灰色がかった青い髪。癖がついておりふわりと青空の下で揺れるそれに、思わずミチルは目を見開いた。ある人の名前を呼びそうになり――口を閉ざす。
その髪を持った幼い少女がミチルを見つける。元気よく手を振る少女に、ミチルは小さく手を振り返した。
「ミチル先生、おはよう!」
「おはようございます。……その髪、どうしたんですか?」
「暑いから切っちゃった! どう、似合ってる?」
少女が見せつけるようにくるりと回る。先日まで腰ぐらいまであったその髪は今やベリーショートと呼べるほど短くなっていて。彼女の面影に父親を見いだして、ミチルは苦しそうに笑った。
「ねぇミチル先生、今日は時間ある? 先生の診療所にお邪魔してもいい?」
「いつでもいいですよ。賢者様……お母様にはちゃんと言ってから来てくださいね」
「やったぁ!」
少女は飛び跳ねて喜んだ。その年相応な笑顔を見守りながら、ミチルは空を見上げる。
――雲ひとつない青空。あの時と同じだった。
少女の父親、フィガロ・ガルシアが亡くなったのは数年前の暑い夏の日だった。魔法使いは死期がわかる。そう切り出されたのはもっと前。まだ幼い少年だったミチルはフィガロの言葉を受け入れられなかった。
タチの悪い嘘だと信じて、彼の言葉を拒絶して、一人夜空の下で泣いて。
けれど時間は残酷だった。みるみるうちに痩せていく彼と、そんな彼の傍で健気に微笑む晶。泣きたいのは晶だって同じだろうに、それでも必死に笑顔を作る姿がそこにあった。
それは、きっとまだ幼い娘に心配をかけないため。けれども子供というのは侮れないもので、時々両親を見て泣き出す時もあった。
(母様が亡くなった時の兄様も、こんな感じだったのかな)
フィガロと、晶と、二人の間の娘。そんな家族を遠くから見つめながら、ミチルは何も言えなかった。
あっさりと彼は石になった。何故だか涙は出てこない。どこか他人事のようで、石と化したフィガロを呆然と眺めていた。
約束が、したかった。ミスラのように、フィガロに『賢者様と先生の子供は僕が守る』と言いたかった。けれどできなかった。そんなことを言ってしまえば、フィガロはあっという間に石になってしまう気がしたから。
「先生聞いてる?」
「えっ、ああ、すみません。何か?」
少女がムッと眉間に皺を寄せた。わざとらしく表情を変える少女に謝れば、彼女は満足したように笑った。
「今日は魔法を教えてほしいなって! ばーんってできる強い魔法!」
――ボクにも強い魔法を教えてください。
そう、懇願したのは夕日が綺麗な日だった。
「ミチル先生?」
「……わかりました。北の魔法使いから教わった強い魔法を、特別に教えますね」
少女の瞳が輝く。まるで光に照らされた草原のような瞳には見覚えがある。そんな少女の背をミチルは押した。
「ほら、お母様にちゃんと伝えてきてください。黙って来ちゃダメですからね」
「はいはい、じゃあまたあとで」
少女は濃い緑色のスカートを揺らしながら走り去る。ミチルは軽く手を振りながら、ため息をつく。
「……フィガロ先生」
小さく呟かれたその名前は、青空に消えていった。