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    秘みつ。

    @himi210

    @himi210 小説 / 毎日更新12:00〜21:00 / 凪茨右茨ジひジ▼感想質問お気軽に📩 http://bit.ly/3zs7fJw##ポイピクonly はpixiv未掲載ポイピク掲載のみの作品▼R18=18歳以下閲覧禁止▼##全年齢 for all ages▼連載一覧http://hi.mi210.com/ser▼連載後はpixivにまとめ掲載http://pixiv.me/mi2maru▼注意http://hi.mi210.com/guide▼フォロ限についてhttps://poipiku.com/19457/8988325.html

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    凪茨▼クローン茨
    リクエストありがとうございました。
    ※リクエスト者様先行完了。全体公開開始(12/19)

    リク企画http://hi.mi210.com/text/anni10th

    ##凪茨
    ##全年齢

    わたしを離さないで



     作品は作者を物語る、作者の内部をさらけ出す、でしたか? だいたい当たっています。言い直しましょうか。あなた方にも魂が――心が――あることが、そこに見えると思ったからです。
     ――『わたしを離さないで』カズオ・イシグロ




    「芸術の心得も多少はありますよ」
     茨は左の手でホワイトボードに落書きをして、そう云った。
    「施設にいた時はよく作品を作っていましたよ。それが仕事でした」
     白い部屋に、私と茨だけがいた。
    「魂が宿っているか、の確認だったんですかね」
     臙脂の艶やかな髪が揺れる。振り返って、海色の目と目が合った。美しかった。静謐を塗りこめて、佇(たたず)んでいる。
     時間がきてしまう。
    「君の作品、見てみたいな」
    「はあ。展示館にあるかわかりませんが。もう破棄されているかもしれません」
    「そう」
     もっと知りたかった。初めて会った人物に、これほど惹きつけられることは今までなかった。初めて、ではないのかもしれない。難しい表現だ。
     時間のベルが鳴る。
    「……いこう」
     私は茨の手を引いて外へ出た。

     ***

     くらい海沿いをリムジンは走った。座席に並んで座った茨はぼんやり水平線を見ている。
    「二人きりだから、気楽に喋って。敬語ではなくて……私、その方がいいな」
    「そう」
     曇天がどこまでも続く。もうすぐ雨が降る。
    「あんた何歳?」
    「十八」
    「年上じゃん。いいの?」
    「うん」
     こちらを見た。澄んだ海色をとらえる。
    「なんて、呼べばいい?」
    「私の名前は乱凪砂。なぎさだよ」
    「なぎさ」
     なぎさ、なぎさと、小さく、茨は繰り返す。
    「俺は茨。まあ知ってただろうけど」
    「うん」
     茨はまた海を見た。二人して黙ったまま、揺られながら曇天の先を目指した。

     ***

     屋敷について、食事をする。ミートローフに赤赤としたドミグラスソースがかけられていた。茨は綺麗にそれを食べている。静かだった。
    「若い血を浴びると、本当に若返るんだよ」
     茨が思い出したようにつぶやく。
     エリザベート・バートリのことではないらしい。最近の細胞学の論文にそんなことが書いてあった。
    「よく血を抜かれてた。たぶん使ってたんだと思う」
    「そう」
    「肉の塊も若い方がいいっていうの、理にかなってたんだね。俺たちのことだけど」
     茨はわざとらしく笑顔を作ってから、皿にフォークとナイフを置いた。食べ終わったらしい。
    「俺、何時に帰るの?」
    「茨の家はここだよ」
    「なんで?」
    「私の家族だから」
     茨は美しい青をこちらに向けていた。怪訝な顔をする。
    「なんで俺を?」
    「もっと話したかったからかな」
    「……」
     茨は黙ってこちらを見ていた。不信な目をしている。
    「俺を買ったの?」
    「うん」
    「バラして売る?」
    「売らないよ」
    「じゃあなんで?」
     ナイフとフォークを置く。ナフキンで口元を拭った。
    「……私が茨を貰ってはいけない?」
    「こんな産業廃棄物を?」
    「茨はそんなのじゃないよ」
     黙っていた。窓に雨が流れる。青がただひかっている。
    「一緒に生活しよう、茨」
     返事はなく、遠くの雷鳴だけが響いた。

