだ。お互いにシンパシーと親しみ、そして同情めいた心地を感じていた。
    「もしかして訓練中だったんじゃないのかい?」
    「もう終わるところだったから大丈夫!」
    「おっつかれさまでーす!」
    「夏油さん、今回はちょっと長かったですね」
    「野薔薇も恵も訓練お疲れ様。移動も含めて三日間だけだよ」
    虎杖とは違い、後ろからゆっくりとやってきた釘崎と伏黒がぺこっと頭を下げる。普通の学校ではない高専では年齢なんて大して意味がなく、先輩には敬語を使えとかお辞儀の角度は四十五度じゃなきゃいけないだとか、そんな古臭い縦社会ルールなどは一切存在しない。なんせここで必要とされているのは呪術師としての強さであり、目の前の呪霊をいち早くすべて祓い、時に仲間の命を生かせるかどうかが最も重視される。四年制の呪術高専の最上級生であり、今の呪術界ではたった四人しかいない特級術師のひとりとして、そのトップ中のトップをひた走っているのがこの夏油という男なのは間違いがないのだけれど。
    「今回はどこに行っていたんですか」
    「ふふ、はい、これお土産。さて、どこに行っていたでしょう?」
    「あ、喜久福じゃん!俺の地元!」
    「わーい!やった!」
    夏油から手渡された紙袋には見慣れた店名のロゴが印字されていて、虎杖はぱぁっと表情を明るくした。たった一人の家族だった祖父が病気で亡くなり、宿儺の器と相成ったことで何もかもすべてを捨てて東京へやってきたのはまだたったひと月前の話である。去ったばかりの故郷の気配に虎杖が喜びを感じるのは無理もない。
    「定番のあんことずんだの二種類あるよ」
    「え!絶対両方食べたい。虎杖、あんた地元で食べ飽きているだろうから私がもらってやるわよ」
    「はぁ?なんでだよ、釘崎、俺だって久々に食べてぇよ」
    「じゃあ伏黒でいいわよ。レディーに譲りなさい」
    「俺も食いたいから無理」
    喜久福はずんだとあんこ、そして生クリームという和と洋をミックスしたねっとりとした絶妙な甘さを、柔らかで真っ白な餅が抱き締めるように包み込んだ和菓子だ。そのアンバランスさが人を魅惑する、虎杖の故郷仙台で有名な銘菓のひとつだ。駅前の販売店は常に行列が絶えず、任務終わりに並んでまで買った、そのずっしりと重たい紙袋の半分は虎杖たち後輩みんなの分で。
    「こーら、三人とも喧嘩しないの。全員が両方食べられる数は買ってきてるから仲良く分けなさい」
    「ヒュー!さすが夏油さん」
    「本当に!同じ特級なのに、やっぱりアイツとは違うわぁ!」
    そして残りの半分は釘崎に呆れたように「アイツ」と呼ばれた男の分だった。
    二十四時間、術式をフルオートで回しっぱなしの脳みそが焼き切れない為に常に甘い物を口にし、「お土産は絶対に喜久福にしてね!」とこれから任務に向かう生徒に堂々とリクエストをした教師らしからぬ教師。そう言えば、どこにいても目立つあの姿が今はどこにも見当たらない。
    「ところで訓練中だっていうのに三人だけなのかい?」
    「五条先生なら、授業の途中で夜蛾学長に呼び出されて行きましたよ」
    「えー……、五条先生、またなんかやらかしたの?」
    どうやらグラウンドで訓練していたのは一年生の三人だけらしい。本来、指導に当たるべき担任教師の姿はどこにもない。不思議そうに小首を傾げた夏油がいまだ手に持っている大きな紙袋が誰の分なのか、正確に察した伏黒が答える。
    わざわざ授業中に学長に呼び出されているなんて、相当厄介な任務の相談が入ったか、はたまた五条が何かやらかして夜蛾を怒らせたか、のどちらかに違いない。どちらにせよ夏油には嬉しくない話で、くらくらと眩暈がして頭が痛む。はぁ、と思わず長い溜息を吐いた。
    「本当は悠仁も一緒に仙台に連れて行ってあげられたらよかったんだけどね」
    「いやいや、何言ってんの。こう見えて死刑囚よ。俺。夏油さんのその気持ちだけで嬉しいっス」
    「慎ましいね」
    宿儺の指を取り込んだ虎杖を腐ったみかんもとい上層部は特級呪霊相当に認定し、早々に死刑判決を下した。特級過呪怨霊折本里香同様、虎杖悠仁を両面宿儺としてまるで家畜のごとく殺処分したい、という魂胆は誰の目にも明らかだった。もはや故郷に帰るだけの自由もままならない。
    「でもね、若人から自由を奪おうだなんて許されていないんだよ。何人たりともね」
    呪力も枯れた老害たちは何か後ろめたいことでもあるのか、保身しか考えておらず、下から突き上げる生命力に溢れた若い芽に摘まれることに怯えている。だが、そんな老害たちの為に若い術師の自由を制限しようだなんて、そんなこと許されていいはずがない、と断罪する夏油の口調は柔らかであったが、その声にはいささか鋭い棘が内包されていた。
    「ははっ、ありがとうございまーす。夏油さんって時々、五条先生みたいなこと言うね」
    にっかと歯を見せて全力で笑った虎杖に夏油は細い三白眼をぱちくりと丸くして、それから「それはちょっといやだな」と否定してくつくつと笑い出した。伏黒も釘崎も「馬鹿ね、アンタ。それ褒めてないわよ」「夏油さんに失礼だろ」と畳み掛けたものだから、虎杖は「えっ、そう?」と間の抜けた声を上げた。
    これのどこが特級呪霊だというのだろう。素直で、元気いっぱいで、正真正銘の根明。パンダが言っていた通り、虎杖は呪術師には滅多にいないタイプだ。本来、呪術師なんて決して楽しいとは言い難い、暗くて地味で陰気な仕事をすべきような子ではない。虎杖はまだ若く、呪術師としてはひよっこであったが、この明るさに救われる人間は術師であろうとなかろうときっと多いだろう。
    この無邪気な笑顔を守る為であれば、伏黒たちはいかなる敵、それが例え上層部であろうと、反逆の徒となることが容易に想像出来た。それをしないでいられるのは、ひとえに虎杖を保護下に置いて周囲を牽制している呪術界のトップ、最強を恣にしている五条のお陰である。
    ―五条悟、虎杖たち一年生の担任教師であり、今世最強の呪術師の名前だ。この呪術界において五条悟の名前を知らないものはもぐりである。頼りになるのかならないのか、真面目なのか軽薄なのか、いや、真面目ということは地球が真っ二つに割れたとしても絶対にないな、と夏油は思い直した。
    「ね、夏油さん、その代わりと言っちゃなんだけど、今度体術訓練付き合ってよ」
