たつひか「ねぇ、戻らなくて大丈夫かな……」
不安そうに振り向いた暉の髪が海風に吹かれて大きく揺れた。
遊泳禁止の白い砂浜は人もまばらで、俺たちが手を繋いで歩いていても気にするヤツなんていなかった。
「もう少し大丈夫だろ」
「んー……怒られる時はタツも一緒だからね?」
誰にも告げず撮影の合間に抜け出して二人きり、ぼんやりと海を眺めている。
というのは暉が思っているだけのことで、本当は俺からお願いして長めの休憩をもらっている。原因は暉が「笑っていない」からだ。「笑っていない」とは言っても形の上ではこの上ないほど明るく笑っている。いつもと変わらずハイテンションで調子のいい皆が思い描いた通りの王茶利暉だ。
しかし、長い時間一緒にやってきて、今では恋人として隣にいる俺にはそれが塗り固められた仮面なのだとわかる。そして、そういう時は大抵何かを一人で隠していて膨れ上がった風船ように限界を迎えると同時に倒れたりする。元々身体の弱いヤツだから、暉自身のため、仕事のため、そして俺のために、申し訳ないが気付かないふりはしてやれない。
せめて暉の頑張りを無駄にしないようにとスタッフやメンバーには俺の体調が良くないということにしてある。そうやって、撮影のセッティング待ちをしていた暉を黙って連れ出し、散歩と称して宛てもなく歩き始めたまま今に至る。
最初のうちこそ暑いね、とか、泳ぎたいなぁ、とか次々並べていた言葉たちもぱたりと途切れ会話のないまま波の音だけが地鳴りのように響いていた。真っ青な空にキラキラと揺れる海、足元の砂は眩しいほど白く、踏みしめるたびにサンダル越しに焼けた熱さを伝えてくる。
「…何かあったのか?」
もっと遠回しに聞いてやりたかったけれど俺にそんな器用なことは出来なくて、どストレートな問いかけにビクリと暉の肩が跳ねたのが見えた。
「なんで?全然!大丈夫、元気だよ?」
「暉」
「ほらオレは元気なのが取り柄だしさ、今日も誰よりも一番輝いて」
「暉!」
思わず大きくなってしまった声に悪いと小さく付け加える。絡めていた指にぎゅっと力が込められて、大きな瞳は花が閉じるようにゆっくりと伏せられていく。
「なんでタツはすぐ気付くんだよ……」
俯いたまま呟く暉の声は風に攫われそうなほどか細くて、胸の奥で「こんな顔させるくらいなら気付かないふりをしてやった方が良かったんじゃないか」ともう一人の俺が棘を刺す。
「好きだから」
「………」
「お前のことが好きだから、誰よりも見てるんだろ」
輪郭をなぞるように添えた手ですっと頬を撫でれば、それに従うように見上げてくる瞳が波の荒いこの海のように大きく揺れていた。
「お前は皆のイメージ通りの「明るくて元気な王茶利暉」でいたいんだろ?」
「………」
「それも俺たちの仕事だからな……そのためにつらくたって、悲しくたって、必死に笑ってることも知ってる」
「………」
「だけどな、暉……お前は……アイドルだけど大事な大事な、たった一人の俺の恋人なんだ……俺はお前ほど大人になれない、お前が無理して笑うのは仕方のないことだってわかってる。だったら…だったらせめて、俺にはちゃんと話してくれないか。今何がつらくて苦しいのか、言えないほど、俺は頼りないか?」
「!違う……!タツは頼りなくなんかない!」
弾かれたように上を向いた顔から涙がぽろりと一つ落ちて砂に消えた。