Sweet Holiday ゴールデンウィークの最終日、明日からまた大学が始まるので、連休の最後は出かけず玲太くんの家でゆっくり過ごしている。時刻は午後三時を過ぎ、お茶の時間になった。
「お待たせしました」
「わぁ、かわいい!」
玲太くんが持って来たアンティークのティーセットに目を輝かせる。イギリスで使っていたものを紅茶と一緒にお母さんから送ってもらったそうだ。紅茶もいい香りでさすが本場のものだなと思ったら、さらにお茶のお菓子にアイシングクッキーも焼いてくれた。色んな形のものがあって見ているだけでも楽しい。お茶もお菓子も食器も何もかもが本格的ですごい。
「すごい、本場のティータイムみたい」
「母さんにティーセットと紅茶送ってもらって、ちょっとはりきった。ゴールデンウィーク最後の思い出に素敵なティータイムはいかがですか?」
「ふふっ、ありがとうございます」
ゴールデンウィーク最終日も素敵な休日になりそうだ。
高校の卒業式に玲太くんからプロポーズを受けて、お付き合いするようになったけれど、すぐに新生活の準備に追われて慌ただしかった。大学に入学してからも新しい環境に慣れるのに必死で、さらに玲太くんはおじいさんの骨董店のお手伝いも本格的に始めて忙しくしていたので、ゴールデンウィークでようやく二人でゆっくり過ごせる時間ができた。高校生の頃にもよく行った遊園地へ久しぶりにデートしたり、森林公園へピクニックと、ホタルの季節になったのでホタル観賞をしたり、玲太くんの趣味であるフライフィッシングにも初めて連れて行ってもらって楽しい連休だった。
楽しい連休の思い出を振り返りながらリビングのソファーに玲太くんと並んで座り、ティータイムを楽しむ。まずは紅茶を一口飲んだ。口いっぱいに紅茶のいい香りが広がる。
「うん、いい香り」
「だろ? イギリスの有名なブランドでさ。俺も向こうでよく飲んでた」
「そうなんだ。やっぱり本場の香りだね」
この紅茶を玲太くんがイギリスにいた頃によく飲んでいたと聞くと、その頃の玲太くんのことがまた一つ分かったようで嬉しくなった。
「紅茶と一緒にクッキーもどうぞ」
玲太くんはアイシングクッキーも勧めてくれた。アイシングクッキーもイギリス発祥らしく、これも玲太くんがイギリスにいた頃にお母さんによく作ってもらったそうで、玲太くん自身も作り方を覚えて、高校生の頃にもわたしが風邪を引いて学校を休んだ時にお見舞いに作ってくれたこともあった。
「クッキーも美味しそう。どれにしようかな……」
はりきったと言っていただけに本当に色んな形があって、どれも食べるのが勿体ないくらいかわいくて悩んでしまう。すると、玲太くんはこれだろ? とばかりにわたしたちに馴染み深いオレンジのかざぐるまの形のクッキーを手に取り、わたしの口元に近づけた。
「おひとついかがですか?」
「えっ⁉ 玲太くん?」
まさか食べさせようとしているのか。玲太くんの行動に瞬時に頬がかあっと赤く染まり、鼓動がドキドキする。
「ほら、口開けて」
「じ、自分で食べられるよ……」
「いいから。ほら、遠慮なくどうぞ」
恥ずかしげに頬を赤らめるわたしに構わず玲太くんはクッキーを食べさせようとする。それも実に楽しそうな様子で。玲太くんにこんなふうに甘やかされるのは恥ずかしいけど嫌ではないし、何より楽しそうな様子を見ると、惚れた弱みなのかしたいようにさせてあげたくなってしまう。
「……あーん」
覚悟を決めたように小さく口を開けると、玲太くんはわたしの口にクッキーを入れた。その時、玲太くんの長くて綺麗な指が唇を掠めた。そして、口の中が今度は甘さでいっぱいになる。
「美味いか?」
「うん……甘くて、美味しい」
ドキドキしながらそう答えると、良かったと玲太くんも満足げな笑顔を見せた。その笑顔が眩しくて胸がきゅんっとする。お付き合いをするようになってから、ますます玲太くんにドキドキさせられて、好きになっている。