    「うん、いいよ。でも体術訓練と同じだけ武具の練習もやろうね」
    「うへぇ、やっぱり苦手なのバレちゃってる?」
    「この間、借りていった真希の屠坐魔を壊しちゃったって聞いたよ。これも呪力操作が基本だからね。呪具を使い慣れるまで練習あるのみ」
    「はー、五条より夏油さんの方がよっぽど先生らしいわ」
    釘崎と伏黒相手の体術訓練では物足りなかったのか、虎杖はどこかうずうずしているようだった。強靭な肉体を持つ虎杖なので、フィジカルギフテッドである真希や肉弾戦を得意とするパンダぐらい体格自慢でないと止めることは難しいだろう。趣味特技が格闘技だけあって、同じく体術訓練相手に困っている夏油としたらその提案は大歓迎だ。
    すると遠くから「おーい」という声が聞こえてきた。顔を上げてみると授業の道具を一式抱えた補助監督が校舎の窓から顔を覗かせて、ぶんぶんと大きく手を振っている。「あ、やべ」と三人は急に慌て出した。一年生はまだ座学も盛りだくさんなのだが、どうやら次の授業の時間を大いに過ぎているらしかった。
    「夏油さんは今日このまま上がりですか?」
    「さすがに任務後だからね。この週末は久しぶりにまとまったオフだからちょっとのんびりさせてもらおうかなと思ってるんだ」
    「じゃあ今日もまたいつもみたいに外泊するんですか?」
    「うん、そうなんだ、ちょっと家に帰ってくるね」
    「あ、そのお土産、五条先生の分でしょ?俺らから渡しとこっか?」
    「あー……、いや、すぐ会うと思うから大丈夫」
    手に持っていた残りの紙袋の行方が気になり、気を利かせた虎杖が先んじて声をかけてみたが、夏油は逡巡した後、ふるふると首を横に振って、でもありがとう、と言ってその大きな手でよしよしと頭を撫でた。まるで忠犬を褒める時みたいな手付きが擽ったくて虎杖は肩を竦めた。決して身長が低い訳ではないのに、自販機より大きな夏油からすれば幼い子ども相手のよう。そんな風に年相応に子ども扱いされることなんて久しぶりで少し照れくさい。
    それじゃあ、と軽く手を上げ、座学の為に教室に戻る虎杖たちとは違い、夏油はひとり寮の方へと向かう。ぴんとまっすぐなその後ろ姿を眺めながら、虎杖はくぅ~っと唸った。
    「やっぱ夏油さん超かっけ~!」
    虎杖と同じく一般家庭出身ながら、呪術師としての格付けは特級で、物腰は低く、口調は柔らかで、教師や後輩からの信頼は厚く、依頼主や補助監督にも分け隔てなく接して、誰からも一目置かれている。悪い噂のひとつも聞かない、誰もが手放しで尊敬できる憧れの先輩のひとりだった。夏油と話したことがある術師であれば、「いつかああなりたい」と一度は目標にするに違いなかった。地元じゃ負け知らずだった虎杖が憧れるように。
    「あの人って、冬ぐらいから毎週のように家に帰ってるわよね」
    「んー?そういやそうかも。家族思いなんだ」
    「実はマザコンだったりして」
    「はぁ?釘崎、お前それはさすがにないだろ」
    「だって、あんなに腰が低くて、優しくて、タッパもあって、顔もそこそこよくて、それでいてあのバカと唯一互角に渡り合える強さまであるのよ。これで港区区民ですとか言われてもビビらないわよ。もはや出木杉くんを超える完璧じゃない。欠点のひとつぐらいある方が人間らしいわよ」
    「だからとってマザコンってお前……」
    教室を目指しながら、ひそっと含み笑いした釘崎に虎杖と伏黒はぱちくりと目を丸くして顔を見合わせた。それから呆れ返った様子の虎杖は立派な夏油信者で、そんな訳ないだろうという顔をしている。
    「いや、あの人、両親いないぞ」
    「え?そうなの?」
    「本人から詳しく聞いた訳じゃないけど、たぶん呪殺されてる。俺と一緒で五条さんが後見人になってるはず」
    伏黒が思い出したように話して聞かせた内容は思いもよらず「呪殺」という衝撃のワードが飛び出してきて、油断していた二人の腹にずどんっと重たい鉛玉をぶち込んだ。さっきまでの浮かれたテンションとは打って変わって沈黙が重く垂れ込む。そういう伏黒の両親もすでにおらず―どうやら蒸発したとか本家に売られたとか死んだとかそれはそれでなかなかヘビーな話である―十年前ぐらいに突如現れた五条が後見人となっているのだが、どうやら夏油もその一人らしかった。
    「ま、呪術師やってりゃそういう境遇は少なくないか……。じゃあ家ってどこのことかしら。ご実家?お墓参り?」
    「妹たちのところとか?」
    「えー!妹さんいるんだ!超見たい!伏黒見たことある?」
    「双子のな。俺は会ったことない。今は高専が管理している保護施設で暮らしてる筈」
    では週末は唯一の身内である妹たちと一緒に過ごすのだろう、と勝手に結論付け、尊敬する夏油先輩の解像度を高めた虎杖はふんふんっと大きく頷いた。次、高専内で夏油を見つけたら稽古を付けてもらおう。それで出来れば妹さんのことも聞いてみよう。そうしよう。と思いながら、校舎の窓からは授業開始の時間を大いに過ぎて待ちくたびれた補助監督がすっかり項垂れてしまっているのが見えて、三人は慌てて足を速めた。



    東京都立呪術高等専門学校は表向き宗教系の学校で、その真の姿は呪術師の育成の為の学校を兼ねた呪術界の要所である。見える範囲すべてが高専のものという広大な敷地の中には教室も訓練場も寮も完備されていて、呪術師の卵たちを大事に育て上げる教育機関でありながら、強力な結界術師でもある天元を内包した呪術界の基底であり、数多くの呪物や呪具を封印し、陰日向に暗躍する呪術師たちの活動拠点となっている。
    「五条さんご機嫌ですね」
    何かいいことがあったのか、楽しいことでもあったのか、アイマスクで顔の半分を覆い隠していてもその上機嫌さが伝わるほどで、でもだからといってどうして補助監督たちの仕事場である事務室にいるのか、ふんふふーん、と楽しそうに鼻歌高らかな五条を誰もが恐ろしいものを見るかのような眼を向けていた。