     ***

     曇天を眺めながら廊下を歩く。たしかあそこの空き部屋に茨がいる。
     茨はキャンバスに向かってくらい海をかいていた。濁った色に、少しだけ鮮やかな青が潜む。好きな絵だった。
    「あんたは白いからこう云う絵に映えるね」
     パレットナイフで絵の具を削っていく。ぼんやりとした人の輪郭が浮き出て、そこに私が現れた。
    「この絵、好きだな」
    「そう」
     筆が走る。荒れた海に白い男が立って、遠くを見ている。天使の梯子が下がって、そこだけが救いのようにひかる。
     きっと魂がある、そう思う。
     午後の光のなかで、埃がキラキラと舞う。茨はくしゃみをして、また絵の具をとる。ターコイズブルーを、直接キャンバスに塗りこめた。

     ***

     夜中に水を飲もうとキッチンへ降りていったら光が灯っていた。食料庫のドアーが開いている。奥へ入ると、小さなワインセラーの前に茨が座っていた。
    「ワインって変な味」
    「茨はまだ飲んじゃダメだよ」
     ワイングラスを傾けながら云う茨の隣にしゃがむ。
    「いいの」
     そう云ってくいと赤黒い液体を飲み干す。赤が茨の顎を伝って滴り落ちる。
    「茨」
    「この体壊したい」
     雑に滴りを拭って、茨はぼんやりと云った。
    「もう良いんだ、壊しても」
     美しい青がひかる。何を云おうか考えていると、茨が私の襟首を掴んで云った。
    「俺を壊してよ」
     キスをした。アルコールの味がする。押しつけて、震えるだけの、キス。それ以上を知らないキス。しなだれかかった茨を抱いて、背をさすった。
    「壊さないで、茨。私、君と長く一緒にいる予定だから」
    「なんで」
    「茨が大切だから」
    「そんなの……」
     茨はなにか云いかけて黙ってしまった。触れ合った肌が熱い。しばらくして茨の手が私の背に伸びて、縋る。
    「一緒に寝よう、茨」
     熱い体を抱き上げて、さする。灯を消して、キッチンを後にした。

     ***

     雨が降っていた。
     薄暗い書斎にランプが光る。茨がいた。書類が散らばっていた。
    「茨、冷えるよ」
     ブランケットを肩にかける。茨はアルバムを見たまま云った。
    「あんたの"父"のために死んだほうが良かった?」
     生前の父をなぞって、指を止める。表情は伺えなかった。
    「……父は君を殺したりしなかったでしょう?」
     それは事実だった。
    「君の内臓を貰わずに死んだよ」
     死期を悟った父の指示。
    「でも俺の前に何人か"仕事"をしている」
     それも事実だった。
    「俺も役目を終えたかった――あと少し成熟が早かったら」
    「でももう君は臓器提供をする必要はない」
    「あんたが買い取ったからね。――なんで? 俺が……」
    「茨が、……私は、君のことを好きになったから。出会った時に、君を」
    「俺が“父”のクローンだから、好きなんだろ」
    「茨は茨だよ」
    「嘘だ」
    「茨」
     茨は私の伸ばした手を払って、顔を上げた。
    「ひどいよ」
     海色の目がひかって、潤む。
    「おれは、生まれる前から決まってた。生まれた時から家族なんて無いし、自分の体さえも他人のものなんだよ。この体は変えられないんだ。どこまでが自分のものかわからないよ。あんたは“父”が好きなんだろ、だからおれを引き取ったんだろ、おれが、おれが別のクローンだったら、そんなことしないんだ……」
     涙が伝う。拭ってあげたかった。
    「私は、茨が好きなんだよ。父も好きだった。けれど、君と父は違うでしょう?」
    「おれが“父”のクローンだっていうことは変えられない」
     茨の涙がひかる。興奮しているのか、頰と鼻が赤い。
    「――そうだね。茨は父のクローン体だ。だから、会いに行った。君も父の遺産の一つだから。どんな人間なのか興味があった。会って、ね、茨。私は君に惹かれて、だから――連れて帰った。君をもっと知りたかった。君が欲しかった。それが理由じゃダメかな」
     茨の頰に触れて、涙を払う。涙は収まらなくて、きらきらと溢れた。
     嗚咽混じりのこえが、響く。ぎゅっと、縋って、離れない両の手。
    「このからだぜんぶすてて、たましいだけになったら、ひろってよ、あいしてよ、おれを、ねえ……」
     雨の流れがガラスを通して茨の体に映り込む。
    「茨」
    「……離さないで、ずっと、そばにいて……おれをおいていかないで」
    「離さないよ、決して」
     抱き寄せて、背中をさする。青い影が、どこまでも冷えていた。

    (201217)
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