呪いを解くキスを君に ロケの打ち合わせに、茨は自分の準備をしながらスタッフに指示をしていた。にこにことわらって理路整然に説明し、スタッフの疲労を気遣いし、ねぎらう。撮影を円滑にするための戦略とはわかっていても、やっぱりみんな茨を好きになってしまうんだと思う。
「それではよろしくお願いいたします!」
そういって次の対応に移動する茨を、指示を受けたスタッフは見送っていた。完全に見惚れている。私はそれに、えも言えぬ焦燥感を感じてしまう。そうして、子供じみた、優越感を振りかざしたかった。
私は見とれているスタッフの隣に立って、釘を刺す。ぶすり。
「……茨はやさしいからね。きみは特別じゃない」
可哀そうなスタッフは小さく悲鳴を上げて走っていった。……怖い顔しちゃった。
「? 閣下、いかがなされました?」
「……ううん、なんでもない」
戻ってきた茨に顔を覗かれる。私だけを見ている表情。私のことを一番に考えて、心砕いてくれる、茨。
「閣下、御髪のほう……」
「……ありがとう」
茨がちょいちょいと私の髪のスタイルを直してくれる。私はマナー脚をして、茨と目線を合わせた。
この茨に映るすべてに嫉妬してしまう。茨のやさしさをすべて集めて閉まってしまいたい。それほど、私は茨に愛着しているんだなあ、と、かわいい相棒を見ながら、小さくため息をついた。
***
「閣下! 本日はクリームシチューであります!」
「……ありがとう。いただくね。茨も食べようね」
「どうぞめしあがれ。では自分も」
茨の手料理を食べられるのは自分だけで、茨は私のために手料理を作ってくれる。それがうれしくてしかたない。
「……おいしいね。茨、前とは味が違う」
「ありがたき幸せ! そうです、実はチーズを入れさせていただきました。コクが出ていればいいのですが……さすがは閣下であります、おわかりになるなんて! 気付いていただけて嬉しい限りです!」
純粋に喜んだ表情。
ぱあっと、茨は照れながらわらった。
かわいい。
茨のその笑顔に打ち抜かれる。私はキュンキュンする胸を抑えて、打ち震えた。
「閣下? いかがなされました?」
「……ううん、とても今、幸せだなって」
「それは重畳! 閣下に喜んでいただけて自分、幸せであります」
じゃあもう二人が幸せなら一つだね、と、いいたくなる。
私たちはすでに家族以上で、だからつまり、分かちがたい運命の糸で絡んでいるのだ。
茨はそういうの好きじゃないことは知っているけれど。
***
「……でね、茨は私に……」
「凪砂くんの話は何回聞いてもいいけど、茨の話ばかりだね、耳にタコさんが出来ちゃうね」
「ナギ先輩って、茨のこと本当に好きなんすねぇ」
「……ふふ、そう、好き……」
ナギ先輩は幸せそうな表情をしながら、でもこの好きっていうのは……とかなんとかもにょもにょいっている。オレはふと思って、疑問を投げかけた。
「付き合わないんすか?」
「……つきあう……」
「あっジュンくん」
おひいさんに小突かれる。なんかまずいこと聞いた?
「……茨、人を愛することはあるのかな」
ナギ先輩は頭を抱えて、哲学モードに入ってしまった。なるほど、めんどくさいことになるトリガーだったのか。
「……きっと私が愛の告白をしたら、私のために恋愛ごっこをしてくれると思う。けれど、それは茨のほんとうだと思う……?」
め、めんどくせ〜〜!
ナギ先輩はアンニュイな悩める哲学者になってしまった。おひいさんがため息をついていう。
「前にも云ったけど、それは告白しないとどうなるかわからないね。いってみたらどう? 凪砂くん。ぼくたちが応援してあげるね! 大作戦決行だね」
「そうっすよぉ。茨、ああ見えて結構単純ですから普通に恋に落ちるんじゃねえっすかね。だってナギ先輩の告白っすよ?」
「……でも」
「じれったいね! 今すぐ実行だね。もしもし茨? 今すぐ控室にくるね。いそいでね!」
おひいさんが端末で茨を呼び出した。大作戦雑すぎないか?
茨はおひいさんの呼び出しに急いできて、何が何だかわからない表情をした。
「殿下? なんでありますか?」
「茨、凪砂くんが話があるからちゃんと聞くようにね。ぼくたちは出てるからね~~」
「は?」
そうして茨とナギ先輩を二人きりにして、部屋を出る。はたしてどうなることやら。
***
「閣下? 話とは……?」
茨が少しの不安を表情に乗せて私を見つめた。重大なことだと思っているみたい。確かに重大なことなんだけれど。
「……茨、あのね」
いってしまっていいのだろうか。そうしたら茨は変わってしまうだろうか。私と茨の距離が、変わってしまうのは切なかった。
だけれど私だって、その先を知りたい。
心通い合うステージ。
「……私、茨のことが、好き」
「は? ……ええ、自分も閣下をお慕い申しておりますが」
「……ううん、そういう好きじゃなくて……、きみを全部ほしいくらいの、好き。あいしてるの、好きだよ」
「え」
茨の表情が静かになった。海色が揺れる。綺麗だった。
「……茨が、私を、私と同じように、好きならうれしい」
しばらく静かだった。茨は私の知らない表情をして、普段からは察しえない、絶望をそこに滲ませていた。
「……お、おれは、……誰も好きになりません」
ちいさく、茨はつぶやく。
「誰も好きにならないって、決めてるんです」
うつむいた表情が、泣きそうになっていることに気が付いて、ああ、茨にもそんな感情があるんだと、私はうれしく思った。
「……ごめんなさい、閣下……」
茨が部屋を出ていく。
茨のほんとうが、足音を立てて駆けていった。
つづく
Request
茨の目に映るもの全てに嫉妬してしまうほどに、茨への愛を拗らせてる凪砂(付き合ってない)のお話をお願い致します。
茨は凪砂からの恋情に全く気づいてなくて無邪気な笑顔を見せてて、それに凪砂が毎回撃ち抜かれてるの可愛いと思います。拗らせてる凪砂の恋バナを日和が聞いているけど、そろそろ付き合ってくれないかなって思ってるので、ジュンと2人で凪砂と茨をくっつけよう大作戦を決行して失敗して欲しい。
(220912)