    ここ最近、特別何をする訳でもないのに五条がよく来る。今日はとにかくご機嫌というか、テンションが高いというか、絵に描いたような軽薄さはいつものことなのだが、五条の周りの空気だけがほわほわと明るく温かに感じるほど機嫌がいい訳である。そんなの一年に数度あるかどうかのレベルで、非常に気になるが周りの誰も声を掛けられず、そして何より仕事がしにくい。社長がバックオフィスに乗り込んで来たぐらいの気まずさがあって、地方への出張任務を終えて戻って来たばかりの補助監督も「うわっ!」と驚くほどで、ようやっと羽根を伸ばせるかと思いきや五条に話しかけられて緊張を強いられている。伊地知さんお願いしますよ!という周りのプレッシャーに今日も負けてしまった伊地知が声を掛けた次第である。
    「分かる?実は今日ね~……、んっふふ、やっぱりダメ、もったいないから教えてやんない」
    「えぇ~!何ですか、滅茶苦茶気になるじゃないですか」
    「だってさ~、ふふふ、いいよねぇ~」
    五条とは長い付き合いの伊地知がうまくおだてながら、何がですか?教えてくださいよ、と追及するものの、五条は終始楽し気でうふふ、あはは、と含み笑いが止まらない様子だった。いいことがあったというなら相手を喜ばせる「さしすせそ」でいくらでも褒めそやし、さらにご機嫌を取ることだって出来るのに。
    そして、かちり、と時計の針が十八時を過ぎた音がやけに大きく聞こえたところで五条はすっくと立ち上がった。
    「はい!僕の待機時間終了!じゃ!帰るね!」
    緊急の任務が入った時の為に、手の空いている術師は持ち回りで待機時間がスケジューリングされている。一年生の体術訓練の傍ら、十八時まで待機扱いになっていたのは五条だった。じゃ、と言いながらその長い脚はざっかざっかとすでに待機室を出て行こうとしていた。
    「ご機嫌な五条さん、不気味っス……」
    「もしも緊急の任務が入ってたらここは地獄の一丁目になっていたかも知れないですね」
    まるで嵐のよう。さっさとドアの向こう側に五条が去った後は静けさだけが残された。今日はこれから何か楽しみな予定があって、よっぽど帰りたかったのだろう。追加の任務がなくて本当に良かった、と伊地知がほうっと胸を撫で下ろした。例えそれが伊地知のせいでなかろうと、向こう一ヶ月はこのネタでいびられるのが目に見えている。
    「これからキャビンアテンダントとの合コンでもあるんっスかね」
    「あの五条さんがそんなことで浮かれるはずないでしょう」
    「じゃあ看護師さん?」
    「新田さん、そういうことじゃなくて」
    弟が京都校に通うことになってから補助監督に就いた新田は元ヤンらしく、あの五条にも物怖じしない。不敬ということはないが、ガン飛ばし競争があったら伊地知よりも上だろう。じゃあ保育士、いやモデルかな……と考え込んでしまった彼女にもはやツッコミが追い付かない。
    有頂天という言葉が似合うほどあんなに機嫌のいい五条は久しぶりのことであったが、よくよく思い出してみれば最近は以前よりも雰囲気が優しくなった気がする。補助監督の仕事ではない、クリーニングを取りに行かされたりすることも、話題の新作スイーツを買いに行かされることも最近はめっきりなく、任務中の無茶ぶりも少なくなった。どんな心境の変化だろう、と伊地知は考えてみたが五条が離さないことなど分かる筈がない。
    「理由は分からないですけど、あれほどまでに五条さんの機嫌をよくするものがあるなら、是非一度お目にかかって御礼を言い倒したいくらいです」
    まるで神様を前に拝むかのように一度手を合わせた伊地知に新田もしみじみと頷いた。さて、私たちもやりますか、とひと声かけて、すっかり滞ってしまった仕事を片付けるべく、伊地知は気合を入れ直して業務を再開した。

    四年制の学校を卒業後、一年はモラトリアム期間となり、かつての成人年齢である二十歳を迎える頃にいっぱしの呪術師として任務を請け負う。大抵が寮を出て自活を始める術師が多い中、そのまま高専の中に居を構える奇特な者もいる。任務に教職に忙しく、一年のうち何日かだけでも家でゆっくり出来たら御の字な呪術師―五条がそのいい例だ。
    五条の家は補助監督の仕事場である事務室より少し先、高専の敷地の奥にある呪術師が休む為に用意されたこじんまりとした宿舎、世間一般で言うところのいわゆる社宅、にある。術師の休憩や有事に利用される以外、五条の他に常時住んでいる者がほとんどいないのをいいことに、そのうちの二つの部屋の壁をぶち抜いて広々と自由気ままに使っている。
    事務室を出て二分、自宅のドアに辿り着くにはこれが最も速いことに気が付いてからはもっぱらこのルートなのだが、そうなると最後の三十分は忙しく動き回る補助監督たちにちょっかいをかける以外には完全に何の仕事もしていないことなど歴然なのに、五条に対して誰も文句が言えないでいる。ドアの前でささっと服の乱れをチェックし、アイマスクによって天に向かって逆立った白銀の髪を撫でつけ、満を持してピンポーンっと呼び鈴をひとつ鳴らしてから五条は玄関のドアを開けた。
    「たっだいまー!グッドルッキングガイ五条悟が今帰ったよー!」
    ぱたぱたと柔らかなスリッパな音がして、リビングに続くドアからひょっこり現れた姿に五条はさっき直したはずの髪のことも忘れ、付けていたアイマスクをぱっと外してその場に放り出した。
    「お、おかえりなさい、五条先生」
    「傑ー!」
    いつもの制服姿ではなく、ゆるっとした黒のサルエルパンツにTシャツといった馴染みの私服に、その上から真っ白でふりふりのフリルがたっぷりとついたエプロンを身に着けた夏油が現れる。機能的には決して優れているとは言い難いがその装いはまるで新妻そのもので、頬を少し赤らめて気恥ずかしそうに言うのを最後まできっちり聞き届けてから、感極まった様子で五条がその体をぎゅうっと抱き締めた。
    「一週間ぶりの傑だ~」
    教師と生徒、同じ高専にいるというのに二人がこうして顔を合わせたのは、ちょうどこの玄関で「いってらっしゃい」と言われてから実に一週間ぶりのことだった。それもこれもタイミングが悪いことに週の前半は五条が、後半は夏油が地方へと入れ替わりで出張だったせいだ。
    夏油の身長は平均よりも大きく成長したものの、さらに縦に長く伸びて二メートル近い五条の腕の中にやすやすと包み込まれてしまう。思わずうわっと大きな声を零した夏油が慌てるのも無視して、五条はお団子状に纏められた頭の先にすりすりと頬を摺り寄せ、すんすんっと鼻を鳴らしてその匂いを思う存分嗅いだ。まるで知性のある人間の所業とは思えぬ本能的かつ動物的な行動が気恥ずかしいのに、五条はそれだけでうっとりとしていて夏油はひどく居心地が悪い。
