夜明けの海を見る話 一日の中で朝、海の音を聞きながらコーヒーを飲む時間が好きだ。夜明けの海は穏やかで神秘的で、人魚にも会えそうな気がする。いつか好きな子と一緒に見られたら――。
「わぁ、窓から海が見える! いいなぁ、瑛くんのお部屋」
「だろ? もうそれだけでここに決めたから」
高校卒業後、一流大学に進学した俺は一人暮らしを始めた。大学から近いことと海が見えること、この二点だけで決めた。ようやく部屋の中が片付いて落ち着いてきたところで、高校からの同級生で恋人になったあかりを初めて部屋に誘った。部屋の窓から見える夜の海をあかりも楽しそうに眺めている。
「ふふ、海が見える部屋がいいなんて瑛くんらしいなぁ……って、いたっ!」
「そういうことは思ってても口にするな」
無邪気に笑うあかりにチョップを喰らわせてやった。そんなに強くしていないし、多分あかりも本気で痛がっていないのだが、相変わらず大袈裟なリアクションを見せる。高校生の頃からこんなやり取りをしていて、恋人同士になった今もその関係性はほとんど変わっていない。
(でも、今日は期待してもいいのか?)
好きな子と部屋に二人きりというシチュエーションに加えて、今日のあかりの服装は胸元の開いたカットソーにミニスカートだ。カットソーから程良く膨らんだ胸の谷間を覗かせて、ミニスカートからはいつも以上に脚の露出が多い他、少し屈んだだけで水色の下着が見えてしまう。俺も思春期の男だ。そんな格好をされたら気が気ではない。
(いや、我慢だ、俺……)
あかりとはキス以上の行為をまだしていない。キスは事故とはいえ出会って一ヶ月も経たないうちにしてしまったのだが……でも、それがきっかけであかりを意識するようになって、珊瑚礁のバイトやデートで二人の時間を過ごしていくうちに好きになっていた。ずっと俺の側にいて欲しい――高校の卒業式であかりに想いを告げると、あかりも同じ気持ちだったらしく晴れて恋人同士になった。
それから同じ大学に進学して、高校生の頃以上に二人で過ごしている。恋人らしく手を繋いだりキスをしたりはしているけれど、それ以上の行為へは中々進めずにいた。したい気持ちがないのではない。むしろ付き合ってから、あかりにああしたいとかこうしたいとかそんなことばかり考えているし、部屋に誘った今日、あわよくばなんて思ってもいる。
「あっ、あれ、豪華客船かな? おっきいね」
俺がそんなことを考えているなんてつゆ知らずあかりはいつもと変わらない様子で、海を横断する豪華客船を見つけてはしゃいでいる。こんな露出の多い服装で男の部屋に来ても、きっとあかりにそういうつもりはないのだろう。折角のチャンスではあるが、バカなことをしてあかりに嫌われたくない。あかりの嫌がることは、絶対したくない。あかりを大事にしたい。理性を保つのに必死だった。
「そう言えば、瑛くん、高校生の頃、明け方に海の音を聞くのが好きだって言ってたけど、今もそうなの?」
ふと、あかりは窓から見える海から俺の方へ振り向いた。キスできるくらい顔が近くなり、思わずドキッとしてしまう。
「ああ、この部屋から見える海も好きだからさ」
高校生の頃に珊瑚礁の部屋に遊びに来たあかりにそんな話をしたことを思い出す。一日の中で、朝、海の音を聞きながらコーヒーを飲む時間が好きで、その習慣は海が見えるこの部屋に住んでいる今も続いている。
「いいなぁ、わたしも見たいなぁ」
「見せてやるよ、いつでも……」
と、言いかけてハッとした。確かあの時もあかりとそんな話になって、うっかりとんでもないことを言ってしまったと後で反省したものだ。
「――って、明け方はダメだったな。ごめん、変なこと言って……」
「……ダメじゃないよ」
あかりはあの時と違う反応を見せた。「えっ……」と驚いて目を見開くと、あかりは俺の腕に自分の腕を絡ませてきた。服越しに柔らかな胸が当たり、ますますドキドキしてしまう。
「だって、わたしたち恋人同士なんだもん。そういうこともするんだよね……?」
上目遣いで期待するような眼差しをあかりは向けてきた。俺ばかりがそんなことを考えていると思っていたけれど、あかりもそうなのか……?
「おまえも、そういうつもりなのか?」
「そういうつもりって、瑛くんとえっちするってこと?」
「えっ……⁉ まあ、そういうことだけど……いいのかよ?」
まさかあかりの口からそんな言葉が出るとは思わず驚きながらも、念のため勘違いがないよう確かめる。ここで取り返しのつかないことになったら困る。
「うん。わたしは瑛くんが好き。付き合ってからも大好きで、ずっと一緒にいたい。だから、大好きな人と一つになりたい」
俺の目を見てあかりははっきりとそう言った。俺が思っていた以上にあかりは俺を想ってくれている。たまらずあかりを腕の中に抱きしめた。
「俺だってそうだよ。でも、バカなことしておまえに嫌われるのが怖かった」
「そんな、瑛くんを嫌いになんかならないよ。わたしの方こそ、魅力ないのかなって……」
むしろあかりは俺が中々手を出さなかったことを自分に魅力がないのではないかと心配していたらしい。あかりに魅力がないなんて、ないどころかあり過ぎて困るくらいだ。恋人になってからも日々綺麗になるあかりにますます惚れていて、失うことが何より怖いくらいだ。
「そんなわけないだろ。おまえを大事にしたかったから……ずっと我慢してた」
思わずあかりを抱きしめる腕に力が入ってしまった。すると、それに応えるようにあかりも俺に腕を回して抱き着いてきた。
「わたしも瑛くんと同じ気持ちだから……もう我慢しないで」
ふわりと柔らかい笑顔でそう言ったあかりに胸が高鳴った。