「次はどれにする?」
玲太くんは次にわたしに食べさせるクッキーを手に取ろうとする。まだ食べさせる気なのだろうか。もう既にドキドキし過ぎて、ごちそうさまと言いたいくらいなのだが。
「ねぇ、今度はわたしが玲太くんにしてもいいかな?」
先程とは逆にわたしが玲太くんにクッキーを食べさせたいと言うと、玲太くんは切れ長の目を大きく見開いて顔を赤くした。
「いや、いいよ、俺は……」
楽しそうにわたしに食べさせていた時とは対照的に照れた様子だ。自分が食べさせられる側になると恥ずかしいのか。
「ふふっ、照れてるの?」
「照れてませーん……ったく、からかうなよ」
顔を赤くしたまま玲太くんはそっぽを向く。申し訳ないが、照れたその様子がちょっとかわいいなと思ってしまった。
「からかってないもん。玲太くんがしてくれたみたいにわたしもしたいの。ね?」
玲太くんがわたしを甘やかすように、わたしだって玲太くんを甘やかしたいんだから。念押しするように玲太くんの顔を覗き込み、上目で見つめると、ますます顔を赤らめた。
「はぁ、分かったよ……おまえって、ほんとズルい……」
「やった! どれにしようかな?」
さすがに玲太くんも根負けしたようだ。喜んで玲太くんに食べさせるクッキーを選ぶ。玲太くんはわたしにオレンジのかざぐるまのクッキーを選んでくれたけれど、わたしはどうしよう。同じオレンジのかざぐるまのクッキーにしようか、それとも――。ハートや星、青いバラの花等色んな形のクッキーの中で、ある形のクッキーが目に入った。かわいらしいベルの形で教会の鐘みたいだ。
(これがいいな……)
ほとんど直観でそう思い、ベルの形のクッキーを手に取った。
「はい、あーんして」
「あーん……」
玲太くんの口の中へクッキーを入れた。口が閉じられてさくっとクッキーを齧った音が聞こえ、食べたのを確認し、口元から手を離すと、玲太くんはわたしの手を掴んで引き寄せて、唇にキスをした。
「……っ⁉ 玲太くん……?」
まさかキスをされるとは思わず驚いてしまった。突然の出来事にまだ胸がドキドキしていて落ち着かない。そんなわたしを玲太くんは愛しくてたまらないといった様子で見つめている。
「嬉しかったんだ。おまえがそのクッキー選んでくれたのが」
「えっ? ベルのクッキーのこと?」
「ああ、俺がおまえにかざぐるまのクッキー選んで、おまえが俺にベルのクッキーを選んでくれた。これがおまえの気持ちで、本当に願い事が叶ったんだって」
喜びに満ちた幸せそうな表情で感慨に耽るように玲太くんは言う。
――おれたちがいつも元気で幸せで、それで、けっこんできますように。ぜったいに、できますように。
小学一年生の時、玲太くんとかざぐるまに願い事をすると、結婚式のように教会の鐘が鳴り響いた。わたしたちにとって忘れられない大切な思い出で、かざぐるまのクッキーを選んだ玲太くんに対して、わたしも自然と教会の鐘のようなベルのクッキーを選んでいて、無意識のうちに玲太くんの想いに応える形になっていたことに気づいた。かざぐるまに願い事をした時も、玲太くんの願い事が叶うように真剣な表情でかざぐるまを吹いていたらしく、昔から今も自分でも気づかないうちに玲太くんを想う行動をとっている。
「うん……だって、わたし、玲太くんのお嫁さんだもん」
そう言って、わたしも玲太くんに笑顔を返した。玲太くんがいつもわたしを想っていてくれているのと同じく、わたしも玲太くんをあの頃からずっと大好きだから。
そんな想いを伝えるように今度はわたしから玲太くんにキスをすると、玲太くんもとびきり優しいキスを返してくれて、同じ想いでいる幸せを噛みしめるように二人で笑い合った。
ゴールデンウィーク最終日もわたしたちは甘くて、幸せな一時を過ごすことができた。