    「ちょっと、嗅がないでよ。匂ったら嫌だから」
    「傑のいい匂いしかしないよ」
    「今日はちょっと蒸し暑くて汗かいたから心配なんだって、ひゃあっ!」
    「ほんとだ、ちょっとしょっぱいね」
    ふぅん、と言いながら五条が首元に顔を埋めたかと思うと、ぺろっと長くて赤い舌に首筋を舐められて、びくんっと大げさに体を跳ねさせた夏油の口からは上擦った声が飛び出した。匂いを嗅ぐどころの騒ぎではない。思わず「コラ!」と窘め、キッときつく睨み付けるが、なんせ今の夏油は頬を赤らめてふりふりのエプロンを身に着けているのだ。どこからどう見ても可愛い。怒っていても可愛さの権化である。
    「エプロン姿可愛いね。すっごく似合ってるよ」
    「これは五条先生が」
    「悟」
    「……ねぇ、今、私怒ってたよね?」
    「でも家の中では五条先生じゃなくて悟って呼んでくれなきゃやだやだやだやぁだ」
    「ったく、君は一体何歳児なの。悟が、これで出迎えてくれなきゃ嫌だって駄々こねたんだろ」
    「うんうん、とっても似合ってるよ、僕の可愛い奥さん」
    甘ったるい声で唇を尖らせる姿はまるで教師とは思えない。「子どもか」とツッコミを入れながら、それでも素直に従って言い直してくれた夏油ににまにまとだらしなく相好を崩した五条はその剥き出しになった額にちゅっと音の付いたキスを落とした。
    夏油は虎杖たちに「家に帰る」と伝えていたが、それは決して嘘ではない。彼らは夏油の実家に帰省している、と勘違いしているのは分かっていてあえて訂正していないだけでここも夏油の家に違いなかった。ここは高専の中にある五条の自宅、正確に言えば五条悟と夏油傑、もとい戸籍上では五条傑という名前になった、れっきとした二人の家であった。
    夏油は呪術高専の四年生でありながら、同性婚がようやっと認められるようになった昨今、去る二月―成人となる十八歳の誕生日を迎えたその日に、五条と一緒に婚姻届を提出した。つまり極秘裏であったものの、公的機関において二人は確と「夫夫」として認められていた。
    夏油が五条悟の唯一の伴侶となったことを知っているのは今のところ五条家でも老々たる古参どころと、証人欄に署名をしてくれた学長である夜蛾と五条の十年来の友人であり校医を務める家入、そして夏油の唯一の家族である双子の妹、美々子と菜々子だけである。
    「傑もおかえり。出張お疲れ様」
    「ただいま。ありがとう」
    ぎゅうっと再び強く抱き寄せられ、まるで返事をするように夏油もまた五条の無駄な贅肉のひとつもない背中にする、と手を回した。とくとくと規則正しく脈打つ胸に頬を寄せる。なんてちょろいのだろう、と自分でも分かっているが、五条が土下座をしながら「着てください」と買って寄越してきたふりふりのエプロンを受け取ってしまったのも、体格のいいゴツい男が身に着けたところで気持ち悪いだけでは?とげんなりしつつも大人しく身に着けてしまうのも、五条が帰ってくるまでそわそわと浮足立って十八時になるまで何度も時計を見てしまったり、呼び鈴の音に飛び上がる勢いで玄関まで小走りで迎えに行ってしまうのも致し方ない。夏油だって一週間ぶりにこの家に帰ってきて、五条にまた抱き締めてもらえたことを嬉しく思っているのだ。
    「傑に会えなくて寂しくて死んじゃいそうだった」
    「滅多なことを言うもんじゃないよ。会えなかったのはたった一週間だから、今回はまだマシな方だろう?」
    「それに全然電話かけてきてくれないし!」
    「夜になると活発になる呪霊もいてタイミングが難しかったんだよ」
    「僕は毎日傑に会いたいし、会えないと辛いし、何より心配なんだよ」
    「私だって特級だよ。悟にはまだ敵わないかも知れないけど、任務で失敗したことはないんだけど」
    青空を切り抜いてはめ込んだかのような不可思議な色をした五条の瞳を間近に覗き込みながら、その腕の中で夏油は少し眉を顰めながら小首を傾げた。まるで心外だと言わんばかりに不服そうだ。人より体格に優れ、人より少し早く大人になっただけで、常に冷静沈着で柔和で知的そうに見えて実のところ短気で、夏油のそういう素直すぎるところが三十路前の五条からすれば眩しく、まだまだ世間知らずの子どもで、それゆえに可愛らしく心配に思えてしまう所以だと気が付いていない。
    「あー、違うよ。ごめんごめん、任務のことは心配してない。それよりどこ行ってもモテすぎる僕の奥さんのことを心配して言ってるの」
    先ほどまで事務室にいた五条は不透過なアイマスクの下で補助監督たちをこっそり観察していた。その中には夏油と三日間を共にした補助監督も含まれている。現に任務は滞りなく完了し、一級相当の呪霊をその身に取り込んだらしい。教師として生徒たちの成長ぶりを尋ねる振りをして、地方出張の間に特別変わったことがなかったことはすでに確認済みである。
    年配には手のかからない物分かりのいい子どもとして、後輩たちには憧れの先輩として、昔から夏油は老若男女問わずモテてしまう。なんせ大人気がいきすぎて、依頼人から誘われたり、はたまた「うちの娘の婿に来ないか」と押し問答になるのはよくよくあることだったし、行動を共にしてサポートしてくれる補助監督が女性だとさらに厄介で、学生相手だということを忘れてその目をハートにして本気で惚れ込んでしまったり、次の任務では誰が付いていくかを取り合って熾烈な戦いが勃発するという事案が入学当初から幾度となく発生したぐらいだった。
    術師も補助監督も人手不足だというのに、夏油術師の任務に付いていける補助監督は原則男性で、その中でも伊地知レベルの熟練者のみ、とひどく限定されてしまった。というか、限定したのは他ならぬ当時担任だった五条だ。
    「本当はこの家の中にずっと閉じ込めておきたい」
    「また馬鹿なことを言い出して……」
    残念ながら夏油は専業主夫なんて柄じゃない。なんせ正義感が人間の形をして服を着て歩いているかのような男である。力を持つ者は弱きを助け強きを挫く為にあるべきだと思っていて、自分の生まれ持った術式を使い、ひとりでも多くの呪霊を祓い、人々を助けようと本気で思っている。そんな高潔さが好ましいと思う反面、胸に抱いた美しい理想が何かのきっかけで崩れるようなことがあれば、たちまち脆くて危なっかしい。
