四月馬鹿と記念日「あのね、玲太くん、わたし好きな人ができたの」
「えっ……」
卒業式に玲太くんと二人だけの結婚式を挙げてから一ヶ月、まさに新婚真っ只中に告げたわたしの言葉に玲太くんは絶句する。
「……本気で言ってるのか?」
「う、うん……」
「俺と二人で結婚式まで挙げたのにか?」
「うん……玲太くんにはちゃんと話しておこうと思って……」
こんなことを玲太くんに話すべきか迷ったが、やはりいつまでも隠し通せないと思い、思い切って打ち明けた。わたしの気持ちを汲んだのか玲太くんも「そうか……」と落胆した表情になった。
「それで、この人がわたしの好きな人なんだけど――」
スマホにある好きな人と一緒に写っている写真を玲太くんに見せた。すると、表情が変わり、わたしの唇を奪うように深く口付けてきた。
「んっ……⁉」
二人だけで結婚式を挙げてから恋人らしく唇にもキスをされるようになったのだが、こういった濃厚なキスにまだ慣れておらず、すぐ息苦しくなってしまう。しかし、玲太くんのキスは激しくなる一方だった。ようやく唇が離れた時はもう息も絶え絶えだった。
「はあっ……玲太くん、どうして……」
唇には玲太くんとのキスの余韻がしっかり残った。好きな人がいると言ったにも拘らずこんなことをするなんて……。
「おまえの好きな人だから」
玲太くんはニヤリとして、スマホの好きな人との写真を見せる。写真は卒業式の日に教会の前で玲太くんと二人で撮ったものだ。つまり、わたしの好きな人は――。
「はい……わたしの好きな人は玲太くんです」
顔を赤くしながら真実を告げた。
そう、今日は四月一日、エイプリルフールだ。嘘をついてもいいとされる日に、玲太くんの他に好きな人がいるように嘘をついて、その好きな人とは本当は玲太くんでした、と驚かせるつもりだった。
「ほら、もう一回」
「えっ?」
「おまえの好きな人、正直にちゃんと言えよ」
期待に満ちた眼差しで玲太くんはわたしを見つめる。そんなふうに見つめられたら、恥ずかしいけれど、彼の欲しい言葉をあげたくなる。
「……わたしは玲太くんが好き、大好き」
玲太くんが好きだともう一度はっきり告げると、玲太くんは満足そうににんまりと笑い、今度はおでこに軽くチュッとキスをした。すると、また顔に熱が集まり、耳まで真っ赤になる。
「おまえ、すごい顔真っ赤」
「だ、だって……」
顔を真っ赤にするわたしの反応を楽しむかのように玲太くんはクスっと笑う。余裕たっぷりなその笑顔が悔しくて、でも、それ以上にかっこいいなと思って見惚れてしまっているので、彼の方が一枚上手なんだと思わされる。
「……で、なんでそんな嘘ついたんだよ?」
玲太くんは怪訝そうな表情でわたしが嘘をついた理由を聞いてきた。
「それは……エイプリルフールに玲太くんをびっくりさせようと思って。だって、玲太くん、高校生の頃よりも余裕なんだもん」
「はぁ?」
「恋人同士になってから、玲太くん、いつも余裕で、ますます大人っぽくなって。わたしばっかりドキドキしてるのが恥ずかしくて……」
だから、玲太くんをドキドキさせたくてあんな嘘をついたのだ。なのに、わたしの方が玲太くんにドキドキさせられている。
「ったく、何言ってんだよ」
呆れたように玲太くんは言う。確かに今思えばくだらない理由かもしれないけれど、わたしが玲太くんにドキドキしているように、玲太くんもわたしにドキドキして欲しかったんだもん――すると、玲太くんに抱き寄せられて、頭を胸に押し付けられた。
「えっ⁉ 玲太くん?」
押し付けられた胸から玲太くんの鼓動を感じた。わたしと同じかそれよりも速い。
「すごく、ドキドキしてる……」
「俺だって、おまえといる時はそうなんだぜ?」
わたしに鼓動を聞かれているからか少し照れたように玲太くんは言う。玲太くんもこんなにドキドキしているなんて――。
「ふふっ、一緒だね」
「昔からいつも一緒だろ? 俺たちは」
「うん」
玲太くんと同じ気持ちでいることが嬉しくて腕を回して抱き着くと、玲太くんもわたしを優しく抱きしめ返してくれた。大好きな人と抱き合う幸せに胸がいっぱいになる。
「ていうか、今日はエイプリルフールよりもっと大事なことがあるだろ?」
「あっ、もしかして……!」
「そう、俺たちの結婚記念日から一ヶ月記念だ」
そうだ、今日からちょうど一ヶ月前の三月一日が高校の卒業式で、玲太くんと二人だけで結婚式を挙げて、この日を真の結婚記念日にしようと二人で決めたのだ。あの日から玲太くんと二人で過ごした時間はとても幸せで、彼への愛情も日々大きくなっている。
「一ヶ月記念がエイプリルフールでもさ、毎日おまえと一緒にいられるってことは真実。だから、それだけで十分」
そう話した玲太くんは愛しさが溢れた心からの笑顔だった。こんなにもわたしを大切に想ってくれているこの人からもう一生離れられないなと思った。
「これからもよろしくな、俺のお嫁さん」
「はい。不束ですが、よろしくお願いします、旦那さん」
改めて玲太くんとお互いの気持ちを確かめ合えた一ヶ月記念日は素敵な一日になった。この先もずっと二人がいつも元気で幸せで、そして、愛し合える日々が続きますように――。