    「これでも結構本気なんだけど」
    自信家で目立ちたがり屋でそれに見合う実力もある夏油が人の言うことを大人しく聞くようなタマではない。五条のそんな過保護な願いは鼻で笑われて終わりだということぐらいよくよく分かっている。だからこうしてぎゅうっと抱き締めて、お互いが何よりも大事だと伝えて、無事にここに帰ってきて欲しいと希うしかない。
    「傑」
    五条の声のトーンが変わったことに夏油はすぐに気が付いた。いつものわざとらしいほどの軽薄な態度が嘘みたいに、じゅわっと匂い立つほど熱っぽいそれ。これまでこの声に幾度となく名前を囁かれているのに一向に慣れる気配はない。名前を呼ばれただけで夏油の心臓はどくどくと早鐘を打ち始め、頬はかっかと赤らんだ。
    なんせ五条という男は人形のように美しい顔をしているだけでなく、モデルのようなスタイルで、今世の呪術師で最強で、それでいて低くて心地よい綺麗な声をしている。美人は三日で飽きるなんて嘘だ。美しいものはいつまで経っても美しく、どんな時でも周りの人を魅惑してやまない。
    夏油はぐっと押し黙って、それから素直に受け入れるようにそっと目を閉じた。いじらしく震える睫毛を了承の印と受け取って、顔をそっと寄せた五条は夏油の唇に己のそれで触れた。まるで壊れ物を扱うように優しく重ねるだけ。重なった唇は記憶の中のそれよりもずっとしっとりとしていて、まるで吸い付くように離れ難いものだった。二度、三度と角度を変えながら、ちゅっちゅっと音の付いたキスを落とす。
    「ん、悟……」
    唇の合間から生温い吐息と共に零れるように夏油に名前を呼ばれて、空色の瞳をカッと見開いた。まるで「もっと」と強請られている気がして、一生懸命抑えつけていた欲望が一気にむくっと頭をもたげるのが五条には分かった。目の前のまだ発展途上の細い腰をかき抱き、後頭部に回した手で夏油をさらに近く引き寄せると、今度はいささか乱暴に唇を重ねた。
    「んンぅっ!」
    大きく開いた口でまるで獣じみたキスは、まるで今にも食べてやろうとしているかのような激しさだった。一瞬たりとも離すのが惜しいと言わんばかり、幾度となく角度を変え、より深く重ね、お互いの息を奪い合う。はっと息が紡ぐ瞬間を狙い、五条はぬるりと無遠慮に舌を差し入れた。
    「さと、んんっ、んーぅ……っ」
    「ン、傑……ッ」
    尖らせた舌先で皮膚の薄い上顎を突き、歯列の裏を辿り、くちゅ、くちゅりといやらしい水音を立てながら、夏油の敏感な咥内を我が物顔で蹂躙していく。五条は夏油の舌を捕まえると、二人分の舌をねっとりと絡ませ、根元から敏感な舌先までゆっくりと舐った。かと思えば絡めた舌で吸い付いてみたり、次第に動きが激しくなっていった。
    零れるように呼んだ名前はすっかり欲望にしとどに濡れた色をしていた。体の中から熱く燃え滾り、吐く息は荒くなって、感覚は鋭くなっていくのに思考だけがじゅくじゅくと熟れたように溶けてぼやけていく。飲み込みきれなかった二人分の唾液が唇の端から溢れて、身長差で五条を見上げる形でキスを享受している夏油は今にもその不思議と甘い海に溺れてしまいそうだった。
    思わず目の前にある胸にしがみついた夏油の左手を五条のそれが掠め取る。普段は無下限で何人たりとも触れることすら出来ない男の手の平は大きくて、まるで造り物のように綺麗な顔とは裏腹にごつごつと節くれだった指はしっかりと大人の男のそれだ。夏油の前では無条件で術式が解かれていて、手の平の皮膚の一等薄い敏感なところを指の腹で撫でられたかと思うと、するり、と指が滑って指の付け根に触れた。
    夏油のその薬指には高専の中では付けていなかった筈の腕の太い銀色の輪っかが嵌められている。シャープなラインが美しい、平打ちのそれはまごうことなき結婚指輪であった。夏油がまだ学生ということもあり、結婚していることは秘密にしている二人だったので、夏油がそうやって五条と揃いの指輪をするのは週末のオフにこの家に来られる時だけだった。
    「付けてくれてるの、やっぱり嬉しいな。ここも、傑も、全部僕のものって気がして」
    「あっ、ぁっ……悟………ん、んぅ………ッ」
    まるで指輪の存在を確かめるかのように指先で撫でたかと思うと、すりすり、するり、と夏油の指と指の合間に滑り込んでいく。所謂恋人繋ぎと呼ばれるそれで柔く握り込んだ。たったそれだけ、なのに手を繋ぐと呼ぶにはあまりにいやらしい手付きで、片手の、それも指の付け根という普段なら意にも介さぬところをピンポイントに愛撫されて、夏油はひどく感じ入ってしまう。まるで他の誰も触れたことのない柔い部分を五条の前では丸裸にされている気がして、夏油の心臓はうるさいぐらい早鐘を打つ。くらくらと眩暈がしそうだった。
    「んっ、んぅ……っ、ふっ、んん………っ」
    髪の合間に入り込んだ指の先が夏油の生真面目な性格通り、きっちりと結い上げていたお団子頭をぐしゃりと乱していく。はらり、と艶やかな黒く、長い髪が滑り落ちて五条の手や夏油の頬を擽った。
    「あっ!」
    腕の中の夏油はびくんっと大げさに身を震わせ、ついでその顔をかぁぁぁっと赤らめた。腰を抱いていた五条の手がするする、と滑っていき、背中で結ばれたエプロンの紐の下にある臀部をさわさわと撫でたからだ。
    「さ、悟……っ」
    「んー?なぁに?」
    止まないキスに集中したいのに、鍛え上げられ、きゅうっと引き締まった夏油のまろい臀部を下から揉み上げる手が呼吸を乱していく。悪戯な指先が双丘のあわいをわざと狙ってぐいぐいと食い込ませてくるものだから堪らない。さらに脚の合間に入り込んだ五条の長い脚が的確に夏油の体の中心にある性器を狙って下からぐりぐりと刺激してくる。服の上からだというのに五条のその意図的にいやらしい手付きも意地の悪い脚も止まる気配がなく、途端ぞわぞわっとしたものが夏油の背筋を這い上がっていくのはどう見ても擽ったさからではなかった。
    何が「なぁに」だ。素知らぬ振りをする五条に噛み付きたくても、キスで塞がれたその口は吐息の合間に「あっ、あっ」と甘やかな声を零すしか出来なくて、さらに追い打ちをかけるように舌先に嬲られ、ぴちゃぴちゃと激しい水音に飲みこまれてしまう。
    とん、と壁に押し付けられ、逃げ場がないまま容赦のない愛撫とキスを施された夏油の手がぎゅうっと五条の教員用の制服を握り締めた。結婚するよりも前、同級生とのアオイハルの経験がちらほらとあったらしいが、不誠実の看板を背負って適当に遊び歩いていた五条との間にある十歳分の経験値の前ではその差は歴然だった。
    「だめ……だってば………っ!」
    「っ!」
    負けん気の強い夏油が無遠慮に侵入していた舌にぢゅっと強く吸いついた。途端、根本からじんっとした痛みと、それから小さな快感が駆け抜けて行って五条の脳髄まで震わせていく。
    思わず五条の肩が大きく震えて、そっと目を開けるとゼロ距離に夏油の三白眼があった。間近に見やったその瞳はどうだ、してやったりと言わんばかりだったが、じゅくりと潤んだ輪郭に赤らんだ目元はあまりにセクシーで、駄目だと言い張ったところでちっとも説得力がない。
    夏油は自分のことをデカくてゴツくて可愛げがない、と考えていて、五条が自分を伴侶に選んだことをいまだに不思議に思っている節さえある。自覚のない天然誑し。セクシーダイナマイト。そんな風に睨んだところで相手を煽るだけだと分かっていない。だから心配なんだ―ということを早いうちにきちんと理解してもらわないとならない。
    「なんで止めるの?いいところなのに」
    ようやっと唇を離したかと思うと、今度はぺろっと唇を舐められた。ぴちゃぴちゃと音を立て、犬のように無邪気に、それでいて子どもが悪戯する時のようにわざとらしく、二十八歳児はえらく不満そうな顔をしている。
    「待ってってば、だって、ここ玄関っ」
    「玄関でエッチなことするの、夢だったんだよね」
    「AVの見過ぎだっ!」
    「ていうか、玄関じゃなかったらいいの?もうベッドに行く?抱っこして運んであげようか?」
    「んぅっ、そういうことじゃ……っ、ひっ、ぁっ、そ、それに夕飯だってまだなのに………っ」
    退勤してからほどなく、世間的には夕食時である。そう言われてみれば昼食後にクッキーを食べて以降、何も食べ物を口にしていない。高専を後にしたばかりの五条はもちろん、五条の家で大人しく帰りを待っていた夏油も夕食はまだだった。胃の中はといえばすっかり空っぽで、開け放したままのリビングの方から空腹をざわつかせる芳しい匂いが漂っていることに五条は気が付いた。
    「さっきからいい匂いがしているね。僕、お腹減ってきちゃった」
    するりと慣れた仕草でTシャツの裾から左手を忍び込ませ、じんわりと熱った夏油の背中を撫ぜながら五条はくんくんっと鼻を鳴らした。そう言いながらまったく止める気配がなく、ついには直接肌に触れられた夏油がひと際甲高い声を上げる。
    背中が弱いのを分かっていて、つつつ、といやらしいほどゆっくり上に向かって這っていく指の感触を全身の神経がつぶさに追いかけている。これまでの甘やかな記憶が呼び起こされ、勝手に期待を大きく膨らませた夏油の体は小さな刺激ですら逃すまい、と浅ましいほど敏感になっていた。
    「ひっ、あっ、ぁっ、だから、夕食の準備中だった、ンッ、だよ……っ。温めるだけだから、すぐ用意、するから、ぁ………っ」
    「わぁい、傑の手料理久しぶりで嬉しいな」
    「だ、だったら、この手止めろって、ば……っ、だめ、あっ、アッ!」
    まるで触れられるのを今か今かと待ち侘びているかのように、ぴんっとはしたなく立ち上がった乳首についに五条の指が触れた瞬間、びくびくんっと過敏なほど夏油の体は大きく震えた。
    「乳首気持ちいいね。傑はこうやってくりくりされるの好きだもんね」
    「あっ、ぁ、んん………ぅっ!」
    「それとも今日はぎゅうぎゅうって引っ張られたい?」
    「ひぁっ!あっ、やぁ……っ、それ以上はダメ、ってば、んあ……っ!」
    「なんで?ここからがいいところでしょ?それとも気持ちよくない?指よりも舐められたかった?」
    「気持ちいい……っ、気持ちいいから、ぁっ、ダメなんだってば……っ」
    ふりふりエプロンの下ですっかり捲れ上がったTシャツから覗いたまあかな乳首を指できゅうっと摘ままれ、右と左、両方を同時にくりくりっと転がされる。無骨な親指と人差し指の間で擦り上げられる度にじんっと痺れるような快感が全身を駆けていって、甘やかな声を零した。くりくりと抓まれながら舐められたらもっと気持ちよくなってしまう。そんなのはダメ、とふるふると首を横に振った夏油の長い黒髪がさらに乱れた。
    「もう少しこうやってイチャイチャしていようよ」
    「やっ、アッ、もう少しって、言って、いつもしつこい癖に……ひっ、ぁっ、あ………っ!」
    「だって傑ってばどこ触っても気持ちよさそーなんだもん」
    「それはっ、んっ、さ、とるが、あっちこっち弄るからぁ……あ、んんっ!」
    「そうそう、傑をエッチな体にしちゃったの、僕だからね」
    五条は結婚をすると同時に容赦がなかった。隙あらば抱き締め、キスをし、愛を囁く。夏油の体において、五条の手が、唇が、舌が触れたことがない場所などもはやひとつもなかった。これまで散々快楽を教え込まれた若い雄の体は性欲に従順で、あっという間に体の中から作り変えられてしまった。
    散々っぱらキスでとろとろに蕩けた体は少し愛撫されただけであっという間にぐずぐずになってしまう。羞恥と快楽に赤く染まりながら、次は、と浅ましく期待してしまう。なんせ夏油のどこにどうやって触れると一等気持ちよく出来るのか、知っているのも五条なのだ。脚の合間に無理やり入り込んだ五条の脚の上で夏油の性器が徐々に兆し始めていることもきっともうバレてしまっているに違いない。
    「これ、裸エプロンみたいですっごくいい。ね、傑、今度本当にやってみない?」
    「~~~っ!」
    ふふっと耳に吹き込まれた五条の声も熱っぽいそれに変わっている。思わずドキッとしてしまい、すっかりぐずぐずの腰が今にも崩れ落ちそうになるのを夏油はぐっと堪え、最後のなけなしの理性を振り絞った。
    「さーとーるー!」
    「痛っ!痛たたたたたっ!」
    「バカッ、あんまり我がまま言うとご飯食べさせてあげないよっ」
    不満そうな声を上げる五条の国宝級に美しい顔をぱちん、っと夏油は両の手で挟んだ。それからついでにむにぃーっと渾身の力を込めて左右に引っ張った。三十路直前とは思えないほどすべすべで柔らかで、染みのひとつもない、よく伸びる頬である。男子高生、しかもただの男子高生ではなく呪術師として鍛え上げられているのがポイントである、の力で遠慮もなく引っ張られ、夏油の前ではオートで無限を解いていた五条は大げさに痛みを訴えた。
    まったく暴力的なんだから、とようやっと指が離れてすっかり赤くなった頬をさすさすと擦る五条の目の前、ぷっくりと赤らんだ乳首を丸出しにしたまま、顔をまあかにしている夏油はとってもエッチで可愛いのだけれど、ふーふーっと荒い息を吐きながら切れ長の三白眼をじゅくりと潤ませ、睨み付けてくる様はまるで毛を逆立てた猫のようで思わずふはっと笑ってしまう。
    「あんまり可愛かったからつい。意地悪してごめんね?」
    「……本当に悪いと思ってる?」
    「思ってるよ!ほら、このグッドルッキングガイの誠意ある顔を見てごらん」
    「………」
    「傑くん、待って。無言がいちばん辛いから、お願い、何か言って」
    夏油は優しいので五条がこのまま押して押して押しまくればいつものように流されてくれたかも知れないが、夏油の手料理にも心惹かれたし、怒らせるのは五条の本意ではなかった。何より夏油は拗ねると長いのだ。仲直りの手段はいくつか持っていたが、せっかく二ヶ月ぶりに二人の丸一日のオフが重なったのに無駄な喧嘩をしている場合ではない。
    すっかり捲れ上がったTシャツを甲斐甲斐しくせっせと元に戻してやる。されるがままの夏油の腰を抱き寄せ、五条は目の前にある旋毛に流れるようにちゅっと口付けを落とした。
    「……怒ってる?」
    「ふふっ、怒ってないよ」
    思わず笑みを零した夏油の言う通り、帰って来たというのにいつまでも玄関にいた訳で、五条が夏油の手を引いてようやっとリビングの扉をくぐったのは、呼び鈴を鳴らしてから悠に三十分が経った後だった。

    一度自室へと戻った五条が私服に着替えてリビングに戻ると、手際よく夕食の準備に取り掛かっていた夏油が顔も上げずにひたひたと歩み寄る気配に向かって「ちょっと待ってて」と声を掛ける。その背中ではリボン結びされたエプロンの紐がふわふわと尻尾のように揺れている。玄関だけでなく、実はキッチンでエッチなことをするのも夢だった、と言ったらさすがに今度こそぶちギレられそうだな、と五条は思い留まった。
    「どうかした?悟」
    「んーん、夕飯何かなーって」
    「また何か良からぬことを考えてるな……。今日はハンバーグだよ。好きだろ?」
    対面式キッチンの向こう側にいる夏油の手元を五条は軽々と覗き込む。先ほどまで美味しそうな色をしていた頬はすっかり元通りで、真剣な眼差しでフライパンの中を覗き込んでいる夏油はエッチなことなんてひとつも知らないという顔をしていた。ふつふつと音を立てる蓋を開けるとほわっと盛大に湯気が飛び立っていき、任務から戻って、まっすぐこの家に帰って来た夏油が以前買って冷凍しておいた挽き肉でせっせとこねこねしたお手製のハンバーグがブラウンソースを身に纏って姿を現した。
    「うん、好き」
    「何、急に、どうしたの」
    「美味しそう。傑が僕の為に一生懸命作ってくれたって考えるとすっごく嬉しい」
    「……おだててもこれ以上は出てこないからね」
    本当のことなのに、とまだ何か言いたげにしていた五条を夏油はしっしっと追い払った。あんなとろとろにとろけた甘ったるい顔で、誰にも聞かせたことがない甘い声音で、こちらをぐずぐずに溶かす甘い言葉を吐かれたら溜まったものじゃない。五条が気に入ってよく頼む砂糖の塊のような、チョコとキャラメルとマシュマロが一緒くたになったフラペチーノよりも甘く感じるというのに、放っておいたらさらに角砂糖でもぶち込みそうな勢いなものだから夏油はどうにかなってしまいそうだった。
    犬のように追い払われた五条は大人しくウォーターサーバーで二人分の冷えた水を用意していると、広々としたダイニングテーブルにはすでにポテトサラダの先客が並んでいた。綺麗にマッシュされたものではなく、柔らかに茹でたじゃがいもはごろごろと少し形が残っていて、大振りのベーコンやきゅうり、そしてマヨネーズで混ぜ込まれている。隠し味は胡麻ドレッシングで、胡麻のコクとちょっとの酸味がいいアクセントになる。周りに添えられたロメインレタスに包んで食べるのが五条は一等好きだった。
    「はい」
    炊き立てなのだろう、ほかほかと湯気の立った白飯が山盛りよそわれた茶碗を手渡される。煮込みハンバーグ、ポテトサラダ、それからほうれん草と油揚げがたっぷり入った味噌汁。真っ白な食器たちはまるで最初からその為に生まれたかのような顔をしていて、テーブルの上はたちまち賑やかになった。久しぶりに一緒に過ごせるから、と料理がそれほど得意ではなく、レパートリーの少ない夏油なりに五条の好きなメニューばかりを選んで頑張って作ってくれたのがよく分かる。
    「人参がうさぎの形」
    「……美々子菜々子に作ってた時の癖で、つい」
    「はは。これを傑が……ふふっ、可愛いね」
    「もう二度としない」
    「いいじゃん。またやってよ。違う形も持ってるんでしょ。次は何が出てくるか、楽しみにしてるからさ」
    「馬鹿にした癖に」
    「そんなことないよ。こんなにほかほかな夕食久しぶりで嬉しい」
    「ちょっと。君、私がいない間、一体何食べてたの……?」
    煮込みハンバーグの付け合わせとして、鮮やかなオレンジ色のうさぎ型の人参がちょこんと二つ並んでいる。オフの時用のサングラスの奥で五条はぱちくりと目を丸くしてから、その愛らしい姿に小さく笑った。
    濃い色の野菜が苦手な幼い妹たちが少しでも食べたくなるように、とうさぎ、ハート、星と可愛らしい形にするのがつい癖になっていた夏油は耳までほんのり赤らめながら自分のうっかりに目を逸らした。ハンバーグの中の玉ねぎはもちろん、人参までつい摩り下ろしてこっそり練り込んであることはまた笑われてしまいそうだから内緒にしておこうと思う。
    「いただきます」
    エプロンを外した夏油と、本当は食べている時もそのままエプロン姿でいて欲しかったがこのやり取りの間にせっかくのハンバーグが冷めてしまうことが予想されたので泣く泣く断念した五条は向かい合わせに座ると、二人揃って手を合わせた。
    「美味しい」
    「それはよかった」
    箸一つで綺麗にひと口大に切り分けたハンバーグを五条がぱくんっと口にする。口に含んだ瞬間、じゅわっと滲んだ肉汁とケチャップとウスターが混ざり合ったブラウンソースのコクが広がり、最後に少しフルーティーな酸味が残る。大きな具がごろごろっと入ったポテトサラダは食べ応えがあって、ハンバーグとの相性もよい。文句のつけようがないほど手放しで美味しいが、夏油が作ってくれたから、という理由によってさらに三割増しで美味しい。
    高専に入る前まで必要に迫られて作っていただけで料理がそれほど得意ではない夏油にとって、どうやら五条に食べさせるこの瞬間が一番緊張するらしい。レシピを確認しながら慎重に作ってはいるものの、五条の満足気な様子に夏油はようやっとほっと胸を撫で下ろしたようだった。たとえ万が一美味しくなかったとしても全部綺麗に平らげる自信があるが、そのいじらしい姿に五条の胸はきゅんっと高鳴る。
    「傑、食べないの?あーんしてあげよっか?」
    「自分で食べるから結構デス」
    「ちぇっ、遠慮しなくてもいいのに」
    「いいから悟もちゃんと食べて」
    手付かずの食事を前に提案してみたが、あっけなく却下された。ようやっと箸を持って食べ始めた夏油は成長期真っ只中で、いくら食べても食べてもすぐにお腹が空いてしまうらしく、最近は茶碗に山盛り積み上げたご飯を抱えるように食べていて、なおかつお代わりも辞さない。いっそ丼で食べた方が早いのでは、と思うほどだったが律義にお茶碗を愛用している。リスのように頬をいっぱい膨らませてがつがつっと食べている様を眺めながら、出汁のいい匂いが湯気と一緒に広がる味噌汁を啜った五条は口元だけでふっと小さく笑った。
    「あ、そうだ。お土産買ってきたよ。悟が好きな喜久福ずんだ生クリーム」
    「やった。デザートに食べようか」
    「賞味期限早いよね。食べ切れなかったら冷凍しておけるみたいだから」
    「大丈夫。僕、最強だからさ。ひと箱ぐらい余裕。傑も食べるでしょ?」
    「じゃあ一個だけ」
    あっという間に食事を平らげ、使った食器をシンクへと運んだ五条は、冷蔵庫に入れておいたお土産の大福の箱を持って戻って来た。夏油の前にぽてっとひとつ置かれたのは五条お勧めだというずんだ生クリーム味だ。それを少し冷やして食べるのが一等好きで、残りの十五個はすべて五条のものということになる。
    「悟と一緒にいると、前よりも甘い物食べちゃうから太っちゃいそうだよ」
    昔から甘い物は幼い妹たちにすべて分け与えてきた夏油だったのでそれほど得意ではない。しかし、生活の一部が甘い物で構成されている五条と一緒にいるとクレープ、チョコレート、アイス、まんじゅう、団子と次から次へと接する機会が増えてしまった。
    「たった一個じゃん。いつもみたいにちょっと裏の山で運動するだけで大丈夫だと思うよ。確かに傑は戦闘には恵まれた体格をしてるけど、僕から見たらまだこれからだよ。成長期なんだから何でもたくさん食べなっさーい」
    身長も高く、筋肉質な夏油は制服を着てなければ大人に見間違えられるほどだったが、それも十代の同年代から見た場合は、の話である。呪術師としてすでに完成された大人の体格をした五条から見れば夏油はまだまだ全体的に薄くて細い。何より、甘い物は甘い物という特別な栄養があるのであえて口にしておくべきだ、というのが五条の持論である。
    「それに僕、ちょっとふっくらしてて、ぎゅってした時に抱き心地いい方が好きだよ」
    「悟の好みは聞いてないけど」
    「ダメ?一番大事じゃない?」
    生クリームとあんこと餅というカロリーの塊を次から次へとひょいっとしてぱくっと口に運びながら、五条はこてんっと小首を傾げた。自分が綺麗な顔の造りをしていると、まるでよく知っている男はそうやって可愛い仕草で畳み掛ける。思わず、うん、そうだよね、と言ってしまいたくなるのを夏油はんんっと咳払いをしてどうにか耐えた。
    まるでわんこそばのように次から次へと甘い物を食べたところで太り知らずで、まるでカロリーすら無限の彼方に飛ばしているのではないかと思うほど常に体形の変わらない五条を夏油は恨めしく睨んだ。術式フルオートの脳が焼き切れないように糖分を全振りしてるから、とか、体質的に太りにくいだけだよ、とか、昔から着痩せして見えるんだよね、とかとか、昔から最強の言うことは理解は出来ても納得は出来ない。このままではきっと自分だけぷくぷく太っていくのが目に見えていた。
    「もし太ったら一緒に運動してくれる?」
    「そりゃあもちろん!可愛い奥さんの為ならいつだって大歓迎」
    「よかった!今度悠仁と体術訓練しようって約束したんだ。悟も一緒に来てくれると助かるよ」
    「へ?悠仁?」
    「それから呪具の扱い方もおさらいしておきたいし、悠仁は術式の知識も甘いからそっちもやりたいよね。私、游雲使った訓練もっとしたかったんだ」
    「呪具、術式、訓練」
    どうせ訓練するなら五条が一緒だとなお効率がいい。客観的に見てくれる第三者の目がある方がいいところも悪いところもよく分かるし、さらに言えば五条が夏油の為に本家から勝手に持ち出してきた艶やかな赤い三節棍-游雲を試したくてうずうずしていた夏油は目をぱぁぁあっと輝かせた。なんせ游雲は特級呪具である。夏油の呪力を上乗せて使えば、いくら虎杖が頑丈とはいっても下手をすると吹っ飛ばしてしまいかねない。無限で物理攻撃を無効化出来る五条だったら手加減する必要もなければ、怪我をする心配もいらない。虎杖がへばったら自分が五条に訓練を付けてもらおうという算段の夏油に五条はぱちくりと目を丸くした。
    「……それ、授業と変わらなくない?」
    「え、そう……?」
    「そうでしょ!」
    それじゃまるで高専にいる時の二人となんら変わりがない。教師と生徒の前に二人は夫夫だというのに、変なところで真面目な夏油は一に筋トレ、二に訓練、三、四がなくて、五に術式、というほど自分を鍛えて今よりもさらに強くなるのが大好きな格闘技オタクでもあった。
    「僕は傑とお散歩とかデートとか、なんならベッドの上でイチャイチャしたいんだけど……!」
    もっと夫夫らしくきゃっきゃっ、うふふ、と出来る楽しい方向を期待していた五条はちょっぴり残念そうに項垂れたのだった。
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